『うちの船が?』 本当の海で海賊でもしていそうなぐらいいかつい男が画面の向こうで瞠目した。 彼は嘉田嶺次郎と言って、赤鯨衆と言う新興の宇宙海賊の首領だ。ちょうど高耶がねぐらにしている場所の近く、まさに宇宙の端っこを縄張りとしていて、互いに結構付き合いがあったりする。嶺次郎の人となりもそしてまた赤鯨衆の信条も高耶は嫌いではなく、どちらかと言えば好感を抱いていた。 その嶺次郎に赤鯨衆の船が客船を襲ったらしいと言うと、思いっきり顔をゆがめられた。おそらく、嶺次郎にしてみても相手が高耶でなければ一笑にふすか、逆に喧嘩を売っているのかと怒ったに違いない。それぐらい突拍子もないことだったのだ。 『本当に赤鯨衆の船なんか?』 「あぁ。何なら映像も送るが」 高耶が見間違ったり嘘を言ったりするとは思えない。それを知っている嶺次郎はいいと首を横に振った。 『何処かでトラブッたっちゅう話も入って来ちょらんのだかなぁ。おい、兵頭、おんし聞いてないがか?』 不思議そうに訝しそうに首をかしげて、それから嶺次郎は常に自分の後ろに控えている副官を振り返る。それと同時に嶺次郎の後にいる男の姿も画面に映し出された。髪の黒い、何処か鋭利な印象を受ける男だ。常に寡黙な彼は通信をしていてもよほどの事がなければ、嶺次郎と高耶との会話に現れることはない。 『少なくとも、上の人間の命令ではありえません。それでもその船がうちの物ならば、下の人間が勝手したか、でなければ前に取られたとか言って騒いじょったやつでないでしょうか』 「盗まれた?」 兵頭の言葉に嶺次郎ではなく、高耶が聞きとがめる。 『はい。星で休んでいた隙に船を取られたと言って来たやつがおりまして、結局見つからずです』 「・・・それ、だな。嶺次郎、多分その船とやらを盗んだやつが客船に突っ込んだんだ」 『あぁ、それならありうるな。では、わしらはその報復に出なければならんが・・・』 高耶の言葉に賛同して、嶺次郎はめんどくさそうに溜息をついた。 本当のところ、そんな一艘の船ぐらいで労力は割きたくない。振興の勢力である赤鯨衆にはいつも何らかの妨害が入る。そのために出来うる限り、戦力を取っておきたいのだ。 それが分かっている高耶は、わざとらしい嶺次郎の様子に苦笑した。 彼は出来れば高耶に自分たちの代わりに高耶に動いて欲しいのだろう。そうすれば、自分たちは動かず、それでいて一応体面は保てる。 「嶺次郎、オレが行くからさ、適当にしとくぜ?」 高耶の笑いを含んだような言葉に、嶺次郎はニッと笑う。高耶が自分から言出すだろうことも、そして出来れば海賊である嶺次郎たちには動いて欲しくないと高耶が思っていることも分かっていたに違いない。 『そいつぁ、助かる。船のほうも別に処分してくれたんでかまんけん、棄てちょってくれ』 「おーい、高耶。嶺次郎との話は終わったのか?」 嶺次郎との話が終わり、腰掛けている椅子の上で伸びをしていると長秀が操縦室に現れた。船を出してから個室にも引いてある端末で、直江から送ってもらった映像を元に何やらごそごそしていたのだが、そろそろ目的の宙域に達する頃だと気付き、出て来たようだ。 「あぁ、嶺次郎との話はついた。そっちはどうだった?」 直江に客船の型を聞いていたことから、おそらく何らかの措置を取ることになったときにどうすればいいのかを調べていたのだろうと思い、訊ねる。すると聞いて欲しかったのか、長秀はやたらと嬉しそうに笑うと高耶の座っている隣にある座席に腰を下ろした。 「そうそう、聞いてくれ。あの客船はやっぱし直江の言うとおりM-572だった。もっとも多少の改良はしてあったけどな。それで、張られているシールドは微妙な所だが、そう弱いものではないだろうと思う。保つ時間の方は主エンジンのほうがいかれている様だから無限にって言うのは無理そうだけどな」 「そうか。・・・で、直せそうか?」 今回長秀が付いてきたのはその為だ。もっともこちらから言う前に来てくれたので、高耶が言い出したわけではないが。珍しく自分からやる気になっているようだ。 長秀の腕と、後は必要な機具と材料さえあれば大抵の故障は直せる。逆に言えば彼に直せなければ全宇宙のどこに持って行っても無駄だろう。材料やら機具やらはこの船に乗り込む前からこそこそとしていたから、ある程度は用意しているのだろうと思われる。それに船自体に普通は修復装置が付いていているのだからそれを直せば船の修理も勝手にしてくれるというになる。そうすれば本当に直すのはその装置だけと言うことになるだろうから、そう広範囲だったりはしないだろう。 「う〜ん、多分なぁ。あの型の船だったらかなり立派な装置が付いているからそれさえ直せればいけるっしょ」 長秀のほうも修復装置を直すことを第一に考えているようだ。 「そっか。まぁ、船の事はお前に任すわ。オレは赤鯨衆の船盗った奴と後は客船に乗っていた人間を見るし」 高耶の言うことに異論はなく長秀が頷くと、そんな二人の役割分担が終わったのを待ち構えていたかのように前面のスクリーンにクマが現れて、『あと少し、あと少し』と、踊り始めた。どうやら目的の宙域に近づいたことを知らせてくれているようだが、そのなんとも可愛らしいクマの踊りに高耶は呆然とする。その隣では長秀がやたらと楽しそうに笑いを噛み殺していた。 一体何が起きたのだと、スクリーンを見守る高耶の前で、ぽっちゃりとしたクマはでんぐり返しをし、飛び跳ね、画面の中を走り回っている。 