海岸も人影はほとんどなく、よちよち歩きの子供を連れた夫婦が波打ち際で遊んでいるくらいだった。 「お!! でっけー木!!」 オレは砂の上にあった流木の前に座り込むとそこらへんにあった小枝でつついたりしていた。 そして、ふと顔を上げると、ミコがちょっと離れたところにいるさっきの家族連れをぼーっと眺めていた。 「ミコ。」 オレの声にミコは我に帰りこちらを向いた。 「あ、なに?」 「...あいつら、ミコの知り合い?」 「ううん、そうじゃなくって...」 突然言葉を切ったミコは黙ったままオレの隣に座り込んだ。 それからしばらく、オレは近くにあった流木をかき集めて並べてみたりして、ミコは隣でそれを見ていた。 「わたしんちね...」 突然、ミコが口を開いた。 「お母さんがわたしを産んだ時に亡くなっちゃって、お父さんは仕事ばっかりで、ああいう風に家族で出かけたことってなかったの。」 ミコの言葉にオレは何も言えなかった。 一応、オレは6歳まで両親が健在だったからああやって3人で出かけることもあった。 そして、日本に来てからも遥さんはとにかく"かまいたがり"だったからしょっちゅういろんなところに連れ出されていた。 どういう反応をすればいいのか悩んでしまったオレにミコはくすっと笑った。 「だから、天くんがうらやましいなぁ、って。お父さんはもちろん、お母さんがふたりもいて...」 「あんなやつ、母さんじゃねえよ!!」 思わずミコの言葉をさえぎったオレにミコは驚いた顔をした。 「あ、ごめん...」 さすがに"まずい"と思ったオレはあわてて謝った。 「...でも、オレの母親はオレを産んでくれた人だけだから...」 なんだか怒鳴ってしまったこととそのセリフが恥ずかしくて、オレは真っ赤になってしまった。 「う〜ん...それじゃあ、こういうのはどう?」 ちょっとの間首を傾げていたミコはぴんと立てた人差し指をオレに向けた。 「そのお父さんの再婚相手、"お母さん"はムリでも"家族"にはなれるんじゃないかな?」 「は?」 オレはミコの言っていることがよくわからずぽかんと口を開けた。 「だって、天くんのお父さんとお母さんって最初は他人だったけれど"家族"になったでしょ。それと同じように天くんとその人も家族になれるんじゃないかな。」 「でも、それは...」 「違わないよ。"家族"っていうのはほんとは誰とでもなれるの。別に結婚しなくても。」 オレが"違う"という前にミコに先手を打たれてしまった。 「長年"お父さんとお母さん"じゃない人たちと家族やってきた天くんならわかると思うよ。」 ミコのさらなるパンチにオレはぶすっと口を閉じた。 そんなオレにミコはふふっと笑った。 「でも、やっぱりオレ...」 「"お父さんがお母さんのこと忘れちゃうのがいや"?」 そのものずばりの答えにオレは唖然とした。こいつ、エスパーか!? 「でもね、それはそうじゃないよ。お父さんはお母さんのことを忘れちゃう訳じゃないの。お父さんの中にちゃんとお母さんがいて、新たにその人が加わっただけなの。」 「は〜?」 またもや言葉の内容が理解できないオレは怪訝な顔になった。 「つまりね、お父さんの心の中にはテーブルがあっていままではそこにお父さんとお母さんと天くんのための3つの椅子があったの。そこまでわかる?」 「うん...」 "なんで心の中にテーブルが!?"とは思ったがとりあえずオレはうなづいておいた。 「そして、そこに"例の人"がやってくるんだけど椅子が足りないよね。で、そういう時は椅子をもう1個追加しちゃうの。レストランとかでよくやってるでしょ?」 「え、"追加"ってそんなことできんの!?」 「そう。だから、その人はお母さんを追い出しちゃってその席に座る、なんてことしなくていいの。」 「へ〜。」 訳わからないようで実にわかりやすいミコの説明にオレは思わず納得してしまった。 「それで、天くんだったら...