※このお話は「A Kind of Masic」を読んでからお読み下さいm(_ _)m

051.携帯電話
サンキュ。
〜Forget-me-not〜



とある土曜日、前田雪野、宮島要、宮島天の三人は要&天のマンションに程近いカラオケボックスにいた。
J-POPにアニメソング、ロックに洋楽と白熱した闘い(!?)がくり広げられる最中、テーブルの上に置いてあった雪野の携帯から着信メロディが流れた。
「あ、ごめん!!」
雪野はあわてて携帯を取り上げると折りたたみ式携帯の外側のボタンを押してメロディを止めた。
そして、そのまま携帯をジーンズのポケットにしまう雪野に要は首を傾げた。
「メール見ないの?」
「え...」
固まってしまった雪野を要はじっと見た。
ちょうど歌っていた曲が間奏に入った天もマイクを持ったまま雪野を見た。
雪野はちょっとためらいつつもポケットから取り出した携帯を開いた。
ちょうど間奏が終わった天はまた歌に専念した。
要はテレビの方を向きながら、無言でメールチェックをし携帯をまたポケットにしまう雪野をちらっと横目で見ていた。

「雪野、さっきの着メロ、何の曲?」
1曲完走し終えた天は雪野にたずねた。
「な、なんで!?」
「どっかで聴いた覚えがあるんだけどタイトルが出てこないもんで。要知ってる?」
「おれもわかんない。で、何の曲?」
「...尾崎豊の『Forget-me-not』」
なぜか雪野は真っ赤を顔していた。

「次の曲だれ〜?」
「あ、おれの。」
マイクを持ち今まさに歌い出そうとしていた要のジーンズのポケットでマナーモードの携帯が着信を知らせた。
要は曲が始まるのもかまわずに携帯を取り出しポチポチとメールをチェックした。
その間もテレビ画面に映し出された歌詞はどんどん色を変えていった。
「要、とっとと歌えよ!!」
「ん、もうちょっと。」
要はさらにポチポチとボタンを押すと携帯をたたみ、テレビに顔を向け歌いだした。

それから約30分後。
「おじゃましま〜す!!」
突然三人の部屋に乱入(!!)してきた人物に雪野は愕然とした。
「なんでここが!?」
雪野は突然現れた義父・久志に鋭い視線を投げた。
「要くんに教えてもらいました♪」
にっこり答える久志の言葉に雪野は要に視線を移した。
「だってきかれたから。」
しれっと答える要に雪野脱力...。

一方久志は...。
「カラオケなんて久しぶり〜。俺も歌っていい?」
「え、おっさんどんなの歌うの?」
「天ちゃん、"おっさん"はやめてよ〜。」
「おっさんはおっさんじゃん。そっちこそ"ちゃん"づけやめろよぉ。」
「ちょっと!!」
ある意味ほのぼのとした(!?)久志と天の会話を雪野が断ち切った。
「久志くん、〆切近いんじゃなかったの!? それに、お母さんはどうしたの!?」
「あ、そうだ、ちーちゃんから伝言。東京の清子叔母さんが入院したから泊りがけで看病してくるって。」
「え!?」
"清子叔母さん"というのは雪野の祖母の妹で夫を亡くしてから東京で一人暮らしをしていた。雪野も彼女にはとても可愛がってもらっていた。
「でも、入院といってもぎっくり腰で命に別状はないから心配しないでね、って。」
"入院"という言葉に一瞬ドキッとした雪野はほっと息をついた。が...。
「それならメールでもいいじゃない!!」
「でも、"大事なことだから直接伝えてね"ってちーちゃんに言われたもんで...」
雪野、さらに脱力。
そして、久志を交えた四人のカラオケ大会は穏やかに進んでいった。
(実は雪野は久志の歌声が気に入っていたので特に異論を唱えなかった。)

「あと、一曲入るかなぁ。」
雪野は携帯の時計を見ながら言った。
「じゃあ、久志さん、最後に歌ってくださいよ。」
要は久志に"歌本"を差し出した。
「え、いいの?...じゃあ...」
久志はリモコンに曲番号を打ち込むと送信ボタンを押した。
「あ...」
雪野のつぶやきに要はテレビ画面に目を向けた。
そこに映し出されていたのは...。

 『Forget-me-not』

静かなイントロの後に久志の歌声が流れた。

久志の歌いっぷりからそれが歌い慣れた曲であることが要にもわかった。
要がちらっと雪野に目をやると、雪野はテレビ画面を凝視していた。

久志のいちばんのお気に入りの歌。
雪野は久志と出逢って初めてこの曲を知った。
その心にしみる恋の歌を雪野はすぐに好きになった。
しかし、久志がこの曲を捧げるのは雪野ではない...。

