to myself

「マヨネーズな想い出」

わたし、フライとかに、マヨネーズかけたり、ドレッシングかけたりするの

フライにドレッシング!

これ、おいしいし、ソースかけるよりいけてると思う
そんな食べ方、教えてくれた人がいる
その人は、わたしに色んなコト、教えてくれたの
いわいる大人のコト、そんなこと殆んど知らなかったわたしに

あの人への想い、それは、あの頃のわたしには、消化出来ずにいた、けれど
いまなら分るの、あの時想っていたのが、なんだったのかって
あのときの経験があったから、今のわたしが、いれるんだと思う、きっとね

辛い想い出でしかなかったけれど、いまなら、イイ想い出と思える
あの笑顔が、彼の陽だまりのような笑顔の瞳が、わたしの支えだった
彼との経験があったから、今のわたしが、ここに生きていられる
だから、いまなら、話せる
これまで、殆んど誰にもお話できなかったコト
天使さんにも、お話した事が無い、きちんとはね

いま、わたしのイイ想い出として、書き留めておきたい
だから、ココで、お話するね
わたしの、学生の頃からのお話、マヨネーズな想い出

芽吹き

「あ、あったよ!わたしの受験番号」
「え、どこどこ、あ、ホントね、よかったね」
母は、おめでとうと言いながら、その笑顔の奥に、淋しそうな表情が透けて見えた
ようやく、冬の冷たい空気も何処か温かみを帯びて、強い日差しには力強さも感じられる頃
積もった雪の下から、ホコリっぽさが舞う大学の構内、大きな看板に張り出された数字の列
期待と不安が入り混じりながら、数字の羅列を追って言った

地方の大学

これまで、私立の大学の発表で、合格をもらっていたけれど、ここ、この地方都市にある国立大学が、わたしの第一志望だった
ただ、親元から離れて暮らしたい
なんの干渉も受けず、わたしらしく自由に暮らしたい
一人暮らしをしたいという目的のため、わざわざ自宅から遠い、地方の大学を受験した
ココに合格すれば、わたしは、希望の一人暮らしが出来る
母は、そんなわたしのこと思って、淋しさを隠し切れなかったんだと思う
でも、そのときのわたしには、親に心配をかけるという思いより
早く、親の束縛から離れ、自由な一人暮らしをしたかった、そんな思いだけだった
きょうも、大学入学の手続きという名目で、母がわざわざココまで合格発表を見に来ている
わたしは、一緒に来るのがイヤで、先に一人、夜行電車でココまで来ていた

さあ、これで、晴れて一人暮らしだ
浮かない母の顔をよそに、ただ一人わたしは浮かれていた


1年目の下宿先は、賄い付きでと、父と母に強く言われていたので、食事を提供してくれる、大家さんのお部屋を借りることにした
ほんとは、普通のアパートとかが良かったんだけれど、まあ、最初は仕方ないね
大学で斡旋してくれた中でも、わたしは、大学から一番離れた下宿先を選んだ
あまり、人とは付き合いたくなかったし、他の人とは遠く離れた所にいたかった、ただそれだけ

大学生活が始まると、同じ下宿先の隣人も、次第に大家さんの賄いの食事を取らないことが多くなり
きちんと、食べていたのはわたしだけの状態になっていった
みんな、サークルだの、バイトだの、遊びだの、忙しくなったから
わたしは、大学の講義が終わると、ただ、下宿先に戻るだけ
初めのうちは、それなりにサークルとかの勧誘も受けて、のぞいて見たりしたケド
あ〜わたしには無理、馴染めない
そもそも、この大学に入って、何をするとか、目的もなかったし
そう、ただ一人暮らしが、それだけが目的だったから
大学の同じ学部、学科の仲間は、次第にそれぞれ仲良しグループを形成して行ったけれど、
わたしだけは、一人、孤立していた
結局、わたしはこの街に、何しに来たんだろう
あれだけ憧れていた一人暮らしが始まったのに、空虚感が漂いだしていた
ただ、大学と下宿先の往復のなか、そんなコトを、考え出していた

GWも過ぎ、他のみんなの大学生活も、落ち着きだした頃のある日
午前中の講義が終わって
はぁ〜昼食、どうしようかな、学食は込んでいるし、並んでまで食べたくも無いし、また、抜いちゃおっかな
なんてそんなコト、思っていると、
「なん、自分、メシどないするん?」
え、いきなり声をかけられた
そう、同じ学科の人、たしか、怖い系のグループにいた人じゃなかったかな
「え、考えて無いケド、、、」
「じゃ、ホカ弁食べに行かへん」
わたしには、新鮮な方言の喋りかたたっだ
それが、最初の、松田くん(仮名)松ちゃんとの出会いだった

