2010. 7.31-1 政治主導

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第1章 政治主導

(1)私は日本には立法技術がない、という問題を指摘したことがある。病院のために規則作成手引書を書いている。工学部卒の私が説明すると立法工程は次のようになる。

立法工程 分析段階 作文段階 承認段階
経営層 方針 原稿への注文 議会・委員会
中間管理職層 起案者決定 調整 審議結果受領
一般職員層  専門資料や覚書収集 法規作文 文章修正


(2)上の図のように整理すると、次のようなことが分かりやすくなる。

内閣法制局が説明している立法手続きは、承認段階という下流工程のことである。

民主党が政治主導や戦略室縮小で話題にしたことは、起案担当者の見直しである。

起案には人的資源が必要であり、この段階で却下されることがあることに注意。

調整(根回し)は3段階のすべてで行われており、段階によって性質が変わる。


(3)例えば、出張届けという伝票を提出すると所属部の係長〜課長〜部長、会計の係長〜会計課長〜総務部長と稟議する。部門間の横移動と職位間の縦移動の組合せである。IT化する場合には次のような階段のフロー図を描いて関係者の合意を得る。
   部長          □→↓        □
   課長       □→↑  ↓     □→↑
   係長    □→↑       →→□→↑
   社員 □→↑
(4)職位間の縦移動が視覚的に分かるのは銀行である。窓口社員の後ろに係長〜課長〜部長が座っていて、伝票が次々と渡されていく。IT化されても係長や管理職の承認処理は必要であり、IT端末で電子承認が行われる。
(5)大学や病院に勤めてみると、IT化がまず遅れている。富士通では20年ほど前からほとんどの事務処理はIT化されており、私の管理職としての承認も端末(パソコン)で済ませた。大学や病院はIT化以前に稟議(回議)の数や意識が薄いのである。
(6)大学や病院でも伝票処理は稟議で処理されるが、制度を起案するのはほとんどが会議で議論するから労力がかかる。組織が個人医院の横並びのようなフラット組織なので、部長格になっても起案作業を遠慮なく頼める部下が少ない。


(7)入院患者のベッド(病床)は、数に限りがあるので、患者が入院を希望しても待たされることがある。病院側は病床管理という作業をして、入院希望・退院に応じて病床を管理する。「もっと患者の希望に沿って、早く入院できるようにできないか」という議論があった。
(8)私は稟議に時間がかかっているのではないかと推測して、「管理職はどのように承認に関わるのか」と質問した。医師たちは私のような素人に改善案が考えられるはずがない、という態度で「ほとんど看護師長(主任級)が決めます」と回答したので驚いた。管理職が関わらないわけだから、処理が早いことがある一方で、組織的な最適化は難しいと思った。しかし、それは間違いであった。
(9)病床管理の改善のために、大学のIT学の学者がITを用いる研究を提案してきた。病床管理をコンピュータで分析して、改善案を発見しようというのである。私も議論に参加したのだが、IT学者も稟議フローには関心がないし、オペレーションズ・リサーチのような最適化技法は話題にならない。IT学者は新しい発見をして論文にしたいのであって、既存の最適化技法には無関心なのである。
(10)私が調べていると病床管理の手引書が見つかった。そこには要所で病棟医長(課長級)や副看護部長(部長代理級)などが調整をすることが書かれているではないか。私が質問したような制度を、病床管理の議論をする医師たちは意識していなかったのである。私の素人質問が問題を整理するヒントになるかも知れない、ということに気付かない。病床管理のフロー図を医師たちが描いても、階段状のフロー図ではなくて、横並びのフロー図を描くだけで、管理職の階層を意識しない。


(11)起案する一般職員や管理部門には次のような種類があり、一長一短がある。これを会社や病院に当てはめて考えるとよい。

起案部門 解説 利点  欠点
内閣 政治立法、戦略室 全体均衡。私利なし。  細部弱い。出向役人。
立法専門家 議員秘書、議会職員 立法の専門家 実績少ない。行政弱い。
行政専門家 各省庁職員 日常現実理解。分野専門家。 分野重視。実務優先。
司法専門家 弁護士等、司法職員 裁判で現実を理解  立法(起案)弱い


(12)病院のベテラン職員に本音を聴いた。
「会議の9割は、稟議で済ますことができる」
「診療の検討会(カンファレンス)の5割は教育課目にする方がよい」

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