可憐は再び亞里亞の深層意識世界へと潜っていった・・・・・・。
今回はさすがにそれ以上の人数が入ると、亞里亞の負荷が大きくなるため、
後は可憐1人にすべてが託されることになった。
とはいっても、可憐自身もまったく不安ががないわけではなかった。
実際、あとどれだけの時間が残されているかは・・・まったく検討がつかないのである。
要は亞里亞自身の耐久力にもかかっているわけだが、精神力自体は相当のキャパシティが
あるので、まだ大丈夫だろう・・・という千影の見解はあったものの、問題は肉体的に
どこまで保てるかにかかっている。
なにせ亞里亞はまだ幼少の身・・・柔軟性はあっても持久力はまだまだ不足している
のである・・・・・・。
だからこそ、少しでも亞里亞に掛かる負担を減らして残り時間を少しでも多く
取っておきたいのである。
可憐はさらに潜っていった・・・・・・。
亞里亞の奥底へと・・・・・・。
だが、そこは行っても行っても目的地に辿り着けない・・・果てしない迷宮のようであった。
これはたぶんに・・・まだ亞里亞の中で迷いがある証拠でもある・・・・・・。
彼女自身・・・自分の考えや行動のすべてが正しいとは言い切れなくなってきている
ことを意味しているのだろうが、きっとまだ踏ん切りが付けられないでいると推察できる。
そうなると後は、誰かの手助けや後押しが必要となってくる。
もう自力では難しいのかもしれない・・・・・・。
これは一般論になるが、人はすべて自分のみの力で何でもできるとは限らない。
いや・・・できないと言い切った方が正しいのかもしれない。
体が肉体的にも精神的にも問題なく、生きていく上で自分ですべてを賄える人など
そうそういない・・・・・・。
誰しも・・・知らず知らずのうちに、誰かの助力や恩恵を受けて生きているものである。
本来なら、それらそれらに常に感謝の気持ちを持って生きていくべきところではあるが、
これがなかなかそうできるものでもなく、いつの間にかそれらが当たり前のごとくに思い
生きているのが自然となってくる。
そして、人は本当にどうにもならない壁にぶち当たって、初めてそういったありがたみを
感じるものである。
亞里亞はまさに・・・今ようやくにして、その気持ちを持とうとしている・・・・・・。
けっしてあきらめずに前へ進もうとする意思があるならば、その人の心に自然と進むべき
道が開かれ、前に輝かしい光が差してくることは間違いないと言っていいのでは
ないだろうか・・・・・・。
その道と光は・・・まさにこれから可憐が亞里亞に差し伸べようとしている・・・・・・。
もう少しで届くかどうかいうところで、亞里亞の方から思念が可憐の中に流れ込んできた。
それはやはり迷いから出ている苦しみであった。
・・・・・・自分自身の思うようにしたい・・・・・・。
・・・・・・でも・・・それでは・・・・・・。
・・・・・・みんなが・・・・・・。
・・・・・・いったい・・・どうすれば・・・・・・。
様々な感情や想いが雪崩れ込んできた・・・・・・。
可憐はそれらを一つ一つ受け止めていった・・・・・・。
それができたのは・・・彼女自身もこれまでに、そういったほぼ同じ感情や想いの
振れを体験してきたからである。
だからこそ、受け止め・・・理解し・・・対応できたのである。
今度は可憐の方から亞里亞に伝える番である。
きっと、残るチャンスは・・・もうこれが最後であると確信した可憐は、遠慮することなく
自分の正直な気持ちを亞里亞にぶつけることにした。
『あ・・・亞里亞ちゃん・・・・・・。これから言うことを聞いて・・・・・・。
もう・・・あんまり時間が無いから・・・・・・ね・・・・・・』
可憐は優しく諭すように亞里亞に話しかけた。
無論、お互いの姿は実際には見えない。
これは一種の思念通話であるからである。
心に思ったことが相手に伝えたいと願えば、自然と相手にその思いが伝わる仕組みである。
もちろん、通常の世界でも、極まれに特殊な力・テレパシー能力を有するものが使える・・・
といったことはあるらしい・・・・・・。
だが、今は亞里亞の中に可憐が入り込んでいる状態だから、どちらかというと亞里亞の側に
力関係においては分があると言える。
要するに、亞里亞が完全に拒絶すれば、可憐から送られてくる思念をシャットアウトすることも
まったく造作も無いことなのである。
が、亞里亞はあえてそうはしなかった・・・・・・。
それは自分自身だけでなく、わざわざ救いに戻ってきてくれた可憐も、そして自分と同じく
自身の中に閉じ込めている兄も行き場を失くしてしまうからである。
そんなことは亞里亞自身も当然望んではいない・・・・・・。
けれども・・・すべてを可憐たちに委ねてしまってもいいのだろうか・・・・・・?
彼女の中ではまさに交錯していた。
このまま、すべてが解決した後に、何事もないような顔をして戻れるのか・・・・・・?
みんなに許してもらえるのか・・・・・・?
