僕はすぐそばにいる可憐と雛子に、
「それじゃあ、泳ごうか!」
と言って、海に入ろうとした時、
「ああーー!!」
っと、雛子が大きな叫び声を上げた。
「雛子?!」
「雛子ちゃん?!」
僕と可憐は驚いて、雛子の方に顔を振り向けた。
「あのね・・・あのね・・・・・・ヒナね、浮き輪・・・・・・ピヨちゃんの浮き輪、忘れてきちゃった・・・・・・」
どうやら雛子はお気に入りの浮き輪を宿に置いてきてしまったらしい・・・・・・。
でも宿はここからは少し距離があり、一度戻るとなると多少なりとも時間が掛かりそうだった。
困った挙句、考えた末に僕は・・・・・・。
「よ〜し、雛子!・・・それじゃあ〜、今日は一日僕がピヨちゃんの代わりになってあげるから!」
と、今にも泣きそうになっていた雛子に向かってそう言った。
「えっ?!ホントに・・・ホントに・・・・・・おにいたまがピヨちゃんになってくれるの?・・・うわ〜い!!」
それを聞いた雛子は、うれしさのあまり僕に飛びついてきた。
「えへへへ・・・・・・じゅあじゃあ、おにいたま・・・早く泳ごうよ〜!!」
そう言いながら、雛子は僕の手を引っ張って海に入ろうとした。
「あぁ、はいはい、分かったから・・・そんなに引っ張らなくても海は逃げたりしないよ!」
その横で僕と雛子のやりとりを見ていた可憐は、クスクスと笑っていた。
そういえば、父さんたちがなかなか来ないので、可憐に聞いてみたところ、偶然にも知り合いの人にばったり
会ったらしくて、あとから少し遅れて来るということだったので、僕たちは先に泳いでいることにした。

 僕は、とりあえず雛子の背が届くところで、雛子の手を取りながら泳ぎを教えたり、時には背中におんぶして
海の中を動いたりしていた。
「くしししし・・・ヒナ、ラクチ〜ン!・・・おにいたま、もっとはやく〜!!」
「よ〜し、じゃあ・・・しっかりつかまってないと危ないぞ〜!」
そう言って、僕は海の中で足を動かすスピードを少し速めた。
そのあとを追いかけるように、可憐もいっしょになって付いてきていた。
でも少し深いところまで来た僕は、ちょっと調子に乗ってしまい、また一段とスピードを上げた・・・その時・・・・・・。
雛子の手が腕が・・・僕の首からスルリと離れてしまった。
「わー!!おにいたまーー!!!」
僕の後ろから、僕を呼ぶ雛子の声がしたが、いったん前に動きがついた体をすぐ後ろに向けるのは容易いこと
ではなかった。
それに、この場所だと雛子の背が届くかどうかというところだったので、少しでも早く雛子の元へ行かなければと
いう思いに駆られた。
でも、そのすぐあとから僕たちのことを追っていた可憐が、うまく雛子を抱きかかえるように捕まえてくれたので、
大事には至らなくてホッとした。
「雛子!大丈夫か?」
「うん!おにいたま・・・ヒナは、ダイジョーブだよ!」
「フゥ〜・・・可憐は、ビックリしちゃいました。・・・だって、雛子ちゃんが急にお兄ちゃんから離れて可憐の方に
向かってくるんだもん・・・・・・」
「あぁ・・・、ごめんな・・・、ちょっと調子に乗りすぎちゃったみたいで・・・・・・これじゃあ、お兄ちゃん失格かな?」
僕は、ほんの一瞬でも妹の身を考えることを忘れてしまった自分を責めていた。
「ううん、そんなことないよ!・・・だって、だって、ヒナ・・・楽しかったもん!!」
「うん、お兄ちゃん・・・そんなに思いつめないでください。・・・雛子ちゃんも、こうして無事だったし・・・・・・。
それに・・・お兄ちゃんは、雛子ちゃんを楽しませようとして、してくれたことだし・・・・・・」
妹たちは、そう言って僕のことを許してくれた・・・・・・。
・・・・・・僕は、前にもこの海で似たようなことがあったのを思い出した。
その時は、雛子は浮き輪を使って泳いでいたが、急に浮き輪の栓が抜けてしまったことがあり、もうちょっとで
雛子は溺れそうになるところだった。
その時もちょうど近くにいた可憐が雛子のことを助けてくれたので、事なきを得たのだった。
やはり兄としては、妹一人守れないようでは、ダメなのかな・・・と思ったりもしたものだった。

