その日の夜、僕たちは地元で行われる夏祭りと花火大会に出かけることになった。
可憐と雛子は家から持ってきた浴衣に着替えていて、これから始まるお祭りが楽しみでいっぱいという様子だった。
「あのね、あのね・・・可憐ちゃん!・・・・・・ヒナね、ヒナね・・・金魚すくいがしたいな!・・・・・・でも、でも、・・・・・・
わたあめも食べたいし・・・・・・・・・ヒナ、迷っちゃう!!」
「うふふっ・・・・・・雛子ちゃんったら、欲張りさんね♪・・・・・・それじゃあ、あとで・・・お兄ちゃんに・・・あ・・・・・・
うん・・・いっしょに・・・お願いしましょうね・・・・・・」
「・・・・・・うん!・・・ヒナも、おにいたまにお願いしてみる!!」
僕が宿の洗面所から出ようとした時、ちょうど廊下を歩いていた妹二人の会話が僕の耳にまで届いてきた。
普段ならそのまま何気なく二人の話しに入るところなんだけど、昼間の海での一件があってからというもの、
どうも可憐とはまともに顔をあわせづらくなってしまっていた。
可憐たちが通りすぎたあとに、僕は遅れて二人のあとを追いかけていった。
玄関で再び一家揃った僕たちは、まずは夏祭りがおこなわれている神社に向かうことにした。
夏祭りの神社は、地元の人達や僕たちのような泊りがけの海水浴客で大賑わいだった。
身動きが取れないほどの混雑ではないにしても、万が一はぐれるといけないので、雛子を真ん中にして僕と可憐が
両側からそれぞれ雛子の手をつないで歩くことにした。
すると・・・・・・。
「ねえねえ・・・こうしてると、まるでおにいたまと可憐ちゃん・・・ヒナのパパとママみたい・・・くしししし・・・・・・」
雛子のその言葉を聞いた僕と可憐は、またお互いにどう答えればいいのか分からなくなってしまっていた。
最初は何軒か雛子の思うがままに露店を回って楽しんでいたものの、しばらくすると雛子にも僕たちの様子が
いつもと違うことが分かってきたようだった。
「・・・・・・おにいたま・・・・・・もしかして、可憐ちゃんとケンカしてる?」
「・・・・・・えっ?!」
あまりにも唐突な雛子の問い掛けに・・・・・・僕は、一瞬言葉を失ってしまった。
すぐに返事が返ってこない僕を見かねて・・・・・・・
「ねえ、可憐ちゃん!・・・・・・もしかして、おにいたまとケンカしちゃったの?」
雛子は可憐の方にも同じような質問を投げ掛けた。
でも・・・・・・可憐も僕と同じようにすぐに返事を返すことは出来なかった。
僕たち二人からすぐに返事が返ってこなかったことで、雛子はそれを肯定として受け取ってしまったようだった。
「・・・・・・ヒナ・・・・・・おにいたまと可憐ちゃんが・・・ケンカしてるの・・・・・・ヤダッ!!」
そう言って、雛子は僕たちの手を振りほどき、夏祭りで賑わう人ごみの中へと消えていった。
しばしその場で呆然としていた僕と可憐だったが、事の重大さに気付き、とにかく今は急いで雛子を探し出すことが
先決だった。
さっきまで、お互いにあった気まずさなどは、もうすっかり吹き飛んでいた。
今の僕たちには、雛子を・・・僕たちの大切な妹をすぐに見つけ出さなければ・・・ということでもう頭がいっぱいに
なっていた。
・・・・・・そして、少しでも早く雛子を安心させてあげたいと・・・・・・・・・・・・。
それから、僕と可憐はともにあちらこちらと神社の中を捜し回った。
露店の方は隅々まで見て回ったが、雛子の姿はどこにも見当たらなかった。
あとは境内の社付近を残すのみとなり、表から裏へと雛子がいないかどうかを確認していった。
すると・・・・・・奥の方で聞き覚えのある女の子の声が、微かに聞こえてきた・・・・・・。
「・・・・・・ヒナ、どうしよう?・・・おにいたまと可憐ちゃんがケンカしてると・・・ヒナ、悲しくなっちゃう・・・・・・・・・」
もう少し近づいてみると、雛子は社の縁に乗って座りながら、一人で呟いているようだった。
「・・・・・・ヒナ・・・このまま・・・もう・・・もどれないのかな・・・・・・・・・」
