東京の空の下


「竜一、今いるんですか?」
あたしが突然現れた"リュウちゃんの弟"に驚きかたまっている横で"リョージ"は勝手に部屋の中に入っていこうとした。
「ちょ、ちょっと待ってください!!」
あたしはあわててリョージの袖をつかんだ。
「あたし、リュ...竜一さんに弟がいるなんて一度も聞いたことないんですけど...」
リョージは袖をぎゅっとつかんでにらみつけるあたしにちょっと驚いたような顔をしたけれど...

「"この顔"が証拠にならないかな?」

そう言っていたずらっぽく笑った顔が...ほんとにリュウちゃんにそっくりで...
気がつけばあたしは袖をつかんでいた手を放していた。
そして、引き止めるもののなくなったリョージはどんどん部屋の中に入っていった。
「あ、ちょっと...!!」
あたしはあわててリョージを追いかけた。
しかし、1Kのせまい部屋なので、当然のことながらあたしはあっというまにリョージに追いつき立ち止まった彼にぶつかってしまった。

「これ...」
リョージは本棚の上の写真と"箱"をじっと見つめていた。
「どういうこと...ですか...?」
リョージの目はさっきとうって変わってとても真剣なものになっていた。
あたしはリュウちゃんがおととい事故に遭ってその夜に亡くなったこと、今日火葬場で"お骨"になったことを話した。
「そんな...」
リョージは本棚の前にがっくりと座り込んだ。
そんな彼の前であたしはどうしていいかわからず立ち尽くしていた。
「あの...」
「何か?」
あたしがおそるおそる話しかけるとリョージは顔を上げた。
「亮二さんは、どうしてここに?」
リョージはふうっとため息をつくと話し始めた。

リュウちゃんが3年前に静岡の実家から姿を消したこと。
とある事情でリュウちゃんを探すことはなかったけれどリョージはずっと心配していたこと。
リュウちゃんの高校時代の友達がこの街で偶然リュウちゃんを見かけたと聞き、いても立ってもいられず来てしまったこと。
そして、今日、近所の人からこのアパートにリュウちゃんがいるのを聞いたこと。

「静岡...」
考えてみたら、あたしはリュウちゃんがどこの出身か知らなかった。
リュウちゃんが昔のことを話したがらないのはなんとなくわかっていたし、あたしもそうだったのであえて聞こうとしなかったのだ。

「それで...もしリュウちゃんがここにいたら、どうするつもりだったんですか?」
あたしはリョージの話を聞きながらいつのまにか組んでいた両手をぎゅっと握った。
「まずは...竜一がいままでどんな生活をしていたのかとか聞いたりして...いずれは実家に帰るように説得するつもりだったけれど...」
考え考え話すリョージをあたしはじっと見つめていた。
最初はそんなに感じなかったけれど、リョージは声や話し方もリュウちゃんにそっくりだった。
「でも...竜一がこういうことになってしまったのなら、やっぱ両親にもちゃんと報告して、うちの墓に入れた方が...」
え!?
リョージの言葉にあたしは思わず身をかたくした。
それって...この"箱"を..."リュウちゃん"を連れて行っちゃうっていうこと...?

「だめ!!」
あたしはリョージと本棚の間に割って入ると後ろ手に"箱"を守ろうとした。
「え...あの...」
リョージはあたしの突然の行動に驚いているようだった。
「だめ!! リュウちゃん連れて行っちゃだめー!!」
あたしは手を後ろにまわしたまま首をぶんぶん振って叫んだ。いつのまにか涙もこぼれていた。
「ちょ、ちょっと、落ち着いて!!」
リョージは暴れるあたしの両肩をつかんだ。

「リッちゃん、どうかした!?」
その時、玄関のドアがドンドンと叩かれ、ケンちゃんの声がした。
その声にあたしの動きが止まり、リョージはほっと息をついた。
「お客さん、出た方がいいんじゃないですか?」
リョージがそう言って手を放すと、あたしは玄関に向かった。
「リッちゃん、なんか大声したけど大丈夫?」
玄関を開けるとケンちゃんが心配そうな顔で立っていた。
「あ、ごめん、大丈夫。なにか用?」
「うん、田中さんが...」
いきなりケンちゃんが驚いた顔をして言葉を切った。
思わずあたしがその視線をたどると...リョージの姿があった。
「...リュウちゃん!?」
やはりケンちゃんもあたしと同じことを思ったらしい。
「あ、違うの、リュウちゃんの弟さん。さっき訪ねて来てくれたの。」
ケンちゃんはあたしの言葉にさらにびっくり顔になった。
「へ〜リュウちゃんに弟なんていたんだ!! 知らなかった!!」
ケンちゃんはさらにあたしが思ったのと同じことを口にした。
「初めまして、竜一の弟の亮二です。兄が生前お世話になったようで...」
せまい部屋な上にケンちゃんが大声で話すもんであたしたちの会話が筒抜けだったらしい。
いつのまにかリョージはあたしの後ろに立っていた。
「いえ、こちらの方がお世話になりまくりで...とてもかわいがっていただいてました。」
ケンちゃんはそつのない言葉でにこっと笑った。
リョージもにこっと笑い、そしてあたしに顔を向けた。
「今日はもう遅いので失礼します。...そういえば、あなたのお名前きいてませんでしたね...」
そういえばそうだった...でも、言わせてもらえば"名乗るタイミング"がなかったんだけど...。
「冴木、律です。」
「それでは、律さん、また明日来ますのでくわしいことはまたその時に。」
リョージはそう言うと玄関を出てアパートの外へと消えていった。
残されたあたしとケンちゃんははーっとため息をついた。
「すごい...リュウちゃんが生き返ったみたいだったね...あ、ごめん!!」
ケンちゃんは"しまった!!"という顔をしながら両手を合わせた。
「べ、別に。それにそんなに似てないよ。」
あたしもケンちゃんとまるっきり同じことを思っていたのになんだかそれを認めるのがいやだった。

「そういえば、ケンちゃんの用事ってなんだったの?」
「あ、そうだ。"田中さん"がね、『よかったらみんなで夕飯食べないか』って。」
"田中さん"というのはアパートの"仲間"のリーダー格の中年男性で、料理がとても上手な人だ。
あたしがひとりでは夕飯どころではないのがわかっていて誘ってくれたのだろう。
「田中さんのごはんならいつでも大歓迎〜♪」
「ね〜♪」
あたしは弟みたいなケンちゃんと手をつないで田中さんの部屋に向かった。

なんだか昼間よりも心が軽くなった気がした。

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というわけで(!?)、ヒロインの名前は律(リツ)といいます。(ちなみに名字はサエキです)
リツとリョージよりも"お仲間軍団"(!?)の設定ばかり広がっていくこまった綾部です^^;
[綾部海 2004.3.23]

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Photo by 蜜雫