Triangle:Chapter2

8

一方、宮島家では...。

「う...ん...」
ベッドの上で目を覚ました要は見慣れた白い天井をしばらくながめていた。
(いま何時だろう?)
要は横になったまま枕元に腕を伸ばすと手探りで携帯をつかんだ。
バックライトが切れて真っ暗なサブディスプレイの横のボタンを押すと、"13:30"という数字が浮かび上がった。
(腹減った...)
その数字を見た途端、一気に空腹感を覚えた要は掛け布団の上にあった毛布をはおりベッドから抜け出した。

パジャマに眼鏡なし、ボサボサ頭のスタイルで要が廊下を通りリビングの入口にやってくると...
(あ...)
ダイニングテーブルにいる久志が目に入った。
家から持ってきたのか久志はテーブルの上にノートパソコンを広げていた。
肩まである髪を後ろでしばり、真剣な顔でキーを叩いたりディスプレイをのぞきこむ久志は朝、要に見せた姿とは大きく違っていた。
要はしばらくリビングの入口に立ったままそんな久志をなんとはなしにながめていた。
そして、視線を感じたのかふと入口に目をやった久志は要の姿を見てにっこりと笑った。
「あ、起きたんだ。おなかすいたでしょ?」
そう言うと久志は立ち上がり、要に椅子を勧めた。
「はい...」
要は黙って見ていたのがなんだか恥ずかしいような後ろめたいような気持ちになり、久志から目をそらした状態で椅子に座った。
「朝と同じおかゆでいい? 一応、うどんも買ってきてみたんだけど。」
「あ、それじゃあ、うどんで...」
「了解♪」
久志はスキップでもしているかのように軽やかに台所へ向かった。
要は、久志が鼻歌を歌いながら料理をしている姿をぼーっとながめていた。
(なんだか...ずいぶん手慣れているような...)
久志がネギを刻んだり、計量カップで"つゆの素"を割っている姿はとてもスムーズでムダがなかった。
要がそんなことを考えていると、あっという間に目の前にうどん入りどんぶりが現れた。うどんの上には白いかまぼことネギが添えてあった。
「あと、よかったらこれもどうぞ。」
そう言いながら久志は小皿をどんぶりの横に置いた。その上には玉子焼きが三切れ。
「これ...」
要の頭の中には初めて雪野といっしょにお弁当を食べたあの日のことが浮かんでいた。
「いや、前に雪ちゃんが"友達が玉子焼きおいしかったって"って言ってたことがあってね。で、その友達って要くんたちのことだろうなぁ、って思ったもんで...」
久志はちょっと照れくさそうな顔で頭をかいた。
(あのお弁当作ったのって"お父さん"だったんだ)
要は小さくくすっと笑うと玉子焼きを一切れ口の中に入れた。
モグモグと玉子焼きを味わっている要の顔を久志はじっと見ていた。
「おいしいです。」
要はにっこりとそう言うと、久志はほっとした顔になった。
「よかったぁ!! あ、うどんも冷めないうちにどうぞ。」
「はい。」
要はまだ熱々のうどんをすすり始めた。
久志は要のその姿を見ると、またパソコンの前についた。
「ごめんね。ちょっと急ぎの仕事があるもんで。」
「あ、いえ、おかまいなく。」
久志は要の言葉ににっこり笑うと、また真剣な顔でパソコンに向かい始めた。
要は食事をしながらそんな久志をながめていた。
(そういえば、久志さんの仕事ってなんなんだろう?)
要は雪野から久志の仕事について聞いたことがなかった。いや、仕事どころか"そういう存在"がいるということ以外耳にしたことがないような気がした。
まず、朝からずっとこんな所にいるくらいだから普通のサラリーマンではない。
そして、パソコンに向かって"仕事"をする。
(あれ...?)
要の頭の中をなにかがかすめた。
(あれれ...そういえば、"前田久志"って...)
要の中であるひとつの答えがはじき出された。

「あの...ひょっとして、推理作家の前田久志さん...?」

おずおずと出された要の言葉に久志ははっと顔を上げた。
「あ、やっぱりわかっちゃった?」
久志は"てへ"っといたずらっぽく笑った。
その姿に要、がくっと脱力。
そして、要は昨日、本屋で立ち読みしていた本の作者が"前田久志"であることを思い出した。
(道理で雪野ちゃんが変な顔する訳だ...)
「いや〜、要くんの部屋、俺の書いた本がいっぱいあったもんで自分から言いたくなっちゃったんだけど、雪ちゃんに止められちゃって。」
確かに"前田久志"は要の好きな作家だった。
照れくさくなった要はうつむきながらまたうどんを食べ始めた。

「ごちそうさまでした。」
要はうどんと玉子焼きをすっかりたいらげると両手を合わせた。
「おそまつさまでした。」
久志はにっこりと笑うと食器を台所に持って行った。
「あれだけ食欲あれば明日には治るんじゃないかな。」
要は赤くなりながら、久志が用意した風邪薬を飲んだ。
「あと、"冷えピタ"も交換しておいた方がいいかな。」
久志はそう言いながら要のおでこでだいぶひからび始めていた冷えピタをはがした。要はその時初めて自分の額に"それ"が貼られていたことに気づいた。
「ん〜まだちょっと熱があるかな。」
久志は要の額と自分の額の温度を両手で確認した。
要はそんなことをされるのは小学生以来ではないのか、とぼんやりと考えていた。
新しい冷えピタを貼ろうとする久志を制止し、要は自分で自分のおでこにぺたりと貼りつけた。心地よい冷たさが広がっていった。
そんな要に久志はくすっと笑った。

「要くん、病気の時くらいわがまま言って甘えていいんだよ。」

久志の言葉に要ははっとした。
幼い頃、病気をするたびに(めったになかったが)両親に言われた言葉を会ったばかりの久志に言われて要は驚いていた。
(この人は...人の気持ちをつかむのがうまいんだ...)
"さすが小説家"と要は思った。
そして、人見知りの激しい天が初対面で久志になついた訳がわかったような気がした。

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久志パパの正体いろいろ判明(!?)編(前回と違うぞ?)。
書きたかったシーンがいろいろ出てきて、綾部大満足です(^^♪
次回からまた舞台は学校に戻ります。
[綾部海 2004.4.11]

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Photo by おしゃれ探偵