夜が明けて朝になり、可憐はすぐ横で寝ている咲耶の寝顔をぼんやりと眺めつつ、ゆっくりではあるが
目を覚ましていった。
まだ完全に起き上がるには少し早い時間でもあったので、暖かさがこもる布団の中で、可憐は昨日の
朝から起こったことを一から思い起こし始めることにした。
『お兄ちゃんがいなくなったこと・・・・・・
咲耶ちゃんとこの世界に来たこと・・・・・・
花穂ちゃんたちにそっくりな女の子と出会ったこと・・・・・・
不思議な村を訪れたこと・・・・・・
夕食後のデザートを食べて、体中が不思議な感覚に満ちてきたこと・・・・・・』
可憐の中では、そういった昨日一日で体験した数々のことを整理し直して、次にどういった行動に移していけば
いいのかを模索していた。
その横では、咲耶がまた寝息を立てていて、可憐もまた少し眠気が戻ってきたことから、あとほんの少しだけ
眠りに就くことになった。
次いで可憐が目覚めた時には、咲耶が先に目を覚ましていたが、まだどことなく目は虚ろな感じではあった。
「咲耶ちゃん・・・おはよう」
「・・・・・・う・・・うん・・・・おはよう・・・可憐ちゃん・・・・・・」
いつもに比べると、咲耶の寝起きは快調とは言い難いようである。
それもそのはず・・・昨日までとは打って変わって、自分たちを取り巻く環境は一変しているのだから
仕方がないことではある。
だが、しばらくぼーっとしていたのも束の間、凛とした朝の目覚めの声が耳に届いてきた。
「おはようございます。もう、お目覚めになられていますか?」
それは朝から気を引き締めてくれるような春歌の一声だった。
「朝食の用意が出来るまでは、もうしばらく時間が掛かるようですので、朝のお散歩に出かけられては
どうでしょうか?」
春歌からの散歩への勧めに合わせたかのように、花穂が微笑みながら春歌の背から現れた。
「えへへへ・・・よかったら、花穂が案内するよ?」
折角の2人からの申し出を断る理由もないことから、可憐と咲耶は朝の散歩へと出かけることになった。
花穂が屋敷から2人を外へ連れ出すと、村の奥に見える雑木林の中へ導くように歩き出していった。
朝から元気のいい花穂を先頭にして、咲耶と可憐がその後に続いていく。
ハミングを奏でながら楽しそうに歩いていく花穂を眺めていた2人は、周りの木々からの歓迎を受けている
ような気分に満たされ、なんとも心の中が清々しく感じられていくのだった

 一回りして戻ってくると、朝食の準備はすっかり整っていた。
メインはパンケーキで、ジャムやハチミツにクリームといった色とりどりのトッピングが所狭しに並んでいて、
朝から陽気さと楽しさが溢れかえるような食卓の光景であった。
昨日の夜とは打って変わってテーブルを囲っているのは屋敷の住人のみであったが、それでも合わせると
10人くらいはいる大所帯ではあった。
皆が一斉に食べ始めると、咲耶と可憐も同じくして食事をいただくことにした。
一口すると、ほんのりとした甘さと香ばしさが口の中に広がっていき、一日の始まりの源が体に蓄えられていく
幸せを感じずにはいられなかったようである。
「うふふふ・・・おいしい〜♪」
「ほ〜んと・・・おいしいわね〜♪」
可憐たちが賛美の声を上げると、花穂たちも続くようにして同じように声を上げた。
「うん・・・あま〜くておいしいよねえ〜♪」
「そうですわね・・・・・・。朝に甘いものをいただくと、体が元気よくなれますから」
「あっ!・・・おかわりもありますから、遠慮なくどうぞですの〜!」
白雪の頑張り具合もあり、可憐たちは体はもとより心も元気になっていくのを感じつつあった・・・・・・。

 朝食が済み、白雪たちが後片付けを済ませると、また全員が集まることになった。
実はこの後の咲耶たちの行動の取り方についての話し合いを改めてすることになったわけであるが、
おおよそのことは昨日の夜のうちに決まってはいた。
結局のところ、この村で有力な情報が得られない以上は、別の場所に赴いて何か手がかりを得ていくしか
ないという結果になったのだが、この世界のことは右も左も分からない咲耶と可憐にとっては途方もないこと
ではある。
そこで、この村の外のことも詳しい春歌が2人の手助けをするために随行する運びとなったわけではあるが、
さらに花穂もいっしょに付いて行きたいということになった。
なお、後者の件については花穂の勉強にもなるということから、長からは簡単に許しが得られることになった。
だが、白雪については役目があるために、すぐに屋敷を出るわけにもいかないことから、いっしょに連れ立って
出ることは断念せざるをえなかった。