「ここのかき揚げ弁当うまいじゃけ」
って、松ちゃんは言うのだけれど、
わたしは、初めて、ほっかほっか亭のお弁当というものを買って食べた
「へぇ〜おいしいね」
これまで、コンビニ弁当さえ、満足に買った事が無いわたしには、目の前で出来たてのお弁当を作ってくれる
そのお店が新鮮だった
「え、自分、ホカ弁知らんの」
「う、うん、初めて」
「他にはな、のり弁とかも、安くてうまいで」
松ちゃんの話し方、わたしへの気遣いが、新鮮だった
これまで、大学の誰とも話した事が無かったわたしに、自然に、もう何年もお友達だったような接し方をしてくれる
メガネの奥の優しそうな目が印象的だった
松ちゃんは、怖い系のグループにいた人
どちらかといえば、お友達になりたかったのは、別なグループの人たちだった
けれど、松ちゃんを目の前にして話をしていると、そんなコト全然感じなかった
怖い系の人たちと話す松ちゃんの顔、話し方は、わたしに対するそれとはまるで違っていた
怖い系の人たちとは、ときに怖い感じだったけれど、わたしと話しているときは、とても優しい表情をしてくれていた

それからの毎日は、同じ講義は、いつも松ちゃんが、わたしの隣に座った
昼食も抜くことが無くなり、松ちゃんと、学食で並んだり、ホカ弁に行ったり、コンビニ弁当で済ましたり
大学では松ちゃんと、一緒に過ごすことが多くなった

松ちゃんは、講義の帰り、たまにわたしの下宿まで、一緒に来てくれた
わたしは、ママチャリ、松ちゃんは、原付のスポーツバイク
大学からわたしの下宿までは、殆んどダラダラの上り坂
ゆっくりママチャリをこぐわたしに、松ちゃんは付いてきてくれた
「やっぱり、バイクはイイね、楽だし、わたしも免許取ろうかな」
「原付なら、筆記試験だけだから楽やで、教習本貸したるよ」
「え、ホント!ありがとう」
わたしも原付の免許を取ることにした
松ちゃんに借りた教習本を読んで、警察署で試験を受けたら、一発で合格した
バイクに乗るなんて、考えたこと無かったけれど、ただ、松ちゃんと同じ速度で、歩きたかった
親にバイクを買うことを相談すると、反対されたけど、わたしは、赤いスクーターを買った


芽吹き


若葉

バイクを買って間もない頃、松ちゃんと、近くの高原の湖まで、バイクで出かけた
松ちゃんのスポーツバイクは、スイスイ坂を登って行くのに、わたしの赤いスクーターは
全然登ってくれなかった
「松ちゃん、まってよ!これ、全然ダメ、登れない」
「しゃあないなぁ〜」
そう言って、急な登りになると、バイクから降りて、一緒に押してくれた

GWも過ぎて、まだ夏とも言えないこの時期、高原は人気も無くひっそりとしていた
湖には、貸しボート屋さんもあったけれど、ボートはみんな岸に縛り付けられ、ボート小屋も固く閉ざされていた
ただ、湖面に反射する光だけが、その眩しさに華やいで見えた

「だれもおらへんなぁ」
「うん、静かだね」
「なぁ、自分、このバイク乗ってみいへん」
「え〜!ギアの付いたバイクなんて、無理だよ」
松ちゃんは、シフトチェンジの仕方、半クラッチからギアを繋げる仕方を、丁寧に教えてくれた

ガックンといってエンジンが止まってしまった
「だから、急にクラッチを離しすぎなんや、こう、スロットルをもっと回しながら、ゆっくりクラッチを離してみ」
「あ〜うごいた動いた!」
ブゥ〜大きな音を立てて、バイクが動き出した
「クラッチを切って、2速にシフトチェンジや!」
「え〜」
手と足と、わたしのノロマな運動神経は、その複雑な動きが出来なかった
「だめ、ムリムリ!」
そう言って、急ブレーキをかけて止まった
ガシャン!
バイクの重さに耐え切れず、バランスを失ったわたしは、バイクと一緒に倒れてしまった
松ちゃんが、わたしのスクーターで追いかけてきて、バイクを起こし、わたしを救い出してくれた
「松ちゃん、ゴメン!バイク、傷ついてない、大丈夫だったかな」
「自分は、平気か、ケガしとらへんか?」
自分のバイクより、わたしのケガの心配をしてくれる松ちゃんが嬉しかった

その後も、何回か、チャレンジしたけれど、このバイクを乗りこなすには相当な神経を使うことを知った
その後、湖のほとりで、なんでもない話を、二人でずっとしていた
それは、夏の喧騒の前の静けさの中、高原は、ただ二人だけに用意された世界のようで、
時間も空間もただゆっくりと過ぎて、湖面に反射する光だけが、ただ眩しかった

静けさの中の高原の湖



松ちゃんは、中型二輪の免許を目指し、教習所に通っていた
一緒に中型バイクの免許を取ろうと、わたしも誘われた
でも、松ちゃんの原付のスポーツバイクも満足に乗りこなすことが出来なかったわたしは、迷ったけれど、その誘いを断るしかなかった
もう、夏休みと言う頃、松ちゃんは、その中型の免許を取った

