そもそもの原因はオレの親父だった。 オレは6年前まで両親と共にアメリカに住んでいたが、母親が病気で亡くなってオレだけ日本の伯母家族といっしょに暮らすことになった。 伯母の遥さんもそのダンナの要治さんもとてもいい人だったし、ふたりの息子の要はオレにとって兄弟同然の存在だった。 でも、やはり"両親がいっしょにいない"生活にはどこか寂しさを感じていたので、オレが中学に入る頃に親父が帰国するという知らせに心の中で大よろこびした。 が...。 親父がひそかに買っていたマンションの一室に暮らすのはオレたちふたりだけではなかったのだ。 アメリカで親父といっしょに働いていたという大野博子とかいう女。どうやら親父はこいつと再婚するつもりらしい。 冗談じゃない!! オレの母親はオレを産んでくれた宮島このみだけだ!! そう心に決めたオレはふたりの結婚に断固反対。 あいつの待つ家に帰るのがいやなオレは要の家に逃げ込んだ。 遥さんたちはマンションに帰るように何度も言ってきたけれど要はオレをかばってくれた。 やっぱりオレのことをわかってくれるのは要だけだ。 そう思っていたのに...。 昨日もいつものように要といっしょに学校から帰ろうとしたら要がひとこと。 「天、やっぱり自分の家に帰った方がいいよ。」 雷に打たれたようなショックを受けたオレは不本意ながらもダッシュでマンションに帰り、ずっと自分の部屋に閉じこもっていた。 "オレにはもう味方なんていないんだ..." そう思ったオレはその夜、ひとつの決心をした。 翌朝早く、オレはいろいろ詰め込んだスポーツバックと共にマンションを後にした。 そして、今、オレは観光地として有名な熱海の駅前にいた。 家のすぐそばの駅から始発電車に乗りM駅でJRに乗り換えようとしたのだが、オレは上りと下りのどちらにしようか迷ってしまった。 で、考えた結果、オレはM駅からちょっと先の熱海駅に行くことにしたのだった。 理由は予算があまりなかったのと熱海に行ったことがなかったから。 オレにとってそこは外国も同然(!?)だったし、そんなところまでみんな追って来られないだろうと思ったのだ。 で、熱海駅に着いたのはいいのだが...。 "目的地に着いた"ということでそれまでの緊張感が一気に飛んで行ったせいか、オレは猛烈な空腹感に襲われた。 ...そういえば、朝メシ食ってなかったんだっけ...も〜腹へって死にそう... そんなことを考えながらオレはいつのまにかうつむいてしゃがみ込んでいた。 と、そこへ... 「大丈夫?」 ふいに声を掛けられたオレは顔を上げた。 そこにいたのは心配そうな顔をしたTシャツにジーンズ姿の高校生くらいの女だった。 軽くウェーブした茶色い髪をしていたが、おそらくそれは"天然"で...なんだか"人形"のようにきれいな顔をしていた。 ...知らないヤツのはずだけど...どっかで見たような... オレがそんなことを考えながら見上げていると、またそいつが口を開いた。 「大丈夫?具合悪いの?」 「違う。腹へっただけ。」 オレがぶっきらぼうにそう言うとそいつはほっとした顔になった。 「なんだ、びっくりした〜。」 そう言って笑う顔にはやはり見覚えがあるような気がしたが、誰なのか思い出せなくてオレは首を傾げた。 「でも、座り込んじゃうなんてすっごいお腹すいてるんだねぇ。」 「朝メシ食ってないから。」 「あ、そうなんだ。」 そう言いながらその女はひとりでクスクス笑っていた。 ...なんか変なヤツ。 「それじゃあ、ひとつお願いがあるんだけど。」 そう言うと"人形"はオレの隣にしゃがみ込んだ。 「わたし、あそこに行きたいんだけどつきあってくれないかなぁ?」 女が指差したのは駅の向かいのビルの1階にあるマクドナルドだった。 「なんで?」 オレは突然の展開に訳がわからなかった。 「実は、わたしもお腹すいてるんだけど、ひとりでお店で食べるのって苦手なの。ね、ごちそうするから。」 そう言ってそいつは両手を合わせて"お願いポーズ"をした。 