それを聞いた僕は居ても経ってもいられず、大声を上げながらその場に駆け出した。
「雛子ーー!!」
「えっ!!・・・おにいたま?!」
でもそれがいけなかったらしい・・・・・・僕の声に驚いた雛子は、急にその場から立ち上がり、さらに神社の奥へと
走っていた。
「おーい!雛子ーー!!待ってくれーー!!」
だが、雛子が走っていった方は確か行き止まりになっているはずだった。
だから、そこへ行くまでには雛子の元に辿り着けると僕は確信していた。
そして、あと僅かというところで・・・・・・。
「わあっ!!」
という声とともに雛子の体がその場から下に落ちようとしていた。
とっさに僕は、雛子が驚いて両腕を振り上げたうちの右手を掴んでいた。
よく見るとその場は崖になっていて、安全用の柵が架けられていたが、その近辺だけが壊れて崩れ倒れていた。
さらにそこの崖は下までは数メートルほどではあったが、もし落ちたらさすがに無傷ではすまないという感じだった。
僕は一刻も早く雛子を助け上げるべく、掴んだ手を持ち上げようとしていた。
「雛子っ!いいかい、絶対に手を離しちゃダメだからな!」
「・・・・・・う、うん・・・ヒナ、がんばる・・・・・・」
僕は自分の体を少しづつ起こして、雛子を上に救い上げるようにした。
なんとか雛子を無事に助け出すと、雛子は僕にギュッと抱きついてきた。
「おにいたま〜〜・・・・・・ヒナ、すっごく・・・すっごくこわかったよ〜〜!!」
そう言って泣きながら僕に身を寄せる雛子に、
「ゴメンな、雛子。・・・よしよし、もう大丈夫だから」
と、僕は雛子の頭を優しく撫でながら、雛子が落ち着くのを待つことにした。
あとから追ってきて僕と雛子の様子を固唾を飲んで見守っていた可憐が、僕たちのすぐそばまで駆け寄ってきた。
「お兄ちゃん・・・。雛子ちゃんが無事で本当によかった・・・・・・」
「ああ・・・本当に・・・よかった。雛子が無事で・・・・・・」
そうして、可憐は雛子を包み込むような感じで雛子と僕に身を寄せてきた。
僕がようやく兄として妹の身を守ることができたことで、どうやら兄としての安心と信頼を自分の妹たちに持たせる
ことができたように感じられた。
そのおかげなのか、しばらくすると・・・・・・雛子はスヤスヤと寝息を立てていた。
可憐も雛子の様子に気付いたらしく・・・・・・。
「うふふふ・・・雛子ちゃん・・・寝ちゃったみたい・・・・・・」
「そうだな。どうしようか?・・・すぐに起こすのもかわいそうだし・・・・・・」
少し考えた末、僕は雛子をおんぶして神社の鳥居のところまで戻ることにした。
夏祭りを楽しんだあとは、父さんたちといっしょに浜辺でやっている花火大会を見に行く予定だったんだけど、
約束の待ち合わせの時間はとっくに過ぎていた。
雛子を捜している間に花火大会は始まっていたんだけど、僕たちはもうそれどころじゃなくて、花火大会のことは
すっかり忘れていた。
待ち合わせ場所に着いたときは、母さんが待っていてくれて、父さんは僕たちを捜しに回っていてくれていた。
もちろん父さんが戻ってきたときにはさすがに怒られはしたけど、僕たちの無事な姿を見てとりあえずは安心して
くれたようだった。
それから僕たちは、花火大会の会場である浜辺までの道のりを歩いていた。
でも、今からだと会場に着くか着かないかというところで終わってしまうような時間であった。
それでも浜辺までの距離はそう遠くはないので、途中歩きながらでも花火を見ることはできた。
僕の背中で穏やかに眠っていた雛子も、だんだんと近づいてくる花火の音で目が覚めたようだった。
「・・・・・・う〜ん・・・あれれ?・・・・・・ヒナ、寝ちゃってたの?・・・・・・」
雛子は目を擦りながら、僕たちに尋ねてきた。
「あっ!・・・雛子ちゃん、おはよう!・・・うふふっ・・・」
「おっ!雛子、起きたのか?花火・・・あとちょっとだぞ!」
僕たちは笑いながら、雛子にそう答えていた。