お父さんとお母さんと伯母さんご夫婦と従兄の子、と天くんで6人がテーブルについているとします。」 その人数を指折り数えていたミコは残った小指をぴっとかかげた。 「結構人数多いよね。でも、ちょっとずつ詰めればもうひとりくらい座れるんじゃないかな?」 「わかんね...」 「じゃあ、試してもみないのに"もう座れません!!"ていうのは失礼でしょ?」 ミコの言葉にオレは黙ってこくこくとうなづいた。 それと同時に... ぐ〜〜〜。 オレの腹の虫がけたたましい音を上げた。 「あ、もう2時近いんだ。さすがにお腹すいちゃったね。」 道路と海岸の境目に立てられた背の高い時計を見ながらミコは立ち上がった。 「お昼どうしよっか?」 「あ、今度はオレが...」 "おごる"と続けようとしたオレはふとズボンのポケットから財布を取り出し中をのぞきこんだ。 「...マックでもいいか...?」 「うん、いいよ♪」 真っ赤な顔のオレにミコはにっこり答えた。 「そういえば、天くん、一度その女の人とちゃんと話してごらんよ。」 海岸沿いの道路を歩きながらミコがそんなことを言った。 「案外本音でぶつかった方がうまくいくかもよ。」 「まったく、他人事だと思って...」 いたずらっぽく笑うミコにオレはため息をついた。 「でもさぁ、その人、きっと天くんと気が合うと思うよ。天くんのお父さんが選んだ人なんだから♪」 その言葉に真っ赤になったオレはひとり早足で元来た道を戻っていった。 ミコはそんなオレの少し後ろを(たぶん笑いながら)歩いていった。 そして、また駅前に戻ると... 「天!?」 突然の聞き慣れた声に思わず顔を向けると...駐車場をはさんだ向こうの歩道に要がいた!! ってなんで要がここに!? そんなことを考えている間にも要は歩道沿いにこちらに向かって走ってきた。 逃げなきゃ!! そう思ってオレは走り出そうとしたが...ミコに腕をつかまれた。 「な...!?」 「逃げちゃだめだよ。」 逃場を失ったオレが要の方に目を向けると...げ!? オレがかたまっていると"その人物"はすごい勢いで要を追い抜かし、そして... バチン!! オレは何が起こったのか一瞬理解できなかった。 突然左の頬が"熱く"なり... そして、オレの目の前には右手を振り下ろしたままのジーンズにTシャツ姿の30代の女... 走ってきたせいでぜいぜいと息が荒いその女はきっとオレをにらんだ。 「文句があるなら私に直接言えばよかったでしょ!!」 オレはその一喝に目を丸くした。 いままでこの女はにこにこと笑ってばかりで、怒鳴った姿など見せたことなかったからだ。 「それなのに、こんなことして...みんなに心配かけて...」 あ...!! その女=博子の目から涙が溢れ出したと思ったら、いきなりオレに抱きついてきて...わんわんと泣き出してしまった...。 ただでさえオレは"オトナの女"が泣くのを初めて見たのでどうしたらいいかわからず動けずにいた。 「まったくもう。」 横から聞こえてきた声に顔だけ向けると要がため息をついていた。 「天もさぁ、"ああいう行動"に出たら"こうなる"ことくらいわかってよ。」 「だって...」 まさか博子が"こうなる"なんてわかるか普通!? 「まぁ、直接の原因はおれなんだろうけどね。も〜こうなるってわかってたら、昨日言っちゃえばよかったよ。」 要の言葉に博子がびくっと身体をかたくした。 「?」 一方、オレは何のことかわからず首を傾げた。 「あのねぇ...おれもおととい知ったばっかりでおまけに口止めされてたんだけど...日本で3人で暮らしたいって言い出したの博子さんなんだって。」 ...え? 要の言うことが理解できずオレはさらにかたまってしまった。 「陸さん(オレの親父)から天の話を聞いてすっかり気に入っちゃって...で、ちょうど陸さんの転勤願いも通ったからよかったけど"もしだめだったら自分だけでも日本に帰る"って言ってたみたいだし...」 