4日目
層雲峡温泉〜(黒岳ロープウエイ)〜網走〜摩周湖〜オシンコシンの滝〜知床五湖〜知床ウトロ温泉
東南端にはカムイヌプリ=神の山 摩周岳(858m)がそびえる。
黒岳ロープウエイは、ゴンドラで黒岳5合目まで、リフトに乗り換え7合目までいける。 時間がなかったので、7合目に着くと直ぐにくだりのリフトに乗るというあわただしかったが、ゴンドラからは、紅葉の樹海の中を石狩川が流れ、リフトからは、黒岳頂上やそれに続く山々を眺められた。ゴンドラは片道7分、リフトは片道15分かかる。
知床五湖(斜里郡斜里町)は、原生林に囲まれた幻想的な五つの湖。周りの樹木や知床連山を映しながら静寂を保っている所。流入、流出する川はなく、湖底の岩を伝い、知床半島の断崖に染み出している。 エゾ松,とど松が多く、エゾリス、エゾシカ、ヒグマなどがが生息する。五湖周るのに90分とあったが、クマが出没しているので二湖までの散策になってしまった。
一湖
網走湖(網走市と女満別市にまたがる、網走国定公園の一つ。)、能取湖(オホーツク海沿岸に並ぶ七つの海跡湖の一つで網走市にあり、網走国定公園に含まれる。アイヌ語のノッ・オロ=岬のところ、能取岬に近いという意味である。) 途中、私達の乗った網走観光バスの本社の近くのお鮨屋さんで(オホーツク握りずし)の昼食をとる。オホーツク海沿いに走り、途中小清水原生花園の横を走り摩周湖まで。
網走刑務所は一番脱獄しにくいといわれている。明治の脱獄王(石川寅吉)は、五寸釘を 踏み抜いたまま脱走したので「五寸釘の寅」といわれ、昭和の脱獄王(白鳥由栄)は吉村昭の「破獄」の主人公になっている。 また日本共産党の徳田球一、宮本賢治も収監されていた。1984年古い木造の建物は博物館網走監獄に移築され、新しい刑務所となり、微罪のものが収監されている。 囚人道路は、北海道で行なわれた過酷な囚人労働をものがたる遺跡。 札幌から網走市に達する中央横断道路(北見道路)もその一つで、網走政務所と空知 監獄の囚人役1000人を使役して建設され囚人道路といわれた。建設が終わったとき五体満足に生きていたものはたった15人という過酷なものだった。 鎖塚 北見市葉端野町緋手内では囚人道路が国道39号線に出る手前に三基残っている。土饅頭から囚人の骨や鎖が出土する。脇をバスが走ったが、写真を撮れなかった。
リフト上り
オシンコシンの滝(斜里郡斜里町) チャラッセナイ川の河口付近にある滝。源流は知床半島に中央部に位置する遠音別岳西側斜面である。 アイヌ語で「川下のエゾ松が群生する所」を意味する「オ・シュンク・ウェ」から転じた。 チャラッセナイは「チャラチャラ流れる川」の意味。
展望台からの夕日
駐車場で草を食むエゾシカ
知床連山は海別岳、遠音別岳、羅臼岳(1661m)、硫黄山、知床岳、知床岬にいたる約65kmである。登山できるのは羅臼岳から、三峰、サシルイ岳、オッカバケ岳、南岳、知円別岳、硫黄山までの間だけ。シレトコとはアイヌ語で「シリエトフ」大地の果て、地の突出部という意味。
小清水原生花園(屈斜里郡小清水町)はオホーツク海と濤沸湖にはさまれた約8kmの細長い草原地帯が広がる。 白鳥の飛来地でもあり、運がよければ丹頂ツルも見られる。
赤レンガの刑務所の塀
網走
黒岳5合目(1300m)
火山の中央が陥没して出来たカルデラ湖である。周囲はカムイヌプリを最高峰とする高さ150〜500mの急な崖に囲まれ流入、流出する河川がなく、水位は一定している。
流れが二本になっているところから「双美の滝」とも言われている。落差80m、滝幅30m
二湖 一番大きな湖
知床の海を見ながら知床ウトロ温泉(ホテル知床)に入った。途中の道の両側で、エゾシカが遊んでいた。今日の走行距離は344kmだった。 バイキング会場で隣り合わせた若いご夫婦は、福島から車で来ていて、ここまで観光をしながら来たそうだ。明日は知床を船で海から見る予定だと言っていた。私達は残念ながらその予定はない。
原生花園の駅と展望台
(上川郡弟子屈町)
摩周湖
日本で最も透明度だ高い湖の一つで、世界ではバイカル湖についで2番目。
よく晴れた日の湖面の色は「摩周ブルー」と呼ばれる。阿寒国立公園に位置し、湖んぽ中央に断崖の小島カムイシュ島がある。アイヌ語でカムイ=神、シュ=老婆を意味する。
網走駅の縦書きの古い駅名。横道にそれないように?
サイロ 牛の飼料となるサイレージ(牧草を発酵したもの)を貯蔵する。
テンサイ畑と玉ねぎを収穫したコンテナが見える。
鹿 発見!!
黒岳7合目(1520m)
黒岳山頂が見えた。(1984m)
黒岳 桂月岳、凌雲岳、上川岳が見える。
リフト下り
天塩岳、雄阿寒岳、阿寒富士などが見える。