to be continued…
2002/10/26
ふふふふっ。
ついに直江が景虎様に愛の告白をいたしました!(誤)
景虎様も今にもOKしそうな勢いで胸を高鳴らせておりますv

そういえば、この「流星に祈る」には実は副題がありまして、
それが「景虎様初恋物語」なんですよ〜(笑)。
直江の初恋は四百年前の景虎様だったけど、
景虎様の初恋は四百年後の直江なのね〜vって。(←アホ)

しかし外道丸様の景虎様の心理描写に、
「初恋のときめきにも似て」とかいう文章があったことから、
景虎様は既に初恋経験済みと発覚!
ショーック!(泣)
認めない〜。それは気のせいだ〜景虎様〜っ!
12.

 辺りには風が吹き、川辺の草が揺れている。
 不意に景虎の背が寒そうに見えて、何かかけてやりたいと思ったが、あいにく着せ掛けられるような物は無かった。

「おまえは、ここで何をしていた……?」

 しばしの沈黙の後、景虎がそう問いかけた。視線は未だ川の流れを追っている。
 直江は何と答えれば良いか分からなかった。ここで一体何をしていたのか、自分でもよく分からない……。
 少しの間をおいて、直江が答えた。

「星を、見ていたんです……」
「星……?」

 そう言われて景虎は……直江も空を仰ぎ見た。
 既に冬も終わり、夜空には春の星座を見ることができる。獅子座のデネボラ、 乙女座のスピカ、牛飼い座のアークトゥルスが春の大三角、北斗七星とで春の大曲線を描いている。
 新月のおかげで星々はまばゆいばかりの輝きを放っているが、直江はどちらかというと、冬の星の方が好きだった。それでも今は、この満天の星の美しさに思わず息を飲んでしまう。
 景虎にとっては……いや、この時代に生きるものにとっては当たり前のようにそこにある空だ。だが、零れ落ちるかと思うほどのこの星空は、直江にとってまるで忘れかけていた思い出のようだった。
 直江は立ち上がり、景虎の右斜め後ろ……いつもの定位置に立って彼の後ろ姿を見つめた。

「この空を……?」

 景虎が空を見上げながら言ったとき、流星が一筋の線を描いた。
 直江の脳裏にその瞬間、記憶の片隅にあったとある一場面が鮮明に甦る。
 それは四年前の、まだ、二人が優しい関係にあった頃のものだ。
 東京の住宅地で二人並んで歩いて交わした会話。高耶が無邪気に話しかけてくれるのが嬉しかった。
 あの時高耶は星空のことについて話していて、流れ星はその瞬間、世界中で自分だけしか見ていないかもしれない≠ニ語ったその言葉に、自分はこう返したのだった。


 ──じゃあ、二人で見れたら、この上ない宝物ですね=B


 その時は特に意味を込めて言った言葉ではなかった。ただ、本当に素直な感想を述べてみただけだった……。
 今の星は景虎も見ただろうから、この瞬間が二人にとって、掛け替えの無い宝物となるのだろうか。

「……れ星に」
「え……」
「流れ星に願をかけるとその望みが叶うと言うが……おまえは、何を願う……?」

 景虎が、未だ直江に背を向けながら言った。
 今夜の景虎は何か変だ……。いつもならこんなこと絶対に言わないだろう。
 それでも景虎がこんな問いかけをよこすのには、何か意味があるのだろうか……。
 直江は一つ呼吸をし、目を閉じた。

 ──……いいだろうか。

 言ってしまってもいいだろうか。
 ここに来てほぼ一月。その間ずっと傍にいて思った。
 景虎は景虎だ。高耶が景虎であるように、自分にとってただ一人の存在であることに変わりなどない。
 それならば、もし今自分がここにいることが運命≠ネんていうものだとしたら。そうだとしたら、ただ悪戯に時を待つのではなく、たとえ歴史が変わろうと景虎に接することが必要なのではないか。
 自分がここに来たわけなんて、景虎に関すること以外に考えられない。それなら自分は景虎と接点を持つことが、そうすることが元の場所へと戻る鍵となるのではないか。
 その先にどうなったって、こうやって何もせずにいるよりはずっとマシだ。遥かにいい。
 ならば、行動を起こすべきではないのか……?

