音源メディアの変遷 

元祖一発屋とシングル盤の悲哀

アナログ音源再生計画

「一発屋」という呼称はヒット曲とりわけ「シングルレコード」特有のものです。管理人はシングル盤自体はあまり持っていないが、ヒット曲が嫌いではありません。70年代のいわゆる「フォーク」「ニューミュージック」といわれた時代のヒット曲はカセットに殆ど録音してあるし、カラオケなら全部歌えます(おじんくさ(^^;)
 
 当時から今に歌い継がれる名曲(かどうかわからないが)1曲を残して消えていった歌手は山ほどいますが、そのルーツをたどればこの人に。。。

一節太郎「浪曲子守歌」
”逃げた女房にや未練はないが、お乳欲しがるこの子が可愛い”
40代以上の方なら一度は耳にした事のある曲ではないでしょうか?

あのしわがれた浪曲師風の声で昭和38年以降大ヒットした曲です。その年の代表曲に梓みちよ「こんにちわ赤ちゃん」、舟木一夫「高校三年生」、三田明「美しい十代」といった青春歌謡、そして東京オリンピックの年として三波春夫の「東京五輪音頭」がヒットした時代です。

ジャケットは青と黄の2色刷。
当時のシングルジャケット印刷は2色が定番



当時、このレコードを「ポータブル電畜」で毎晩のように再生してしゃがれ声でがなり立てていたオヤジ(管理人の父)は母や私達子供のひんしゅくをかいながらも、宴会用に覚えていたのではないでしょうか(笑)当時はカラオケなど無い時代ですから、あまり伴奏の必要がない浪曲や演歌系の唄が酒席でも好まれたようです。

 この「名曲中の名曲」は21世紀になっても、たまにオジイチャン方が「のど自慢」で歌うので若い方も耳にした事がある筈。

 この曲があまりにも名曲であり、しかも一節太郎氏の芸名・声・風貌にあっていたため一節太郎=浪曲子守歌のイメージが定着し、その後何枚かシングルを出しても売れるのはこの曲だけでした。

御存知の方も多いでしょうが「ウルトラセブン」で諸星ダンを演じた森次晃嗣氏はその後時代劇などのワキ役を演じましたが、どんな役を演じようと”あっウルトラセブンだ!諸星ダンだ!”と言われ続け不遇の時代を過ごしたそうですが、そんな子供(我々の世代)が大人になりウルトラブームは再燃し逆に『諸星ダンは俺だけだ!』と居直って本まで(モロボシダンの名をかりて)出して人気者として復活しました。

この差を思うとき、復刻ブームをつくってきたのは我々中年世代だとちょっぴり自慢したくなります。やはり一節太郎氏はもっと上の世代のアイドル?であったがゆえにリバイバルは難しいのでしょう。
 
同じ60年代の一発屋では城卓矢「骨まで愛して」  矢吹健『あなたのブルース』 中村晃子「虹色の湖」 バーブ佐竹「女心の唄」などが思い出されます。もっとも中村晃子さんはタレントとして売れっ子だった。

しかし何十年も生きてくると『俺は一発でも何か花火を打ち上げた事があったのだろうか』と思うことが無いでしょうか?たとえ一発でもその時代の人々の心に残る曲を持っているのは幸せです。シングル盤のジャケットを眺めていて、ついそんな事を思ってしまう年頃です(^^;

※ここで一発屋と表現しているのはあくまで管理人がそう思っただけの話。ほかにヒット曲を知らないから、あるいはもう忘れたから。でもここで取り上げた皆さんは大ヒットをお持ちだから私が記憶していられた。いちいち文句を言わないでね(^^;



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