そして、曲がサビに入ると雪野の目は今にも泣き出しそうに潤んでいた。

「はい、終わり。」
久志がマイクを置くと、天は驚いた顔のまま手をたたいた。
要もにっこり笑って拍手をしたが雪野はかたまったままだった。
「さ、もう時間なんでしょ? とっとと出ないと。 ここは"お兄さん"がおごっちゃうよ!!」
久志はそう言うと入室の時に渡されるレシートを取り上げた。
「え〜いいの!? おっさんサンキュー!!」
「だから、"おっさん"じゃないって!!」
久志と天はぎゃーぎゃー騒ぎながら部屋を出たが、雪野はまだうつむいて座ったままだった。
「雪野ちゃん、行こう。」
「...うん...」
雪野はもそもそと立ち上がると帰り仕度を始めた。

部屋を出た雪野は一歩一歩踏みしめるようにフロントへの通路を歩いていた。まるでこの店から出るのを少しでも遅らせるように...。
ふと雪野が顔を上げると少し前を歩きながら雪野をうかがっていた要と目が合い、要はにっこりと笑った。
(要くんも天くんといる時、こんな風にせつなくなるの...?)
雪野はそんな思いを抱きながら要をじっと見つめたが、要はただ笑うだけであった。

「あ、来た、来た。」
すでに会計を済ませていた久志と天は出入口近くのUFOキャッチャーをのぞきこんでいた。
「さ、それじゃあ帰ろうか。」
久志のその言葉に雪野はびくっと身体をかたくしたが、久志と天はそれに気づかず店から出て行った。
そのまま動けずにいた雪野の背中を要はぽんとたたいた。
雪野が思わず要に顔を向けると、要はにこっと笑い、雪野を外へうながした。

「久志さん。」
「何?」
天と並んで前を歩いていた久志は要の言葉に身体ごと振り向いた。
「今夜、雪野ちゃんお借りしてもいいですか?」
「え?」
久志と天に加え、要の隣の雪野もびっくりした顔で要を見た。
「前におれと天、雪野ちゃんにゲームで大負けしちゃって今度雪辱戦やろうって言ってたんですよ。で、今日どうかなぁ、と思って。な、天?」
「あ、あぁ...」
まだびっくり顔だった天は要の言葉にうなづいた。
「うーん...」
しばし考えていた久志は雪野に目をやった。
「雪ちゃんもそうしたいの?」
雪野は久志の言葉に一瞬ドキッとしたが黙ってこくっとうなづいた。
「そう、わかった。」
にっこり笑う久志に雪野は胸がちくっと痛んだ。

そして、久志は三人をマンションまで送ると言ったが、要はその申し出を断り、逆に駐車場まで久志を見送りに行った。
「じゃあ、要くん、雪ちゃんお願いします。」
「はい、お預かりします。」
「じゃあ、"弟くん"またね♪」
「だから"弟"じゃないって!!」
そして、運転席の久志は雪野に顔を向けた。
「雪ちゃん、おやすみ。」
「おやすみ...」

「じゃあ、おれらも帰ろうか。」
要はうーんと伸びをすると歩き出した。
その後ろを雪野もとぼとぼと歩いていくとふいに左手があたたかくなった。
雪野は思わずそちらに目をやった。
「天く...」
「き、今日はぜってぇ負けねぇからな!!」
目線を前に向けたまま緊張した顔でそう言う天に雪野はおもわず笑ってしまった。
「こっちだって負けないからね!!」
「なに〜!?」
雪野に挑発された天は緊張が解けた顔になり雪野をにらみつけた。
それでも雪野の笑顔は消えなかった。
「あ、なに、ふたりで仲良くやってるの?」
要はふたりのところにやってくると雪野の右手をとった。
「あ...!!」
「なにかな、天?」
「べ、別に...」
いたずらっぽく笑う要に天は真っ赤な顔でそっぽを向いた。
雪野はそんなふたりにとてもうれしそうに笑った。

いままで雪野はこの"痛み"をずっとひとりで感じなければならなかった。
しかし、今は当たり前のように隣にいてくれるふたりがいる。
言葉にしなくてもわかってくれる要が。
何もきかずにいてくれる天が。
雪野はそのことをとてもしあわせに感じた。

「ありがとね。」
突然つぶやくようにそう言った雪野に天は不思議な顔になった。
「な、なんだよ?」
「なんでも。」
雪野がふふっと笑うと要もにっこり笑った。
天はまだちょっと「?」な顔をしていたが、「まあいいか」という感じで笑った。

しかし、その笑顔の裏で天が同じ"痛み"を抱いていることを雪野はまだ知らない。

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季節は冬あたりです。(イメージとしては12月末)
メインタイトルはドリカムの曲から。サブタイトルは作中にも出てきた尾崎豊さんの曲からです。
ラストはあえて意味深(!?)に... ̄m ̄ ふふ
[綾部海 2004.6.11]
100 top / triangle top