BEFORE DAWN


―君にふたたび出逢うまで世界は灰色だった。―


その日は、朝から親父とケンカし、担任には進路調査を受け取り拒否され、家に帰りたくないと思っても行くあてもなく、おまけに電車を降りたとたんどしゃぶりの雨。
まさに"泣きっ面に蜂"である。
とりあえず、駅と家の中間にあるセブンイレブンに飛び込み、カロリーメイト(チーズ味)とミネラルウォーターを購入。
そして、雨に濡れるのもかまわずに店の前に座り込んで質素な夕食をとりながらこれからどうしようか考えた。
真夜中、親父が寝た頃を見計らって家に帰ってもいいんだけど...(要は親父と顔を合わせたくないだけだから)。
しかし、前にそう思って帰ってみたら、親父が玄関で待ち構えていてゲンコツをくらったことがあったし...う〜む...。
雨の日は嫌いだ。
雨音がジャマしていい考えがなかなか浮かばない。

「酒井くん?」

ん?
顔をあげると傘をさした女の人が俺をのぞきこんでいた。
ぱっと見大学生くらい。
肩のあたりまでのふわふわした髪の毛がとてもかわいらしく高校生にも見えないこともない。
どっかで見たことあるような...。
「酒井くんだよね?」
「はぁ、そうですけど...」
やっぱ知り合いか? え〜と、どこで...
「あ!!」
思い出した!!
ちょっとこまったような悲しいような表情だった女の人の顔がぱあっと明るくなった。
「まゆ先生!!」
「え?」
おそらく予想外の答えにちょっと驚いた表情の彼女。
しまった!! これは仲間内の呼び名だ。
え〜と、名字は...名字は...。
「橘先生だ!!」
「うん、そう」
先生、すっごくうれしそう。
「すいません、俺らの間では"まゆ先生"って呼んでたもんで...」
「あぁ、女の子たちでそう呼んでくれる子もいたね。 いいよ、別に"まゆ"でも」
にっこり笑う"まゆ先生"はとてもかわいらしく、とても"先生"には見えなかった、相変わらず。

橘真優子先生(漢字にするとすっごく堅い感じ)は1年のときの英Tの先生だ。
その当時、先生も教師1年目ということで教え方とかはまだちょっと...という感じだったが、見ようによっては生徒と変わらないようなかわいらしい外見や天然ボケなキャラでけっこう人気があった。
俺が2年のときによその高校に行ってしまったから会うのは1年ぶりぐらいだ。

「あ〜思い出してもらえてよかった」
まゆ先生はほっとした顔で俺の前にしゃがみこんだ。
「でも、実は先生も最初見たときに顔は覚えていたし元"15HR"の子だっていうのはわかってたんだけど名前が出てこなくって...。それで、コンビニの中にいる間一生懸命思い出してたの。」
そうだったのか。
俺はなんだか笑いがこぼれた。
「なんだ俺だけじゃなかったんだ、よかった。」
俺たちはふたりでにっこり笑った。

「そういえば、先生はいまどこの学校にいるんですか?」
言いながら自分の言葉に違和感を感じていた。
あれ? 俺、なんでこんな質問しているんだろう...?
"あの日"から他人はおろか自分にもまったく関心を持てないはずなのに...。
「あ...高校の先生はもうやめたの。 今はN町の学習塾で小・中学生に英語教えてるんだ。」
(N町とはここM市の隣の隣の町である。)
突然暗い表情になった先生に俺はそれ以上聞くことはできなかった。

「で、酒井くんはこんなとこでどうしたの? もう10時だから家に帰ったほうがいいよ。」
今いちばんされたくない質問かも、俺には。
「ちょっと事情がありまして...家に帰れないっつうか、帰りたくないというか...」
「じゃあどうするつもりだったの? 友達のとこにでも泊まるとか?」
「いや、みんな都合が悪いみたいで...」
ほんとのことを言えば、最近、俺は友達つきあいがひじょ〜に悪いので、泊めてくれるようなやつもいないのだが。
「朝まで公園にでもいようかと思ったんですけど、この雨だからどうしようかなぁ、と思って」
まゆ先生は俺の話を聞きながら「う〜ん」となにか考え込んでいた。

「よし決めた!!」
突然まゆ先生は立ち上がった。
「今日は先生とこに泊まりなさい!!」
え!?
「先生、それはさすがに悪い...」
「大丈夫、なんにもしないから!!」
先生は俺のいうことなど全然聞いていない様子。
ていうか、それは本来男の方が言うセリフでは?(汗)
「本当にいいですって。 俺、なんとかなりますから」
「そんなこと言って、一晩中こんなとこにいるわけにもいかないでしょ!! 傘だってないし。明日は土曜で学校も休みだからいいでしょ?」
先生は俺に左手を差し出した。
「ね? 遠慮しないで、おいで。」
この人にこんなこと言われて断れる男がいるのだろうか?、と思ってしまうよ、ほんとに。
「わかりました。 お願いします」
俺は先生の手をとった。

とても暖かかった...。

立ち上がった俺をまゆ先生は傘の下に入れてくれた。
その傘が青いことにそのとき初めて気がついた。
青空のようだった。

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「BEFORE DAWN」=「夜明け前」
AI-SACHIの曲から取りました。
(アニメ『ONE PIECE』のエンディングテーマ^^;←綾部はワンピ大好きです!!←力説)
[綾部海 2003.10.11]

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Photo by natural