中型のバイクが欲しいという、松ちゃんは、よく短期のバイトを入れていた
その殆んどは、わたしも一緒だった
大学の掲示板に張り出されたバイト募集の案内を二人で見て
「これ、面白そうやないか」
「うん、そうだね」
「じゃ、二人分、申し込んでおくわ」
交通量調査に始まり、新聞社の読者アンケート調査、市役所の住民票整理、工場の短期手伝い、トラックターミナルの荷物の仕分け、、、
松ちゃんと二人、どんな仕事も、新鮮で、面白かった
世間知らずなわたしは、いろんな意味で勉強になった
でも、松ちゃんは、何故か、長期のバイトは入れなかった

夏休みが終わると、松ちゃんは、実家の方で買ったと言う、400ccのバイクを乗ってきた
「へぇ〜大きいね」
「中古やけどなぁ」
その中古だと言うバイクは、わたしには何というバイクなのかは、知らなかったけれど
わたしの赤いスクーターと並べると、まるで、わたしのスクーターは赤い三輪車のように見えた




松ちゃんの下宿は、わたしの下宿とは反対方向、街中の方にあった
だから、周りにもお店が多くあった
松ちゃんの部屋には、アイドルのポスターが貼ってあって、オトコの子らしい部屋だったと思う
「この子、スキなんだぁ」
「そや、もうたまらんだろ、カワイイもんなぁ〜」
「あ〜うん、そうだね、カワイイね」
「え、自分、だれのファン?」
「あ〜特にいないけど、、、」
「そっかぁ〜、あ、腹減ったな、『叶』行こうや」
松ちゃんの部屋に行くと、よく『叶』という、定食屋さんへ行った
学生相手の定食屋さん、おかあさんと呼ばれるオバちゃんがいて、やたら安くゴハンが食べられた
そういう、お店へ、わたしは松ちゃんに連れられて始めて入った
そこで、松ちゃんは、フライものを注文すると、フライにはソースでは無く、ドレッシングをかけていた
「ソース、あるよ、かけないの」
「いいんや、これが、うまいんや」
わたしも、松ちゃんの真似をして、ドレッシングをかけてフライを食べてみた
「え、さっぱりしていて、美味しい!」
「そうやろ、サウザンアイランドのドレッシングが一番イイんやけどな、マヨネーズもいけるで」
『叶』には、和風とフレンチのドレッシングしかなかった

若葉


午後のまどろみの中、いつものように松ちゃんの部屋で、わたしは、地元の情報誌を見ていた
何もしない午後、こうして松ちゃんと二人、松ちゃんの部屋でマッタリしているのが居心地が良い
情報誌には、美味しそうな食べ物屋さんの写真がたくさんのっていた
そこに高さ3、40cmもあるパフェの写真が出ていた
「これ大きいね、食べてみたいな」
「おう、どれ、隣町やないか、ほな、ちょっと行って見るか」
「え、これから行くの」
「イイやん、暇やし、バイクでツーリングがてら」
そうこうしているうちに、ヘルメットを持って出ようとしている松ちゃん
わたしは、あわてて追いかけた
松ちゃんの400ccのバイクを、わたしの赤いスクーターが追いかけた
松ちゃんは、わたしのスクーターと走る時は、いつもゆっくり走ってくれた
松ちゃんは、いつもわたしに合わせてくれた

その喫茶店に着くと、松ちゃんは、コーヒーだけ注文した
わたしだけ、大きなチョコレートパフェを注文した
「え、松ちゃんは、パフェ食べないの」
「俺は、いいんや」
そのパフェは、小さなオモチャの汽車に乗って出てきた
「え〜、食べきれない」
想像より大きなパフェだった
結局、二人でパフェをつついて食べた
オトコ二人でパフェを食べているのは、他にはいなかったけれど
松ちゃんは、そんなこと、一切気にしていないようだった
「美味しいね」
わたしは、そのパフェが美味しいというより、
一つのパフェを二人で食べているという、どことない恥かしさ、その何とも言いようの無い、不思議なシアワセという感覚に満たされていった
そんな、自分がよく分らなかったけれど、ただ、嬉しかった

松ちゃんには、いろんなところに連れて行ってもらった
その殆んどが、わたしには、初めてのトコロばかりだった
生まれて初めて、パチンコ屋さんにも連れて行ってもらった
「自分、パチンコ初めてなん」
「うん、行った事ない」
「ほな、教えたるから」
松ちゃんについて、パチンコを打った
たまにフィーバーするのが面白かった
けど、なんか、怖い雰囲気だねって言ったら
その後は、パチンコには行かなくなった
松ちゃんは、わたしがイヤということは、決してしない人だった

オトナな雑誌や、マンガ、ビデオも、初めて、松ちゃんのところで見た
「すごいの借りてきたで、一緒に見ようや」
「う、うん」
ビデオはおろか、テレビさえ、わたしの下宿には、無かったので、松ちゃんの部屋でもっぱら見ていた
こういうの初めて、とも言えず、知っているそぶりでわたしも、見ていた
オンナの人が、オトコの人に抱かれて、全てさらけ出してあえいでいた
「うわ、えぐいなぁ〜」
「・・・」
ただ気持ち悪い、わたしは、そう思っただけだった

