操縦室の大スクリーンを使っての話し合いは直江が思っていたよりもスムーズに進んだ。いや、スムーズにと言うよりも、話し合いと呼べるほどのものはなかったというほうが正しいかもしれない。なんせ、 「んじゃぁ、オレがこの船からシールドの援助を出すから、その間に長秀が向こうの船に直江の船ででも乗り込んで、連絡用ハッチを開く。そんで、オレと直江はそこから船に移って、怪我人とそんで中にいるであろう悪者を捕まえるんでいいよな?」 「あぁ、いいんでない?んで、俺様がその間に修復装置のほうを直しとけばいいんだろ?」 彼らが話したことといえば、それだけだ。後は直江に了解の意を求めただけ。大雑把なことこの上ない話し合いだが、裏を返せばそれだけ互いの事を信頼しているのだろう。 もし、警察がこの事態を解決しようとしても、こんなに早く話し合いが終わったりはしないだろう。細かなこと一つ一つも検討していくから、とにかく時間がかかってしまうのだ。もちろん、それだけの慎重さが全くの無駄だとは思わない。宇宙全域に及ぶ警察機構の巨大さを思えば、必要だともいえるだろう。それでも、身軽にことを決め、動ける高耶に羨望を抱かずにはおれなかった。かつて、自分も彼らのように自由にこの広い宇宙を飛んでいた頃があるのだから。 無事に直江の船で客船に乗り移った長秀を見ながら、先程のことを反芻していた直江は思わず溜息をついた。 「どうかしたのか?」 直江の溜息を聞きとがめて、高耶が心配そうに見上げてくる。それに何でもありませんと笑みを浮かべると、再び高耶は顔を赤くした。リトマス紙のように顔色を変える高耶に直江は笑みを深める。 普段から表情があまり表に出ないと周りから言われている直江は、そんな自分に気付いていなかった。ただ何となく、もう少し彼の顔を見ていたい、声を聞いていたいと思うだけだ。 「ねぇ、高耶さん。私があなたと会ったのは二年前だと思うんですが、さっき長秀が五年とか言ってましたよね?」 声が聞きたいと思って、その気持ちのままに口から飛び出た質問は、普段の自分なら決して口にしないようなもので、今度は我事ながら僅かに驚きを感じた。 しかしその驚きに対して、、どうやら自分は苦手だとばかり思っていた彼の事を今さっき実際に顔を合わし言葉を交わす中で少し年の離れた弟のように見なし始めたのだろうと納得した。それならば、可愛いと思っても、一緒にいたいと思ってもおかしくはない。そう納得すると、突然の質問に目を白黒させている高耶ににっこりと笑いかけた。 「高耶さん?」 「・・・内緒。ほら、長秀からの合図だ。行こうぜ」 今まで通信を通してでもこんなに優しい表情を見たことのない高耶は心臓がどぎまぎして、質問なんかに答えられるような状況ではなかった。だから、そのときちょうど入ってきた長秀からの合図に縋りつくように、会話を打ち切る。 船を動かし始めてからチラッと直江を見遣ると、強引に会話を打ち切られた事など気にもしていないように、前のスクリーンを真剣顔で見ている直江がいる。もう少し突っ込んで聞いてくれてもいいのにと思ってしまう。あの優しい瞳に包まれながら、話をもっと続けられたら、と。 今あるこのかりそめの関係が、宇宙の幻と消えてしまう前に。 船に乗り移った高耶は簡単に長秀と今後の確認をすると、すぐに分かれた。直江は高耶の後ろを黙って付いていく。 とりあえず二人が目指したのは船がぶつかった箇所だ。今すぐにでも手当てが必要なけが人がいればそれを最優先しなければならない。そう思って現場に駆けつけた二人だが、そこには誰もいなかった。どうやら、誰もいない所に船は突っ込んできたらしい。そして、海賊船の中にも誰もいないことからすでにこの船の中に入り込んでいるのだろうと思われた。 それらのことを瞬時に判断した直江は突っ込んできた海賊船のほうへと歩み寄る。丈夫なはずの客船に突っ込んでもかすり傷程度で済んでいて、中に血が飛んでいる様子もないことからすれば、おそらく中に乗っていた人間も怪我一つしていないのかもしれない。 「・・・赤鯨衆のほうはどうなりましたか?」 コレだけの船を作れる彼らが大群でここに押し寄せれば、結構大変何ことになるかもしれないと、壁をぶち破ってきた船体に触れながら直江は訊ねた。何とかすると言っていたが、考えて見ればその事に関してそれ以上は落ち合ってからも何も言われていない。 「あぁ、言うの忘れてたな。赤鯨衆のほうには話をつけておいたからここには来ないぜ。それから、この船に乗っていたのは赤鯨衆の人間じゃない。どうやら、こいつは盗品らしい。赤鯨衆の船を盗んで、この船に突っ込んだ馬鹿がいるんだ」 「そうなんですか?道理でおかしいと思ったんです。赤鯨衆はどちらかといえば義賊的なところがあると聞いていたので」 「義賊って言うか、まぁ、他人を巻き込むのは嫌いだよなぁ。それより、直江の方も警察には連絡したんだろ?いつごろ着くんだ?」 そう言えば、こちらもそれを聞いていなかったと、直江とは背を向けるような形で壁を調べていた高耶は振り返った。 「警察のほうは一時間ほどは来れないそうです。このあたりはまだ、警察が常備されていない地域ですから」 「そっか。犯人はそれも計算に入れてこの場所を選んだんだろうな。