6日目

トゥール〜ロワール地方(70km)

ロワール川の支流、シェール川をまたぐように建っている。16世紀の創建以来、代々の城主が女性だったことから、「6人の女の城」とも呼ばれる。  中でも、王アンリ2世より20歳も年上だったが衰えることのない美貌を誇ったディアーヌ・ド・ポワティエは、突然の王の事故死の後、正妻カトリーヌ・ド・メディティスに城を追い出される。城を囲む二つのフランス庭園には二人の名前が付けられている。 今までの城は、敵の侵入時を考えて、廊下がなく、奥の部屋には部屋のドアを次々に開けていくしかなかったが、この城は廊下がある。また、本来は螺旋階段だったが、ここは、普通の直線の階段がついている。 

フランス中部の都市。大穀倉地帯であるボース平野の一面の麦畑の中にたたずむ町。古くから司教座がおかれている古市で、中央部にあるノートルダム大聖堂はゴシック建築の最高峰。左右の塔は建築された時代により異なった建築様式になっている。  ファザードのバラ窓や、キリストの家系図を表している側廊のステンドグラス「エッサイの根」は「シャルトルの青」と呼ばれ、13世紀のステンドグラスの極点である。

海外60回以上のベテランの方

カトリーヌ・ド・メディシスの居室。

セザール・ド・ヴァンドームの居室。

7日目

裏面

厨房

ミルフィーユ

ディアーヌ・ド・ポワティエの庭園

マルク家の塔。シュノンソー城を建設するため、マルク家の城塞と水車を16世紀に取り壊し、塔の部分を残した。

5人の王妃の居室。

ルイ14世のサロン。

途中で昼食

右の塔はロマネスク様式の旧鐘塔、左の塔はゴシック様式の新鐘塔。

北ポーチ 彫刻は天地創造からキリスト降誕まで人類の歴史を物語り、最後の審判が刻まれた南ポーチへと続く。

ステンドグラスは全部で176枚。

りんごのタルトで、ロワール地方のホテル「タタン」でタタン姉妹がアップルパイを作っていて、リンゴを焦がしてしまったので、その上にタルトの生地をのせ、オーブンで焼いた所、美味しいタルトが出来上がった。

ロレーヌ公スタニスラスのためにメイド・マドレーヌが作ったのが始まり。

マドレーヌ

タルト・タタン

ロワールの古城巡り

シャンボール城

シュノンソー城

「柱の聖母」が置かれた19世紀の祭壇。洋ナシの木で造った彫像には彩色が施されている。この聖母子像は16世紀のもの。

藤枝出身の方。お孫さんと参加。フランスは4回目だそうです。

シャルトル大聖堂

シャルトル観光後、90km走ってパリに帰ってきた。 これで、全部の行程をこなしパリで泊まった同じホテルに宿泊した。   夕食はついていなかったので、近くの巨大スーパーの中にあるテイクアウトの中華レストランでとった。

シューというのはキャベツというフランス語で、種が余ったのでオーブンで焼いた所このようなものができたので、そこにクリームを入れてできた。

シュークリーム(シュー・ア・ラ・クレーム)

正面

城壁だけで周囲30kmを誇るロワール最大級の城。狩猟館だった建物を16世紀にフランソワ1世が改修を命じ完成したのは約140年後だった。フランス・ルネッサンス様式の最高傑作といわれる。 幅156m、高さ56m、部屋数426を誇る。282本の尖塔はすべて暖炉の煙突だが、城全体を暖めることはできなかったらしい。有名な螺旋階段はレオナルド・ダ・ヴィンチの考案とされる。

フランソワー1世の居室。

トップへ

ディアーヌ・ド・ポワティエの部屋。この時代、上半身を起こして寝ているためベッドは小さい。天蓋は寒さを防ぐため。

シェール川の流れの中に建っている。

ロワール〜シャルトル(130km)

シャルトル

リ〜フランクフルト〜中部国際空港と乗り継ぎ無事に帰ってきました。 飛行機が着陸態勢にはいってから、随分揺れて飛行機酔いをしてしまった。随分飛行機に乗っているが初めてのことです。同じような状態になった方が他にもいたようで、私だけではなかったようです。

添乗員に聞いたフランスのデザートについて  ・フランスでは料理に砂糖を使うと言うことがないので、デザートを甘くしているそうです。

エクレールとは、稲妻、雷という意味で、焼いた表面にできる割れ目が稲妻に似ているから。

エクレア(エクレール)

カトリーヌ・ド・メディティスの庭園

ミルが千、フィーユが葉っぱで、千枚の葉を重ねたものという意味。

四季折々の花やハーブが香る「フランスの庭」と呼ばれる地方。ロワール川流域には12世紀にアンジュー家が領土を守る城砦として築いた80を超える城が点在する。14世紀には、ヴヮロワ家が受け継ぎ、ルネッサンスの影響を受けていった。シュノンソー城、ブロア城、シャンボール城、アンボワーズ城、アゼール・リドー城などがあり、世界遺産に登録されている。