バイクや、バイト、オトナな経験も、ただ、わたしは松ちゃんと同じコトをしていたかったから
松ちゃんの後を追って、何でもやってみようと思っていた
同じことをして、同じ喜びや楽しみを味わいたい、その感動や感激を分かち合いたい、共有したい
そう、ただ、それだけだったような気がする

1年生も終わると、2年生からは、教養部から専門学部へ移るので、電車で2時間近くかかる街へと引越しが必要だった
松ちゃんとわたしは、同じアパートの2部屋を借りることを決めていた
「アパート探し、どないするん」
「そうだね、そろそろ始めないといけないね」
「俺のバイクに一緒に乗って行こか」
「え、いいの」
「自分、電車で行っても、あっちで足がないやろ」
「うん、バイクがあれば、便利だけど、、、」
「ほな、一緒に乗って行こうや」
松ちゃんのバイクの後ろに乗って行く、順調に行って一時間半はかかるかな
松ちゃんのバイクの後ろに乗るのは初めてだった
なんか、胸がドキドキした
前の晩は、ヘルメットの中にニオイがこもらないよう、デオドラントスプレーをヘルメットに吹きまくっていた
そして、まるで遠足前の子供のように、なかなか寝付けなかった

アパートを探しに行く当日、心配していた雨はなく、何とかお天気は持ちそうだった
松ちゃんのバイクの後ろに座り、ココに足をかけてと言われた所に足を乗せた
不安定だったので、手を遠慮がちに松ちゃんの腰にあてた
そうしたら、わたしの手を持って、松ちゃんのお腹の前まで引っ張られた
「ココで、しっかり握って、バイクの動きに合わせて、荷物のようにしといてな」
「う、うん」
ヘルメットを通したこもった声が聞こえた
手を松ちゃんのお腹の前で握っていたので、わたしが松ちゃんの背中に抱き付いているような格好になった
恥かしかったから、なるべくカラダを離したけれど、どうしても、背中についてしまう
松ちゃんの背中がとても広く感じられた
松ちゃんの匂い、温もり、松ちゃんにオトコの大人の人を感じた
目的の街まで、ただ、バイクのエンジンの響きと、風を切る音だけが、二人の世界を支配していた

何件か不動産屋さんを回って、隣同士で借りれる部屋を探した
大学から、街とは反対方向だったけれど、比較的新しくって、並びで2部屋が空いているアパートが見つかった
家賃が安かったこともあって、そこに即決した

引越しというほどの荷物もなく、家のクルマで充分の引越しで済んだ
アパートに来てから、新しく洗濯機と冷蔵庫を買い揃えた
外階段を上がって、手前が松ちゃんの部屋、そして奥がわたしの部屋
特に話し合ったわけでも無いのに、何となくそうなった
洗濯機は外に置くようになっていた
わたしが洗濯機を買ったので、松ちゃんは、わたしの洗濯機を借りて使いようになった
「洗濯機借りるで〜」
そいうと、ガラガラと洗濯機が回る音がした

花


果実

二人で一緒に、クルマの免許を取ることになって、というのも
2年生になって、松ちゃんに取ろうよって誘われたのだけれど
大学のキャンパスのあった街中のクルマの教習所へ、松ちゃんと二人で通いだした
松ちゃんは、すぐに次の教習課程に進むのに、わたしは、なかなか進めなかった
ここでも半クラッチ、アクセル、シフトレバーという複雑な動きに悩まされた
結局、免許が取れたのが、わたしの方が、2ヶ月くらい後になった

松ちゃんは、400ccのバイクを売ってしまい、安い中古の軽自動車を買った
わたしの赤いスクーターの出番は殆んど無くなっていった
そのかわり、松ちゃんの軽自動車の助手席が、わたしの指定席になった
ドアをトントンとたたき、「行くで〜」
それが、松ちゃんの朝、大学へ行くときの合図だった
それからわたしは、鏡の前で、服装をチェックしたり、髪を直したり、
だから、いつも、わたしは、松ちゃんの合図から2,3分してから、表に出て階段を下に降りて行った
いつも松ちゃんは、クルマの中でタバコを吸って待っている
「いつも、ごめんね〜」
「ほな行くで〜」
松ちゃんは、いつもわたしが待たせていることなど気にもとめていない様子だった



アパートの部屋は、1DKで、小さな台所があった
小さいながらも自分のお台所、それが嬉しかった
自分のキッチンに立って、誰かのためにお料理をするのが夢だった
わたしがまだ小学生の頃、母と一緒に台所で、お料理するのが楽しかった
けれど、ある日、オトコが台所に入るものじゃない!と父に一喝されてからは、台所は遠い存在となっていた

近くのスーパーに歩いて行って食材を買い込み
料理の本を片手に、色んな料理に挑戦するのが日課となった
スーパーで食材を選び、それを自分のキッチンでお料理する、食べてくれる人のコトを思いながら
そんな自分が、楽しかった
うまく出来ると、
「これ、あまったから、良かったら食べて」
って、松ちゃんのトコに、持って行った
一緒に食べようとは、何か恥かしくって言えなかった
そういえば、わたしの料理に、松ちゃんから、決して美味いなぁ〜という言葉は聞いたことが無かった
たしかに、殆んど初めて作るわたしの料理は、美味しいという代物ではなかったのかも知れない
ただ、松ちゃんは、料理の器を返してくれなかったので、わたしが、たまに回収に行く必要があったのだけれど

