「約束覚えてる?」 「"約束"?」 カイは一瞬とまどった顔をしたがすぐに「あぁ」と思い出したようだった。 「了解。」 カイはそう言うとまた私を抱えて飛び立った。 病院の中庭に降り立つとカイは私をベンチに座らせた。 私はふと空を見上げた。雲ひとつなく10年前と同じように月も星もきれいに瞬いていた。 私のひとつめの願いは"雲に乗ること"。 10年前、カイが私と指切りまでして約束してくれたことだ。(厳密に言えば"無理矢理"指切りさせたんだけどね...) でも、この状況でどうやって約束を守ろうというのだろう? そう思いながら、私は少し離れたところに立っているカイの姿をながめていた。 「ちょっと待っててね。」 カイはそう言うと両腕を空に高く掲げた。 何をしてるのだろう?、と思いながら見ていると、カイの手の間に何か白いものが...!! その白いものはむくむくと大きくなり、私がいつも寝ている病室のベッドぐらいの大きさになった。 確かにそれは雲だった...!! あっけにとられている私に腕を下ろしたカイはにっこり笑った。 「おまたせ。準備できたよ。」 カイはまた私を抱きかかえるとその"雲"の上に着地した。 「あ、すごい!! ほんとに雲の上に乗っかってる!!」 私はカイにしがみついたまま足の先っぽでその柔らかく弾力のある"まふっとした"感触を楽しんだ。 カイはそんな私の姿に笑いながら、抱えていた腕を解いた。 「はい、危ないから座っててね。」 そう言ってカイは私を雲の真ん中あたりに座らせると自分も隣に座り込んだ。 でも、"雲の上からの風景"を見てみたかった私は座ったまま端の方へ移動した。 「え!?」 その光景に私はびっくりした。 さっきまで私の背の高さと同じくらいの位置だったのに、雲はいつのまにか病院の屋上と同じくらいの高さにいたのだ!! その眺めの良さに私は目をみはった。 「すごい!!すごい〜!!」 「ひぃ...お願いだから落っこちないでね...」 雲からはみ出しそうな勢いで下を見ている私にカイは心配そうな声をかけた。 雲は病院の屋上も見下ろすような高さにくると横に移動を始めた。 「ひぃの家のあたりまで行ってみようか。」 カイはそのコースを最初から決めていたのか、雲は確かに私の家の方角へ向かっていた。 雲から落ちないように気をつけながら下を見ているといろんな家が流れていった。 やがて、私の目に"裏山の大杉"が飛び込んできた。 それは自宅の私の部屋からいつも見えている大きな杉の木で、あの木を見ると「あぁ、家に帰ってきたなぁ」と思うのだった。 そして、雲は茶色い屋根の二階建ての家の上空で止まった。 私の家だ。 「カイ、パパとママに会ってきてもいい?」 私の言葉にカイはむずかしい顔をした。 "お願い事"実行中は関係のない人には私たちの姿が見えないようにしてあるんだけど(魔法?)、こちらから話しかけたりするとそれも解けてしまい後々大変なことになるらしい。(どう"大変"なのかよくわかんないんだけど...) 「でも、"お願い"でもだめ!? パパとママにお礼が言いたいの!!」 "お願い"と言われたらしょうがない、という様子のカイはため息をついた。 「それじゃあ、ひぃと会うのは夢の中の出来事、っていうことにするから。」 カイはそう言うと、雲の端っこに行き私の家の上に手をかざした。 何か煙のような、膜のようなものがカイの手から発して家を包み込んだ。 カイは満足げに「よし」と言うと、「じゃあ、行こうか」と私に笑いかけた。 雲は2階の私の部屋の前まで降りてきた。 おそらく窓にはカギがかかっていたと思うけどカイがちょっと手をかざすと簡単に開いてしまった。 私は窓からグリーンのカーペットの上に降り立つと、部屋の中をぐるっと見回した。 いつ私が帰ってきてもいいように毎日ママが掃除してくれる部屋。 小学校に入学するときに買ってもらったけれどあまり使うことのなかった机の上には新品同様の高校の教科書が並んでいる。 ママの手作りのベッドカバーのかかったベッドは退院しても寝込んでばかりいた私の指定席だった。 そして、ベッドの上に置かれた大きなクマのぬいぐるみ。 幼い頃にパパがプレゼントしてくれた"彼"は私の大のお気に入りで子どもの頃は入院する時もいっしょに連れて行ったものだった。 (最近はちょっと恥ずかしくなって"お留守番"させてたんだけどね) 私はぬいぐるみを抱き上げるとぎゅっと抱きしめた。 『買ったばかりの頃はひぃもこのクマとあまり変わらなかったのに...大きくなったもんだね...』 この前一時帰宅した時のパパの言葉を思い出して涙が出そうになった。 私はクマをさらに抱きしめ、顔をうずめた。 カイはそんな私を少し離れたところで見ていた。 私はなんとか涙を押しとどめて顔を上げた。 「さぁ、パパとママのところに行かなくちゃ!!」 「パパ...パパ...」 私の声にパパは「ん...」と目を開けた。 