ドアがパタンと閉まると、サハラは好奇心たっぷりの顔を青に向けた。 「で、青先輩、ふたりの関係は!?」 「っておまえなぁ...」 サハラの様子に大和は苦笑いした。 「だって、南ちゃんのお許しもでたんだから。ね?」 かわいらしく"おねだりポーズ"(!?)をするサハラに青はくすっと笑い、大和はため息をついた。 「あいつが瞳先生とのことを自分から言いたがらないのはな...」 そう言うと青は一度言葉を切った。 聞いていたふたりはごくっと息をのんだ。 「あいつが瞳先生にふられたからだ。」 「え!?」 「ええ〜!?」 青の言葉に大和とサハラは一気にびっくり顔になった。 「...南ちゃん、先生に片想いしてたんだ...」 サハラがそうつぶやくと、青がさらに言葉を続けた。 「いや、あのふたり、つきあってたから。」 「!!!!!!」 今度はふたりは言葉もなく、"信じられない"という顔になったのだった。 そもそものきっかけは去年の6月頃、校内でばったり出会った瞳先生が南にモデルを頼んだのがはじまりらしい。 そして、その日以来、南はほとんど毎日、放課後を美術準備室で過ごすことになったのだった。 「でも、南ちゃん、普通そういうの受けないと思うんだけど...」 「さあ。俺もそこら辺のくわしい事情は知らないから。」 そして、南がモデルを始めて3ヵ月ほどたったある日の夜、南が真っ赤な顔でひとこと「瞳先生とつきあうことになった。」と青に告げたのだった。 「まぁ、あいつの方は"そう"なんじゃないかなぁ、とは薄々感づいていたんだけどな。」 「あの..."推測"は入れちゃいけないんじゃないんですか...?」 「これは"ほぼ事実"だからいいだろう。」 おそるおそるたずねた大和は青の答えに困ったように笑った。 南と瞳先生はしばらくは何の問題もなかったようだが、いつの日からか南が不機嫌な顔で205号室に帰ってくることが多くなった(これも"ほぼ事実")。 そして、去年の暮れ近く、また南がひとこと「瞳とわかれた」と言ったのだ。 「え〜!? なんでなんで!? なんで別れちゃったの!?」 サハラは左右にブンブン首を振りながらたずねた。 「そっちも俺はよくわからないんだけど南によると『あいつは俺よりも絵の方が大事なんだ』だってさ。」 「なにそれ!?」 青の言葉にサハラは"訳がわからない"という顔になった。 しかし、毎週美術の時間に瞳先生と接している大和は「ありうるかも...」と思ってしまった。 というのは、瞳先生は「なんでこの学校の先生になったんですか?」という生徒の質問に「理事長(瞳先生の祖父)が『好きなだけ絵描いてていい』って言ったから」とにっこり答える人だからだ。 「でも、瞳先生、いまだに南ちゃんにモデル頼んでるんでしょ?それってまだ南ちゃんのこと、好きだからじゃないの?」 大和がひとり考え込んでいるとサハラがそんな質問を青に投げかけた。 「う〜ん...俺もそう思ったこともないわけじゃないけど...瞳先生って何考えているのかわからないところがあるからなぁ...」 青の言葉に大和はこくこくとうなづいた。 「でも、南は『絶対そんなことはない!!』って言い張って絶対行こうとしないんだ。ま、毎回俺に代理頼んでくるのは人がいい、って言うか、冷たくしきれないっていうか。」 そう言うと青はくすっと笑った。 「...で、毎回ちゃんと行ってあげる青先輩も相当人がいいと思いますけれど...」 おそるおそるの大和の言葉に青はちょっと赤くなって顔を背けた。 大和と南は顔を見合わせてにっこり笑った。 「さあ、もういいだろう。」 青が話を終わらせようとするとサハラが「はいはい」と手を挙げた。 「あと、もうひとつ。なんで青先輩も瞳先生と顔見知りなの?」 「あぁ。あのふたりがつきあい始めた頃に南が俺を美術準備室に連れてって先生に紹介したんだ。『こいつ、俺のルームメイト』って。」 「...南ちゃん、うれしかったんだろうねぇ...」 「...端から見てわかりすぎるくらいにな...」 三人は深々とため息をついた。 そして、大和とサハラは自室に戻った。 「...遅いな...」 青は読んでいた本から顔を上げて壁に掛かった時計に目をやった。 寮長の南は消灯前に各部屋をまわって点呼をとらなければならない。 しかし、いつもなら点呼に出かける時間になっても南が部屋に戻らないのだ。 「...やっぱまだ"きつかった"かな...」 青がそんなことを言いながらぼーっと南の机をながめていると205号室のドアが開いた。 「青、いるな?」 いつもと変わらぬ様子の南に青はなんとなくほっとした。 「南、点呼遅れるぞ。」 「あ、もう済ませてきたから。」 南は自分の机の前に座ると、いつもは点呼の時に携帯している寮生の名簿を本棚から取り出した。 「いつもと逆の順番で行ったもんであいつらびびってたぜぇ!! 