アパート



松ちゃんは、タバコをよく吸う
わたしも、吸ってみなくなって、吸った事があった、けれど
タバコは、気持ち悪くなって、ダメだった
ただ、松ちゃんのしているコトと同じ事をしたかった
そう、同じ世界の住人でいたかった
松ちゃんは、マージャンもした
わたしにも、教えるからやろうと誘われたのだけれど、これはしたくなかった
だって、松ちゃんと二人っきりでは無くなるから
だから、松ちゃんがマージャンに出かける日は、淋しかった



大学の研究室、松ちゃんとわたしは、同じ研究室に進む事を決めていた
その研究室に入る前の夏、研究室で合宿があるというので、まだ3年のわたしたちも
行かされる事になった
大学から少し離れた高原で、テニスをやると言う
わたしはそれまで、テニスなんてやった事が無かったから
松ちゃんに教えてもらった
彼は何でも上手に出来た
わたしは、ラケットにボールが当たらないか、当たっても何処か見当違いのところにボールが飛んで行ってしまった
わたしは、ほとほと運動音痴だった

合宿当日、その高原へは、松ちゃんの軽自動車で、わたしと松ちゃんと二人で行った
高原への坂道、松ちゃんのクルマは、止まりそうな速度で、坂道をノロノロと登って行った
「登りきれるかな」
「きっちぃな〜、もうアクセルべた踏みじゃ!」
「止まったらどうしよ」
「そしたら、俺が降りて押すから、自分、ハンドル握ってくれや」
「え〜わたしが押すよ」
「ムリだろ自分、押したってクルマ進まへんじゃろ」
「あ〜そうだね」
わたしの貧弱さは、言わずとも分ってくれている
合宿は、大学の高原にある寮で行われる事になっていて、なんとかそこまで辿り着いた
さっそく、わたし達は、泊まる部屋に通された
そこは部屋と言うより、大きな広間だった

合宿のテニスは、わたしにとって、退屈極まりないものだった
何しろ、わたしとやるとまるでボールのラリーが続かず、だれも相手にしてくれなかったのだから
そんなわたしは一人、ぼうっと、他の人がやっているテニスを見ていた
そんなわたしに、松ちゃんが
「自分、暇そうじゃな、ちょっとドライブでも行こか」
「え、でもまだ先輩達テニスしているよ」
「かまへん」
そう言いながら、松ちゃんは、先輩達に見つからないよう、そうっとテニスコートから抜け出し
わたしをドライブに連れて行ってくれた
松ちゃんは、その高原より更に標高の高い、山の上を目指した
ノロノロとあえぎながら、松ちゃんのクルマは山の頂上に登った
頂上の駐車場に着くと
「気持ちええなぁ」
「うん」
「あそこ、山頂やろ、あそこまで行こうや」
松ちゃんは、駐車場から見える山の頂上を指差していた
歩き出した松ちゃんの後ろを、ただ付いて歩いた
瓦礫の山道は、歩き難かったし、空気が薄く感じられ、息が切れてきた
「松ちゃん、ちょっと待ってよ、疲れた」
「よわいなぁ、ほな、ココで少し休憩しよか」
ぬけるような青空だった
下界が遥か遠く見渡せた
登山道脇の岩の上で、松ちゃんと二人、ずっとその景色を眺めていた
駐車場で買ってきた缶ジュースがまだ少し冷たくって、乾いたノドにしみた
今頃は、まだ、先輩達みんなテニスをしているのだろうか
わたし達が抜け出したということが、見つかって騒ぎになっていないだろうか
でも、松ちゃんとこうして二人でいられれば、それでイイと思った
ずっと、ずっと、この時間が続けばイイと思った
二人の足元に広がる、遥か遠くに見える世界
それは、ここからは限りなく遠い別の世界のようで、この大きな空の下、そんな限りなく小さな世界での出来事など、もうどうでもイイ些細なコトの様に思えた
二人、何も話さず、その景色に圧倒されていた
明るく、際限なく降り注ぐ太陽の光が、眩しいくらいに松ちゃんとわたしを照らしていた
二人の世界が、下界から切り離され、そこに流れる時間は止まったように二人をずっと包んでいた

隔絶された世界

結局、そこから山頂は目指さず、引き返すことにした
わたしが体力的にムリだろうと、松ちゃんが考えてのことだった


果実


落葉

松ちゃん、彼の顔には傷がある
鼻の下から上唇にかけて、はっきりとそれと分る傷跡
彼も、その傷跡について何も言わなかったし、わたしもどうしてその傷が出来たのか、聞いた事が無かった
ただ、そんなこと聞く必要も感じたことは一度も無かった
そう、それは松ちゃんのオリジナリティーだから
それをあえて隠す必要も無いし、聞く必要もない
ずっとそう思っていた

