「甥たちが成人になる」


甥たちが成人になる。

彼らのことを思い出すと、いろんなことがあった。

Y君は、最初の発音が「ダダ、ドド」であった。「ママ,パパ」の発音に移行する過程だったのかもしれない。「ヘッ、ヘッ、ホー」、「ハッ、ハッ、へー」というのを覚えている。何だと思ったが、今になってみると、母親の発したラマーズ法の発音を真似していたのだろう。

わたしに対する呼び名が、「おじちゃん」から「おっさん」になった頃、彼の妹たちを引き連れて、うちの玄関に入るなり、「おっさん、来てやったぞ」と叫んで上がってきて、わたしの部屋を兄妹で占拠、戸に、「おっさん、この部屋は占領した」とか何とか書いて、貼って、全学連さながらの暴挙。柱は登るわ、箪笥は登るわ、飛び降りるわ、セロテープは貼るわ、PCは占領するわ、まさに占領軍。

中学頃になると歴史が好きで、わたしと大晦日の除夜の鐘が鳴るまで話していた。その間にその妹たちは、鉄アレーを折ってしまい、それをやばいと思ったのか、なんとセロテープで直してしまった。その手早さといったらなかった。

G君とは、3才の頃、電動車椅子の膝に乗せて、商店街に出ては、わたしが「あれは何だ?」と聞くと、「しゃかなやしゃん(魚屋さん)」、「はいしゃしゃん(歯医者さん)」と答えたものだった。壁をくり抜いて作ってある駐車場に向かって、思いっきり大声で「ヤッホー!」というのも楽しかった。「雲はなんで、おっこってこないのかなぁ」と言ったのもこの頃だった。
G
君とY君を膝に乗せて、病院の林まで行ったことがある。さすがにその後はくたくたになった。しかし、そのことを15年以上たって最近二人に訊いたら、「覚えている」という。もしかして、物凄く二人にとって怖かったのかもしれない。

来年G君は社会人になる。Y君は大学生活の後半に入る。

彼らの渡っていく人生はどんなものだろう。

(‘06/12/22)


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