私立森澤学園高校は創立100年を越える男子校である。 かつては名門と呼ばれたこの学校には今でも遠方から通う生徒が少なくない。 そんな生徒たちのために創られたのが「皐月寮」である。 とある朝。 現・皐月寮々長である中島南は2年C組の教室であくびをかみ殺しながらSHRを受けていた。 「では、1時間目は生物室だそうなので早めに移動するように。」 "終わりの礼"が済むとC組の生徒たちはざわざわと教室から出て行き始めた。 南も生物の教科書とノートを手に廊下に出ようとしたその時。 「南、ちょっといいか?」 担任の森澤仁(じん)先生に声をかけられ南は足を止めた。 「なんっすか?」 手招きする仁先生に近づきながら南は首を傾げた。 「あのな...」 急に仁先生が声のトーンを下げたので南はさらに先生に顔を近づけた。 「瞳先生が『昼休みに美術準備室』だと。」 そして、昼休み。 「大和、どこ行くの〜?」 皐月寮206号室の住人である1年B組中島砂原は同室の1年E組・上村大和を廊下で見つけるとにこやかに声をかけた。 「次、美術の授業だから御用聞き。」 大和はそう言うとその場を立ち去った。のだが、なぜかサハラがくっついてきた。 「なんだよ、おまえ!?」 「ねぇ、美術の先生って"あの"瞳先生だよね?」 森澤学園の教師陣は圧倒的に男性が多い。 わずかにいる女性教師もそのほとんどが中年以上だが、美術の森澤瞳先生は去年大学を卒業したばかりなのだった。 (しかも美人の噂アリ) ちなみに、この学校は森澤姓の教師が多いため(みんな親戚関係)、"森澤先生"ではなく下の名前で呼ばれているのである。 「そうだけど?」 「僕、一度"見て"みたかったんだぁ!!」 音楽選択のため瞳先生と面識のないサハラは大和の腕を取りならんで歩き始めた。 「...勝手にしろ...」 大和はため息をつきながらもそのまま歩いていった。 「しっつれいしま〜す!!」 サハラがノックもせずに美術準備室のドアを開けると、中には白衣を着たロングヘアーの美人がスケッチブックを手に座っていた。 そして、その向かいに座っていたのは南の同室の2年A組・下川青だった。 「あれ、サハラ?」 「青先輩!?」 「サハラ、おまえ、勝手に...」 サハラを追いかけて準備室に入ってきた大和も青の姿に驚いていた。 青もサハラと同じく音楽選択のはずだから美術準備室に縁がないはずなのだが...。 「あ、上村くん、御用聞き?」 瞳先生はスケッチブックを置くとにっこり笑った。 「で、そちらは? 美術選択じゃないわよね?」 瞳先生の目は興味深そうにサハラを見ていた。 「あ、こいつ、おれと寮で同室で...」 「はじめまして!! 1年B組中島砂原です!! よろしくお願いしま〜す!!」 サハラは大和の言葉をさえぎると、瞳先生ににっこりと笑いかけた。 「こちらこそ。」 「あ、でも、僕が美術とってないってよくわかりましたね。ひょっとして担当の生徒の顔全部覚えてるんですか?」 「あら、だって君みたいなかわいい子、一度見たら忘れないわよ、絶対!!」 「も〜やだ〜先生ったら〜!!」 きゃーきゃー騒ぐふたりに大和は苦笑い。 (たまに"サハラってほんとに男だろうか"と感じるのはなぜだろうか...) 「あ、そうだ、瞳先生、こいつ、南の従弟なんですよ。」 青の言葉に大和とサハラは「え!?」となった。 南は書道選択だからやはり美術とは縁がないはずなのだが...。 ふたりは同じことを考えていると昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。 「あ、もうこんな時間なんだ。青くん、どうもありがとうね。」 「いえいえ。」 「上村くん、今日は静物画だから美術室に集まるように言ってくださいね。」 「あ、はい。」 