1.概要

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 会社や役所の人材開発の企画・事務を担当する人材開発課の作業の概要を述べる。

■人材開発課の位置付け

 人材開発課は全社の全ての教育の分析・評価・事務を遂行する。それに加えて、人材開発課は各課程を担当するすべての教育課の要員(ヒト)、施設・器材(モノ)、費用(カネ)などの資源を全社として事務管理する。

■役に立つ人材開発論

 「教育工学」のページでは、教育学・教育工学に対して「やるきになる」「やくにたつ」「やりがいがある」という標語を掲げた。 人材開発の理論及び実践方法論についても同じ標語を掲げよう。

 人材開発論においても「やるきになる」とは、実践分野もカバーしていること、理論や方法論が明確であること、結論が明確であることである。「やくにたつ」とは用語をちゃんと定義して勉強を持続可能にすること、具体的な作業までカバーしていることである。「やりがいがある」とは大学生や実務家になれたということを実感させる専門的な水準であることである。人材開発職員自身の人事管理、人材開発、教育の関係が理論・方法論に忠実であることも大切である。

■PDCサイクルではない

 人材開発の作業は、計画・実施・評価( Plan-Do-See)というPDCサイクルと言われるが、本当はそうではない。教育課の仕事を含めた教育工程は、教育体系開発(ISD)が定めている教育の分析・設計・開発・実施・評価という5段階工程である。計画した明日から教育を実施できるわけがない。そういう能書きは使い物にならないのである。

 人材開発課の作業は全社の全課程の分析・評価の事務をするということである。それに対して各課程・科目を担当するいくつかの教育課は、それぞれの課程・科目の分析・設計・開発・実施・評価をするという違いがある。

■資格は人事課、教育は教育課

 教育機会は職種・職級などの人事資格に応じて利用できる。人事資格は人材開発課や教育課が決めるのではなく、人事課が人事規則で資格制度を制定し、各従業員の資格は人事課の責任で資格制度に従って付与する。受講者を選抜して教育する場合は、教育課が選抜試験をしてはならない。選抜試験は人事課が実施し、人事課が受講資格を付与する。

 このことは大学入試を例にすると分かりやすい。500人を入学させる大学に2000人の受験生が応募したとする。入学試験をして2000人から500人を合格者と認めて合格証・学生証を発行する。大学の課程を受講するのは学生と認められた500人だけである。2000人に対しては均等に受験資格があるが、入学試験を境にして2000人の受験生から500人の大学生という資格が変更される。このことを明確に区別しなければならない。

 会社においての資格の付与は、教育の範疇には含めずに、人事管理に集中させる。教育課や人材開発課が資格変更や選抜教育の必要性に気づいた場合は、人事課に提案する。資格の新設・変更は、職種・職級の分類の専門家である人事課が、職務実践の専門家である現場と相談して決定する。

■機能と品質は少し違う

 人材開発課と教育課の職務分掌や目的の違いは次のとおりである。

 人材開発課は教育を商品に例えればカタログ仕様を担当する。

機能: どんな課程・科目の品ぞろえか。この管理が人材開発課の随一の使命である。

性能: 何日でどんな成績に到達させるか。全社員の修了成績はどの程度か。

価格: 受講者の出費は全社や現場の観点で適切か。他社に比べてどうか。

 教育課は教育を商品に例えればカタログ仕様に対する実現を担当する。

品質: 機能を正確に実現しているか。成績を上げやすいか。勉強しやすいか。

費用: 教育提供側から見て費用は適切か。課程・科目間のバランスは適切か。

納期: 提供の早さや寿命は適切か。

 教育課が担当する各課程の分析、設計、開発、実施、評価がいかに大変かは、学校教育の経験でよく分かるであろう。それに対して人材開発課はISDの4段階工程の最上流と最下流の分析と評価を、全社の全課程について行うのであるから、学校教育における文部科学省の役割に匹敵する。人材開発課の仕事の大変さも学校教育の比喩から想像がつくであろう。ただし、職種や職級を制定する人事課が存在することが人材開発課の助けになる。

■人事課・人材開発課・教育課の職務分掌と目的

 各部門の職務分掌は一般には本社の総務課が組織規則として制定・改定する。

人事課 職務分掌 全社の職務・職級の定義の制定・改定。職員の採用・昇格・異動・退職の管理。職員の資格管理。教育の受講管理・受講命令。
目的 職員の配置要求と実際の配員のずれの最小化。
人材開発課 職務分掌 全社の課程・科目の定義の制定・改定。
目的 職務・職級・実務と課程・科目のずれの最小化。
教育課 職務分掌 担当する課程・科目の分析・設計・開発・実施・評価。
目的 課程・科目の定義と実際とのずれの最小化。受講成績の向上。

 教育受講の命令・募集や応募受付は、人材開発課や教育課ではなくて、人事課が行う。職務・職級に応じた課程の受講は人事異動の直前又は直後に受講するのが普通だからである。なお、各部門は正式の課程・科目のほかに講習という教育を企画・実施してもよいが、講習は人事資格とは関係しない教育である。