松ちゃんは、わたしには、他の人に見せる怖い表情は決して向けなかったし
わたしに対しては、とても気を使ってくれたし、優しくしてくれた
いつしか、そんな彼に、わたしは、甘えてしまって我侭になっていたのかも知れない
けれど、そんな彼との関係は、ずっと続くものだと思っていた
卒業という日が、そう遠くはない、将来に来て
それで終わりかなとは、漠然と考えてはいたけれど、それは、ずっとずっと先のコトで
わたしと松ちゃんのこんな関係は、まだまだ続くものだと、ずっと思っていた
いや、ただそう思いたかっただけなのかも知れない


でも、卒業の随分と前に、その日は、やってきた
4年になって、同じ研究室に進み、研究室での実験が遅くまでかかり
夕食を、学食の食堂で取ることが多くなっていた
そんある日、いつものようにわたしと松ちゃん、二人で学食で夕食を食べていた
何気ない会話だったのだと思う
いつものように、わたしが話していると
突然、松ちゃんが怒り出した
「もう、ええ加減にせい!いつも、そうして皮肉ばっかりや!」
松ちゃんの顔は、これまで決してわたしには向けられる事の無かった怖い顔だった
彼の優しさ、気遣いに甘えすぎて、いつしかわたしは我侭で、ときに皮肉屋になっていたのかも知れない
「ご、ごめん」
わたしは、松ちゃんのその表情を見て、何も言えなくなっていた
その日は、一人、アパートまで歩いて帰った
ただただ脚を進め、アタマの中は真っ白だった
その道のりがひどく遠く感じられた
わたしに決して向けられることの無かった、怖い松ちゃんの顔がわたしのアタマから離れなかった



わたしは、既にそれに気づいていたのに、それをただ、感じたくなかったのかも知れない
それが、そう感じる事が、本当になってしまうのが怖かったのかも知れない
いつもと変らぬ松ちゃんの笑顔、でもその瞳の向こうに感じる影
優しく話しかけてくれるそのコトバの端々に感じる遠い言い回し
何気ない仕草に感じる何処と無い距離感
変ってきている松ちゃん
わたしと、松ちゃんの間に感じてしまう溝
それは微かだったのに、次第に感じたくないのに感じてしまう程のハッキリとした溝になっていった
だから、わたしはその溝を埋めたくって、ただ離れてしまうのが怖くって
余計に甘えて、素直になれなくって、ときに皮肉屋になってしまったのかも知れない



翌日、松ちゃんに笑顔で
「きのうは、悪かったな、俺が、言いすぎやった」
と謝られた
「ううん、わたしが、悪かったから」
松ちゃんとの会話は、何処かぎこちなかった

それから、もう松ちゃんのクルマで、大学へ行くことも無くなった
変らず、松ちゃんは、一緒に行こうと誘ってくれたのだけれど
わたしは、一緒に行く気にはなれなかった
彼の怖い顔を思い出してしまうと、何故か距離を置いてしまっていた
恐れていた松ちゃんとの距離感、それは否定できないハッキリとした溝となって
そこに、わたしと松ちゃんとの間に横たわっていた

ちょうどその頃、松ちゃんに彼女が出来たと言う、うわさを聞いた
実際に、松ちゃんからも、嬉しそうな笑顔で、彼女の話を聞かされた
「そう、よかったね」
その言葉とは、裏腹に、わたしのココロは淋しさでイッパイだった
ココロが張り裂ける、音を立てて破れてしまいそうな、でも、それを彼の前では表情には出せない
『素直になるから、もう甘えたりしないから・・・わたしからハナレナイで、イッテシマワナイで・・・』
言えなかったコトバ
アタマの中が真っ白になっていく、わたしのココロが壊れていく
どんなに、わたしがココロの中で叫んでも、泣きわめいても、それは松ちゃんには届きようもなく
また、届ける事もできなかった
二人の間の溝は、もう修復しようもなく、ハッキリと二人を分け隔ててしまったように感じた



落葉


枯木

いっそう、わたしは殻に閉じこもった
気付いたら、一人だった、一人ぼっちの自分がいた
入学して、まともに話を出来たのは、松ちゃんだけ、その彼がいなくなった世界は、ただ突然にわたしの前に現れた
彼が、そう松ちゃんが、そこにいてくれたらそれだけで良かった、そんな生活は突然に途絶えて、わたしは、ただ一人取り残された
もう、松ちゃんのクルマの助手席は、わたしの指定席では無いんだな・・・



松ちゃんとの溝は、ますます広くなって、松ちゃんとの会話も、日々少なくなって行った
松ちゃんは、修士課程に進むと言っている
わたしも、松ちゃんと一緒に修士課程に進もうと、考えていた
でも、あと2年以上も、松ちゃんと一緒にはいたくなかった、いられなかった
彼女と幸せそうな松ちゃん、その笑顔を、わたしは見られなかった

ただそれだけの理由で、突然、わたしは就職活動を始めた
遅れて始めた就職活動だったし、人と話すことの苦手なわたしは、ことごとく会社の面接を落とされた
教授にも
「君は、何故、修士に進まないのか」
と聞かれた
成績もよく、研究職希望のわたしは、修士に進んだ方が、よっぽど条件は良かったのは分っていた
けれど、松ちゃんと同じ修士には進みたくなかった
もう、松ちゃんの傍にはいられなかった