(たとえそれで……歴史が変わろうとも……)

 直江はゆっくりと瞼を上げた。
 静かに息を吸って。
 そして。

「私には、絶対に失えない……何よりも大切な人がいます」

 直江は言った。囁くように。低く静かな声で……。

「その存在を失えば、生きていくことができないほどの……」

 景虎は少し肩を揺らしたが、こちらを振り向こうとはしない。
 それでも直江には、景虎がいまどんな表情をしているか、どんなことを思っているか手に取るように分かった。
 そうやって、後ろに自分がいることを必死で確かめながら決して振り返ることは無かった景虎。
 自分はこの背中を四百年もの年月ずっと見つめてきたのだ。いつの日か、何も言わずともこの位置に立つだけで、景虎の心内が察せられるようになっていた。
 いつからだったか。……彼が、自分の中で特別な存在となったのは。

「その人は、私のことを憎んでいました」

 直江はなおも、まるで独り言のように言葉を続けた。

「私は恨まれても仕方が無いと思っていて、私もその人のことを決して良い感情では思っていませんでした」

 そう。二人の出会いは憎しみから始まっていた。
 この先決して歩み寄ることの無い平行線を進んでいくのだろうと、二人とも思っていたのだ。
 この先何年経とうと。
 それでも……。

「それから何十年もの時を共に過ごして、その人は多少なりとも私に心を開いてくれるようになりました。その頃には私は確実にその人に惹かれるようになっていて、その人の一挙一動、一つ一つの光に眩しい輝きを感じていました。そして私に背を預けてくれるその人に、言いようの無い愛しさを感じると共に、……自分には、何故この輝きがないのか。なぜその人のように誰からも羨まれる能力が自分には無いのかと、その人の光に子供のような憧憬を抱くと同時に、醜くどす黒い劣等感を抱くようになっていました」

 そう、自分の景虎に向ける思いに関する原点は、すべて異常なまでに強い自己顕示欲から生まれたこの思いに集約されている。
 もしもこの感情が無かったら、もしも自分が景虎のみに拘らず、もっと別の道に顔を背け、突き進むことに対して妥協を許してしまったなら、あれほどまでにひどくもつれ合った関係には決して行き着くことは無かっただろう。
 何度も何度も捨てようとした。それでも捨てることができなかったのは……。
 苦しみにのた打ち回ることしかできなかったのは……。

「憎かった……」

 あんなにも憎んだ人間は他にいない……。

「そして、どうしようもなく愛していた……」

 あんなにも愛しいと思った人間は……。

「他に……いやしない……」

 他なんて、いるわけがない……。

「四百年もの間、彼だけを想い続けていたんだ……」


 景虎が初めて振り向いた。
 驚きの表情で直江を見つめている。
 直江の左頬に、静かに水滴が伝わった。

「彼を愛しているんだ……」

 そう、彼だけを。
 彼の魂だけを。
 永遠に……。
 約束した……。
 そばにいると。
    ───そばになどいない……。


「おまえは誰なんだ……」

 景虎が尋ねた。
 何故だか声が震えているような気がした。
 けれど問いかけながらも景虎は、その答えが何であるかを知っているような気がしてならなかった。
 直江は透き通った眼差しで、景虎と見つめ合いながら言った。

「私は直江信綱です」

 景虎はその時、この男の瞳はこんなにも透明だったかと、思わず男に見とれていた。

「四百年、上杉景虎と共に怨霊調伏を続けてきた……」

 景虎が目を見開いた。

「今、なんてっ……」
「あなたの知る直江信綱の、四百年後の姿です。それが意識だけが四百年の時を越えて、この身体に宿っている……」
「時を越えて……」
「そう。時空を越えてここにいる……」
「そんなことっ、信じられるはずが……ッ!」