まぁ、オレもひとりで食べるのあんまり好きじゃないし...とにかく腹へってるし...いいか。 オレがこっくりとうなづくと、そいつはうれしそうにオレの腕を引っ張ってマックへ駆け出した。 その時、オレはなんだか懐かしいような感覚に襲われたが...それがなんなのかわからなかった。 「天くんはなんにする?」 マックの店内のメニューを見ていたオレはその言葉にびっくりした。 「な、なんでオレの名前知ってるんだよ!?」 「それ。」 "人形"女は笑いながらオレの持っているスポーツバックを指差した。 中学指定のスポーツバックには"宮島天"としっかりと書いてあったのだ。 「かっこいい名前だね、"天(てん)"って。」 「...サンキュ。」 ほんとはオレの名前は"天"って書いて"タカシ"っていうんだけど...まぁ、そこまで言わなくてもいいか。 「そっちは?」 「え?」 「名前。」 オレは自分よりもだいぶ目線の高いそいつの顔を見上げた。 「わたしはね...ミコ。」 「"ミコ"?」 「そ。」 "ミコってやっぱり下の名前なんだろうなぁ"とか"じゃあ名字はなんなんだ?"とかいろいろ頭に浮かんだが、オレはあえてほっておくことにした。 別にこいつがどこの誰だろうとオレには関係ないんだから。 そして、ハンバーガー3個(!!)を瞬く間に胃の中におさめたオレはふととあることに気がついた。 なんでオレはミコの前でこんなに"普通"なんだろう...? 本来のオレは人見知りが激しくて、こっちの小学校に転校してきた時は従兄の要と一時も離れられずにいたほどなのに... なんで初対面のミコにくっついてきたり、平気でメシを食ったりしてるんだろう...。 おまけに、気がつけば、オレはミコに今回の"ひとり旅"の訳を話したりしていた...まぁ、これは誰かに聞いてほしかったのもあるのだが...。 「それじゃあ、今頃みんな心配してるんじゃないの?」 ミコはポテトをちまちまと一本ずつ口に運びながらそう言った。 「知らね。オレがいなくなって清々してんじゃねぇの?」 オレは自分のポテトをがばっとつかみ口に放り込んだ。 ほんとはそんなことわかっていたが...あえてそのことを認めたくなかった。 そんなオレにミコは一瞬悲しそうな顔をしたが、すぐにさっきまでの明るい顔に戻りオレンジジュースをストローですすった。 「それじゃあ、天くん、ヒマなんでしょ?ちょっと私につきあってよ。」 「..."つきあう"って?」 オレがおそるおそるたずねるとミコはにこっと笑った。 「実は私、海岸線を歩いてみようかと思ってたんだけど、ひとりじゃあつまんないかなぁ、って...ね!! いいでしょ♪」 そう言うとミコは極上の笑顔をオレに向けた。 「あ、ああ...」 オレは思わず顔を赤らめながら...そして、なぜかその笑顔に懐かしさを感じながら、そう答えた。 そして、マックを出て少し歩くとアーケードの商店街が現れた。 海に行くには大体ここを通るようなのだが、平日のせいか人影が少なかった。 ...ちょっと待てよ。 こんな平日の真昼間にどっから見ても学生のふたり連れはあやしすぎるのでは...ひょっとして警察とか呼ばれたり... 「どうしたの?」 アーケードの入口でかたまっているオレにミコは不思議そうな顔をした。 そこでオレの考えを伝えたが...ミコはぷっと吹き出した。 「大丈夫大丈夫。そんな心配することないって。」 そう言うとミコはずんずんと歩き出したのでオレはあわてて追いかけた。 実際、商店街の人は別にオレたちに不審気な顔をすることもなかった。(オレって自意識過剰?) それどころか、干物屋の店先にいたばあちゃんに「いってらっしゃい」と声をかけられたりもしたのだ!! オレはビクッとして黙ったまんまだったが、ミコはにっこりと「ありがとうございます。」と答えていた。 そして、商店街を抜けてからもオレはビクビクしっぱなしで、やっと海岸にたどり着いた(といってもたいした距離じゃないが)時にはほっと息をついた。 |