 そうして咲耶、可憐、春歌、花穂の4名が村を旅立つことになったが、この中で外の世界を知るのは
春歌のみである。
話を詳しく聞いてみると、どうやら春歌はもともとはこの村の出ではないとのことで、自身の修行のために
この村を訪ねてきて生活しているとのことだった。
だから、春歌が2人の案内役としては適任ということになった次第である。
さらに聞くところによると、この世界は不思議な力を持つ人たちも多くいて、謎もまた多いということであった。
だが、しらみつぶしにあちらこちらを手当たり次第にいくよりは、ひとまず人が多く集まりそうな大きな街に
出向いた方がいいだろうという結論に至った。
そこで、そこに向かうまでの交通手段だが、この世界ではいわゆる動力というものはあまり発展しておらず、
特に能力を持たないものにとっては自然や動物の力を利用することが一般的だった。
代表的なところを挙げれば、前者は風力、後者は馬力といったところである。
しかし、それでは時間が少し余計に掛かってしまうことから、別の手段を使って移動することになった。
そこで春歌と花穂はそれまで手に携えていた箒を前にして、ある言葉・・・すなわち彼女たちで言う
浮遊の言葉を紡ぎ出し始めた。
すると、箒はふんわりと空中に浮かびだし、まるで海の上に浮かんでいるボートのような動きをし始めた。
そうして春歌と花穂は箒の柄の手前側に両足を挟んで跨り、咲耶と可憐にも自分たちと同じようにして
後ろにくるように促した。
咲耶は春歌の後ろに、可憐は花穂の後ろに位置した。
2人がしっかりと体勢を整えたことを確認すると、春歌たちは飛翔の言葉を詠唱し、彼女たちを乗せた
箒はゆっくりと空に舞い上がっていくのであった。
なお、春歌と花穂は村の中でも、一際不思議な力を使えることが出来るそうだが、とりあえず今のところ
満足に出来るものは、この空を飛んで移動する能力があることぐらいだそうである。
可憐たちは空高くから見える地上の景色を最初はとまどいや怖れながらも見つつあったが、
次第に慣れてくると、その楽しさを味わえるようになってきた。
「えへへへ・・・ねえねえ、楽しいでしょう〜♪」
「うふふ・・・箒に触れていさえいれば大丈夫ですから、ご心配なくですわ」
花穂や春歌からは空を飛ぶことの恐怖感は全くといっていいほど感じられず、心地よさでいっぱいという
感じであった。
さらに春歌の説明によると、箒自体が空中に浮いて飛んでいるだけでなく、それに触れているもの自体にも
同様の力が伝わるということであった。
もちろんそれは力を行使するものの力量にも左右されるが、2人の力はそれに必要とされる一定以上の力は
持ち合わせており、可憐たちはバランスを崩したりすることはなく、快適な空中移動を楽しむことが出来た。
「あぁ〜・・・風が気持ちいい〜♪」
「元の世界でもこうして飛べたら便利よね〜・・・・・・」
可憐と咲耶は口々に感嘆の感想を述べるのであった・・・・・・。

 村を飛び立ってから2時間ほど経ったころ、次第に流れる風に潮の香りが含まれるように感じられ、
見渡す平原の向こうにたくさんの建物が並ぶ街並みが見えてくるようになった。
途中でいくつか小さな村や町を通り越してはきたが、そういったものとははるかに規模が異なることが
伺えるようだった。
春歌の説明によると、この国の中では首都に次いで2番目の規模を誇る街であり、また海に面している
ことから、他国との交易や人々の行き交い、情報交換も豊かであることから、人を捜すのであれば、
打ってつけの場所でもあるとのことだった。
だが、かえって情報量の多さから、本当に必要な情報を得ることは難しいとも言える。
場合によると、時間が少し掛かる可能性も否定出来ないことから、まずは春歌の知人がこの街に
住んでいるということもあって、その人を頼っていくことになった。
すぐにその人の家に向かおうかということにもなったが、ちょうどお昼時になったこともあり、海に近い
見晴らしのいいカフェを見つけたこともあって、そのままランチタイムとなった。
それぞれ注文をしたあとは、これといったこともなく、まずはその春歌の知り合いという人の話題になった。
まずは咲耶から話を切り出し、
「ねえ・・・その人って、いろんな情報に詳しい人なの?」
「・・・・・・ええ・・・一応は・・・。仕事というよりも・・・趣味に近いのかもしれませんが・・・・・・」
春歌がそう・・・少しキレの悪い言い方をしたので、咲耶は少々不安にならざるをえなかった。
「そんな人を頼って大丈夫なのかしら・・・・・」
「あ・・・全然依頼された仕事とは関係のないこともあるようですが、時には一気に万事解決ということも
あるということですから・・・・・・たぶん大丈夫なのではと・・・・・・」
春歌の少し心苦しい弁明に咲耶は苦笑したが、今は彼女たちに全面的に頼らざるをえない状況を考えると、
それ以上の追求はしないほうがいいと判断をした。
それからはこの街についての話がしばらく続いたのちに、各々が頼んだ料理が運ばれてくることになった。
そして彼女たちが料理に手をつけようとしたちょうどその時、そばの植え込みから何かが動くガサガサとした
物音のようなものが聞こえてきた。
様子からすると、どうやら小動物のようではある。
とっさに可憐は何かを連想したようであり、
「あっ!?・・・もしかして・・・・・・」
「えっ!?なになに!?」
その言葉に花穂が続く。
すると、そこには可憐がまさに今言おうとしていた一匹の小さな動物が、茂みの中からこっそりと
這い出てきたのだった・・・・・・。


 (第4話に続く)