夏休みももう終わりと言う頃、ようやく一つの会社の内定がとれた



わたしは、大学を卒業して、松ちゃんは大学に残った
わたしは、一人、大学の卒業式に出席した
修士課程に進んだ松ちゃんは、当然そこにはいなかった
4年前、母と合格発表を見に来たキャンパスを、一人ぼっちのわたしが卒業した
笑顔の同級生の中、わたしは誰とも話す事も、声をかけられることも無く、その場を立ち去った



アパートを引き払う時、洗濯機を置いて行った
「これ、くたびれちゃったけど、置いて行くね」
「ありがとうな!あっちに行っても連絡くれや」
わたしに笑顔で言ってくれた
前と変らない笑顔、でもその笑顔の、その明るさの元はわたしではない
「松ちゃんも元気でね」
これで、松ちゃんの顔を見るのも最後なのだと思った
松ちゃんの笑顔が見たくって、最後だろう笑顔をココロ焼き付けておきたくって
わたしは、精一杯の笑顔を作った
最後の笑顔の瞳が光っていた、その瞳は、わたしのココロに、ココロの奥の引き出しにそっとしまった
『サヨウナラ、松ちゃん、ありがとうね、わたしにいろんな事、教えてくれて・・・』
それは、言えなかった
サヨウナラは、それだけはコトバにすることが出来なかった





会社に就職して、わたしは初め会社の寮に入ったけれど、自由が利かないし
プライベートも無かったので、早々にアパートを探して借りた
会社での生活は、馴染めなかった
職場でも、同僚とも
地獄のような現場の研修も終わり、希望通り、研究開発に配属された
研究職では、仕事に没頭した
実験、開発の日々
人と接するのは最小限で済んだ
ようやく会社での生活にも慣れたころ、結婚式の招待状が届いた
松ちゃんの結婚式だった
ようやく、松ちゃんのコト、思い出さなくってもよくなったのに・・・

迷ったのだけれど、わたしは、出席に丸をして返信をした
そして、礼服のスーツを初めて買った

枯木


越冬

松ちゃんの結婚式は、遠く名古屋だった
初めての街で、一人、披露宴が行われるホテルを探した
大きくって、立派なホテルだった
緊張して受付を済ますと、何人か大学の頃の同級生の顔があった
けれど、だれもわたしには声をかけてこなかった

結婚式

披露宴の松ちゃんは、終始笑顔だった
そのお嫁さんも、笑顔だった
大学の時、付き合い始めた彼女だった
ゴールインしたんだね
二人とも、この世の幸せを独り占めしているような笑顔だった
「おめでとう、松ちゃん」
「ありがとうな、遠いトコ、ほんとありがとうな」
久しぶりに見た、わたしへの松ちゃんの笑顔だった
でも、この笑顔は、もうこのお嫁さんのものなんだね

オンナの人のお嫁さん
彼女は、普通に松ちゃんと恋愛をして、普通に結婚をした
そして、普通に手に入れた、松ちゃんの笑顔
それが、普通なんだよね

もし、わたしが、普通にオンナの人だったら
わたしも、普通に松ちゃんの笑顔と、ずっと一緒にいられたのかな

帰り道、ずっとそんな事を考えていた

普通なオンナの人
わたしも、その普通に一歩でも近づきたい
こんなわたし、こんなカラダは、もうイヤだ
そう考え出したら、もう止まらなかった
わたしの中で、ずっと押し殺して、追いやっていたものが湧き出して、それは、もう止めることが出来ないくらいに大きくなって行った



何日も、何日も、眠れなかった
どうしたらイイの・・・
真っ暗な、一人ぼっちの部屋の中
布団の中で丸くなりながら、アタマの中で思いだけがグルグル回って
松ちゃんの優しい笑顔、山の上から二人で見た景色、結局、わたしは松ちゃんと手もろくにつなげなかった
わたしが、普通だったら、オンナだったら・・・
こんな生活は、もう続けたくない
わたしは、もっとわたしらしいわたしで、生きてみたい
でも、それって・・・
全部投げ出して、これまでのわたしの人生全部リセットして
そうすれば、変えられるのかな
わたしのカラダも、生き方も

ホルモンをすればイイんだよね
それって、病院で、やってもらえるのかな
産婦人科に行けばイイのかな、それとも美容外科かな

そうしたら、NHになればイイんだよね
それって、新宿に行けばイイのかな

新宿に行って、何軒も病院に電話したり、尋ねていったり
働けるNHのお店も見つけた
ホルモンの相談にのってくれる病院も見つけた




でも・・・でもね、最後の扉を開けなかった、開けられなかった
悩みぬいた挙句に、闇の中で探し当てた最後の扉
その扉は、その時のわたしにとっては、とても重たくって、開ける力が、全てを投げ出しても開けてしまう程の、その勇気が、無かった