 その瞬間、直江の手が景虎の腕を掴んだ。
 驚く景虎に、至近距離で直江が訴える。

「あなたにだけは信じてもらわなくてはならない。そうしなければきっと何も進まない。何も解決することができない」
「直江……」
「どうしても信じてもらいたい……」

 直江の表情があまりにも切羽詰っていて、景虎は何もいえなくなった。
 この男のこんな必死な顔は初めて見る。

「……証拠が、ない」

 直江は何故か、その言葉に何か懐かしい響きを覚えた。

「証拠なら……いくらでもあります」

 景虎は伏せていた瞼を上げて、直江を見つめなおした。

「あなたのことなら何でも分かる……」


 風が吹いている。そんな当たり前のことが当たり前でなく感じる。
 直江信綱という人間が景虎は嫌いだった。
 死する前も何度か春日山城内で対面したが、この男の事は悪い意味で印象に残っていた。
 まずその眼が癇に障った。冷たく感情も何も込めず、何か人を見下したような念を帯びた視線。
 名門総社長尾家の嫡男だか何だか知らないが、この男は初めからいけ好かなかった。向こうも、自分のことを決して良い感情で見ていないのがよく分かって、尚のこと気に障ったのだった。
 これで無能の役立たずならただの馬鹿だが、直江家の跡継ぎにと、直江景綱たっての希望で婿養子に迎えられただけはあるようだった。
 だが景虎はたとえ使える人材であろうと、こんな男は自分の側近にはいらないと思ったものだ。直江は、景虎が最も好まない空気の一つを身に纏う男だったのだ。
 それがどうしてだろう。
 今、この男の空気に触れて、どうしてだか不快な気持ちにはならない。どころか、ひどく穏やかな気持ちが押し寄せてくる。
 今までに感じたことのない気持ち……いや、何度かあっただろうか。けれどこんなにも明確に現れたのは初めてだ。そう、何度かあったこの感覚。この感覚を感じるのは、いつもこの男と共にあった時だ……。
 この男は、一体何なのだろう。
 どうしてこんなにも、胸の辺りが苦しくなるのだろう……。

「それなら……」

 景虎は背筋を伸ばして直江と視線をかち合わせる。
 それならば。

「それならば……オレが今、考えていることが……おまえには分かるか……」

 もしも本当なら、それが真実なら、
 分かるはずだ……。
 オレのことが分かるなら。
 四百年もの時を、共に過ごしたというのなら……!
 直江は少し眼を瞠って、景虎の切れ長の瞳を見つめたが、すぐに眼を細めて静かに言った。

「私は、心が読めるわけではありませんよ……」

 景虎は思わず息を止めた。
 今まで滅多に、……いやこの何週間か、様子がおかしくなってからは決して表情を和らげることの無かった直江が、心なしか微笑んだように見えたのだ。
 低く通る声が、ひどく優しい……。

「けれど……」

 直江がまた言葉を紡ぐ。

「大丈夫ですよ……。あなたは四百年の時を経て、多くの人と出会い、同時に多くの転機を向かえていって、今のまま……私も、他の仲間たちも変わらないわけにはいかなかったけれど、時代の変化に順応していく中で、それでもあなたの根源となるその清廉な魂は、決して穢されることは無かった」

 景虎は、信じられないような思いで直江の言葉を脳内に反芻させた。
 指先が小刻みに動く。
 景虎には分かったのだ。直江が何に対してその言葉を語ったのかが……。
 何故ならば、今の台詞は景虎が今、心中で浮かべていた問いの答えに他ならなかったからだ。

四百年後の自分は、今の面影はまるで無くなってしまっているのではないか。今の心も誓いも……、何もかも忘れてしまってはいないか≠ニ……。

 ふるえが来た。
 当てずっぽうではない。それは分かる。もしも偶然だとしてもここまで、ここまで正確なわけがない。そして何より今の直江の言葉は、景虎が意識下で最も欲していた答えそのものだったのだ……。

「そんな……」

 どうして……。

 景虎は目の前に起きていることが上手く把握できず、それ以上言語を口に昇らすことができなかった。
 普通ならこのくらいのことでこんな馬鹿げた話、信じられるわけがない。認められるわけがない。……けれど。

 今まで生きてきた中で、景虎の本当の奥底の心を見抜いた者など、誰一人としていなかった。
 悟らせようともしていなかった。

「信じてはくれませんか」

 直江が静かに問いかけた。
 互いの視線が空中で交錯する。

「───……ッ」

 たまらず眼を逸らしたい衝動に駆られたが、今ここで眼を逸らすのは自分が事実を受け入れられずに敗北するかのようで、この男にそんな姿を見られるのは嫌だった。
 景虎は必死で唇を噛み、歯を食いしばった。
 唇の端から血がたれたが、構いはしなかった。
 必死で自分の意識を平静に保ち、逃避させまいとする。
 それでも直江の、冴えて静かな、そしてどこかやわらかい瞳に見つめられているうちに、景虎の意識は、穏やかな波のように安らいでいくのを感じた。

(月光のようだ……)

 時に刺すように冷たく、時に包み込むように暖かい。
 直江の瞳はまるで月の光のようだと景虎は思った。
 意識が、透明になっていく……。
for your and my eternal happiness.

Someday, I will pray to the meteor

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