「人殺し...?」 思わず口をついて出た俺の言葉にまゆ先生は表情を硬くした。 「それ...どういうこと...?」 先生は俺の隣に座ると俺の目をじっと見つめた。 その目にはとても複雑な表情が浮かんでいた。 「それは...俺の母が、死んだのは...俺のせいだから...」 去年の7月のことだった。 期末テスト中だった俺は翌日の苦手な数学のテストに備えて遅くまで勉強していた。 そして、翌朝、目覚ましの音にも気づかないほど熟睡していた俺はばっちり寝坊してしまった!! 制服と学生鞄をひっつかんで二階の自分の部屋から一階に駆け下りてきた俺は茶の間にいる母を発見した。 「母さん、なんで起こしてくれなかったんだよ〜!!」 「え?あ、もうそんな時間だった!?」 いつもなら母はとっくに仕事に出かけている時間だったが、その日はポロシャツにジーンズというラフな格好だった。 どうやら母は仕事が休みらしい、と思った俺は、これ幸いと学校まで車で送ってくれるように頼んだ。 俺の家から学校までは、電車と徒歩だと40分以上かかるが車だったらせいぜい20分で着く、というおかしな位置関係だった。 電車だったら確実に遅刻だが車で行けばギリギリ間に合うだろう。 母はしぶしぶだったがOKしてくれた。(自分がもっと早い時間に起こさなかったのも悪かったと思っているようだった) 道路は雨のせいでちょっと混んでいたが、なんとかテストが始まるちょっと前に学校に着いた。 「母さんサンキュー!!」 「テストしっかりがんばるのよ。」 校門の前で車から降りた俺は窓から手を振る母と別れを告げ校舎へ向かおうとした。 その時...!! キキーッ!!! その音に振り向いた俺は信じられない光景を目にした...。 母の乗った赤い車が大型トラックと衝突してグチャグチャになっていたのだ...!! 「母さん!?」 俺は思わず母に駆け寄ろうとしたが、その惨劇に足を止めていた通りすがりの人に危ないからと無理矢理止められた。 「離して...母さんが...!!」 数人にはがいじめにされていた俺は泣きながらがっくりと膝をついた。 どこか遠くから救急車の音が聞こえていた。 当然ながら、俺はその日はテストどころではなかった。 いつのまにか気を失っていた俺は気がつけば病院のベッドの上にいた。 ベッドの横には親父が座っていた。 俺が目をさましたのを見てほっとしているようだった。 「母さんは...?」 俺の言葉に親父は目を閉じ黙って首を振った。 確かにあんな状態では助かるはずもない。 頭ではそうわかっていたが、俺は何万分の一の確率に賭けたかった。 「なんで...!!」 なんでこんなことになったんだろう...。 俺の目からまた涙が溢れ出した。 俺が眠っている間にいろいろな事実がわかったようだ。 まず、俺はベッドの横の父から、母はその日、身体の具合が悪かったため仕事を休んでいたことを知らされた。 実は、母はもう何ヶ月も前から身体の不調を訴えていたらしい。 おそらく過労だろう、と父は言っていた。 しかし、俺には何にも知らされていなかった。 考えてみたら、いつもの母だったらちゃんとテストに間に合う時間にたたき起こしに来たはずだ。 それがなかった時点で母の不調に気づかなきゃならなかったのに...。 おまけに、事故の原因は母の前方不注意だった。 学校の前から右折で道路に出ようとしていた母は横から来た対向車に気づかなかったらしい。 相手もあわててブレーキを踏んだが雨のため効きが悪く...。 「俺のせいだ...」 父の話を聞いていた俺はぽつりとつぶやいた。 「俺が母さんに車で送ってくれって頼まなければこんなことにならなかったんだ...!!」 「晃平...」 「俺がちゃんと母さんの身体のこと気づいていれば...」 「いいや、お前は何も悪くないよ。」 両手で顔を覆って泣き続ける俺の頭を親父はなでた。 嘘だ。ほんとは親父も俺が悪いと思っているはずだ。 俺のせいで母さんは死んだんだ。 母さん...。 考古学者になりたいという俺の夢を笑わずに聞いてくれた母さん。 でも、考古学者になるのは大変だし、大学に行ったりとお金もたくさんかかるらしいと知った俺はあきらめようと思った。 しかし、その時母はこう言った。 「お前の情熱はそんなに簡単に冷めちゃうものなの!? お金のことならお父さんとお母さんががんばってなんとかするから大丈夫!! そんなこと考えるヒマあったらもっといっぱい勉強して新しいことたくさん身につけなきゃ!!」 そして、母はほんとにいっぱい働いた。 家事との両立もちゃんとこなし、いつも明るい顔で笑っていた。 母はいつも俺のためにがんばってくれていたのに...。 俺はそんな母さんを殺してしまったんだ...。 その後、俺の世界はがらっと変わってしまった。 あんなに生き生きしていた世界がすべて灰色になってしまった。 そして、病院であんなに泣いて枯れきってしまったのか、俺は全然涙を流さなくなった。 母親の葬式で泣き崩れる父の横で涙ひとつこぼさない俺を、周りの人たちは父を支えるために涙をこらえているのかと思ったようだが、違うのだ。 泣かないのではなく泣けなかったのだ。 父のように泣けたらどんなによかったのに、と思うほど。 そして、それから俺は一気に人づきあいが悪くなった。 突然自分の目の前で母を亡くした俺を周りの友達はあたたかく迎えてくれた。 しかし、その時、俺の頭の中である声がささやいた。 オマエノセイデ母サンガ死ンダノニ、ナンデオマエダケ幸セソウニ笑ッテルンダ? オマエハ人殺シノクセニ、ナニ平気ナ顔シテミンナノ中ニイルンダ? その声が胸の奥底までしみこんだ俺はわざとみんなに冷たい態度を取り壁を作った。 親身になって俺のそばにいてくれようとした"彼女"も俺は冷たくつっぱねて別れてしまった。 あんなに好きだったあの子にこんな態度を取れる自分に驚いたくらいだった。 でも、俺はこの罪を償わなければならないんだ...。 俺ひとりだけ幸せになるなんて許されないんだ...。 ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ く、暗い...この回だけ黒背景にしようかと思ったくらい暗いです(爆) では、次回から"救いの女神"(=まゆ)に活躍してもらいましょう(^^) [綾部海 2003.12.26] |