石の森章太郎を悼む




(「東海大学新聞」、1998年2月20日号掲載)


また一人マンガ界の巨匠が逝った。
手塚治虫に次ぐ日本マンガ界のリーダー
の一人として四十年以上にわたって多くの
青少年に夢と勇気を与えてきた石ノ森章太
郎である。
「サイボーグ009」や「仮面ライダー」
あるいは「佐武と市捕物控」といった作品
に、少年のときの特別な思いを抱いている
人たちは数多いに違いない。
一九八〇年代の半ばから石ノ森章太郎は、マンガ読者の対象をすべての
大人にまで広げようとしたように思われる。その現われが、一九八七年に
出た「マンガ日本経済入門」であり、それに続く「マンガ日本の歴史」な
どのいわば「学術マンガ」である。
前者は一躍話題になり、ビジネス・コミックのブームを生むほどのベスト
セラーになったし、後者も「堅い」内容を易しく読ませる実用マンガとして
一定の支持を得ているようである。石ノ森は、この頃から「ありとあらゆる
ジャンルに広がったマンガというメディアを萬画としよう」と提唱している。
しかし、これらの実用マンガが新たな読者層の拡大に貢献したことは評価
しても、以前からのマンガ愛好者にとっては、そうした活字をマンガ化した
いわば「活字マンガ」が極めて不評なのも確かである。
マンガは決して活字の補完物であってはならず、マンガはそれ自体独立し
た表現形態であるというのがその主な理由である。石ノ森自身の発想では、
「活字マンガ」でも人間ドラマとして描き直したのだと主張するにしても、
読者からするとそこに作者のオリジナリティが希薄だと映ってしまうのも仕
方がない。
オリジナリティという点で評価できるのは、そうした「活字マンガ」と同
時に最近まで書き続けていた「ホテル」であろう。これは、大都会の超モダ
ンなホテルを舞台に、そこに出入りする様々な人間たちとそれを迎え、接待
し、トラブルを処理するホテルマンたちの企業人としての任務とその誇り、
そして倫理のあり方を通して、様々な人間模様をモザイク画のように十年以
上にわたって描き続けた作品である。いささか類型的なエピソードも多いが、
ほろりとさせられる人情悲喜劇に、そして時に厳しい企業倫理に、思わず我
が身を振り返らされてしまうのだ。
藤子・F・不二雄に続き「トキワ荘」の人間がまた一人去って、時代の変
わり目を実感させられる。ご冥福をお祈りしたい。


E-mail:moon@wing.ncc.u-tokai.ac.jp


*『HOTEL』


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