これまで、ずっと一人、憧れだった一人暮らし、確かに自由で干渉が無かったけれど
そこに目的を見失っていた、ココロに広がっていく虚無感
あの時、あの笑顔、松ちゃんと出会うことが出来た、彼が全てだった
でも・・・彼を失ったとき、そこにはやっぱり一人きりのわたしがいた
押し潰されそうな孤独感、それが耐えられない現実として突きつけられた
この先、これまでの人生をリセットして、たとえ女性として生きて行っても
結局は、わたしは一人っきりじゃないの・・・
一人が怖かった、もうこれ以上、一人では生きていけなかった

じゃあ・・・死ぬしかないね
こんなわたし、生きていても仕方ないもん
生きていたって、つまらない、満たされない
だから、死ぬしかないね

行き詰っていた、わたし自身がイヤで、わたしのカラダがイヤで、それでも一人っきりな自分もイヤで
死に方を探し始めていた

越冬


輪廻

わたしが、全てに行き詰って、死にかたしか考えなくなっていた頃

何気なく、職場で、こんなわたしに、普通に明るく話しかけてくる女の子がいた
何故か、彼女とは、普通に話が出来た
なんでも、話せた
彼女と話していると、気が楽になった

いつも彼女は、会社に、お弁当を作ってきていた
ある日、何気なく、わたしの分もお願いしてみたら、喜んでわたしの分のお弁当も作ってきてくれた
とっても美味しかった

そのお礼に、誘ったレストラン
彼女との初めてのデートだった

会社では、周りにとても明るく振舞っている彼女
でも、わたしの前では、ときにとても淋しそうな表情をする
彼女の、過去を聞いた
誰にも話していない、彼女の辛い過去
大好きだった彼氏と分かれてしまった彼女
彼女は、その彼氏を引きずっていた

そんな彼女、彼女の中にいる彼も含めて、この人と共にいたいと思った
この人となら、わたしもオトコとして生きて行けるような気がした
そして、わたしは一人という呪縛から逃れられる

オトコとして、初めてのコトを、彼女に対して、やってあげた
随分と、ぎこちなかったのかも知れない
彼女と別れてしまった前の彼氏と比べたら、おはなしにならなかったのかも知れない
けれど、わたしにとっては、ココまで生きてきて、全ては初めての経験だった
そんなわたしを、彼女は、さりげなくリードしてくれた

わたしの中のオンナの子は、隠して、ココロの奥に仕舞い込んで
そんな彼女と結婚をした




松ちゃん、彼との出会い、彼に教えてもらった色々なこと
そして、忘れない彼の笑顔
もうその笑顔は、彼の奥さんと子供のためのもの
この先、決して彼と、わたしの人生の糸は、交差することは無いと思うけれど
わたしには、彼が残してくれた彼との想い出がある
それがあればこの先、生きていけると思う
それは、わたしにはかけがえの無い財産、かけがえの無い彼の笑顔
わたしのココロの中では、ずっとわたしに向けられているから
ただ悲しいのは、大切にココロの引き出しにしまったはずの彼との想い出が、思い出せなくなってきているコト
でも、きっとそれは、ここまでわたしが、まちがいなく歩んでこれた証なんだと思う

松ちゃん、結局、彼がわたしにキッカケを与えてくれたんだと思う
人生を諦めかけたけれど、そんな沈んだわたしだったから、彼女、いまのパートナー天使さんと出会えた
沈んだわたしでなければ、彼女のココロの灯りは感じ取れなかったし
彼女のココロの痛みも感じ取れなかった

運命なんて信じないけれど、全ては繋がっているのだと思う
人生に無駄なことなんて無いんだね
全て、繋がっている
どんなに辛いコトも、死んでしまいたいと思うようなことも
その先に続く物語には、必要なコトなんだね

今でも貰える、松ちゃんからの年賀状
そこにはすっかりパパの松ちゃんが写ってる
その陽だまりのような笑顔の瞳は、あの頃と変らない
わたしのココロの奥にしまってある変らない笑顔
その笑顔は、もう彼の奥さんや、娘さんたちのもの

彼の命が繋がっている、彼の遺伝子がつながれている
人の命が繋がるという美しく、過去から繋がれてきた普遍的なもの
松ちゃんが生まれ、わたしも生まれた、それを繋いでいく
それはかけがえの無い過去から未来へと繋ぐ人の、生命の営み
わたしもね、松ちゃん、ちゃんと遺伝子を繋いだんだよ、繋ぐことが出来たんだよ、こんなわたしでもちゃんとね

そして、いまのわたし、たくさんの想いを抱いて、たくさんのかけがえの無い人たちに囲まれて
愛すべき人、愛したい人、あの頃は伝えられなかった想いを伝えられる人

いまも、これから先も、ずっとあの笑顔と一緒に歩んで行く、ずっと、ずっとね


フライにマヨネーズやドレッシングをかけるたびに想い出す、松ちゃんのステキな笑顔
ありがとうね、松ちゃん

輪廻





最後まで、お付き合い頂いて、ありがとうございました

あれ以来、松ちゃんとは一度も会っていません
今のわたしを見たらどう思うだろうなんて、アタマをかすめますが
会うことは無いと思います
松ちゃんは、わたしのココロの中にいるから
その松ちゃんを大切にして生きたいと思います

meru
to myself