もっともオレの寝床だってことを知らないで選んだんだったらそっちのが間抜けだけど」 高耶の自信満々な言い方に直江は確かにそうだと笑う。警察なんかよりもよほど高耶のほうが厄介だろう。彼は警察のように重く堅苦しい決まりなどというものはなく、身軽に動けるのだ。 「んじゃぁ、行くか。早く客達を保護しよう。警察が来る前に犯人を見つけて、たっぷり礼をしとかなくちゃなんねぇし。人のところでかってに暴れた代金はもらわなくっちゃな」 何処か楽しそうな響きつられて高耶のほうを見遣ると、ニッと好戦的な瞳で笑いかけられる。先ほどまでの顔を真っ赤にしていた高耶からは想像できない、表情だ。 そして、こちらも間違いなく彼の本性。 そう考えると不意に胸が高鳴った。 ――後幾つ、彼は顔を持っているのだろう。 そんなことが気にかかる。 突然止まった直江に高耶は不思議そうに目を覗き込んでくる。宇宙を切り取ってきたようだとはじめてみた時から思ったその漆黒の瞳に己の姿が映りこんでいるのを意識すると、一気に体温が上がった。 「高耶さん・・・」 声が擦れる。コレはナンなのだろう。 「高耶さん、私をはじめて知ったのは五年前だと言っていたことを教えてもらえませんか?さっきはぐらかしたその言葉を・・・」 どうして、こんな時にそんなことを聞いたのか自分でも分からなかった。それでも、今聞きたいと思っている心があるのはわかる。 己でも唐突だとおもったぐらいだから、聞かれた高耶のほうのもっと怪訝に思っただろう。げんに高耶は不思議そうに首をかしげた。しかし、それからゆっくりと口を開く。 「オレの親父、何でも屋だったんだ。もっともそんなに立派なことをしていたわけじゃねぇ。金のない奴等の頼みを、最小限の値で請け負っていたような人だった。だから、オレは物心ついた頃から宇宙船が住処で、宇宙空間がオレの庭みたいなものだ。もちろん、普通の星で一年とか過ごしたことはあるけど、いわゆるマザースターはない」 初めて聞く、高耶の過去の話に直江は真剣に聞き入る。 紡がれる声が心地よいのだと、改めても思った。出会ってから丸二年。その事に気がつけなかったが。 「そんな生活が壊れ始めたのがお前を知る二・三ヶ月前。親父が病気で倒れたんだ。そのときは大事なかったけれど待っていてもよくなるような病気でもなかった。オレは居た堪れなかった。ずっと一緒にいた親父がこの先数ヶ月もしないうちにオレの視界から完全に消えるんだと思ったら、居ても立ってもいられなくなった。だから、衝動のままに船を飛び出したんだ。一艘の小型船で」 そう、もしこのときに外に飛び出さなければ、今の自分はなかった。 「思いつくままに船を動かして、気が付いたら危険な宙域にまで達していた。そのことに気が付いたときには遅くてすでに海賊にあたりを囲まれていた。そこにお前が現れたんだ。そして、オレを助けてくれた」 現れた時、神が現れたのかと思った。それぐらい、現れた船は綺麗で、そして自分の知っているどの操縦士よりも早く、的確に船を操っていたのだ。海賊を丸で子供の手でもひねるように翻弄し、窮地に陥っていた高耶を拾い上げてくれた。 「それが、ちょうど五年前。お前が宇宙に舞うその姿をみて、いつか同じ所を駆けたいと、心から思った。だから、今まで決めかねていた親父の跡を継ぐことを決めた。直江の名前は後で知ったんだ。知り合いに聞いて。 後は直江も知っている通り。直江にもオレの事を覚えてもらえるように宇宙一といわれるほど大きな存在なろうと思って、実際宇宙でオレの名前を知らない奴はあまり居ないだろうってぐらいまで上り詰めた。そして、ようやっと二年前。お前に再会できたんだ」 コレで自分の話は終わりと、高耶は言い切って、それから伸びをした。 「聞いても面白くもなんともねーだろ?」 「・・・いえ。そんなことないですよ」 何処か上の空でそう答えると、高耶は少しだけ嬉しそうに笑った。 「んじゃぁまぁ、行くか。そろそろ千秋も動き出すだろうし」 あんな話をしたせいか何処か照れた様に視線をそらすと、高耶は回り右をして廊下のほうに向かって歩き出す。 その背中を見て、直江は突然、本当に何の前触れもなく自覚した。 自分はおそらく恋に落ちたのだと。 もしかしたらこの事故を見て、高耶を最初に思い出したのはそのせいかもしれない。いや、多分実際に彼に会って、瞳を合わせて、話をして、そして元からあったかもしれない何かが恋になったのだ。 だから、それを自覚した今が恋に落ちた瞬間。 自覚すると、それは当たり前のように自分の心の中に納まった。今までその想いがなかったことが不思議なぐらい自然に。 立ち止まったままやってこない自分を探すように高耶は後ろを振り向く、そして視線が絡む。 視線が絡んだことに驚きを隠せない高耶に直江は今までで一番の笑みを浮かべた。 それから、ゆっくりと高耶のほうに歩き出す。 こんな想いを抱くのも、結構楽しいかもしれない。 今のところ、それを伝えようという気持ちはなく、この想いを楽しもうと思う。 それでもいつかはきっと、伝えるから。もうちょっと、彼の思いの丈に近づけるまではこの両想いのような片想いを楽しもう。 だから、 「高耶さん、待っててください」 そう言葉にして、直江は高耶の方に一歩足を踏み出した。 fin |
★納多直刃コメント★ |