「えーーっ!?花火・・・もう終わっちゃうの〜?」
雛子がそう言った直後に夜空に放たれた連続の打ち上げ花火が、どうやら今夜最後の花火だったようだ。
僕たちは感嘆しながらさっきから夜空の花火を見上げていたが、最後の最後しか見れなかった雛子にとっては、
まだまだ満足というには程遠いようだった。
「ヒナ、まだ花火が見たいよ〜〜!!」
そう言ってきかない雛子に、可憐は微笑みながら・・・・・・。
「ハイ、雛子ちゃん!花火なら・・・まだこんなにいっぱいあるよ!」
「えっ!うわぁ〜い!!やったー!!・・・ヒナ、花火いっぱいするする〜!!」
さっきまで母さんが預かってくれていた花火を可憐が受け取って雛子に見せてやると、雛子は大喜びになった。
でも、そのあと僕と可憐の様子を見た雛子は・・・・・・。
「あれれ?・・・おにいたまと可憐ちゃん・・・・・・ケンカしてるんじゃなかったの?・・・・・・」
それを聞いた僕たちは、
「あはは・・・・・・。バカだなあ〜、雛子は。・・・僕と可憐がケンカなんてするはずがないじゃないか!」
「うふふっ・・・そうよ、雛子ちゃん!・・・可憐とお兄ちゃんはとっても仲良しさんなんだから・・・ケンカなんて・・・ね」
と、笑いながら雛子にそう答えていた。
それを聞いた雛子は、
「えーーっ!!そうだったんだぁ〜!!・・・じゃあじゃあ、ヒナもおにいたまと可憐ちゃんと仲良しさんだよっ!!」
と、雛子も笑いながら僕たちにそう答えてくれた。
浜辺に着いたときには、すっかり花火大会は終わっちゃったけど、これからは僕たちだけの花火大会が始まる
ことになった。
僕たちは、それぞれお気に入りの花火を手に取り、ロウソクに点いた火に花火の先端を当てて、間近で見る花火の
華麗な姿に一喜一憂していた。
ロケット花火を派手に打ち上げては大喜びし、ねずみ花火をそこら中に撒いてしゅるしゅるしゅる・・・パーンとなると
可憐と雛子は、きゃーきゃーと歓声を上げながら逃げ回ったりと、みんなで楽しい一時を過ごすことができた。
そして最後に残った花火はもちろん線香花火になったけど、今回用意した花火は前のお休みの日に専門の花火屋
さんで買っておいたもので、特に線香花火は普通に売られているものとは作りが違うとお店のおじさんから教わって
いた。
普通なら僕たちのお小遣いで買えるようなものじゃなかったんだけど、僕たちの花火を選ぶ姿を見たそのお店の
おじさんが僕たちのことを気に入ってくれて、特別に3本だけおまけとして分けてもらえたものだった。
そして、僕たちはその貴重な線香花火を1本づつ手に取り、同時にロウソクの火にその先端を当てた。
すると・・・そのままそれらの線香花火は先が一つに同化し、まばゆい輝きをもたらし始めた。
僕たちは今まで・・・とても見たことがないようなその美しい輝きに言葉を失っていた・・・・・・。
でも・・・見事すべての輝きを放った線香花火に待つ運命は・・・・・・。
と、僕たちが3人とも予想していたこととは違う運命が、そのあとに僕たちの目の前に現れることとなった。
それは・・・一つとなった玉が地面に落ちずにずっと固く残っている線香花火の姿であった。
そしてそれはまるで・・・僕と可憐と雛子の兄妹としての絆の強さを示してくれているようだった。
それは可憐と雛子にも感じられたようで・・・・・・。
「・・・・・・うれしい・・・・・・。まるで、可憐たちのことみたい・・・・・・」
「うわぁ〜い!やったー!!・・・やっぱり、ヒナとおにいたまと可憐ちゃんは仲良しさんだぁ〜!!」
「・・・・・・うん、そうだね。いつまでもこうしていられたら・・・いいね・・・・・・」
こうして僕たちは・・・・・・また新たにお互いの想いが、一つになって包まれたことを・・・・・・心の中でしっかりと
感じ取ることができた・・・・・・そんなこの夏のこの夜であった・・・・・・・・・・・・。
(おしまい)
(あとがき)さてさて、いかがだったでしょうか?今回は念願かなって、初のイラスト付きSSとなりました!!
