「水の流れのよう」


 水の流れのように、情報と言うものは上から下に流れるものだ。相手の上手にいると相手のことがわからないことがある。取り繕われるからだ。こちらが下手に立つと相手のことがわかってくる、と言うより、自然と相手の持っている情報が伝わってくるものだ。その会話に、「でも」とか、「けれど」とか、「わたしはこう思う」という類の言葉が出したりすると、水が関に留められるように、ピタッと途切れてしまう。相手の考えを否定しようとしているわけだ。「じゃないんですか」もまたおなじ。相手の話を否定せずにただ聴く。これは相手の癒しになるようだ。相手は肯定され続けるわけで、自信が付く。言えなかったことも言えるわけで、しょげていたものも気分転換になって、元気になる。相手にしてみると、想っていることを吐き出したわけだ。

しかし、聴いたあとで言うべきことは、別の機会にはっきり言う。こうして行っfたコミュニケーションはより深いものになる気がする。



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