だが、それらのことは、こうして可憐が迎えにきてくれているのだから、余計な心配や
考え事は必要ないのかもしれない・・・・・・。
しかし、そのまま素直に全部を受け入れてしまったら、心のどこかしこに罪悪感を残してしまう
ような感覚を持ち続けていかなければならなくなるような気もしてくる・・・・・・。
きっと・・・いつか、どこかで・・・それを解決し、昇華する義務を負わなくてはならない・・・・・・
そういった考えが亞里亞の心を埋め始めだしつつあった・・・・・・。
亞里亞は口を微かに開くかのようにして・・・可憐にこう伝えた・・・・・・。
『・・・・・・可憐ちゃん・・・・・・兄やのこと・・・・・・お願い・・・・・・』
その亞里亞のメッセージの意味するところが何なのか・・・可憐にもすぐ理解ができた。
亞里亞だけは・・・元の世界に戻らずに、この自身の世界の中に留まるつもりでいるようである。
もちろん、兄の心はみんなの元へ送り返す気でいるようである。
でも、そうすると可憐がここまで来た意味が半減してしまうことになる・・・・・・。
可憐は自身の力が保てるまでの間は、何としてでも亞里亞を説得しようと試みた。
が、それらはすべてうまくいかなかった・・・・・・。
亞里亞は・・・こうと決めたら、てこでも動かない頑固さを持ち合わせている。
もし、それを改善することができる人間がいるとしたら、それはたぶんただ1人であろう・・・・・・。
でも・・・その肝心な1人というのは・・・・・・残念ながらまだ覚醒できていない・・・・・・。
だが、その人を目覚めさせるには、心の中で生み出す鍵が必要となる。
その鍵を生み出せるのは・・・ここでは主に亞里亞となるが、今のところ・・・彼女1人の
力だけではうまくいきそうにない・・・・・・。
ここはやはり可憐の助力が必要なのかもしれない・・・・・・。
そう考えた可憐は亞里亞に思いの限り手を伸ばし、彼女を包みこむような気持ちを持って
彼女の心を抱きしめるようにした・・・・・・。
亞里亞は一瞬戸惑いを覚えたが、可憐の思いを素直に受け入れた。
すると、どうだろう・・・・・・。
これまで、周囲はどちらかというと薄暗闇の空間で覆われているような印象だったが・・・・・・、
そこに徐々に柔らかい光が差し込み始めた・・・・・・。
それから、ほんの少し時間が経過したのち、周囲はすっかり明るさを取り戻していった。
そして、それに呼応するかのように、2人たちの兄が亞里亞と可憐のもとに舞い降りてきた。
彼らは今、仮初めの形態ではあるが、お互いを視認できる状態にある
彼女たちは兄を左右から両手をかざすようにして、兄を受け止めた。
本来なら重量を感じるところではあるが、ここは深層世界のため、それは特に感じることはない。
せめて言うなら、兄の心の分だけ・・・その重みを2人は感じているのやもしれない。
彼女たちは兄の姿を確認した。
特におかしいと感じるようなところはない。
ただし、これまでと違うところは・・・目を見開いていて、意識はどうにか覚醒している点にある。
どうやら、これにて万事解決の様相である。
そんな2人に兄から発せられた言葉は、
『・・・・・・ありがとう・・・・・・』
の一言だけであったが、2人にとっては今はそれだけで十分であった・・・・・・。
さて、後は外へと出るだけであったが、亞里亞はまだここに残ると言った。
もちろん、ここは亞里亞の心の中だから、あえて出る必要はないのだが、
それだと可憐たちとすぐに目覚めることはできなくなる。
無論、いつかは目覚める時は来るのであろうが、亞里亞はもう少しだけ時間がほしいと言う。
さすがに、可憐たちもそこまで言われては、無理強いはできないので、ここは亞里亞の意思に
任せることにした。
ここで、可憐たちは一旦亞里亞にお別れをすることにした。
『・・・・・・亞里亞ちゃん・・・すぐに戻ってきてね・・・・・・みんな、待ってるからね・・・・・・』
『・・・・・・亞里亞・・・またいっしょに遊ぼう・・・・・・待ってるよ・・・・・・』
そう言って、可憐と兄は外へ出る方向を揃える目的も兼ねて、手を繋ぎ・・・上へ上へと
昇っていった・・・・・・。
亞里亞は2人の姿が見えなくなり、自身の深層世界から出るまでの間、ずっと2人を見送り、
その後は一度目を閉じ、心の中を整え直すことを目的として一旦眠りについた。
これまでの行為は自分の気持ちに素直だったこと・・・・・・。
でも、そのおかげでいろんな人たちを巻き込んだこと・・・・・・。
いったいどうすれば、みんなが・・・そして自分も含めて幸せに暮らしていけるのだろうか・・・・・・
そのようなことを・・・まだ幼い心でありながらも、亞里亞はゆっくりながら・・・・・・
思考を巡らしていくのであった・・・・・・。
(第23話に続く)