※このお話は「Smoke Gets in Your Eyes」「MIDNIGHT 2 CALL」(100のお題004.マルボロ)を先に読んでからお読み下さいm(_ _)m


031.ベンディングマシーン
I'm not gonna fall in love


―I'm not gonna fall in love with anyone―

「暑い...」
俺はひとり社会科準備室の窓際で自分の机から移動させた椅子にもたれながらタバコをふかしていた。
開け放した窓からは生き生きとした木々の緑が目に入るが、今の俺にはそれさえも暑さを感じさせるものであった。
南校舎の裏には小さいながらも"森"が作られ生徒たちの"憩いの場"として親しまれているが、授業中の今は閑散としていた。

キーンコーンカーンコーン

3時間目の終わりを告げるチャイムが鳴り響くと俺はそばに置いてあった灰皿にタバコを押しつけた。
さて、仕事するか。

4時間目は23HRの世界史。
俺は準備室よりもさらに暑苦しい教室に向かった(いやいやながら)。
(ちなみに、職員室や準備室には一応エアコンがあるのだが、俺ひとりだけで使うのもなんだか気が引けて社会科準備室のエアコンをつけていなかった)
「えーっと...今日は何ページからだったかな...」
教科書のページをペラペラとめくりながらも俺の頭の中にある言葉はただひとつ。
"暑い!!"
元々せまい教室に40人近い生徒がいるのだから暑くないはずがない。
教室にある窓という窓はすべて開け放してあるが、最悪なことに今日はまったく風がふいていないので効果なし。
さらに昼休み直前の授業ということもあって、生徒たちは結構ひどい状態だった。
十代とは思えないような疲れきった顔で下敷きや持参したうちわ(!!)でパタパタと扇いでいる者も多いし、みんな"かろうじて授業を聞いている"という状態だった。
それにしても、やっぱりネクタイ、暑いよなぁ。
そう思いながら俺は首にまいたネクタイを少しゆるめた。
教師たちの中にはジャージやポロシャツ姿で授業を行う人もいるが(体育科に限らず!!)、俺は1年目から"スーツにネクタイ"と決めている。
(もちろん今の時期はスーツのジャケットは準備室に置きっぱなしだが)
これは一応俺なりの"けじめ"なのだが...これだけ暑いと「そんなものどうでもいいか」と思ってしまうのも確かであった。
...などと考えつつもしっかり授業を進めている俺ってちょっとすごいかも、と思っていたら...
「杉本先生、そこ、字間違ってますよ。」
一番前の列の女生徒に指摘され、俺はあわてて訂正した。
「先生、しっかりしてよ〜。」
男子生徒のさらなる言葉に俺は「うっ」となった。
「これはな、お前たちが先生が黒板に書いたことをちゃんと写しているか見るためにわざと間違えたんだ!!」
わざと胸を張ってそう言う俺に生徒たちは大笑い。
まぁ、だらけたムードが一掃できたからいいか。
俺がちょっとほっとしつつ楽しそうに笑う生徒たちを眺めていると、とある生徒と目が合った。
筒見沙也だ。
そういう時、いつもなら沙也はにこっと笑うのだが、今日はあわてて目をそらした。
まるでなにか後ろめたいことがあるかのように。

"女の子泣かしたらだめだからね!!"
社会科準備室に戻った俺は数日前に前の恋人である橘真優子に言われたことを思い出していた。
(ちなみに、暑さに耐え切れず冷房を入れた)
それにしても、"泣かしたら"という以前に俺は今現在、誰とも恋するつもりはないのだが...。
ましてや、生徒である沙也は問題外だ。
沙也が俺に対して好意を持っていてくれることは薄々感づいていた。
直接言われたことはないが、時折、あいつの態度や視線が痛いほどにあいつの気持ちを表していることがあった。
しかし、俺はあえてそれに気づかぬふりをしていた。 あいつが言葉に出してこないことをいいことに。
それにしても、橘も自分は幸せだからって好き勝手言ってるよなぁ。
俺なんかあいつと別れてからずっとひとりだったのに...まぁ、俺が悪いんだけどな。
そういえば、沙也は俺のどこを好きになったんだろう...。