 そういうこともあって、僕たちはいったん海から上がり休憩を取ることにした。
だが、飲み物とかがまだ来ていないのに気付き、可憐がジュースを買ってきてくれるということになった。
その間、僕は雛子といろいろとおしゃべりをして、可憐が戻ってくるのを待っていた。
しかし、もう戻ってきてもいい時間になっても、可憐が戻ってくる様子が無かったので、僕と雛子は可憐を迎えに
行くことにした。
海の家の売店に向かう途中で、僕は可憐の姿を見つけた。
でも、そこには僕と同じくらいの年齢の男二人がいて、可憐に何かと話しかけていた。
どうやら、俗に言う・・・ナンパらしい・・・・・・。
どうりでなかなか戻って来れないわけだが、まさか自分の妹が他の男にナンパされている姿を目撃することに
なるとは思いもよらなかったし、何か自分の中で複雑な思いが交錯していた。
それに見ると、可憐はとても困っているようだし、ここはやはり、兄として見過ごすわけにはいかないと思い、
僕は雛子に少しここで待っているようにと言うと、可憐のいる方へ歩き出した。
ある程度近くまで寄ると、三人の会話が聞こえるようになってきた。
「・・・・・・だから、彼氏がいないんだったら・・・・・・」
「・・・・・・そうそう、いっしょに泳ごうよ!」
「・・・・・・でも・・・・・・」
そうして僕が可憐のそばまで来たところで、
「あっ!可憐、どうしたんだい?」
僕はそう可憐に問い掛けた。
すると、可憐は・・・・・。
「えっ?!・・・・・・お・・・に・・・・・・あっ!!あの、この人が・・・その・・・可憐の彼氏なんです!!」
そう言って可憐は、僕の腕に自分の腕を絡めてきた。
可憐のその言葉と行動に、僕は一瞬どう答えていいものか迷ったが、可憐が僕に目で合図を送ってきたので、
ようやく可憐の言おうとしていることが理解できた。
「・・・・・・そう、僕たちは・・・その・・・恋人どうしなんだ!・・・だから・・・・・・」
二人組みの男たちに僕がそう答えると、彼らは諦めてその場を立ち去っていった。
「可憐・・・もう大丈夫だよ!・・・あの二人なら、もう行っちゃたよ!」
そう言ってもなかなか僕の腕から離れてくれない可憐の横顔を見ると、ものすごく赤くなっているのが分かった。
それを見た僕も、さっきはものすごい言葉を口にしてしまったことを今になって悟り、こっちまで顔が赤くなって
くるのを自覚していた。
そのあとで、雛子が僕たちの元にやってきて、
「ねえねえ!おにいたま、可憐ちゃん・・・・・どうしたの?」
と、僕たちに尋ねてきたので、
「あっ・・・雛子・・・・・・いや、なんでもないよ・・・・・・」
「えっ?!・・・あっ!!・・・雛子ちゃん・・・・・・ううん、なんでもないの・・・・・・ごめんね、心配かけて・・・・・・・・・」
雛子の言葉で、ようやく我に返った僕たちは、その後すぐにやってきた父さんたちと合流して、その場を後にした。
ところで、父さんたちがなかなか来れなかったわけは、知り合いの人達と急遽浜辺でバーベキュー大会をすること
になって、その準備に時間が掛かってしまったということらしい・・・・・・。
僕たちもそのバーベキュー大会に参加して、いっしょに食べたり、時には手伝ったりと、楽しい時間を過ごすことが
できた。
でも・・・僕と可憐との会話には、今までには無かったぎこちなさのようなものが感じられた・・・・・・・・・。


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