そして、青、サハラ、大和の3人は美術準備室を出ると並んで教室に向かった。 「青先輩、よく瞳先生のモデルやってるの?」 「たまにな。」 サハラの質問に青はさらっと返した。 本当はサハラはそのことに関してさらに突っ込んだことを聞きたかったが、今はそれよりももうひとつの疑問を解消したいと思った。 「あのね、瞳先生、どうして南ちゃんのこと知ってるの? 南ちゃんも美術とってないでしょ。」 今度の質問には青はちょっとこまった顔になった。 「う〜ん...それは俺の口からはちょっと...気になるなら南に聞いてくれ。」 青はそう言うと二年生の教室へ戻っていった。 そして、残されたふたりの一年生はとある決意を胸に秘めていたのだった(オーバー?)。 そして、夜。 いつものように205号室に来ていた大和とサハラはテレビを見ながら大笑いをしている南をちらちらとうかがっていた。 「ねぇ、もういいじゃん!!」 「でも、やっぱり青先輩が来てからの方が...」 「だって、青先輩なかなか帰ってこないじゃん!!」 ぼそぼそと小声で会話するふたりに南は「?」という顔になった。 「なんだ、どうかしたのか、おまえら?」 「あのね、南ちゃん...」 サハラは「チャンス!!」とばかりに南に向き合った。 「美術の瞳先生とどういう関係なの!?」 「...は?」 思いもかけない質問に南はしっかりかたまってしまった。 そして、大和とサハラが固唾を呑んで答えを待っていたその時、205号室のドアが開いた。 「ただいま...って、なんかあったのか...?」 部屋の中の"ただならぬ雰囲気"に、青はドアを開けた状態のまま止まってしまった。 そして、青の顔を見た南はとあることが頭に浮かんだ。 「青、おまえ〜!!」 「南、どうかしたのか?」 突然つかみかかってきた南に青はびっくりした。 「おまえが言ったんだろう!!」 「え?」 青は一瞬、南の言葉の意味がわからなかったが、ふたりの一年生の顔を見て「あ...」という顔になった。 「やっぱり〜!!!」 さらに青につかみかかる南を大和とサハラはこまった顔でただ見つめていた。 「確かに俺が悪かった。」 205号室の真ん中に置かれたテーブルの前に座った青は神妙な顔した。 「でも、おまえが俺を代理で瞳先生のところに行かせなければこういうことにはならなかったんだからな。」 青の言葉に南はうっとなった。 一年生ふたりはその言葉に思わず耳がダンボになったが、そこを突っ込むとまた南の雷が落ちそうだったのでガマンした。 「で、俺の口から"あることないこと"聞いて変に誤解を受けるよりもおまえから聞いた方がいいかな、と...」 「ちょっと待て!!"あること"はともかく"ないこと"ってなんだ!?」 納得いかない青の言葉に南はすばやくツッコミを入れたが青は知らん顔だった。 「で、どうする?」 にっこり笑う青に南はくちびるをかみしめた。 どうやら頭の中でぐるぐると考えているようで、大和とサハラはハラハラしながらその様子を見守っていた。 「...わかった。おまえが話してやってくれ。」 そう言うと南は立ち上がった。 「いいのか?」 「ああ。」 そして、南は205号室のドアを開けて出て行こうとしたが、その直前で突然ふりむいた。 「でも、"事実"だけだからな!! おまえの推測や噂を織り交ぜるんじゃないぞ!!」 「ちっ。」 青は"ばれたか"という顔で小さく舌打ちした。 「なんだ"ちっ"て!?」 「いや別に。」 最上級の笑顔の青に南は疑わしい目つきを向けた。 「まったく...」 南はブツブツ言いながら205号室を後にした。 |
予定より一日遅らせた上に前後編ですみませんm(_ _)m つづきはできるだけ早く... (でも、もうちょっと"煮詰めたい"(!?)エピソードが...←おいおい) |