頬に感じる風の冷たさに思わず私は目を開けた。 目の前に広がるのは星の瞬く夜空のパノラマ。 ...って、あれ? 私、病室にいたんじゃなかったっけ...? 私はそう思いながらちょうど手に触れていたものをぎゅっとつかんだら... 「あ、起きちゃった?」 頭の上から降ってきた声に思わず顔を上げると...カイの顔が目の前にあった!! 「え、あ...!!」 「ひぃ、あんまり暴れると落ちるから。」 びっくり&はずかしさのあまり、あわてて顔を離そうとした私をカイがあわてて抱え直した。 実は、今現在、私は真っ黒なマントごとカイに抱えられて上へと飛んでいる最中だったもんで、私はあわててカイの服にしがみついた。 (ちなみに、さっきつかんだのはカイのスーツのジャケットだった) 私はやっと"自分の状況"が飲み込めたんだけど、次にとある考えが頭に浮かんだ。 「...あのね、私、死んじゃったんじゃないの...?」 確かベッドに横になって少ししたらとても胸が痛くなって...その後が記憶にないんだけど...。 「あぁ、"死んだ"よ、しっかりと。」 ...ってカイは慣れてるのかもしれないけれど、そうあっさり"死んだ"って言わなくても...おまけに"しっかりと"ってなによ!? でも、それじゃあ...。 「それじゃあ、私、幽霊になっちゃったんだ。...でも、生きてる時とあんまり変わんないんだね。風とか冷たさも感じるし。」 すると、私の言葉にカイはくすっと笑った。 「なに?」 「いや...あのね、別に"死んだ"からといって魂だけになっちゃう訳じゃないんだよ。現に、今、ひぃにはちゃんと身体もあるし。」 「え!?」 私は、片手はカイの服にしがみついたまま、もう片方の手をまじまじと見つめた。 確かに、手の向こうが透けて見えることもなく、いままでとまったく変わらなかった。 「あれ?私の身体が今ここにあって...でも、これから"ヘブン"に行くんだよね?」 私がカイの顔を見上げると、カイはこっくりとうなづいた。 「それじゃあ、朝になったら病院では私がいなくなったって大騒ぎに...」 「ならないよ。ちゃんと"代わり"を置いて来たから。」 「え!? "代わり"!?」 "私の代わり"って、まさか人形でも置いてきたとか言わないよね...。 頭の中でうんうん考えている私にカイはまたくすっと笑った。 「僕らの仕事はね、地球で"死んだ"人たちをヘブンへ連れて行くこと、だって言ったと思うけれど、その時、その人の"遺体"にそっくりなものを作り出して代わりに置いてくる、というのもそうなんだ。」 「なんでそんなことするの?」 「いわゆる"死んだ状態"にある人たちというのは"地球の医学では治すことのできない病気や怪我をした人たち"であって、ヘブンでなら十分治すことができるものなんだ。で、僕たちはそういう人たちをヘブンの医療センターまで送り届ける、という訳。」 「...!!」 私はカイの言葉がすぐ理解できなかった。でも、ということは...。 「ヘブンに行けば私の病気も治るの!?」 「もちろん。普通の、健康な身体になれるよ。」 そんな夢みたいなことが...!! 私は一気にヘブンに行くのが楽しみになってきた。 「それで、ちょうどいいから説明しておくね。ひぃは医療センターで手術を受けた後、しばらくヘブンで暮らすことになる。ヘブンの"地球人居住地域"で。」 「そこで、何をすればいいの?」 「なんでもひぃの好きなようにしていいんだよ。働きたい人には仕事があるし、一日中ごろごろしている人もいるし、勉強したい人には学校もあるし。」 「あ、私、学校行きたい!! いままでちゃんと行けなかったから!!」 カイの服を両手でぎゅっとつかんで力説する私にカイはにっこりと笑った。 その笑顔に私は思わず胸がドキッとした。 「あ、あのね...」 「ん?」 突然声が小さくなった私にカイは首を傾げながら顔をのぞきこんだ。 「ヘブンに行ってもまたカイに会える、よね...?」 私の言葉にカイの表情は一気に暗くなった。 そして、その顔に私の胸はズキッと痛んだ。 カイはしばらく私から目をそらしていたが、やっと顔を向けると口を開いた。 「あのね、ひぃに謝らないといけないことがあるんだ。」 「え?」 突然のカイの言葉に私の頭の中は"?"でいっぱいになった。"謝る"? 「ひぃと一番最初に会った時覚えてる?」 私はこくこくとうなづいた。"