アパートを出て走ること約20分。 あたしは駅前商店街の中にある喫茶店に飛び込んだ。 「すみませんまだ...あれ、リッちゃん?」 入口のドアについたベルをけたたましく鳴らしながら中に入ったあたしはぜーぜーと息を切らし、とても話せる状態ではなかった。 そんなあたしをカウンターの中のマスターと"ママさん(マスターの奥さん)"はなぜか不思議そうな顔をして見ていた。 「リッちゃん、どうしたの?」 カウンターを出てあたしのところに駆け寄って来たママさんの言葉に今度はあたしが「?」となった。 「だって、あたし、今日、朝からでしたよね?...ちょっと遅れちゃいましたけど...」 あたしがそう言うと、マスターとママさんはなんだかこまったような感じで顔を見合わせた。 「あの...?」 「...リッちゃん、昨日、竜一くんのお葬式済ませたばかりでしょう。もっとちゃんと休んだ方がいいんじゃないの?」 ママさんは心配そうな顔であたしの顔をのぞきこんだ。 あ、そうか。 ふたりとも"昨日の今日"だからあたしがバイトに来るとは思っていなかったらしい。 (確かにあたしも今朝まで忘れてたんだけどね...。) だから、ママさんも朝からお店にいたんだ。 (ふだんはママさんは昼間は家事や子供たちの世話をして、夕方からお店に出るのだ) あたしはママさんににこっと笑いかけた。 「大丈夫ですよ!! 身体動かしてる方がかえって気が楽だし。」 「そう?」 「それにリュウちゃんいなくなっちゃったから、あたしがしっかり稼がないとアパート追い出されちゃうし♪」 冗談めかした口調のあたしの言葉にマスターもママさんもぷっと笑った。 「そうね。それじゃあがんばってもらわないと。」 「はい!!」 そして、ママさんは家へと帰り、マスターとあたしはお店を開店した。 午前中はあたしがもうお店に出てると聞いた商店街の常連さんたちが入れ替わりにやってきた。 (朝、商店街を疾走(!!)していた姿をみんなに目撃されていたらしい(汗)) お昼時にはマスター特製の日替わりランチを目当ての近所にお勤めのみなさんや駅前の専門学校生たちであふれかえった。 そして、ほんとは夕方にママさんがあたしと交代で来るはずだったんだけど子供が突然熱を出してしまったということでそのまま続行。 気がつけば、閉店時間まであたしは働きづめだった。 「リッちゃん、今日はほんとにありがとう!! これ、おみやげ。」 そう言いながら店長が差し出したのはテイクアウトのケーキを入れる白い箱だった。 「え、でも、夕飯もごちそうになっちゃったのに、そんな...」 (ほんとはあたしは夕方までのはずだったから"まかない"はお昼だけだったんだけど、マスターは夕飯分も作ってくれたのだ) 「いいから、いいから。」 あたしは白い箱をマスターになかば押しつけられてお店を後にした。 さすがに疲れた...。 おまけにあんまり寝てないんだっけ、そういえば。 でも、今日はぐっすりねむれるかも...。 そんなことを考えながらあたしはふらふらとアパートの前までやってきた。 ふとあたしの部屋の窓を見上げると、当然ながら真っ暗だった。 リュウちゃんがいた頃もバイトの時間の関係で部屋が真っ暗なことがあったけれど...。 今はあたしの帰りを待っていてくれる人はいないのだ。 そう思うとなんだか涙がこぼれそうになり懸命にこらえた。 「あれ?」 いつものようにドアのカギを開けたつもりが...閉まっている。 「開けっ放しだった?」 一瞬出かけた時のことが思い出せなかったが...そうだ、そうだった。 あたしが出る直前にリョージが来たからそのまま出かけたんだった。 たぶんリョージがそのまま帰ったのだろう。 一応、部屋にもスペアキーがあるけど、さすがにリョージは家捜しまではしなかったらしい。 あたしはそう思いながらもう一回カギを回した。 「うそ...」 