「ひぃ!? どうしてここにいるんだ!?」 パパは病院にいるはずの私が自分たちの寝室にいてとても驚いているようだった。 あ、でも、"これ"はパパたちにとっては夢なんだよね。 「パパたちに会いたくなったから来ちゃった♪」 私がにこっと答えるとパパはさらにあわてた顔になった。 「"会いたくなっちゃった"ってお前...ママ、ママ、起きてくれ!! ひぃが来てるんだよ!!」 パパに揺り起こされたママはまだ寝ぼけた様子で起き上がった。 「パパ、な〜に...?」 突然起こされて不機嫌そうだったママも私の姿を見てしっかり目が覚めたようだった。 「ひぃちゃん!?」 「おはよう、ママ。」 「どうしたの!? 病院抜け出して来たの!?」 私はママの問いには答えずベッドに腰掛けると、ふたりの手に自分の手を重ねた。 「今日はね、パパとママにお別れを言いに来たの。」 ふたりはとても驚いた顔で私を見た。 パパは「何を馬鹿なことを言ってるんだ」と言い、ママは固まって何も言えずにいた。 私はふたりににこっと笑いかけると、重ねていた手をぎゅっと握った。 「あのね、今日まで、私を育ててくれて、守ってくれてどうもありがとう。 私...入院してばっかりで...学校に全然行けなくて...全然"普通の生活"できなかったけれど...パパとママのおかげできっと"普通の子"の何倍も幸せだったと思います。」 決して安くはない私の入院費や手術代のため毎日一生懸命働いてくれたパパ。 入院しているときは毎日必ずお見舞いに来てくれて、家にいる時も寝込んでばかりだった私につきっきりでいてくれたママ。 もっと一緒にいたかった...。 毎日少しずつ成長していく私の姿をもっと見ていてほしかった...。 そう思うと涙がこぼれそうになり、私はうつむいて懸命にそれを押しとどめようとした。 私はふたりの手をさらにぎゅっと握ると顔をあげた。 パパは今にも泣き出しそうな顔をしていて、ママはもう涙でグシャグシャだった...。 初めてふたりのそんな顔を見た私の頬にも涙が流れた。 でも...この言葉だけは笑顔で言わなくちゃ...!! 「パパ、ママ。」 私は涙をこぼしながらもにこっと笑った。 「聖はパパとママの子供に生まれてとても幸せでした。私を生んでくれてどうもありがとう。」 話しながらもどんどん涙がこぼれていくのがわかった。 でも、表情はなんとかそのままを保っていた。 私の言葉にパパの目から涙がボロボロこぼれ、ママは嗚咽を隠すように口を手で覆った。 「ひぃ...!!」 ふたりに抱きしめられて私も涙が止まらなくなってしまった。 私たちは抱き合ったままわんわんと泣いた。 突然、ふたりが同時に私にもたれかかってきた。 「パパ!? ママ!?」 ふたりから返事はなく規則的な寝息が聞こえてきた。 私は肩にもたれかかってきたふたりを両手で支えながら寝室の入口に目をやった。 そこには黒髪に白い服、白い翼のカイが立っていた。 「ちょっと早かった?」 カイの問いに私は首を振った。 「ううん、もう十分。 どうもありがとう。」 私とカイはパパとママをちゃんとベッドに寝かせると寝室を後にした。 「あ...!!」 入った時と同じように私の部屋の窓から"カイ特製の雲"に乗ろうとすると、はらはらとちらつく雪が目に入った。 さっきまでこの"雲"しか浮かんでいなかった空には"雪雲"(でいいのかな?雨を降らすのは"雨雲"だから)がちらほらと浮かんでいた。 「すご〜い!! ホワイトクリスマスだねぇ...!!」 雲の上に座り込むと私は空を見上げた。 小さな白いかたまりが自分に向かってくるのはなんだか不思議な感じがした。 雪に触れると確かにその冷たさを感じるのに、カイの"魔法"のせいか私はちっとも寒くなかった。 雲はいつのまにかまた動き出していた。 私は段々と離れていく我が家を、そして白く染まっていく"大杉"をじっと見つめていた。 「ひぃ。」 大杉が豆粒くらいの大きさになった頃、カイが私に声をかけた。 「願いごとはもうひとつ残ってるんだけどどうする?」 「急がないとだめ?」 「できれば...」 カイの言葉に私は「う〜ん」と考え込んでしまった。 パパとママには伝えたいことは全部言ったはずだ。 だからもう心残りはない。 ただひとつだけ気になるのは...。 あ〜、でもなんて表現したらいいのかわからない...。 どうすればいいのか、どうしてもらいたいのかわからない...。 難しい顔で考え込んでしまった私をカイは困った顔で見ていた。 「ひぃ。」 カイは私の肩に手を置いた。 「無理に三つお願いしなくてもいいんだよ...。」 あ。 何か今ひっかかったような...。 私はカイの言葉を無視して、三つ目のお願いをまとめようとした。 ...これでいいのかな? でも、ほかに思いつかないし...。 別に魔法使わないだっていいよね、たぶん....。 「カイ。」 私はカイの目をじっと見つめた。 「何?」 「三つめのお願い。」 