一番最初に会った時"ってカイが上から落っこちて来た時だよね。 「ほんとはあの時、ひぃの記憶から僕のことを消そうとしたんだ。」 「え...」 「でも、その後会った時に僕のこと覚えていたでしょ?おまけに、あの日、病院とその周辺には"ねむりの魔法"がかけてあったのにひぃには効いていなかった。」 あ、それで、カイ、あの時不思議そうな顔してたんだ。でも、なんで...? 「僕はてっきり自分の魔法が失敗したんだと思ってたんだ。でも、"神様"が"そうじゃない"って。」 私はカイの顔をじっと見つめながら黙って話を聞いていた。すごく胸がドキドキしていた。 「神様はね、ひぃが僕の"運命の人"だって...そして、あの日、僕らは"出逢わなければならなかった"から、それをジャマする魔法が効かなかったんだって。」 "運命の人"...小説やマンガで目にするたびにドキドキしていた言葉だったけれど...私がカイの...? 「ひぃ、僕のこと好き?」 「うん、もちろん!!」 思わず大声を出してしまい私はあわてて手で口を押さえた。 "私がカイの運命の人"っていうことは私にとってもカイが運命の人なんだよね。 そう思うだけで胸の中がうれしさでいっぱいになっていった。 でも、私がカイの顔を見上げると、なぜかカイはさびしそうな表情だった。 「カイ...?」 「いや、"神様っていじわるだなぁ"って思って...」 「なんで!? なんで"いじわる"なの!?」 私は"カイが運命の人でよかった"って思ってるのに...。 「あのね、ひぃ、地球人と、僕たち"翼を持つ者"の恋はうまくいったことがないんだ。」 え!? 私の胸にカイの言葉が矢のようにぐさっと刺さった気がした。 "それ"がどういうことなのか聞きたかったけれどすぐに言葉が出てこなかった。 「大事なことだからよく聞いてね。この話を聞いた後でもひぃはまた僕に会いたいと思うかどうか。」 そう言いながらカイは私をしっかりと抱え直し、私の耳はカイの胸にしっかりとあてた。カイの声が身体中に響いてきた。 「基本的に地球人はある程度の期間をヘブンで過ごしたらまた地球に戻らなければならない。生まれ変わるためにね。これは地球人すべてに課された"宿命"で、だから、もしヘブンの人間と恋におちても、その瞬間から"別れ"を意識せずにいられなくなってしまう。」 「で、でも、ヘブンにいる地球人同士だってそうなんじゃないの?」 私はカイの胸に顔を埋めたままそうたずねた。 「地球人同士だったら生まれ変わってからまためぐり逢えるようにしてもらうようにできるんだ。」 「え!? "神様"ってそんなこともできるんだ!?」 思わずまた叫んでしまった私にカイはクスクスと笑った。 「あ、じゃあ、私、ずっとヘブンにいる!! 神様に"ずっとヘブンにいさせて!!"ってお願いする!!」 「いままでにもそうお願いした人はいるんだけどね...」 そこでカイはふうっとため息をついた。私はなんだかいやな予感がしてカイの胸にぎゅっとしがみついた。 「地球人が僕たちとずっといっしょにいることは不可能なんだ。」 「ど、どうして!?」 「まず、僕たち―"ウィング"って呼ばれてるんだけど、地球人には―は地球人の何倍も生きるし、身体の構造も違う。」 「"身体の構造"?」 「そう、ウィングは地球人と成長の仕方がまったく違っていて、ある程度の段階まで成長するとその速度は一気にとてもゆっくりしたものになってしまう。例えば、ひぃはヘブンに行ってからもどんどん成長するけれど、僕はもうここ何年もこの姿のままだしこれからもそうなんだ。」 私はカイの話にとてもびっくりしながらもどこかで納得していた。 そうか、カイが初めて出会った頃と全然変わっていないのはそういう訳なんだ。 「つまり、ひぃがおばさんやおばあさんになっても僕はほとんど変わらない。それでもいい?」 「そ、そんなの...!!」 「やっぱり過去にも"それでもいい"って言う人がいたんだけど、その人どうなったか知りたい?」 ...な、なんだかカイの言い方、いじわるっぽくない? 私は何も答えることができずごくっとつばを飲み込んだ。 「とうとう身体がボロボロになっちゃって"存在"できる状態じゃなくなっちゃって...強制的に地球に戻されたんだ。新しい身体を得るためにね。」 私は黙ったままカイの服をぎゅっと握った。気がつけば、手のひらは汗でびっしょりだった。