可憐は戻ってきた・・・・・・。
うまくいけば、それと同時に亞里亞が目覚めるはずだった・・・・・・。
だが・・・そうはいかなかった・・・・・・。
亞里亞自身がそれを望まなかったからである・・・・・・。
可憐は事の事情を皆に説明した。
それを聞くと、皆はさすがに止む無し・・・という表情をとるしかなかった・・・・・・。
「・・・・・・そう・・・亞里亞ちゃんが・・・・・・ね・・・・・・」
それから最初に口を開いたのは咲耶だった。
その口ぶりからして、彼女も可憐と同様にすべての記憶を取り戻したようである。
それは要するにこの世界が千影によって創られたものであり、さらに元の世界からの
亞里亞を含めた全員に関する彼女自身の知りうる事柄である。
なお、他の者たちについては、まだ個人差があるようで、全員が全員・・・すべての記憶を
取り戻しているとは限らないようである。
よって、今は咲耶と可憐を筆頭にし、亞里亞がこれまでに取ってきた行動の元となった
素因について、考えをまとめることにした。
だが、その前に千影から、亞里亞に関しての新たな説明があった。
「・・・・・・亞里亞ちゃんは・・・・・・さびしがり屋さん・・・・・・だからね・・・・・・。
何か不穏な空気が流れ始めたのを察知したので、私が少し前に彼女の元を訪ねたのだが
・・・・・・彼女は泣き伏せっていた・・・・・・。
・・・・・・だから、私は彼女から事の理由を聞き・・・・・・少しでも彼女の役に立てないかを
考え始めた・・・・・・。
それが、この世界の構築だった・・・・・・。
・・・・・・だが、それはあくまでも一時的な・・・・・・彼女を元気づけるための夢の遊園地を
提供するものだった・・・・・・。
もちろん、兄くんも呼んでのことでだ・・・・・・。
ところが、もうそろそろ・・・この世界を閉じようかとした時に、突如異変が生じてしまった。
・・・・・・そう、この世界の制御の大部分を彼女に奪われてしまったのだ・・・・・・。
閉じようと思った世界が、私自身の力では閉じられなくなってしまった・・・・・・。
さらに言うなれば・・・亞里亞ちゃん自身が、この世界の永遠を強く望んでしまったから、
このような事態を招き始めた・・・・・・。
だが、私も魔術を操ることのできる1人・・・ある程度の制御はまだ可能だった。
とは言っても、私1人の力ではさすがに限界があることを悟った。
だから、今となっては申し訳なかったが、事前説明もなくこの世界に皆を引き込ませて
もらった・・・・・・。
あと、各人の記憶操作は私の方で適切と思われる範囲で勝手ではあったが
やらせてもらった・・・・・・。
可憐ちゃんと咲耶ちゃんは今回の一番重要な人物・・・・キーパソンであると
察知したので、2人には私と亞里亞ちゃん以外のことはすべて残しておくことにした。
あぁ・・・それと、雛子ちゃんについてはまだ幼少の身であることから、できるだけ精神的負荷を
軽くする意味でも、可憐ちゃんたちと同等レベルに留めさせてもらった・・・・・・。
なお、他のみんなについては、あまり余計な記憶を持ち込まない方が良いと思ったので、
一時的に封印し、この世界専用の仮の記憶を植え込ませてもらった・・・・・・。
以上、事後になってしまったが、本当に勝手なことをさせてもらって申し訳ないと思っている。
今ここで深く詫びたい・・・・・・・・・・・・・」
そう言い切って、千影は頭を垂れた・・・・・・。
・・・・・・さすがに、そこまで事情を説明されると、もはや誰も・・・何も言うことはできない・・・・・・。
ただ受け入れ、理解し、自分なりに納得するしかない・・・・・・。
さらに千影は、こう付け加えた・・・・・・。
「・・・・・・本来なら、ここで亞里亞ちゃんも覚醒して、すべてが元の状態に戻る手はずになって
いたのだが・・・・・・、可憐ちゃんからの説明から察するに、亞里亞ちゃんはまだ心の整理が
できていないようだ・・・・・・。
・・・・・・きっと、今はまだ心を休めつつ、自分がこれまでのことをどうするのか・・・・・・、
これからのことをどうするのか、また・・・自分自身どうしていきたいのか・・・・・・、
考えなければならないことが山ほどあるのではなかろうか・・・・・・。
・・・・・・だからこそ、今はまだすぐに我々のもとには戻ってこれないのだと思う・・・・・・」
そう千影が言い切った後、すぐさまに雛子が反論した。
「え〜!?・・・だったら〜・・・亞里亞ちゃん、雛子やみんなといっしょに考えれば
いいんじゃないの?」
雛子の意見も、またそれも一つの解決策ではあったが、それには彼女のすぐ傍にいた
可憐が一言付け加えた。
「雛子ちゃん・・・・・・亞里亞ちゃんにも、雛子ちゃんの知らない・・・いろいろなことが
あるのよ・・・・・・」
よくは分からないが・・・何か自分の知らない何かがあることを何とはなしに悟った
雛子は黙って、こくんと頷いた・・・・・・。
この後、しばらく沈黙が続いたが、何かを思いついた春歌がそれを破った。
「では、こうすれば、いかがでしょうか?
