前田雪野の母・知佐子は美容師である。 さらに、着付けの免状も持っている彼女の元旦の"お約束"は娘の着物姿を楽しむことだった。 (ある意味おもちゃ状態...) 「雪ちゃん似合うわ〜♪」 前田家の和室で知佐子は緑の振袖姿の雪野をうっとりと見つめた。 「そう?」 知佐子が成人式で着たというこの振袖を初めて着付けてもらった雪野は大きな鏡であちこちチェックしていた。 去年まで着ていた親戚のお下がりよりも大人っぽく感じられるこの着物に加え薄く化粧をさせられているせいか、雪野は自分が自分でないような落ち着かない気分になっていた。 「ほんとに似合ってる? どこか変じゃない?」 「全然変じゃないわよ!! 久志くんが見たら驚いちゃうかもねぇ。」 するとタイミングよく、雪野の義父・久志がこっそりふすまを開けた。おそらく外で聞き耳を立てていたのだろう...。 「雪ちゃん、着替え終わった!?」 「見ちゃダメ!!」 雪野はすばやくふすまをぴしゃっと閉めた。 (ふすまの向こうの久志の泣き出しそうな顔が目に浮かぶようである...) 真っ赤な顔で息を荒くしている雪野を、知佐子は困ったような、しかし楽しそうな顔で見つめていた。 ふいに「オリーブの首飾り」のメロディが流れてきた。 「雪ちゃ〜ん、携帯鳴ってるよ!! ほら!!」 ふすまの向こうで久志が哀れな声を上げた。 雪野はふすまをちょこっと開けて手だけ差し出し、久志から携帯を受け取るとまたふすまをきっちり閉めた。 (久志、涙...) 雪野は折りたたみの携帯を開いた。 宮島要からメールが来ていた。 『あけましておめでとう!! もしよかったら大社で初詣などいかが? 要』 「...う〜ん...」 メールを見た雪野は考え込んだ。 今日はこれから隣の市に住んでいる久志の両親のところへ年始のあいさつに行く予定なのだ。 でも...要たちと初詣も捨てがたく...。 「どうかした?」 頭を抱えて悩んでいる雪野に知佐子が尋ねた。 「うん。要くんたちが大社に初詣に行かないかって...」 「あら、行って来ればいいじゃない。」 「え、でも...」 雪野はやはり自分も前田(親)の家に行かなければまずいのではないかと思った。 なにせ今年は知佐子と久志が結婚して初めてのお正月。 ということは、雪野があのふたりの"孫"になって最初のお正月なのだ。 さらに、雪野は新しい祖父母が自分のことをとてもかわいがってくれていることを知っているし、雪野もふたりのことがとても好きだった。 「おじいさんたちにわたしも行くって言っちゃったんでしょ?」 雪野の言葉に知佐子はにこっと笑った。 「大丈夫よ、お母さんたちまで行かないわけじゃないんだし。 それに、近いんだから行こうと思えばいつでも行けるんだから、ね。」 「...うん。」 雪野は知佐子の好意に甘えることにした。 「それに、要くんと天くん、今日の雪ちゃん見たらびっくりするわよ〜。」 知佐子は「ふふふ」と笑った。 久志は雪野が自分の実家に行かないと聞いてぶーぶー文句を言ったが、知佐子の「もう決めちゃったから」のひとことに従わざるをえなかった。 しかし、転んでもただでは起きない久志は...。 『久志くんがど〜しても要くんちまで車で送らせろって言うのでそっちまで行くね 雪野』 久志は要&天のマンションへ向かう車中で「親父もお袋も雪ちゃんに会うの楽しみにしてたんだよ」などとつぶやいてみたが、助手席の知佐子に厳しい視線でたしなまれて小さくなっていた。 後部座席の雪野はそんなふたりに苦笑いをした。 しかし、久志はまだあきらめていなかったようで、雪野がマンションの前で車から降りようとした時に声をかけてきた。 「やっぱ雪ちゃんもいっしょに行こうよぉ。」 「久志くん。」 「だって、ちーちゃん、こんな格好でひとりで出歩くなんて...」 「ひとりじゃなくて要くんたちもいっしょだから大丈夫よ。さ、雪野、ふたりを待たせちゃ悪いわ。行きなさい。」 「う、うん...」 雪野は車から降りると、これから久志の実家へ向かうふたりの乗った車の後姿を見送った。 ("こんな格好"って?) 雪野はさっきの久志の言葉が気になっていた。 (そんなに変なのかなぁ...) 雪野はため息をつきながらマンションのエントランスへ入っていった。 その頃、車中のふたりは...。 「ちーちゃん、いいの? 雪ちゃんのあの着物、親父たちに見せるつもりだったんじゃあ...」 「まぁ、最初はそのつもりだったんだけど...でも、お父様たちよりもあのふたりに見せた方がおもしろいんじゃないかなぁと思ってね。ふふふ♪」 「...(汗)」 ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ "Triのお正月話"、前編は"前田一家編"です。 (短編の予定が長くなっちゃいました^^;) 次回はやっと要&天が出ます(^^) [綾部海 2004.1.1] |