「おまたせ〜。」 『ちょっと待ってて。今行くから。』 エントランスロビーの各部屋共通のドアホンから要の声が流れてきた。 ふたりを待っている間も雪野は自分の姿が気になって仕方がなく、そわそわと着物をチェックしていた。 「お待ちどうさま。」 ドアホン横の自動ドアから出てきた普段着の要と天に雪野は動きを止めた。 (な、なんか言われたらどうしよう...) 雪野の姿を見た要は「おや」という顔になり、天はかたまっていた。 「あ、あけましておめでとう。こ、今年もよろしくお願いします。」 「はい、こちらこそ。今年もよろしく。」 ぎこちなく頭を下げる雪野に要はにっこり笑った。 その隣で天は雪野をじろじろと見ていた。 「こういうのってさぁ、"猫に小判"って言うんだっけ?」 「それを言うなら"馬子にも衣装"だろ、ってあれ? 雪野ちゃん?」 天の言葉に雪野はがっくりうなだれていた。 (やっぱり変なんだ...似合ってないんだ...) 一応、自分でもわかっていたことながら、人に言われるとショック倍増である。 雪野の様子に天は「やばい!!」という顔になり、要はあわててフォローに走った。 「じょ、冗談だって!! そんなことないよ、とても似合ってるよ!!」 「ほんとに...?」 顔を上げた雪野は泣き出しそうな目をしていた。 「ほんとに!! 見違えちゃったよ、あんまりきれいで。な、天?」 「ま、まあな...」 真っ赤な顔をした天はそっぽを向きながらそう答えた。 「ありがとう...」 まだ半信半疑ながらも雪野はぽつりと言った。 要はにっこり笑った。 天は顔をさらに赤くした。 「ほら、初詣行くんだろ!? とっとと行こうぜ!!」 天はいきなり雪野の手首をつかむと足早に歩き出した。 「あ...」 急な天の行動に雪野はよたよたしていた。 履きなれない草履のせいであまりうまく歩けないのだ。 「天、晴れ着姿の女の子にはもっとソフトに。」 「うるせえなぁ、わかったよ!!」 天が足を緩めると、追いついてきた要が雪野の左手をとった。 「あ、要、お前...!!」 「何かな?」 天はからかうように笑う要には答えずに雪野の右手を握った。 三人は雪野のペースに合わせながら大社へと向かった。 大社の赤い大鳥居をくぐり本殿にたどり着いた三人は賽銭箱に5円玉を投げ入れ拍手(かしわで)を打った。 天は隣で目をつむり神妙な顔でお参りしている雪野をちらっと盗み見、また自分もお参りを続けた。 「お前、何お願いしてたの?」 お参りを済ませおみくじ売り場へ向かう途中、天がからかうような口調で雪野にきいた。 「な、なんで!?」 「ずいぶん真面目な顔で長々とやってたからさぁ。」 「べ、別になんだっていいじゃない!!」 雪野は真っ赤な顔で持っていた"ちりめん"の巾着をぶんぶん振り回した。 「何すんだよ!!」 天は自分に向かってくる巾着をあわててよけた。 「そういう天くんこそ、何お願いしたの!?」 その時、ちょっと離れた位置で"トムとジェリー"のような(!?)ふたりを眺めていた要はぼそっとつぶやいた。 「そういえば、"お願い事を人に言っちゃうと叶わなくなる"って言うよね。」 それを聞いたふたりの動きがぴたっと止まった。 不自然な沈黙が流れた。 (言わなくてよかった...) 「で、いつになったらおみくじ引きに行くの?」 要の言葉に三人はいそいそとおみくじ売り場に向かった。 「やった〜大吉〜!!」 「おれ、中吉。 天は?」 「...凶...」 それを聞いた雪野と要はぷっと笑った。 「なんだよ!! 雪野、お前のと交換しろよ!!」 「そんなことしても意味ないでしょ、天。」 天は雪野を追いかけようとしたが、要に襟首を捕まえられてしまった。 雪野は要の後ろに隠れて"あっかんべー"をした。 「天、凶のおみくじは神社の木に結んでおけば帳消しになるんだよ。」 要のちょっと間違った(笑)説明に天はほっとした顔になった。 