その後の飛行は順調に進んでいるといってよい。
鈴凛から操縦方法を教わった春歌の話によると、一番簡単なのは、ただ行きたい場所を最初に
念じれば、後は自動で航行してくれるらしい。
ただし、細かい制御をするならば、その都度、変更したいだけの方向や角度、また速度を念じれば、
そのように動いてくれる仕組みにもなっているそうである。
とは言っても、だれでもそう簡単に操縦できるものではなく、そう相応の精神集中力や
パワーそのもの、そしてそのコントロールができなければ、うまくいかないようではある。
よって、ここで一番適任なのは自然に春歌ということになっているが、かといって他の面々が
まったく操縦に適さないかどうかについては、今のところはまだ不明確である。
とはいうものの、春歌にとっては感覚をようやく掴もうかとしている段階なので、
今のところはまだ試運転のレベルである。
よって、スピードはやや緩めではあったが、直線距離にしてそう遠くはないため、
ものの数分も経たないうちに鈴凛宅の上空に差し掛かった。
あとはそのまま着地点を確認しつつ、垂直下降をすればよいだけである。
春歌がそのまま下に降りるように念じると、機体もそれに合わせるかのように、下降を始めた。
ここは慣れれば、最初はスッと降り始めて、地上に近づき始めたところでフッと減速し、
地面まであと2〜3メートルというところで、緩やかに降り立っていく・・・という一連のモーションが
出来れば、一人前の操縦士とも言えるのだろうが、今はそこまで求めるべくはない。
だが、春歌はその通り完璧とまでは言わないが、それに近い動作はほぼやってのけた。
そのあたりは春歌の日頃の精神的なものまで含めた鍛錬の賜物であろう。
実際、着地直後に、花穂たちからは歓声の声が次々と上がったのであるから、
それは間違いないようではある。
・・・が、飛行艇が中庭に着陸しても、特に出迎えがある様子はない。
これは無理もないことだが、飛行艇そのものはほとんど周囲に無用な音を発することがないため、
いつ来ていつ出たかはその場にいないと分からないものがある。
たぶん、その場にいる誰もが・・・まだ2人は眠りの真っ只中であろう・・・という確信を持っていた。
・・・・・・それは案の定、その通りであった。
春歌が先陣を切ってほとんど自分の家であるがのごとく家の中に、そして次に鈴凛の寝室へと
皆がなだれ込んでいった。
なお、一応付け加えておくと、事前に鈴凛は春歌に対して、自分たちには一切遠慮無用であることを
通告しておいたので、春歌としても何の躊躇いを感じることなく行動が出来たのである。
そして、本来ならまだ寝かせておいてあげたいところではあるが、睡眠のタイムリミットは
春歌たちが到着するまでという決め事だったので、春歌たちは遠慮なく次の行動に出ることにした。
「鈴凛ちゃん、お時間ですよ・・・起きてください」
そう言って、布団を持ち上げようとするが、何かに抵抗されるかのようにうまくいかない。
仕方ないので、無理に引き上げようとしたところで・・・急にその力がフッと消えた。
当然その勢いで春歌は後方に倒れ掛かるが、咄嗟に衛と雛子が支えようとする。
が、さすがに2人だけでは、少々荷がきつかったようである。
一瞬は支えきれたように見えたが、すぐにペタリと倒れこんでしまった。
とはいっても、3人で衝撃を吸収し合ったおかげで、身体的ダメージはほとんどないようである。
「あっ・・・大丈夫?」
「もう〜・・・何やってるんだか・・・・・・」
可憐がやや心配そうにして3人の状態を伺っている。
咲耶は苦笑しながら、ややため息まじりである。
それにしても、先程急に力が抜けた原因はさっぱりである。
でも、その答えは布団を剥がされたベッドに証拠として残されていた・・・・・・。
「う〜ん・・・・・もう少し〜・・・・・・」
なんと鈴凛の後ろにもう一人・・・背中を合わせるようにして、四葉が縮こまって寝入っていた。
どうやらその四葉が布団の先を掴み込んでいたかしていたらしい・・・・・・。
「こ〜ら!早く起きなさい!!」
いつの間にか、ベッドの前にまで来ていた咲耶が怒鳴った。
一瞬、ここは元の世界とは違うことを再認識はしたが、急遽訂正することははしなかった。
というよりも、まるでそれが当たり前かのように周りは動いている。
「・・・は〜い・・・今、起きるから〜・・・・・・」
「・・・う〜・・・起きるデスよ〜・・・・・・」
当の2人も咲耶にそう言われて、何の不自然さも感じていないようである。
ゆっくりと起き上がった鈴凛と四葉は目をこすりながら、時間を確認した。
「ああ〜・・・もうこんな時間・・・・・・」
「あれ〜・・・けっこう寝ちゃいましたね〜・・・・・・」
これだけ寝れば、もう十分かと思ったのか、そそくさと着替えを始めた。
とりあえずはこれで大丈夫と確信し、咲耶たちは一旦外に出ることにした。
それから待つこと30分で、ようやく準備が出来た鈴凛たちは、飛行艇が停まっている中庭に出てきた。
春歌たちはその間、中庭で各々くつろいでいたが、家から出てきた2人を確認して、
飛行艇の前に集まってきた。
早速飛行艇に乗り込もうとするが、その前に鈴凛から何かあるらしく、待ったがかかった。
何の用件かと鈴凛のいる一点に注目が走る。
「実はみんなの乗る席だけど・・・・・・」
そう言って、鈴凛は可憐と衛に春歌の席の横に座るように指示を出した。
一旦、驚きの声は上がったものの、鈴凛の説明が入り、全員の納得がいった。
まず可憐についてはパワーを持つポテンシャルが普通のレベルではないこと、
衛についてはそのコントロール性の高さが大きい重要性を占めている。
要は能力の高い者はいつでもこの飛行艇の操縦が出来るようにしておこうという考えのようである。
万一、春歌が急に操縦出来なくなったり、同行出来なくなったりしたら、行程に支障が出るからである。
可憐と衛は春歌から操縦方法の簡単な説明を聞き、全くやれないことはないと感じられた。
まずはどちらから先に覚えるかということになったが、好奇心が旺盛な衛が先になった。
最初は離陸から浮上・・・そして航行・・・鈴凛の家を中心にして二周りしてから降下・・・
ラストに着陸して終了となった。
元から運動神経が良い衛は筋がいいのか、練習はすんなりと済んだ。
この後、飛行艇を一旦停止状態にし、席を替わる者はそれぞれ位置を入れ替わった。
そして、次は可憐の番になったが、本当に自分が操縦出来るのか、まだ半信半疑の心境である。
それもそのはず、元いた世界では免許すら取っていない自動車とヘリコプターが、まるで一つに
なったようなものをいきなり動かせと言われても、普通は躊躇するのが当たり前である。
といっても、この世界では今乗っている飛行艇に関しては、免許をわざわざ取る必要はないのである。
というよりも、飛行艇そのものはまだまだ一般的な乗り物にはなっていないため、
社会的なシステムがまだ構築されていないのである。
それでも、操縦席に座らせられて内心ドキドキしている可憐としては、まずは春歌からの
次の指示を待つしか術がない。
可憐のすぐ左横の座席に座っている春歌はさながら飛行艇操縦の教官のようでもある。
「うふふふ・・・可憐ちゃん。そんなに緊張なさらなくても大丈夫ですよ!」
春歌から何も怖がる必要はないことを諭されるものの、それでも可憐の心境は変わりようがない。
「・・・う・・・うん・・・・・・」
可憐はそっと・・・おそるおそる・・・まさに手探り状態で操縦席にあるタッチパネルに触れようとしていた。
だが、触れるか触れないかという間際で、飛行艇はスタンバイモードに移行した。
これにはさながら、鈴凛がひどく驚いた。
「うそ−!?なんでー!?・・・まだ触れてもいないのに!?」
鈴凛はさらに春歌たちに確認を求めたが、訂正の動きはない。
どうやら、そのタッチパネルは本来接触式であるがゆえに、非接触で動作することは
まずありえないらしい・・・・・・。
では、なぜそのようなことが可能になったのか?
それは・・・思念のパワーを中空に飛ばせるだけの能力を持ち合わせていないと起こりえないらしいが、
それだけ可憐の持つパワーは大きいのかもしれない・・・・・・。
ただ、それがどれだけの大きさなのかはまだ未知数である。
でも、そのあとは春歌の指導に従い、飛行艇を一定高度にまで上昇させることが出来た。
そして同じく二周り旋回した後に着陸となり、事なきをえた。
ただし、その間・・・可憐はタッチパネルに直に触れることなく、春歌に教えられたことを元にし、
すべて頭の中でイメージしたことがそのままその通りになったようである。
・・・そうして当初の予定通り、春歌が操縦者に戻り、今度は本格的に目的地へ向かって
飛行を始めることになった・・・・・・。

