私立森澤学園高校では二学期に体育祭と文化祭が行われる。 そんな忙しい二学期の一日目、1年E組の上村大和はクラスメートから予期せぬ質問を浴びせられた。 「大和〜!! おまえ、夏休み、"女装したサハラ"と駅前でデートしてたんだって!?」 「は!?」 隣の席の竹村にそんなことを言われて大和は目を丸くしていた。 「え、違うだろ?おれは"サハラとサハラのドッペルゲンガー(!!)と三角関係"って聞いたけれど...」 「え〜そうなのか!?」 「ちょっと待て!!」 どんどんと集まってきては勝手なことを言い合っているクラスメートたちに大和は一喝した。 「どっからそんな話が出てきたんだ!?」 大和の言葉にクラスメートたちはきょとんとした顔になりたがいに顔を見合わせた。 森澤学園の全校生徒の80%は自宅から通学し、さらにその半数以上が学校周辺に住んでいる。 ということは、夏休みといえども多くの生徒たちが"あの時"駅の周辺にいてもおかしくなく、大和たちの姿が目撃されていてもおかしくなかったのだ。 「よう、大和!! おまえ、サハラとうわさになってるって?」 夕食時、大和は食堂で顔なじみの2年生にそう言われ肩をたたかれた。 どうやら"あのうわさ"は上級生にも広まっているらしい。 と言っても、厳密に言えばこちらは「"女装したサハラ"がルームメイトと駅前にいた」というものだったが。 (校内ではサハラの方が有名なので) そして、昼間と同じようにその言葉を耳にした寮生たちがわらわらと集まってきた。 と、そこへ... 「じゃま!!」 食器の乗ったトレイを手にしたサハラの一喝に野次馬はふたつに分かれ、サハラは不機嫌な顔でその間を通っていった。 そして、残された大和+αは言葉もなくサハラの後姿を見送っていた。 「ほら、おまえら、こんなところに固まってないでとっとと食え!!」 やはりトレイを手にした寮長の南に言われて、やっとみんな三々五々に散っていった。 そして、南は食堂のすみでひとりで夕食をとっているサハラの向かいに座った。 「いつまで怒ってるんだよ。」 「別に。怒ってなんかないよ。」 ぼそっとそう言うとサハラはまた黙々と食事を続けた。 南は「やれやれ」とため息をついた。 "ないる"がやって来た翌日、サハラはとっとと荷物をまとめて実家に帰ってしまった。(演劇部部長大激怒!!) そして、夏休み最後の日である昨日の夜にやっと帰ってきたのだが、それ以来不機嫌な顔で大和とまったく口をきいていなかった。 「別に大和がないるのこと好きなったっていいだろうが。いいかげん姉離れした方がいいぞ。」 「!!」 南の言葉を聞いたサハラはぴたっと箸を止めてうつむいた。 「...どうした?」 南はおそるおそるとサハラの顔をうかがった。 「...子供の頃は南ちゃんもいっしょにやっつけてたのに...」 ぼそっとつぶやいたサハラの言葉に南は「うっ!!」となった。 確かに、幼い頃はないるにちょっかい出すヤツやないるのことを好きだというヤツを南もいっしょに"攻撃"していたのだが...。 「あの、それはだな、サハラ...」 南はしどろもどろになんとかごまかそうとしたが、サハラはそんな南を無視してトレイを手に立ち上がるとずんずん歩いていってしまった。 そんなサハラをやはりトレイを手にした副寮長・下川青は無言で見送ると南のところへやってきた。 「なんだ。サハラ、まだすねてるのか?」 「"すねてる"って、青、おまえね...」 「ほかになにか適切な言い方があるか?」 「...」 南は青の切り返しに何も言い返せなかった。 青はくすっと笑うとさっきまでサハラが座っていた席についた。 「別にほっておけばいいのに。ほんとにおまえは"甘い"というか"お人よし"というか...」 「でもな...」 深々とため息をつく南に青は茶碗と箸を手にしながらまたくすっと笑った。 「まぁ、"優しい寮長殿"にひとつ知恵を貸さないこともないけどな。」 「"知恵"?」 「で?」 所変わって皐月寮206号室。 サハラは目の前にいる寮長兼従兄に不機嫌な顔を向けた。 「なんで僕と大和が勝負しなきゃいけないの?」 「だって、いつまでもこんな風にぎくしゃくしているのもよくないだろ?