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石森章太郎「HOTEL」

小学館:ビッグコミックス(第1巻1985年7月・・第24巻1994年5月)
第6巻(1987年6月)以降、作者名は石ノ森章太郎
1995年にテレビドラマ化



近代的な巨大ホテルを舞台に繰り広げられる様々な
人間模様。
「ホテルはひとつの巨大都市でもある。レストラン、
美容室、宝石店、薬屋・・・病院から靴磨きまで、生活
に必要なものは全て揃っている・・・」(第1巻13頁)
従って、そこでは毎日多くの人々が出入りし、宿泊し、
結婚式や展示会やパーテイーが催され、時に盗難や詐欺や
自殺騒ぎがあり、それらを迎え、接待し、トラブルを処理
するホテル側の人々がそれぞれの任務を果たしている。
そして何よりそこに登場する無数の人々には、それぞれ
固有の生活があり、過去があり、夢があり、人々の数だけ
の人生のドラマがある。この作品は、そうした人生ドラマ
を200以上ものエピソードとして丹念に拾い上げ、近代都
市の象徴ともいうべき巨大ホテルを舞台に、現代人の生き
方のモザイク画を10年にわたって描き上げている。
それぞれの巻には、8から9のエピソードが収められているが、その中の代表的な
エピソードをその巻の表題としている。例えば、第1巻は「ネバーチェックアウト」と
題され、もうすでに8年もこのプラトンホテルに住んでいる老詩人と一人の若いホテル
マンの交流の話で、この老詩人が心臓発作で突然死去した後、遺言によって3億円近い
大金を譲り受けたホテルマンは、その金の続く限り老詩人が住んでいた部屋をそのまま
の状態で借り続けるというものである。そんなことが現実にありうるかどうかというこ
とよりも、人間の心を大切にし、人間と人間との暖かい絆を作り上げようとする作者の
メッセージが伝わってくる。
第9話の「雪蛍」は、昔戦争中に空襲をうけ、妻と幼い女の子を救い出そうとせず、
いわば「見殺し」にしてしまった老人が40年後に、その空襲を受けた場所であるホテル
のロビーで位牌と花束をおき、ざんげをする話。その日も空襲の時と同じように雪が降っ
ており、空襲の爆弾の閃光を「雪蛍だ!」叫んだ娘は、実は生きていて、この時娘も姿
を現し、今度は本当の「雪蛍」の下で父娘は40年振りに再会する。
ホテル側の主な登場人物は、模範的なホテルマンのマネージャー東堂とその部下の
フロント係りの面々、ちょっぴり意地悪いメガネの松田、年配のベテラン山崎、若い
水野に赤川、独身で美人の嘱託医の神保などである。それぞれの性格や特徴などよく
描き分けられている。
その絵の特徴もストーリー展開のテンポも、師の手塚治虫の影響を強く受けている
ように思われる。
この「ホテル」は、業界マンガ、ないし人生マンガの傑作の一つといってよかろう。


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