信じられない話にオレの顔はいつのまにか真っ赤になってきた。 ふとオレの肩口に顔を埋めた博子の耳も赤くなっているのが目に入った。 「も〜、天のために苦手な料理も猛勉強したって話きいた時にはおれ、感動しちゃったねぇ。」 なんと、博子は昼間、遥さん(元・家庭科教師)に料理を習っていたのだ。 で、おとといの夜、ふたりが電話でそのことを話をいるのを要がたまたま耳にし、さらに遥さんから事情をきいたらしい。 「...要くん、ないしょにしてって言ったのに〜!!」 オレにしがみついたまま博子が情けない声を出した。 「ないしょにしてたからこうなっちゃったんじゃないですか。もっと早く言っておけば天だってあんな態度取らなかったのに。」 「...」 博子は黙ったままオレにぎゅっとしがみついてきた。 困った顔のオレはふと視線を感じて顔を向けた。 ちょっと離れたところに立っているミコがにっこりと笑った。"ほらね"と言っているように。 「あ。」 突然声を上げた要にオレもその視線の先に目をやると... 「なんで親父がいるんだ!?」 「だっていっしょに探してたから。」 駅前に車を停めた親父がこちらに駆け寄って来た。 「天、よかった...」 ほっとした顔で笑う親父にオレはさらに申し訳ない気持ちになった。 そして、やっとオレを解放してくれた博子は遥さんに連絡してくると車へ向かった(携帯が車の中なので)。 「それじゃあ、天くん、わたし行くね。」 いつのまにかオレの隣に来ていたミコがぽんと肩をたたいた。 親父と要が不思議そうな顔をしたので、オレは「マックおごってもらった」と説明(!?)した。 「あぁ、それは申し訳ない!! おいくらでしょうか?」 「いいですよ。わたしもつきあってもらいましたし。」 「...そうですか?」 ほんとに申し訳なさそうな親父にミコはにっこりと笑った。 すると、親父はなぜか首を傾げた。 「それじゃあ、もうみなさんに心配かけちゃだめよ、"タカシくん"。」 「あ、ああ。じゃあな。」 軽く手を振って立ち去るミコにオレは手を振り返した。 ...あれ? オレ、本名がタカシだってあいつに言ったっけ...? そんなことを考えて首を傾げているオレの隣で親父もまだ同じ体勢だった。 「陸さん、どうかしたんですか?」 要の問いに親父は難しい顔のまま。 「いや、あの子、どっかで見たような...」 「あ、それ、オレも思った。」 「う〜ん...........あ!!」 突然親父が手をぽんとたたいた。 「思い出した!! 高校の時のこのみにそっくりなんだ!!」 「え!?」 そう言われれば母さんに似ていたような......あ!! ...ひょっとして、"ミコ"って"宮島このみ"の略...? オレはあわててミコが立ち去った方に目をやったが...もうそこにはミコの姿はなかった。 その翌日、"大野博子"は"宮島博子"になり(もう婚姻届は出すだけになっていたらしい)、オレもちゃんとマンションで生活するようになった。 なんとなく、少しずつだけどなれていっているような気がする、"家族"というタッグチームに。 そして、オレは熱海の海を見るたびに「いつかまたミコに会えたらいいなぁ」と思ってしまうのだった。 ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ 記念すべき10000HITの「大きく背伸び。」の二宮秋季様からのリクエストは「天くんの(不本意ながらも)一人旅」(原文そのまま)でした。 めちゃくちゃ時間がかかった上に長くなりまくってしまって...ほんとに申し訳ないm(_ _)m でも、楽しんで書けました(^▽^) ちなみに、タイトルは槇原敬之さんの曲から(家族のことを歌った素敵な曲です♪) 二宮さん10000HIT&リクエストどうもありがとうございました♪ [綾部海 2004.8.31] |