だから...」 青の出した"知恵"とは... 9月末の体育祭で大和がサハラに勝ったらサハラは大和とないるのことを反対しない、サハラが大和に勝ったら大和はないるのことをあきらめる、というものだった。 「第一、僕が大和にスポーツで勝てる訳ないじゃん!!」 確かに寮でも1,2を争う俊足で陸上部員の大和に"体育の成績は5段階で3"というサハラが勝てるとは思えない。 「だから、"個人戦"じゃなくて"団体戦"にすればいいじゃないか。」 青の言葉に大和もサハラも首を傾げた。 「あの、青先輩、"団体戦"って...」 「つまり、大和のチームとサハラのチームのどっちが上位かで勝負が決まる、と。」 「それって要するに"B組連合"と"E組連合"の争いってこと?」 体育祭ではA〜E組のクラスごとに1年から3年までをたてに割ってチームを作り、それぞれ"○組連合"と呼ばれる。 サハラは1年B組なのでB組連合、大和は1年E組でE組連合となる訳である。 「これなら勝負はまだまだわからないと思うけど。B組にも体育会系が多いし。」 「う〜ん...」 サハラは腕組をして大きく首を傾げた。 「おまえもいつまでもあんな子供じみた態度とってるつもりもないんだろう?いいきっかけじゃないか。」 「...わかりました。」 サハラがちょっと口をとがらせながらそう言うと、青はにっこり笑い、南はほっと息をついた。 「じゃあ、大和、そういうことだから。」 それまで言葉もなくかたまっていた大和は南にぽんと肩をたたかれてはっと我に帰った。 「っておれの意見は!?」 大和はあわてて発言しようとしたが誰にも取り合ってもらえず、話し合い(!?)はそこで終了した。 そして、翌日の放課後。 「大和、話は聞いたぞ!!」 グランドで1年の陸上部員・渡辺良樹とストレッチをしていた大和のところに部長の米田がやってきた。 「...なんの"話"ですか...?」 まったく心当たりのない大和は首を傾げながらたずねると、米田は大和の肩をがしっとつかんだ。 「この米田典生、E組連合大将の名にかけて絶対に優勝するからな!!」 米田の言葉を聞いた大和は「げ!!」と思った。 (なんであの話を部長が知ってるんだ...!?) 大和がそんなことを考えている間も米田は"演説"を続けていたのだが... 「ちょっと待った!! 優勝するのはわれらB組連合に決まってるだろうが!!」 野球部のユニフォーム姿の2年生(らしき人)が割り込んできて、米田とぎゃーぎゃー言い争いを始めた。 「あの人、誰だったっけ?」 やっと米田から解放された大和は痛む肩をもみながら良樹にたずねた。 「野球部の部長の曽根さん。あの人、B組連合の大将だから。」 「なんでみんな知ってるんだ、まったく...」 「あ、おれも同じクラスの寮のヤツから聞いたぞ。」 その言葉に大和はがっくりと肩を落とした。 どうやら大和かサハラが「やっぱりいやだ」と言い出さないようにと南と青が昨夜のうちに寮生たちに広め、そこから学校中に広がったらしい。 「まぁ、サハラは元々有名人だけどこれでおまえも注目の的じゃん。」 「まったく他人事だと思って...」 のんきな良樹に大和は深々とため息をついた。 「それに"あきらめる"もなにもほんとに好きなのか自分でもわからないのに...」 「え、そうなのか?」 大和は確かにないるのことを「いいなぁ」とは思っている。 しかし、これが"恋"なのかよくわからなかった。 ないると会ったのはあの夏の日、ほんの短い時間だった。 ただあの時の印象が強かったから心に残っているだけではないのだろうか...。 ないるとの出会いが日がたつにつれて、大和はそう考えるようになっていた。 そして、"大和とサハラの対決(!?)話"は元々お祭り好きな森澤学園の生徒たちの間で格好のネタ(!?)となっていた。 大和は見知らぬ生徒から「がんばれよ!!」と応援されたり、サハラのファンらしき生徒たちからブーイングされたりしていた(汗) そんな中、体育祭の準備は着々と進められていき、残すところあと1週間となったある日。 「上村、今日の放課後、大丈夫?」 1年E組の自分の席であくびをしていた大和のところに同じクラスの柳瀬優がやってきた。 