10数秒はゆうにそのクマを見つめていた高耶だが、すぐ隣で長秀が笑いを堪えているのを見て、その瞬簡にすべてを悟った。 おそらく修理のついでにこんないたずらを仕掛けたのだろう。長秀から宇宙船が帰ってくると暫くの間は自分では設定した覚えのない不思議なものが出てきたりする。それらはけして命に関わるようなものではないが、それでも驚くか、爆笑させられる。今回のコレもその一環なのだろう。 「・・・またかよ」 疲れたように高耶が言うのを聞いて、長秀はとうとう声を出して笑い始める。それを睨みつけて、高耶は通信ボタンを押した。先ほど、ボタン一つで直江の船に繋がるようにしたからすぐだ。近くまできたことを伝えて、正確な場所を聞かなくてはいけない。 やがて画面いっぱいに直江の顔が映るのを想像して、高耶は頬を僅かに緩ませた。 この通信が終わったら直江の実物に逢える。通信を映像つきでしてくれることさえも稀な彼と直接会えるのだ。 そう考えると緩む頬を元に戻す方法はない。 この広い宇宙の中で偶然にも出会えてからすでに五年。彼に憧れて、父の職業であった何でも屋を進んで継いだのだ。 ――いつか、同じ宇宙を駆けたくて。 五年越しの片想いは実りそうもないけれど、それでもこうやって話が出来るだけでも喜ばなくてはいけないだろう。少なくとも今は同じ宇宙を住処としているのだから。 直江のいる宙域に高耶が船をホバリングさせて、その中に直江が船ごと入って来た。小さな船なら詰め込めるようになっているのが幸いした。そうでなければ近くに来てまで通信で、と言うことにせざるおえなかったに違いない。 「直江、こいつは長秀だ。宇宙船の事ならオタクだぜ、こいつ」 そんな言葉で少しチャカすように長秀を紹介されると直江は「あぁ」と、納得した。 警察の中でも『長秀』という修理屋はよく知られた名前だった。ただし、彼は前科があるのではない。そういう意味では、シロいのだが、相手の背景に限らず自分の気に入った仕事しかせず、しかもその腕は確かだと言えば、有名にならないはずがない。警察仲間の中でもプライベートシップの修理を彼に頼みたいと嘆いている人間がいるぐらいだ。 「初めまして、直江信綱です」 頭を下げて右手を差し出すと、長秀は意表を付かれたように目を見張り、それからにやっと笑みを浮かべ、右手を握り返す。 「へぇ、高耶の熱いラブコールにも落ちねぇ堅物って言うからどんな奴かと思ったら、結構話分かりそうじゃん?俺みたいな奴は無視されるかと思ったぜ」 「長秀!!」 ひょうひょうと話し始めた長秀に高耶は声を荒げたが、それを無視して、言葉を続ける。 「顔は、まぁ綺麗だっていう、噂は本物だな。実際に見ても見れる顔だな。それに、宙(そら)飛ばせりゃぁ、高耶にも引けをとらねぇってんだろ?う〜ん、同じ男ながら惚れ惚れするな。今度船壊れたら俺の所に来ねぇ?旦那に最適な調整をさせてもらうぜ?」 「長秀!いい加減にしろよ!オレの直江困ってんだろ。それになぁ、いつまで手ぇ、握ってんだ〜!!」 とうとう我慢できなくなった高耶が直江と長秀の間に割って入り、長秀に向かってがなった。高耶をからかうことに面白みを見つけている長秀からすれば思ったとおりの狙ったとおりの反応だ。面白くてたまらない。 「高トラちゃんは何を怒っているのかなぁ?俺様はただ単に商売っ気を出しただけだろ?それに、一体いつから直江がお前のものになったんだよ?五年間ずぅ〜っと片想いの高耶君?」 「うっ・・・・、うるせぇ!!細かいとこにこだわんなよな!それになぁ、片想いってのはお互い様だろ。いつもいつも、ねーさんに振られている長秀君?」 「はっ!俺様のは別にあの男女に惚れてるわけじゃねぇよ。俺はあいつの船が欲しいだけなんだよ」 「ふられ続けてるってのに変わりはねぇよなぁ?」 ぎゃいのぎゃいのと、二人は低レベルの掛け合い漫才のような争いを始めた。互いに言葉尻を捉えては言い返すがそれがまた逆に自分に返ってくる。夫婦漫才でもこうは行かないだろうと言うほど息の会った二人に直江は思わず笑いをこぼした。 直江とて、別に高耶を嫌っているわけではない。苦手だと思っているのは逢うたびに自分の常識の範疇から明かに飛び出たことを言われるからだ。だから、実際に会って、楽しそうな彼の事を見ていると自然と笑みが浮かんできたのだ。 そんな直江の笑いの気配に気付いて、高耶がピタッと口を閉ざす。それに合わせても長秀のほうも言葉を飲み込んだ。今はそんなことをしている場合ではないと気付いたのだろう。しかし、高耶はそんな理由から口を閉ざしたわけではない。直江の笑顔を見られたことに感動したのだ。 ぽやぁっとした顔で己を見てくる高耶に直江は笑みの残る顔でどうかしたのかと首をかしげる。すると、今度はカァッと顔に朱が上り、慌てて高耶は顔をそらした。その顔を見て、直江は自然と「かわいいな」と、感じる。そして、余計にまじまじと見るのだが、そうすると一層高耶は顔を赤くして、視線をそらす。 まるでうぶなカップルのような空気をかもし出している二人に、長秀は特大の溜息をついた。 「あのさぁ、見詰め合うのは勝手だけど、今の状況分かってる?」 continued . |
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