勇と秀一がいなかったから×にしてやった(笑)」 そう言って南は笑いながら名簿の今日の欄に○・×をつけていった。 青は心の中で「あいつらも気の毒に...」と苦笑いした。 (それぞれの部屋に寮長がまわってくる時間は大体決まっているのでぎりぎりまで部屋に戻らない者もいるのである) 「...あいつら、なんだって...?」 突然の南の言葉に青は一瞬"あいつら"が誰かわからなかったがすぐに大和とサハラのことだと気がついた。 「別に。おまえにもいろいろあったんだな、って感じ。」 「ふ〜ん...」 南はまた黙って名簿のチェックを続けた。 「南さぁ...」 「ん?」 青の言葉に南は名簿に目を向けたまま答えた。 「そろそろ美術準備室行ってみたら?」 「絶対やだ...」 南はチェックの手を止めたが顔は名簿に向いたまま低い声でそう行った。 「でも、これだけ頻繁に"お呼び出し"があるっていうことはひょっとしたら瞳先生、おまえとよりを戻したいのかも...」 さっきのサハラとの会話であらためてそう考え出した青は思い切って口に出してみた。が... 「そんなことは絶対にない!!」 南は青にじろっと目線を送るときっぱりそう言った。 「何度も言ってるだろ!! あいつが興味があるのは"俺"じゃなくて"俺の顔"なんだよ!! 顔がいいヤツだったらあいつは誰でもいいんだよ!!」 大声でそうまくしたてた南はぜーぜーと肩で息をした。 「...自分で"顔がいい"って言うなよな。」 「うるさい!!」 的外れな青の言葉に一喝すると南はまた黙ってしまった。 どうやら南はいまだに瞳先生は"自分のことなど好きではない"と思い込んでいるらしい。 いや、というより、"思い込もうとしている"のかもしない。 最近の瞳先生の行動から考えてみれば、南も青やサハラと同じことが頭に浮かんでもおかしくない。 でも...一度そう思うと、きっと気持ちが止まらなくなってしまうから...まだ南は瞳先生のことが好きだから... そう思った青は「やれやれ」とため息をついた。 「あ〜わかったわかった。これからも俺がしっかりと代理役つとめさせていただきますよ。ま、黙って座ってモデルやるだけで、昼飯一食浮くんだからな。」 にかっと笑う青を真っ赤な顔の南はじろっとにらんだが、まったく効果がないことは本人もわかっていた。 (ちなみに、"モデル代理料"は学食のA定食(笑)) 「そういえば、瞳先生、サハラ、モデルにしたいって言ってたよ。今度からあいつに頼んでみたら?」 青はさらにいじわるっぽく笑った。 「...サハラだとよけいなこと根掘り葉掘り聞くからだめだ。」 「さすが従兄様。」 「うるさい!!」 小さく手を叩く青に南はまた真っ赤な顔でどなった。 そして数日後の放課後。 青はまた美術準備室にいた。 「まさか青くんが放課後も来るとはなぁ...」 「昨日コンクールがあったから今日は部活休みなんです。」 「ぬかったなぁ。」 文句を言いながらもイーゼルの前に座った瞳先生の手はいつものようにせわしなく動いているようだった。 青はくすっと笑いながらスケッチブック越しに瞳先生の様子をながめていた。 すると、突然準備室に電話のベルが鳴り響いた。 瞳先生はあわてて立ち上がると窓際に置かれた電話の受話器をとった。 「はい、森澤です。...え?...あ、あれ、今日だったんだ...じゃあ、私、今から事務室に行きますので待っていただくように...はい、お願いします。」 瞳先生は受話器を置くと申し訳なさそうな顔を青に向けた。 「青くん、ごめん!! 業者の人との打ち合わせがあったの忘れてたの!! すぐ戻ってくるから待っててくれるかな?」 手を合わせて何度も頭を下げる瞳先生に青はくすっと笑った。 「いいですよ、別に。」 「ほんと!? ありがと〜!! すぐ戻ってからね、すぐに!!」 瞳先生はそう言うとバタバタと美術準備室を出て行った。 「さて、何してようかな...」 青は立ち上がると自分に背中を向けているイーゼルの反対側にまわった。 イーゼルに置かれたスケッチブックにはまだほとんど線だけの書きかけの青の顔があった。 そして、スケッチブックのページをめくると... 「!!」 青は"そこに書かれたもの"に一瞬驚いた顔になったがすぐにくすっと笑った。 しばらくその絵をながめると、青は瞳先生の机からメモ用紙を一枚拝借した。 そして、メモ用紙になにやら書き込むとそれを"例のページ"にクリップで留めた。 「さて、帰るか...」 青は部屋の隅に置いてあった鞄を手にすると美術準備室を後にした。 後に残されたのは... 「帰ります」と書かれた青の置手紙と、 "あふれんばかりの笑顔の南"。 |
"瞳先生の本音"や"この恋の結末"はまた別のお話で... ちなみに、タイトルは渡辺美里さんの曲から♪ 次回は1年生ズ(!?)がメインです(^^) |