そんなことを考えているうちに、いつのまにか数日がたっていた。
今は4時間目の真っ最中だが、俺は授業がなかったのでまた社会科準備室でタバコをふかしていた。
そして、考えてみたら俺って最近沙也のことばっかり考えなかったか!?
いや、ちゃんと授業のこととか受け持っているクラスのこととか考えていた時間もあったはずだ。
でも、それ以外は...。
これはちょっとまずいかも...。
もちろん、俺だって将来的には誰かと恋をして結婚して家庭を持ちたいと思っているが...きっとその相手は沙也ではないだろう。
あいつには俺なんかよりもっと若くて可能性が広がっている男がいくらでもいるではないか。
なにも好き好んでこんな薄給のつまらない男にこだわる必要もないのだ。
俺は自分でそう考えながらもその考えにちょっと落ち込んでしまった...(自虐的?)。
...少し早いけど昼飯にするか。 もう職員室に仕出屋の弁当も届いているだろう。
そして、俺はポケットの財布を取り出し小銭を確認すると、北校舎1階の購買部へ向かった。

まだ授業中なので自販機コーナーもがらがらだった。
俺は自販機に小銭を投入し缶入り緑茶のボタンを押した。
...今日も暑いからもう1本買っとくか。
俺は出てきた缶を取り出すともう一度小銭を入れた。
そして、もう一度ボタンを押すとけたたましい音とともに缶入り緑茶が滑り降りてきた。
「あ。」
缶を取り出そうと少しかがんでいた俺は思わず声のした方に目をやった。
そこには体操着姿の沙也が立っていた。
「なんだ、お前、授業は?」
思いがけない沙也の登場に内心あせりながらも俺は平静なふりをして声をかけた。
「バスケで転んで足ひねったもんで保健室に...」
どうやら購買部の隣の保健室から体育館に戻るためにここを通ったらしい。
「"足ひねった"って大丈夫なのか?」
沙也の言葉に俺はちょっと心配になった。 こいつはうちの女子バレー部の有力選手なのだ。
「2,3日安静にしてれば大丈夫だって。あ、だから、今日の部活、休みます。」
「あぁ、わかった。」
そして、沙也は俺の手にした缶入り緑茶×2を目にしてくすっと笑った。
「先生、2本も飲むの?」
「し、仕方がないだろう!! ノドかわくんだから!!」
俺は指摘されたことでなんだかはずかしくなりあせった声をあげた。
沙也はさらにくすくすと笑った。

「それじゃあ、わたし、体育館に戻ります。」
そう言って沙也はこの場を立ち去ろうとしたが...
「あ、沙也。」
俺はなぜかあわてて引き止めた。
(ちなみに、バレー部の方針で部員はみんな下の名前で呼ぶことになっていた)
「はい?」
沙也は不思議そうな顔をして俺を見た。
「それじゃあ、今日の放課後あいてるな?」
「...はい。」
沙也はちょっと考えてから返事をした。
「じゃあ、ちょっと話があるから社会科準備室まで来てくれ。」
「わかりました。」

そして、6時間目の授業が終わると、俺は受け持っている13HRの掃除の監督をし、ちょうど教室掃除担当の中にいた女子バレー部員に部活に遅れる旨を伝えると社会科準備室へ戻った。
準備室でひとり沙也を待つその心境は、中学生の時に好きな女の子を校舎裏に呼び出した時のそれと同じような気がした。
...いや、待て!! 俺は沙也のこと、そんな風に想っているんじゃないって!!
ただあいつが酒井にしたことを俺が注意しておくのが"すじ"ってもんだろうと...。
そんな風にひとり頭の中でわたわたしていると準備室のドアがノックされた。
俺が返事をすると沙也がおずおずと入ってきた。
「まぁ、座れ。」
俺はほとんど使われることのない隣の席の椅子を沙也に向けた。
沙也はその椅子に座ると黙ったまま俺にじっと視線を向けた。
「話というのはな...」
俺はこほんと咳払いをした。
「お前、3年の酒井になんか言っただろ?」
俺の言葉に沙也の表情が堅くなるのがわかった。
「なんで、先生が知ってるんですか?」
「本人に聞いたから。どんな内容かは聞かなかったけれど。」
沙也はくちびるをきゅっと結んでしばらくなにか考えている様子で、やがて口を開いた。
「別にわたしが酒井先輩に何を言おうが先生には関係ないじゃないですか。」
「まったく関係がないわけじゃないからこうして口出してるんだろ。」
そう言われて沙也は黙ってしまった。
俺はそのまま話を続けた。
「まぁ、厳密に言えばあいつらのことはあいつらだけの問題で俺にはなんの関係もないんだけどな。」
俺は軽い口調で言うと沙也はきっと顔を上げた。
「先生はまだあの人のことが好きなんじゃないの!?」
沙也の言葉に俺自身がびっくりしていた。
「な、なんでだ!?」
「だって、コンビニの前にいた先生、そんな感じがした...」
確かに、あの日、コンビニの前にいた橘に俺は目を奪われた。
あの頃と同じように、けれども、あの頃とどこか違う表情でほほえむ彼女に。
でも、あの気持ちは"恋"とは違う。 違うはずだ。
「俺とあいつはもう終わったんだ。そして、あいつの新しい恋の邪魔をする権利は俺にもお前にもない。」
俺が沙也の瞳をまっすぐに見つめると、沙也はうるんだ目で見つめ返してきた。
その目はあまりにもまっすぐすぎて..."好き"という想いがあふれていて、俺は思わず目をそらした。