カイはほっと安心したように笑った。 「何かな?」 カイも私の瞳をじっと見つめた。 私はドキドキうるさい心臓の鼓動を抑えつつ口を開いた。 「あのね...」 「うん。」 「あのね...」 言いたいことは決まったのになかなか言葉が出てこない...。 しっかりしなきゃ!! ここで言えなかったらきっと後悔する...!! 「あのね...私のこと...名前で呼んでくれる?」 言った!! 言えた!! でも... カイはぽかんとした顔で私を見ていた...。 「それで...いいの?」 そりゃあ、カイにとっては"お願いごと"に値するようなことじゃないでしょうよ!! でも、私はこの10年間ずっとカイのことが好きだったのよ!! 周りの男の子たちには目もくれずにずっとカイのことだけ想っていたんだから!! いつかカイに会えた時に"素敵な大人になった私"を見てもらえるようにといろいろ努力していたのに...。 私だってもう17歳なんだから!!(もう日付が変わったから) れっきとした大人なんだから!! いくらなんでも10年前と同じ呼び名をひどいんじゃない!?(しかも幼い頃からのニックネームで) そして、そのことがやっぱりカイは私のことをなんとも思っていないことを痛感させられた。 そりゃあ、カイは10年前も"大人"だったから(今も見かけはそんなに変わらないけど)あんなおちびは恋愛対象にもならなかったでしょうね。 どうせ片想いなのはわかってたんだから最後に夢見せてくれたっていいじゃない!! あ...なんだかまた涙こぼれそう...。 「ほんとに、いいの?」 「いいの!!」 私は泣きそうになるのをごまかすように強く答えた。 「わかった。」 カイは少しの間を目を閉じるとふっと瞼を上げた。 「...!!」 カイは私の瞳をじっと見つめていた。 でも、その目はさっきまでのより何倍も優しいもので...。 私はその瞳に見つめられていると思うだけで心臓が跳ね上がりそうだった。 そして、カイは口を開いた。 「聖」 その言葉で私はいままでこらえていた涙が一気に流れ出した。 ただ名前を呼ばれるだけで...こんなにあたたかく...こんなに苦しくなるんだ...。 いままで知らなかった感覚に私は涙を止めることができなかった...。 「聖?」 カイは突然泣き出した私にとまどっているようだった。 でも、さらに名前を呼ばれてまた新しい波が訪れ私の涙はこぼれるばかりだった。 困ったようにため息をついたカイは...そっと私を抱きしめた。 私は何が起こっているのかわからず頭に中には「?」が飛び交っていた...。 「泣かないで。」 そう言ってカイは私の髪を撫でてくれたが、私の心臓は爆発寸前だった...!! だって!! 今、私、カイの腕の中にいる...!? そう思うだけでなぜか涙はさらにあふれ、心拍数もさらに跳ね上がった。 カイはとても緊張して彼の胸に埋めていた私の顔を上げさせるとそっと涙をぬぐった。 「あ...」 さっきと同じように優しい表情のカイと目が合うと私は動けなくなってしまった。 そして、カイの顔が徐々に近づいてきて...。 最初で最後のキス。 カイの唇が私の唇と重なった時、そう頭に浮かんだ。 「ごめん...」 カイはまた私を抱きしめるとそう言った。 ちらっと見たら顔が赤かったような...。 「なんだか...お願い、四つも叶えてもらっちゃったかも...」 私の言葉にカイはくすっと笑った。 私の心臓は相変わらず早鐘のようだった。 そして、カイの胸に顔をくっつけたらカイもそうみたいだった。 私はカイの背中に腕をまわすとぎゅっと抱きしめた。 カイの腕もさらに強くなった。 「聖、そろそろ病室に戻らないと...」 私は顔をあげるとカイの目をじっと見つめた。 「ちゃんと後で迎えに行くからね。」 カイは柔らかく笑うと、私の額にキスをした。 「うん。」 私とカイはにっこり笑った。 私は真っ暗な病室に一人戻った。 部屋には看護士さんといっしょに飾りつけたクリスマスツリーがあり、私はしゃがんでそのライトのスイッチをつけた。 赤や緑やいろいろな色のライトが点滅を始めた。 私はしばらくしゃがんだままその灯りを見ていたが、ふと胸が痛くなったような気がしてベッドの中に入った。 目を閉じてもツリーの灯りが目の中に飛び込んできて点滅を続けた。 やがて...その灯りも見えなくなった。 ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ 新作「白い天使が降りてくる〜X'masマジック〜」いかがでしたでしょうか? 当初予定していたよりもとても長いお話になってしまいましたが、最後までおつきあいいただきありがとうございましたm(__)m "天使・カイ"のお話、また機会があったら書いてみたいと思っております(^^) May your Christmases be merry & happy!! [綾部海 2003.12.24] |