「送るよvv」


その申し出は勿論きっぱり断られた。でも今回は俺も負けない。
だって結構です、って向けられた彼の鋭い瞳がさ?
潤んでたら、やっぱり心配でしょ?
顔も赤いみたいだったから、多分酔ってるだけだとは思うんだけど、なんだか様子がおかしいから、酔いもだいぶ覚めたし、半ば強引におんなじタクシーに乗った。

隣りでは、自らを抱き締めるように身をちぢこませて、なんだか息が荒らぐのを必死で耐えている様子の彼。
「…ねぇ、大丈夫?kid」
力の入れすぎか、微かに震える肩に手を添えようとしたら、勢いよくその手をはたかれ、ものすごい形相で睨まれた。
私に触るな。
琥珀の瞳はそうはっきり言っていた。
正直驚いた。そりゃ拒否されるのが常でなんにもおかしくないんだけど(逆に受け入れられる方がおかしいとかいう説もあるし…)、あんまりにも過剰な反応するから、不安がこみあげる。
弱みを見せたがらない彼のこと。もしかしたら体調がひどく悪いのかも。



そう思って内心いつ吐くかとか冷や冷やしてたんだけど、それ以上何事もなく社員寮であるマンションに着いた。
運転手さんにお金払ってお礼言って、彼の鞄も持って一度降りて反対側のドアを開け、降りる様子もなく小刻みに震えている彼に手を差し出した。
「着いたよkid、大丈夫?立てる?」
「…平気、です。…ッそこっ、どいていただけませんか」
苦しそうだ。一歩下がって身を引くと、のそりと降りてくる。立っているのも辛そうで、いつもより俯く角度を下げ、おぼつかない足取りで歩き出す。俺はタクシーのドアを閉めて、彼のあとを追った。
流石に遅いから、この時間帯は人気がまったくない。各部屋にともる明かりも少ないから、余計にそう思う。


ふいに、彼の身体が傾いだ。反射で手を伸ばして、後ろから彼を抱き留めた瞬間、信じられないものを聞いた。

「ひぁッ…!!」

頭が真っ白になった一瞬、つい身体を放してしまったから、彼の身体はずるりと冷たいコンクリートの玄関に崩れ落ちた。反射だろう、彼が膝をつく時シャツを無造作に掴まれたから、くいっと下に引っ張られた。
そのシャツを掴む手も重力に負けて、ぺたりと床に着く。

今聴いた悲鳴は、紛れもなく甘さが混じっていたから。

「…kid…?なに、どしたの…」
「なんでもないんです…!…触るなっ!」
一際声を高くして、顔も上げずに腕を振るものだから、思わずその手首を捕まえた。その瞬間上がる小さな悲鳴。うわずった、息を呑むような嬌声。
俺もこれには半分パニックで、彼の手首を掴んだまま彼を凝視した。
なんで?どうして?前に飲んだ時はこんなことなかったじゃない…待ってよ酔ったからって、ソノ気にはなってもこんなふうになるわけないじゃない?
はっと気付けば、彼と視線が合った。熱で潤んだ瞳で懸命に睨みを利かせ、震える唇で言葉を紡ぐ。
「…いつまで、掴んでる気ですか…離しなさいっ…!」


…離したところで
どうやって部屋まで行けるっていうの?


「ちょっと我慢して?」
「は?ちょっ…うぁぁっ!?」
彼に鞄を持たせ、膝の裏と背中に手を回して、ぐいっと彼の身体を持ち上げる。
不安定な体勢が怖いのか、それとも刺激に耐えるためか、彼は俺の胸元を掴んで肩を丸める。その様子はなんだか俺の腕の中で、必死に縋ってきてる気がして…


ヤバイ、我慢するのは俺の方だった…!



衝動と戦いながら、俺はエレベーターへと急いだ。



ドアは当然だけど鍵がかかってる。だから両手のふさがってる俺には開けられないから、腕の中の彼に無理を言って鍵を開けてもらった。
少しでも動いたり動かされたりするとキツイらしくて、始終歯を食いしばっていた。上気した頬が欲情を煽るから、俺もなるべく彼の顔を見ないように耐えて唇を噛んでいた。
ドアを開けると、とりあえず靴を脱いで部屋にあがり、暗い中ベッドへと運ぶ。
身体を強張らせて震える彼をなるべくそっと下ろして、靴を脱がせた。その脱がせた靴を玄関へと運び、開け放しだったドアを閉め、一応鍵をかけて、再び寝室へ向かう。
戻ると、彼は座った体勢から横へと力なく倒れ込み、肩から上だけを俯せの格好で、白い手袋を清潔そうなシーツへと絡ませている。肩が上下に喘いで、見ていて痛々しい。

先程の劣情はどこかへと消え失せて、少しでも楽にしてやりたい気持ちで近付いた。
「kid…上着は脱いだ方が良いよ?」
そう言って、肩に手を置くと、びくっと肩を竦ませられた。
触るな、と嫌がる彼を宥めながら、上着を脱がしてきゅっと締まっている襟元を崩してやる。そうすると、白い首筋が露わになった。微かに指先が触れたその肌は汗でじっとりと湿っていて、吸い付くように滑らかで…


…駄目だったら!