「わたし...先生のことが好きです。」

「...!!」
俺は沙也から顔をそらしたままかたまってしまった。
...ずっと避けていたものがとうとう来てしまった。 なんだってこいつはこんなタイミングでこんなことを言うんだ!?
俺は沙也にどう返したらいいものかと頭を悩ませた。
おまけに当の相手は目の前にいるのだから一刻も早く答えを出さなければならない。
...おそらく、俺は沙也のことが好きだ。
生徒でなければ無条件で恋愛対象に入るタイプだし、まだ"少女"という殻を脱ぎ捨てていない彼女が大人へと花開く姿を見ていたいとも思う。
しかし...もし"生徒に手を出した"ことがバレたら、俺は懲戒免職...それだけは避けたい...。
俺が「うーん」と考え込んでいる間も沙也は俺をじっと見つめていた。
俺はその顔に困ったような笑みを浮かべた。
...降参だ。

俺はまたこほんと咳払いをし、沙也から目をそらしたまま口を開いた。
「俺たちは"教師と生徒"だ。」
俺の言葉に沙也がびくっと身体をかたくするのを俺は横目でちらっと見た。
「でも...それも、お前が高校を卒業するまでだ。」
俺は自分の心臓がだんだん速くなっていくのを感じた。
もう沙也の表情を見ている余裕はなかった。
「...都合のいいことを言っているのは百も承知だが...もしよかったら、それまで待っててほしい、と思ってる...」
もう自分で自分が何を言っているのかよくわからないくらい俺は緊張していた。
突然、沙也が俺の膝に手を置いたので俺は一瞬びくっとなった。
「先生...」
俺はおそるおそる沙也の方を向くと、沙也はさっきよりもさらに涙目になって俺を見つめていた。
「ほんとに...待ってていいの...?」
その言葉と瞳で俺のドキドキは最高潮に達していた。
「あぁ...」
そして、沙也は黙ったままにっこり笑った。
その笑顔にもあまりにもまぶしくて...俺は思わず沙也を抱き寄せてしまった。
...って何してるんだ俺は!? ここは学校で、俺は教師で、沙也は生徒で...。
...でも、まぁいいか(おいおい)。
俺がさらにぎゅっと抱きしめると、沙也はゆっくりと俺の背中に手をまわした。
ほんとはキスとか("とか"ってなんだ!?)したかったけれど...そこまでしたらとても自分を抑えることができそうにない(爆)

"女の子泣かしたらだめだからね!!"
橘に言われたことがまた頭をかすめた。
とりあえず、それだけは忘れないようにしよう...。

こうして、俺たちの"秘密の恋"は始まった。

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というわけで、杉本先生と沙也のお話です(^^)
タイトルは槇原敬之さんの英語の歌から。最初の文はその歌詞です。
意味は「俺は誰とも恋におちるつもりはない」という感じです(そう言いながらもおちてますが(笑))
それにしても、お題の"ベンディングマシーン(自販機)"がちょこっとしか出てこない; ̄ロ ̄)!!
強引に背景に缶入り緑茶を持ってきてごまかしてみました^_^;
[綾部海 2004.5.9]

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