「なんだ、そんなのがあるなら早く言えよ!! どこに結べばいいんだ?」 「あっち。」 天は要の指差した方角にダッシュした。 「あれ、雪野は?」 天がおみくじを結んで戻ってきたら、そこには要しかいなかった。 「お手洗い。」 「ってあの格好でできるのかよ!?」 「さぁ...」 天の疑問に要は苦笑い。(註:できます(笑)) 「ま、天が戻ってきたから迎えに行きますか。」 その頃雪野は...。 お手洗いそばの茶店の前で大学生らしき男ふたりに捕まっていた。 「着物似合ってるねぇ。大学生?」 「いえ、高校生です...」 「高校生!? 大人っぽいねぇ!! ひとり?」 「いえ...」 雪野は混乱していた。 お手洗いを出て要と天のところへ向かおうとしたら、突然このふたりに呼び止められたのだ。 初対面のくせに妙に馴れ馴れしくしてくるふたりの態度が雪野はいやで仕方がなかった。 しかし、普段なら走って逃げることもできるが、今日のように足元もおぼつかない状態では雪野の両側からせまってくるふたりから逃れる術はなかった。 (んも〜、どうしたらいいの〜!?) 「ねぇ、どっかでお茶でも飲んでかない? ごちそうするからさぁ。」 とうとう心の中で「いいかげんにしろ!!」とブチ切れた雪野がふたりにびしっと言ってやろうとしたその時...。 「この子に何か御用ですか?」 雪野の後ろから要の声が飛んできた。 雪野が振り向こうとすると要と天が両側からがしっと雪野の肩に手をまわしてきた。 「なかなか戻ってこないから心配したよ。」 「まったく、トロトロしてんじゃねぇよ!!」 大学生ふたりは突然現れた少年ふたり(美形)の行動にあっけにとられていた。 要はふたりににっこりと笑いかけた。(雪野の隣の天はぎろっとにらんでいたが) 「あの、この子、おれらの連れなんですけれど何か?」 再度くり返す要の言葉にふたりはたじろいだ。 「い、いえ別に...」 そう言うとふたりはあわてて退散した。 それを見ていた雪野はちょっと苦笑い。 (要くんの"にっこり笑顔"は下手な脅し文句より効くもんねぇ...) 雪野がこっそりそんなことを考えていると...。 「いたっ!!」 天からデコピンが飛んできた。 「な、何するの!?」 「お前がしゃんとしてないからこんなことになるんだよ!!」 「はぁ...?」 雪野は気づいていなかった。 自分では変だと思っていたその姿が他人には魅力的に映ることを。 元々美人な雪野だが、今日の格好は"美人度(約)30%UP!!"という状態だったのだ。 要と天は最初は雪野のこの姿をよろこんでいた。 しかし、人の多いこの場所ではまさに"狼の群れに紛れ込んだ羊"である。 そして、この状況にまったく気づいてない雪野にふたりは大きなため息をついた。 「さぁ、お参りもすんだしそろそろ帰ろうか!!」 「そうだな!!」 ふたりはまた雪野の手を取ると足早に(しかし雪野のペースに合わせながら)歩き出した。 「あのね、せっかくだからイトーヨーカドーの初売り行かない?」(註:ふたりのマンションはイトーヨーカドーの近所なのです) 「だめ!!」 雪野の申し出はあっさりふたりに却下された。 そして、"羊飼い"ふたりはなんとか羊を狼の群れの中から連れ出すことに成功したのだった。 要&天の今年のお願い事・改訂版。 『雪野が自分の外見を自覚するまでおしゃれや化粧をしませんように。』(笑) (ある意味自分勝手...?) ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ちなみに、タイトルは"♪と〜しのは〜じめのためしとて〜"という曲からです。 (かくし芸大会で流れているのです) ほんとはもっとおしゃれな(!?)タイトルがよかったのですが、何気に"これ"を当てはめてみたらほかのが思い浮かばなくなりました^^; [綾部海 2004.1.2] |