■職務中心主義を採用する

 人事管理・人材開発の理論にはいろいろあるが、その中の職務中心主義を採用する。

職員中心主義:働くヒトを中心にして仕事の単位を決める主義。例えば、家内制手工業で、同じ人が紡績、縫製から染色まで担当する。

職場中心主義:働くスペースを中心にして仕事の単位を決める主義。例えば、ワークショップ(アトリエ)と時間とを画家や彫刻家たちが共有し、協力し合う。ワークショップ型教育の原点である。

職具中心主義:仕事の道具(モノ)を中心にして仕事の単位を決める主義。例えば、水車小屋の水車を製粉、鍛造、あるいは揚水に共有する。

職務中心主義:抽象的な職務の定義を中心にして、それぞれへ職員、職場、職具を割り振る。

 会社という集団の複雑な事業が、堅実に継承でき柔軟に変更できるのは職務中心主義によって採用や人事異動をしているからである。

 職員へ職務を割り振るのではない。職務へ職員を割り振るのである。

■教育の情報システム

 教育関係のいくつかの使命に応じて、それぞれを処理する応用ソフトウエアを利用する。

 人事管理には人事情報システム(Human Resource Information System; HRIS)を利用する。人事課が職員の氏名、職務、職級、職歴、人事異動希望などを管理するのに用いる。教育の受講管理や受講命令にも用いる。職務中心主義においては、職務や職級の定義は人事規則が保持しており、それに割り振れらる職員側の情報が人事情報システムに保持される。

 人材開発には人材開発システム(Human Resource Development System; HRDS)を利用する。人材開発課が全社の課程・科目に割り振る資源である、教育課、教育課職員、施設・器材、費用、課程・科目成績などを管理するのに用いる。

 教育には学習管理システム(Learning Management System; LMS)を利用する。教育課及び受講者が教育の分析、設計、開発、実施、評価に用いる。自習用の視聴覚教材や対話型マルチメディアの学習経路の制御にも用いる。人事管理の中の受講管理のソフトウエアが学習管理システムと連動していて区別がつきにくい場合があるが、基本的には別のものである。

■教育政策の概観

 人事管理、人材開発、教育の行政に関わる主な省庁を説明する。

 人事院は各省庁の公務員に関する法規を管理するともに、省庁間の共通の課程・科目の人材開発課及び教育課に相当する役割を有する。公務員採用における筆記試験や面接試験の理論も扱っている。人事院や公務員に関する法規は、人事管理、人材開発、及び教育の理論、方法論、及び用語定義として役に立つ。

 総務省は能率を推進する。公務(public service)は大部分が役務(サービス)であり、作業の能率は人間の労働の能率とほぼ同じである。人間の労働を中心とする作業の業績(効率やできばえ)を能率と言う。各省庁にも能率を推進する部署が設けられている。

 文部科学省の代表的な使命は学校教育の行政である。標準課程(カリキュラム)、標準学習指導要領、教科書検定などを扱うので、人材開発課及び教育課に相当する仕事の重要部分を各学校と分担している。

 厚生労働省の使命には職業能力開発の行政が含まれており、会社の従業員の人事管理、人材開発、及び教育に関係する。

 そのほかに人材開発や教育の現代化に熱心な省庁や業種には、防衛庁、経済産業省の情報政策部門、及び厚生労働省系の医学部・病院・医院がある。

 地方自治体には中央省庁に対応する部署があることがある。新潟県の例を挙げる。

  新潟県

   総務部 新行政推進室      総務省の能率推進に関係か?

        人事課人材育成係    人事院に関係

   産業労働部 職業能力開発係  厚生労働省職業能力開発局に関係

   病院局 業務課           研修医制度など

   教育庁                文部科学省に関係

■能率の歴史

 総務省に関して登場した能率について解説する。産業活動は生産活動と市場活動で構成される。生産とは製品又は役務を提供して対価を得ることである。役務は人間の労働そのものであり、製品は人間の労働や機械によって製造される。人間の労働を含む作業の業績(効率やできばえ)を能率(performance)と呼ぶ。能率を含む言葉とには、産業能率、能率改善、能率管理などがある。

 能率への取組を推進してきた組織の年表を次に示す。

  1915年  テイラー協会(The Taylor Society)

  1922年  産業能率研究所

  1942年  日本能率協会

  1943年  日本能率協会が海軍工廠の工場診断

  1951年  学校法人産業能率短期大学

  1962年  国際能率改善学会(International Society for Performance Improvement; ISPI)

       国際実務改善学会という訳も可能である。

  1979年 産業能率大学

  1989年 産能大学

 労働、役務、人材開発などについて調査する場合には、この能率に関する話題も重要である。

君島浩のISD研究室 2006.2.10.[ ホーム ] [ 上へ ] [ 進む ]