ぱっと手を視線ともに離して、すくっと立ち上がって上着を引っ掴むと、手近にあったハンガーにかけた。皺をのばしながら葛藤する。

あのまま撫でたら気持ちいいだろうな、とか
あの首筋にkissしたいな、とか
だから(考えてたけど)考えちゃいけないんだってば!

俺は迷った。
このまま帰るのは凄い心配。
でもこのまま残っても理性が保てるかどうか…
どうしようどうしたらいい
いや彼を想うなら帰るのが最善策。いくらkidでも最終的には耐えられなくなって自慰行為に走るだろうし、そんな姿見られたくないだろうし。
ちら、と彼を見やると、必死に耐えている。時折苦しげに小さく呻いては、身動ぎを繰り返す。汗が酷い。


俺は風呂場に向かい、洗面器に水を入れ、干してあったタオルを一枚、適当にそれに放り込んで寝室へ運んだ。
床に洗面器を置いてタオルを絞って、顔を拭いてやろうとしたけど、顔に触れた瞬間はたき落とされた。睨まれる。



熱に潤んだその瞳は
俺の最後の理性を断ち切るには十分すぎた。



気がついたら、彼の唇を奪っていた。
噛み付くように何度も何度も吐息を絡めて、逃れようとしてか、身体をくねらせる彼に合わせるように身を捩り、彼の肩を掻き抱いて唇を貪る。口許からどちらのものとも判らない唾液が零れる。
身体の芯が痺れるように熱い。

「嫌だ…!」
悲鳴に近い彼の台詞で、我にかえった。
ばっ!と自分の身体を引きはがすと、彼の首から肩、胸にかけて点々と真新しい赤い跡が目に入った。耳のすぐ下、首筋にあるものなんか、赤黒く変色しかけている。
彼は顔を手の甲で覆い、ぜぇぜぇと力の入りすぎた肩で息をしている。腫れた唇から伝う液体と、漏れる呻き。まだ彼の着衣の乱れが上半身だけにとどまっているのが救い。

…後悔は先に立たないとはよく言ったものだ。




俺は飛び上がるようにベッドから降りた。
「sorry…!今帰るから!」
自分の鞄を拾いあげ、もう一度ベッドの上の彼を振り返った。
彼は少し顔をあげてこちらを見ていた。その表情は怒りを帯びているわけでもなく、虚ろにみあげてくるでもなく…なにか泣きそうだったから、もう一回、いけないと思いながらも腕を伸ばした。

頬に触れる、今度ははたかれない。ひくりと眉が跳ね、口許が強張っただけ。
「…どしたの?大丈夫だよ、もう俺…」
そこまで言いかけると、口を微かに動かして、彼は何かを言った。聞き取れ無くて、何?となるべく優しく聞き返す俺は、実は再びもう限界。

だって、涙でいっぱいの目をしてさ?
見上げてきてさ?
必死の表情向けてくるんだよ?
そりゃもう抱いてくれと言わんばかりじゃない?
でもそんなわけないんだからさ、お願いだから鎮まってmy son。
痛いよ。
解ってくれよ後であやしてあげるから。

彼はぐっと息を呑んで、頬に触れている手の袖を掴んだ。掠れた声で、信じられない言葉をささやく。
「…たすけて…」
「え?」
「さ、先程まで…の、無礼はあ…謝ります…苦し…、たすけ…」
息も絶え絶えに苦痛を訴え、助けを懇願する彼。弱みを見せてくるのは初めてだから、こっちが困惑した。

え?助けてくれっていわれても…方法はイッコしか思いあたらないんだけど?
しかもさっきハッキリ「イヤ」って言ったし、実際嫌でしょ?
っていうか自慰すれば楽になるんだから、俺の助けは要らないんじゃ…?


…知らない、とかないよね。もう24年、オトコノコしてるんだし。


俺の袖を掴む手に力がこもるのが判った。目を固く瞑って、もう言葉を紡ぐ余裕も無くなったのか、口を結んでかたかたと震えている。
…その様子は、言い方が悪いけど、初めて男を受け入れるときの女の子を連想させる。
「…後悔しない?」
俺は静かに問うた。ベッドに膝を乗せ、彼の上に被さるように体勢を変えると、ぎしりとベッドが軋む。気配を察し、おそるおそる目を開けて、彼は俺を見上げた。
疑惑の瞳。
とまどいに揺れる、琥珀色。





…ねぇ。さっき自分が言った事がどういうことだったのか、もしかして判ってないの?



「…一応優しくするつもりだけど、どうなっても知らないよ…?」












うーん…なんだか微妙に無理のある展開?
多分長いこと耐えてたんで、判断能力が低下してると思われます。つまりイッパイイッパイ。
しかもkissされたことでもう気持ち的に耐え切れなくなった模様。

…自慰行為くらい、経験あるんじゃないんですか?
個人的には寧ろ女性経験も欲しいところです。なさそうだけど(人間古いから…)
男性経験は無いと願ってます。アメリカに居た時は襲われたことありそうだけど、できれば未遂で…!