よもやまなえっせい 番外編
'06.01.11 作成
流れ星のように、君が僕の前に落っこちてきた
俺はアイツが大嫌いだった。
アイツ―――山南敬助がこの試衛館に食客として加わったのはつい最近の事だ。
何でも、前にかっちゃん―――近藤勇と「クロフネ」を見にいこう、と誘ってくれた「坂本龍馬」とか言う風変わりな若い侍の紹介で訊ねてきたんだそうだ。
坂本と同じ北辰一刀流の免許皆伝で、あの千葉周作先生から直々に指導を受けた、と本人は語っていた。この線の細いナマっ白いヤツが何言ってるんだ、ハッタリか?と眉唾ものだったが、ウチの若き塾頭、負けしらずの沖田総司を倒したのを見て、あながちウソじゃねぇんだな、とは感じた。
剣だけではなく、「天保学」(「水戸学」)とかいう学問も学んだらしく、やたらと弁が立つ。やって来た日にも聞いてるだけで眠くなってくるような話を延々とかっちゃんに説いていた。
かっちゃんはそういう学のあるヤツに弱い。すぐ気に入って食客になって欲しいと願い出たのだ。
俺は納得いかなかった。腕を組み、常に穏やかな微笑を浮かべながら柔らかな口調で話す・・・。いかにも温厚そうに見えるが、その眼光は鋭く、決して微笑んではいない。腹に何か一物抱えていそうな雰囲気が漂っている。折角名の通った道場にいたのだからそこにいればいいものを、何でわざわざ・・・。「近藤さんの人柄に惚れた」とか何とか言ってるが、どうだか・・・。人のことを言えた義理ではないが、とにかく胡散臭かった。
が、ここの主はかっちゃんだ。かっちゃんがいいというなら仕方がない。でも、「クロフネ」の一件以来、やたらと「御公儀の為、日本の為に何かをしたい」と言うようになったかっちゃんが、いつかこの山南センセイに丸め込まれはしないだろうかという一抹の不安が拭えなかった。
不安は的中した。
山南が、近々京にご上洛する上様の警護をする為の浪士の集団―――「浪士組」とかいうらしい―――への参加の話を持ち込んできた。健康な身体を持ち、御公儀への忠誠心が篤い者であれば、身分は問わないという。丁度講武所の話が『育ち』を理由に流れてしまったかっちゃんにしたら願ったり敵ったりの話だ。案の定、かっちゃんはすぐさま飛びついた。
「山南さん・・・、ちょっといいか?」
朝飯の後、湯に近いくらい薄いお茶を飲みながら佇んでいる山南に俺は声を掛けた。
「アンタ・・・何、企んでんだ?」
「・・・何を・・・ですか?」
山南は持っていた湯飲みをゆっくり床に置くと、俺に顔を向けた。
「お前さん、何であの話・・・、『浪士組』とか言ったっけ? かっちゃ・・・、いや、近藤さんとこに持ってきたんだ?」
変に回りくどいとこいつに負けてしまう。俺は単刀直入に訊ねた。山南は迷う素振りは全く見せず、
「それは・・・、あのお方が一介のしがない道場主で一生を終えるのは惜しい、と常々思っていたからです」
いつものように小首をかしげ、微笑をたたえながらそう答えた。
「それだけか? それに・・・『しがない』は余計なんじゃねぇのか?」
確かにそうだけどよ、と内心では思いながらも、俺はそう反論し睨みつけた。
「・・・これは、失礼しました」
山南は薄笑みを浮かべながら謝罪し軽く頭を下げた。
変なことにあいつを巻き込まないでくれ―――、そう言おうとした矢先、土方さん、と山南が先に問いかけてきた。
「近藤さんとはもう長いお付き合いなんですよね?」
「何だよ、突然。俺たちの事はどうだって・・・」
「長いんですよね?」
間髪入れず、念を押すように山南が聞く。
「・・・ああ、まあな。ガキの頃からだ」
今更、その事を語るのはなんとなく気恥ずかしかった。土方はおでこの横の辺りを掻きながら答えた。
「それならば気付いているでしょう?」
山南はその姿を見ながら、至極穏やかな微笑でこう語りだした。
「あの方には人を惹きつけて止まない不思議な魅力がある。それに、己の信念を愚直なまでに貫こうとして生きている。その姿がますます我らを引き寄せる。あの方は気付いていないが、多分それはあの方の生まれ持った能力なんでしょう。それを生かさずにこのままでいるのは非常に惜しい。近藤さんは混迷の色がますます強まったこの時代の救世主になるかもしれない。・・・私はそんな気がしてならないのです。・・・そうは思いませんか?」
いつになく熱っぽく語る山南に、初めは「余計なお世話だ」と訝しく思っていた俺だったが、山南の眼差しにそれまでのような『冷たさ』が全くなくなっていることに気付いた。その表情の変化に戸惑いを隠せない俺は、山南の問いかけにも、
「や、まぁ・・・そうかなぁ。そういうことは俺にはわからねぇけど」
としどろもどろな情けない返答しか出来なかった。
その日以来、俺は視界の中に、気付くとアイツの姿を留めている事が多くなっていた。それは多分、アイツが、自分の中で、今まで以上に警戒しなければならない相手という位置付けになったからだろう、そう思っていた。
京に行く話も本決まりになり、試衛館からも山南や永倉、原田などの主だった食客がかっちゃんと行動を共にすることになった。出立まで間もないということもあり、それぞれ慌しく身辺の整理に追われていた。
そんなある朝。
かわり映えの無い朝飯も終わり、皆思い思いに寛いでいた。
今だ浪士組に対しての疑念を拭いきれないでいた俺は、事と次第をもう一度確認しようと山南に声を掛けた。ところが、源さんと平助と3人でなにやら話していた総司が、突然、
「ねぇねぇ、山南さんは?」
と、俺と山南の間に割り込んできた。人懐っこい笑顔を浮かべながら俺の膝の上に座り込んだ。
「ちょっ・・・、何すんだ、総司! どけっ!」
俺はちょっと乱暴に総司を突き飛ばした。土方さんこそ何するんですかぁ〜!と総司は少し頬を膨らまして怒っていたが、懲りずに今度は反対側に回って山南と話をしだした。完全に俺は無視だ。
その時。
総司にアイツとの会話を邪魔されたこと、俺と話すより楽しげなアイツの姿に対して憤り―――というか、一種の『嫉妬』か?―――を感じている自分にはっとした。
何故?
何故そんな想いが湧く?
どうでもいい、はずなんじゃねぇのか・・・。
俺を無視されたからか?
・・・いや、それだけでない。
何なんだ?この焦燥感は。
こんな気持ちを今まで体験したことがなかった俺は戸惑った。
総司との会話に一段落ついた山南が、
「あ・・・、土方さん。ところで・・・何ですか?」
本当にすまなかった、とでもいいたげな、困ったような笑顔で問いかけてきた。
山南に見つめられた瞬間から周りのヤツらに聞こえているのではないかと思われるほど激しく胸が高鳴った。心なしか耳の辺りが熱くなっているようだ。そんな様子を悟られたくなかった俺は、
「や、・・・も、もういいよ。こっちこそすまねぇな」
と、いつも以上にぶっきらぼうにそう言うと、その場を立ち去った。
あぁ、
今、
流れ星が落っこちてきた。
俺の前に。
今までわざと気付かずにいようとしていたこと。今、まざまざと気付かされた。
これは多分・・・。