ファーストクリスマスイヴ
Part 1:加奈

「やだ〜!! 失敗しちゃった〜!!」
リビングでテレビを観ていたわたしは妹・みのりの悲痛な叫び声に引っぱられるようにキッチンに向かった。
「うわっ…」
キッチンには涙目のみのりに困った顔のお母さん、そして、テーブルの上には見事にふくらみそこなったスポンジケーキ。
「お姉ちゃん、どうしよ〜!!」
「"どうしよう"って…それで作るしかないんじゃない、クリスマスケーキ。」
わたしの言葉にみのりの目からぶわっと涙があふれでた。
「だって!! こんなの沙也さんたちに見せられない〜!!」
「あ〜、じゃあ、作り直せば?」
「だって!! もう卵がないもん!!」
「あるじゃん、まだ。」
わたしはテーブルの上のボウルに入った大量の卵に目をやった。
「だって!! それ、黄身がつぶれちゃったんだもん〜!!」
そう叫ぶとみのりはわんわんと泣き出した。
どうやら、黄身と白身を分ける段階で失敗しまくったらしい…。
「大丈夫よ。また買ってくればいいんだから。」
お母さんは笑顔でみのりをよしよしとなだめた。
「お姉ちゃん、悪いけど、買ってきてくれない?」
「え!?」
「どうせあなたちも食べるんだから。」
「わかった、近所のスーパーでいいよね。」
そう言いながらわたしが二階の自分の部屋へ向かおう(部屋着のままだったので)とすると…
「あ、今日、3時からイトーヨーカドーでタイムサービスで安いから。」
「へ!?」
「あと、できたら2パック買ってきてね。」
「な、なんで!?」
「明日の朝ごはん、オムレツにしようと思ったんだけど、これじゃあ卵たりなくなっちゃうかもしれないから。沙也ちゃんと鈴ちゃん、お泊りするんでしょ?」
お母さんのプレーンオムレツはわたしの大好物でふたりにも大評判なのだ。
「…わかった…」

そして、着替えを済ませたわたしは自転車でイトーヨーカドーに向かった。
途中、北高の前を通ると生垣越しに部活中の運動部の声が聞こえてきた。
そういえば、沙也も今日はバレー部の練習だって言ってたっけ。

考えてみたら、去年のクリスマスイヴも沙也は部活があったのだ(で、夜からパジャマパーティ)。
それなのに、今年は"都合が悪い"という顔をしていたのは…やっぱり"彼"となにかあるのかな?
("彼"ってどんな人か知らないんだけれど)
あと、鈴も何も言わなかったけれど"用事"ってデートなんだろうなぁ…。
「…いいなぁ…」
わたしがそんなことを考えながらぼそっとつぶやいたその時…

ちょっと前を歩いていたうちの制服の男の子が突然しゃがみこみ、反応が遅れたわたしはそのまま男の子に突っ込んでしまった…!!

「だ、大丈夫ですか!?」
かろうじて自転車がこけるのを食い止めるとわたしは男の子に声をかけた。
「あ、大丈夫です。すみません。」
しりもちをついてしまった男の子は困ったように笑った。
「あれ、古屋くん!?」
「あぁ、"図書委員長"さん。」
その男の子は図書室でよく見かける1年生だった。
確か、クラス委員もしていて、何度か生徒会の会議で会ったこともあるような…。
"古屋くん"は立ち上がると、制服についた汚れをぱたぱたと払った。
「ごめんね、ほんとに。」
「おれの方こそ、急に靴紐直そうとしたもんで。」
そう言うと古屋くんはにっこり笑った。
「…先輩は今日はデートですか?」
「え!?」
思いもよらない言葉に思わずわたしは声が裏返ってしまった。
「な、なんで!?」
「え、なんか、おしゃれだなあ、って…」
確かに、"お気に入りのチェックのスカートに白いダッフルコート"という今のわたしの格好は、"ただおつかいに行く"だけにしてはちょっと派手かもしれなかった。
「べ、別に、デートとかじゃないんだけど、せっかくクリスマスだから、と思って…」
「あぁ、そうなんですか。とてもかわいいですよ。」
ごまかし笑いをしていたわたしは古屋くんにさらっとなげられた"さらなる思いもかけない言葉"に顔が赤くなってしまった。

そして、"行き先の方向が同じ"ということで、わたしは自転車を押しながら古屋くんと並んで歩いていった。
歩きながら、さっきのみのりの話をしたら、古屋くんはくすくすと笑った。
「あ、でも、"タイムサービス"だったら卵、1パックしか買えないんじゃないですか?」
「あ…!!」
そういえば、ああいうのって"おひとりさま1個限り"とか書いてあるよね。
お母さんはよく「レジ、2回並んじゃった」とか言っているけれど、わたしはとてもそんなことできないし…。
あぁ…明日のオムレツが…(涙)
わたしは思わずがっくりと頭を落とした。
そこへ古屋くんのくすっと笑う声が聞こえた。
「よかったら手伝いましょうか?」
「え?」
私はがばっと顔を上げた。
「おれも行けば2パック買えますよね。」
「いいの!?」
「いいですよ。うちの母によくつきあわされるから、こういうの慣れてますし。」
「そうなんだぁ。」

それから、わたしたちはおたがいの家族のことなどいろいろ話しながら歩いていたら、あっというまにイトーヨーカドーに着いてしまった。
なんだか"思いがけない新しい発見"をしたような気分のクリスマスイヴの午後だった。

back / next
Christmas2007 TOP