 しばらくの航行が続き、やっと場が落ち着いた頃合いになって、鈴凛が話を始めた。
「目的地まではそう遠くないけど、着いても偵察の必要があるから、すぐには地上に降りないから、
そのつもりでいて!
それと・・・普通に正面から入ることは、まず無理だと思っておいて!
あとは・・・そうね、残りは到着してからのお楽しみってとこかしらね!」
まずは到着前の最終確認といったところである。
詳しい事情は鈴凛以外にもある程度知っている者はいるようだが、可憐や咲耶たちの側にとっては
当然知るよしもない。
ただ、一筋縄ではいかない・・・正面から行ってもまず門前払い・・・裏から行くには身の危険が生じる
・・・普通の人間が気安く行ける場所ではない・・・そういったイメージは出来上がっている。
だからこそ、それだけの気構えは事前に必要とされている。
だが、具体的にどういう場所かを教えてくれないのは気になるものであるが、問い詰めても答えは
出てきそうにないので、ここでそれ以上の会話は進むことはなかった・・・・・・。

 ところで、ここは・・・とある場所の一室でのこと・・・・・・。
ある人物の呟きが、僅かではあるが、その周囲に放たれた・・・・・・。
「・・・・・・このままでは・・・・・・残された時間も・・・・・・そう多くはないな・・・・・・。
間に合えばいいが・・・・・・・」
そして、もう一人の・・・愛らしい声が・・・かすかにではあるが揺るいだ・・・・・・。
「・・・う〜ん・・・もうちょっと〜・・・・・・あったかくて気持ちいいの〜・・・・・」
事情は複雑にも、緊迫感と幸福感が織り交ぜあった空間になっているのであった・・・・・・。


 (第15話に続く)