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失われた集落

1975(昭和50年2月)国土地理院の航空写真
 岡山(おかやま)  大山(うやま)及び大山口(うやまぐち  枯木川(かれきがわ
     
 戦後に開拓団として移住した人々が住んだ集落。
集落は西側に2戸、東側(柳山の南西)に数戸あった。
水田はほとんどなく畑作で収穫したものを食糧とした。
この集落に住む生徒は約1時間半かけて寄田小・中学校に通った。
昭和50年代の高度成長期に殆どが県内外に移転した。
 岡山集落より西側の轟川中流部沿いにあった集落。
大山口に5戸ほど、大山に3戸ほどあった。
集落周辺には肥沃な水田(棚田)が広がっていた。
大山口近くの轟川には学校推薦の水泳場があり、池ノ段から学徒が通った。
 笠山南側の凹地にあった戸数4から6戸の集落。
集落へは大山口から轟川支流沿いに約1.5Kmほど坂道を登ったとろにあった。
集落から上野集落及び岡山集落にに通ずる小道が通じていた。
水田は僅かあったが、畑が殆どだった。