心臓もすごくドキドキいっている。 「そうなるのがわかっててウィングと恋をするよりも"生まれ変わったらまた出逢える恋"をした方がいいよ。」 そう言いながらカイは私の頭をぽんぽんとした。 私は何も言えずにいたが、心の中でどこか納得できない部分があった。 そうだ。"いちばん大事なこと"がまだわかっていない。 「カイ!!」 私が急に顔を上げたのでカイはびっくりした顔をしていた。 「わっ!! なに!?」 「カイは私のこと好き?」 じっとカイの目を見つめてそう言う私にカイは一瞬かたまったがすぐに目をそらした。 私はそらしたままのカイの顔をさらにじっと見つめた。 「...そんなこと、言えない...」 顔を背けたままカイは小さな声でそう言った。 だけど、私にはわかったの。 だって、カイが私のことをきらいって言えば私はこの恋をあきらめることができる。 でも、例え嘘でもそう言いたくなかったんだよね?そうだよね? カイはそれ以上何も言わなかったけれど、きっとそうだと思った。 そして、私がカイの身体にぎゅっとしがみつくと、ゆっくりとだけれどカイの腕が私の背中にまわった。 突然、ずっと夜空ばかりだった視界が急に真っ白になった。 「もうすぐだよ。」 カイの言葉の通り、その"真っ白"はあっというまに通り過ぎて、気がつけば私たちは白い建物の前に立っていた。 足元は白い、なんだかマシュマロみたいな感じだった。ひょっとしてさっきの"真っ白"はこれ? 私がカイにしがみついたまま、つま先でその"マシュマロもどき"を突いていると、急に白い建物のドアが開き、白い服の女の人が出てきた。 「ヘブンへようこそ、聖さん。」 その女の人はそう言うとなぜかくすっと笑った。...って、私、まだカイにしがみついたままだった!! 私はあわてて真っ赤な顔でカイから離れた。ちらっと見ただけだけど、カイの顔も少し赤かったような気がした。女の人はさらにくすくすと笑った。 「初めまして、私はあなたの担当をさせていただく"真由美"といいます。どうぞよろしく。」 「あ、はい!! よろしくお願いします!!」 私はあわててぺこっと頭を下げた。 それにしても...真由美さんってどっからどう見ても日本人と変わらないんだけど...翼もないし。ひょっとしてこの人は地球人なのかな? 「お疲れでしょう?これから病室に向かいますのでこちらへどうぞ。」 そう言って、真由美さんがぱちっと指を鳴らすと...突然目の前にストレッチャーが!! や、やっぱり真由美さんも"ウィング"なんだ...。 「あ、あの、大丈夫です、歩いて行けますから...」 私がびっくりしながらもなんとかそう言った。 「そうですか?まだ"薬"が効いていると思いますがご無理はなさらないで下さいね。」 真由美さんは首を傾げたが、また指をならすとストレッチャーが消えてしまった。 ...ほんとに"なんでもあり"って感じ...? あ、そうか。考えてみたらここに来るまで苦しくもなんともなかったのはカイが痛み止めみたいな薬を飲ませてくれたからだったんだ。 そして、真由美さんはカイに目を向けた。 「あ、カイ、ご苦労様でした。ここから先は私たちにおまかせ下さい。」 「はい、よろしくお願いします。」 そう言うとカイは白い大きな翼をしゅっと背中にしまった。(...しまえたんだ、あれ...) 「それでは、聖さん、こちらへどうぞ。」 「あ、はい。」 私は建物の中へ向かう真由美さんについて行こうとしたが、ふと立ち止まり、振り返ってカイを見た。 カイはにっこり笑って私に手を振っていた。 そして、私も笑うとこう言った。 「カイ、"またね"。」 ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ 去年(2003年)のクリスマスに「白い天使が降りてくる〜X'masマジック〜」をUPしてからずっと書きたいと思っていた"エピローグ"です。"「天使」のラストはほんとの終わりじゃないんですよ"ということで(^^) ひょっとしたら"「天使」で終わりのままがよかった〜!!"という方もいらっしゃるかもしれませんが、綾部としては"カイと聖の恋をもっと書いてみたい"と思ったのです。(と言っても"さらにこの先のお話"を書くかどうかまだ決めてませんが^^;←おいおい) ちなみに、タイトルは浜崎あゆみさんの曲から♪ [綾部海 2004.12.26] |