あたしが食卓兼寝室のあかりをつけると...リョージが壁にもたれてねむっていた...。 ってこの人帰ったんじゃなかったの!? ていうか、それよりもなんでここで寝てるの!? あたしが部屋の入口でかたまっていると、リョージがあかりのせいか目を覚ました。 「あ、おかえりなさい。」 リョージは立ち尽くしたままのあたしの姿を見るとにこっと笑った。 「あの...なんで、ここに...?」 「え、だって、律さん、俺残したまま出かけてしまったし...さすがに鍵かけないで行くのもまずいなぁ、と思って。で、律さんが帰ってくるの待ってたら寝ちゃったみたいで。」 話しながらリョージはへへっと笑った。 一方、あたしはリョージが"律さん"と呼ぶたびに心の中になにかいやなものがこみ上げてくるような気がした。 「その"律さん"ってやめて。あと、敬語も。...リュウちゃんと同じ顔でそう言われるの、なんか、気持ち悪い...」 あたしの言葉にリョージはこまった顔になった。 「じゃあ、なんて呼べばいい?」 「別に、好きに呼べば。」 あたしはリョージにそっけなく言うと台所に向かった。 「竜一はなんて呼んでたの?」 「..."律"。」 「それじゃあ、"律"で。」 リョージのその言葉にあたしは一瞬心臓が止まるかと思った。 リュウちゃんと同じ声で、同じ響きで呼ぶその声に。 あたしはリョージに背中を向けたまま、ポットに水を入れることに集中した。 涙がこぼれないように。 ぐうううう....。 突然の異音(!?)にあたしは思わず振り返った。 リョージは座り込んだまま真っ赤な顔でおなかを押さえていた。 「あ、すみません...」 あたしはリョージが真っ暗な部屋で寝ていたことを思い出しはっとなった。 「ひょっとして...夕飯食べてない?」 「厳密に言えば、朝食べてからはなにも...」 あたしは思わずリョージに駆け寄った。 「なんで!?」 「だって、鍵開けたまま外出するわけにいかないなぁ、と思って。でも、勝手によそんちの食べ物あさるのもよくないし。」 リョージの言葉にあたしは深々とため息をついた。 そして、タンスの引き出しを開けると、カギの束を出しそこから家のカギだけ取り出した。 「はい、これ。どうせまだ実家に帰る気ないんでしょ?」 あたしはリョージにカギを差し出した。 「え、いいの!?」 「家に来るたびに飢え死にしそうになってたらこっちも迷惑だから。」 あたしの言葉にリョージはてれくさそうに笑った。 「ありがとう。」 そう言いながら浮かべた笑顔はやっぱりリュウちゃんにそっくりだった。 「あ、もうこんな時間なんだ。ホテル戻らないと。」 リョージはそばに置いてあった目覚まし時計を見てあわてて立ち上がった。 「それじゃあ、また明日来ますんで。」 そう言いながらリョージは玄関に向かおうとした。 「あ、待って!!」 あたしはダッシュで台所へ行くとさっきマスターにもらった白い箱を持ってきた。 「これ、よかったら食べて。」 「え?」 リョージはきょとんとした顔をした。 「あの...今日、留守番してもらったお礼。」 あたしがちょっと顔を赤くしながらそう言うと、リョージはにっこりと笑いながら箱を受け取った。 「それじゃあ、おやすみ。」 リョージが玄関のドアを開けて出て行こうとしたその時、あたしはなぜかひどい寂しさに襲われた。 「あ、あの!!」 「え?」 突然大声を上げたあたしにリョージは驚いた顔であった。 「あの、もしよかったらここにいない...?」 ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ というわけで、リッちゃんが向かったのはバイト先の喫茶店でした♪(前回のクイズより←え!?) そして、リッちゃんの爆弾発言(!?)にどうなるのでしょうか?  ̄m ̄ ふふ [綾部海 2004.5.5] |