「ああ、ちゃんと部長に言っといたから。」 ふたりはこのクラスの体育委員で、体育祭の応援合戦に使うバンダナを駅前の100円ショップに買いに行くことになっていたのだ。 そして、放課後。 大和は優と共に駅前に向かった。 駅のそばの本屋の前を通った時に、ふと大和は立ち止まった。 (そういえば、"彼女"とここで初めて会ったんだよなぁ...) あの日のないるの笑顔が頭に浮かんだ大和は自分の鼓動が速くなるのを感じた。 (おれ、やっぱり...) 思わず口に手をやった大和はさらに顔も赤くなっていった。 一方、大和がそんなことをしているとはまったく思ってもいなかった優は横断歩道を渡り終えた時に大和がはるか後ろにいるのに気がついた。 「上村〜!! 先行っちゃうよ〜!!」 優の声に我に帰った大和はあわてて駆け出し横断歩道を渡ろうとしたが... 「上村!?」 そして、あたりには車の急ブレーキの音が響いた。 およそ1時間後。 「まったく"車にひかれた"なんて言うからあわてて駆けつけてみれば...」 ため息まじりにそうつぶやく南の目の前には白いベッドに横になった大和。 「実際は車をよけようとして自分で転んで足をねんざしただけだったとは...」 いかにも"あきれた様子"の青に大和は身の縮む思いがした。 「...すみません...」 「ま、大したことないみたいでよかったな。」 にかっと笑う南に大和もほっとした顔になった。 「しかし、この時期に"全治1ヵ月のケガ"とは、はたして"大したことない"と言えるのだろうか...?」 「...」 神妙な顔の青の言葉で大和はまた"冷や汗たらり"の顔の逆戻りした。 ただでさえ陸上部の大会が多いこの時期に...部長・米田の怒鳴り声が聞こえてくるように大和は感じた。 そして、体育祭...。 大和は両手を顔にかざすと深くため息をついた。 (せっかく"自覚"したのに...) 「不戦敗か...」 思わず声に出していたことに気づいた大和がはっと顔を上げると...にやにやと笑う南と青の顔があった。 「いや、あの、これは...!!」 大和は真っ赤な顔で弁解しようとしたがふたりはまったく相手にせず。 「そういえば、他のやつら、遅いなぁ。」 「そう言われれば...」 と、ちょうどその時... 「大和〜!!!」 1年の榊秀一を先頭に数名の寮生が病室になだれ込んで来た。 そして、その中に... 「!!」 大和は思わず自分の目を疑った。 肩にかかるサラサラの髪に茶色いワンピース姿のその"人物"はどう見ても...。 「おい、サハラ。なんだこの格好は。」 つかつかと近づいた南に"カツラ"を取り上げられたのは、たしかにサハラだった。 「あ、先輩、せっかくスタイリングしたのに〜!!」 秀一が残念そうな声を上げた。 「まったく、"これ"のせいで遅くなったのか、演劇部?」 青の言葉に照れくさそうに頭をかいていたのはよく見れば全員演劇部員だった。 そして、サハラは南からカツラを奪い取ると、それを手にしたままベッドの横に立った。 「な、なんだよ...」 ベッドの上に上半身を起こしていた大和は自分を見下ろすサハラの視線に内心びくびくしていた。 「こ、今回は、"無効"にしてあげるから!!」 サハラはそう言うとまだずぼっとカツラをかぶり早足で病室を後にした。 それにつられてバタバタと病室を出て行く寮生たちを大和はあっけにとられながらながめていた。 そして、病室には大和と南と青が残った。 「よかったな、"不戦敗"にならなくて。」 南にそう言われて大和の顔は真っ赤になった。 そして、サハラの言葉をきっかけに大和とサハラの"ぎくしゃく"した関係はとりあえず元通りになった。 (ちなみに、"例の勝負"が無効になってしまったのを残念に思った森澤学園の生徒たちは「再戦はいつだ!?」と期待(!?)しているらしい...) 一方、胸の奥で走り始めてしまった大和の"想い"は...? |
"体育祭のバトル"(!?)を期待されていた方がいらしたら申し訳ありません^^; 体育祭&文化祭はまた機会がありましたらじっくり書きたいと思いますm(_ _)m タイトルは爆風スランプの曲から(大和がいろんな意味(!?)で"走る人"なので) |