兄君様にお願いして・・・・・・、
とお思いましたけど、まだお目覚めになられていないので・・・・・・・、
やはり・・・もう少し待つしかないのでしょうか・・・・・・」
その言葉を聞いた千影は少し苦渋の表情を見せ、こう付け加えた。
「・・・・・・残念だが、この世界に我々がいられるのも・・・あと僅かだ・・・・・・。
・・・・・・仮にそうなっても、全員元の世界へ無事に帰ることはできる・・・・・・。
それに・・・みんなの記憶も次第に戻ってくる・・・とは思う・・・・・・」
まあ、兄君については・・・亞里亞ちゃんが可憐ちゃんに言い残していったことが真意なら、
直に目覚めるだろう・・・・・・。
ただし、亞里亞ちゃんについては・・・・・・彼女自身が目覚めたいと願わない限りは、
このままの状態が続く・・・・・・。
一旦、我々はこの世界から離脱しなければならない・・・・・・。
すべての問題の解決は、それからでも遅くはないだろう・・・・・・」
千影はそう言い切り、全員の顔を見渡して、一通り確認した後に、元の世界に戻るための
詠唱を始めた・・・・・・。
一瞬、眩い光に覆われたかと思うと・・・もう次の瞬間には、全員無事に元の世界に戻ってきた。
まだ眠ったままの亞里亞を除いては、兄を含め皆・・・意識と記憶を完全に取り戻している。
ちなみに・・・戻ってきた場所は、亞里亞が住まうお屋敷の入り口前である。
無論、千影なら、どこでも自在に場所を選択することは可能であるのだが、自力で動けない
亞里亞のことを考慮すると、今回の千影の判断は一番適切だったように思われる。
なお、元の世界との時間経過については、極力皆の生活の影響が出ないように、
咲耶たちが異世界へ送られた日の数時間後・・・午後2時くらいとなっている。
とりあえずは、執事担当のじいやさんに無難な範囲で事の事情を説明し、今しばらくは
昏睡状態であるが、しばらくしたら目が覚めるであろうことを伝えた。
もし、なかなか目覚めないようだったら、千影のところまで連絡を入れてもらうように
じいやさんには伝えておいた。
「・・・・・・亞里亞ちゃん、大丈夫かしら・・・・・・」
入り口の門まで戻る途中の中庭で、咲耶は何ともいえない不安を感じつつ、
亞里亞のお屋敷の全景を見渡しながら呟いた。
「・・・・・・うん・・・可憐も心配・・・・・・」
可憐も咲耶と同様である。
いや、その場にいる全員がそうである。
・・・・・・ここで、今まであえて沈黙を保っていた兄が言葉を発した。
「僕・・・亞里亞ちゃんが目覚めるまで、亞里亞ちゃんの傍にいたい・・・・・・」
そう言って、彼は今出てきたお屋敷からの道を手繰り戻るようにして走っていった・・・・・・。
あとにその場に残された咲耶たちは各々どうしたらいいのか考えあぐんでいる・・・・・・。
そのまま帰ってしまっていいのだろうか・・・・・・。
それとも・・・兄の後を追っていくべきなのだろうか・・・・・・。
否、そのどちらでもなかった・・・・・・。
今は亞里亞の元へと戻るべきなのではないだろうかと・・・・・・。
それは・・・たぶん、亞里亞が目覚めるのを待ってあげたいから・・・・・・。
・・・・・・けっして、無理に目覚めさせたいわけではない・・・・・・。
いつまで掛かるかは無論分からない・・・・・・。
だけど・・・完全に離れてしまってもいけないような気がする・・・・・・。
それは全員が同じ考えであった・・・・・・。
今は・・・兄を筆頭に妹全員が亞里亞の部屋に集っている。
だが、そうしたからといって、亞里亞がすぐに目覚めるわけではない。
千影が付け加えて言うには、後は亞里亞自身の心の問題だから、彼女が目覚めたい
と思えば目覚めるし、そう思わなければ・・・いつまで経っても目覚めることはないそうである。
もう・・・あれから5時間は経過したが、依然として変化はない・・・・・・。
そこで、今夜はどうするかということになったが、さすがにこれ以上は全員が残っている
わけにもいかない・・・・・・。
とりあえず、今夜は兄と千影が居残り、後は各自帰宅することとなった。
たぶん・・・今夜のうちに目覚める兆候はなさそうだ・・・という千影の言葉もあって、
ここは必要最小限の人員に留めた。
なお、明日以降については、交代で2名ずつ亞里亞に付き添うことになり、
明日については、本人たちの強い申し出もあって、咲耶と可憐の当番となった。
そして、翌朝から亞里亞に付いた咲耶たちは、時折彼女の様子を伺うものの、
変化は全くないので、これといってすることは特にない・・・・・・。
なお、本日夕方までに目覚めない場合には、本人への栄養補給が必要になってくる
ことから、点滴を受けるための措置を講じなければならなくなる。
本来なら入院しなければならないところであるが、そこはさすがに亞里亞のお屋敷・・・・・・
医師や看護士を呼んで、看護士は常駐のもと、在宅での治療並びに療養は
可能だそうである。
ちなみにその手配の準備は既に完了しているそうで、その最終判断は本日の夕方4時の
時点で決めるそうである・・・・・・。
それから・・・さらに時間が経過し、亞里亞の容態は変化がないまま・・・・・・、
とうとうその時間が目前に迫ってきたのであった・・・・・・。
(第24話に続く)