ということで、最初はイラストの説明にいってみたいと思います。まずは可憐と雛子の水着ですが、
こちらは二人とも前作のTVアニメで着ていた水着を元にしてみました。水着姿は前作のゲームでも
ありましたが、個人的には可憐の場合はアニメで着ていたビキニ姿の方が好きだったりします(爆)。
ちなみに雛子については、どちらもデザインはほぼ同じでした〜(笑)。あと、全体的な塗りに関して
は、それぞれパーツで塗り方が違っていたりするので、見る人によっては統一感が取れていないと
思われるかもしれません。でも、海、空、砂浜はかなり雰囲気が出ていると自分でも思えるので、
その点は自己満足しています(笑)。
そしてストーリーの方は、たぶん今までで一番シリアスな内容になってしまったかもしれません。
夏というと開放感溢れる楽しいお話になるのが定番なのかもしれませんが、自分の場合は良い意味
で人を裏切るのが好きなので(笑)、ただひたすらにお話を淡々と進めるようなことは滅多にしません。
そういうこともあって、お話は長くなるし公開スピードも遅いしで、なかなか困ったもんです。(自分で
言うな!って感じですが・・・(苦笑)
ちなみに今回の設定は、このSSのみのオリジナルとなっています。両親と兄(主人公)と可憐と雛子
の5人家族の3兄妹で、生まれたときからずっと同じ家でいっしょに暮らしているという設定になって
います。さらに、お話の中での海水浴に行った場所は、過去にも来たことがあるということになってい
ます。もしかすると、サッと読まれただけでは分かりにくいかもしれませんので、一応ここで書いておく
ことにしました(笑)。それから、もし今回の設定が好評を得られるようでしたら、またこの設定でいつか
SSを書くことがあるかもしれません(謎&笑)。
あと、海でナンパ男の二人組が出てきますが、これに関しては賛否両論あるかもしれませんが、夏の
海には定番(笑)なので、笑って許してください。・・・と言っても、今回のSSを読まれた“お兄ちゃん”
方の大半は許すまじ!と思われているでしょうが・・・・・・(滝汗)
さらに雛子にいたっては危険な目に二度も遭わせるわで、“おにいたま”方のお怒りが聞こえてきそう
です・・・・・・(またもや滝汗)
最後に、ラストシーンの線香花火ですが、実際に作りが良いものは花火が終わっても玉が落ちない
そうです。ただし、今や国産の高級品としては在庫のみで、1本数万円もするそうです。(最近の普通
の線香花火は中国産が主流だそうです)よく、線香花火の玉が最後まで落ちなかったら、その場で
思っている願いがかなうとも言いますが、最近の線香花火でそれを求めるのはなかなか難しいのかも
しれません。だからこそ、玉が落ちなかったときの価値というものが出てくるのかもしれませんね!
なお、今回はSSの構成上、(まえがき)は省略いたしました。