※このお話は「I'm not gonna fall in love」(100のお題031.ベンディングマシーン)を先に読んでからお読み下さいm(_ _)m


037.スカート
Bye Bye Boyish

子供の頃からスカートが苦手だった。
幼い頃、兄とその友達にいつもくっついていたわたしの格好は決まってすりきれたジーンズ。髪はショート。
男の子に間違えられることなんて日常茶飯事だった。
小学生の時に母に無理矢理スカートで学校に行かされたことがあったが、男子に「男女がスカートはいてる!!」と言われ、その後、中学に入るまでわたしがスカートをはくことはなかった。
中学も高校も制服のスカートがいやでいやでしょうがなかった。
そんなわたしが変わったのは"あの人"に会ってから...。

小学生の頃からバレーボールをやっていたわたしは高校でも迷わずバレー部に入った。
そして、入部まもない頃の練習中...
「こら、1年!!」
「わっ!!」
突然背中をたたかれたわたしは思わず振り返った。
そこにいたのは顧問の杉本先生。
長身、眼鏡にジャージ姿の先生はにこやかに立っていた。...ってさっきのなに!?
わたしはたたかれた背中に手をやりながら言葉もなく杉本先生を見つめていた。
「背中まるめてないでしゃきっとしろ!! しゃきっと!!」
うっ...
高校に入ってついに身長170cmの大台に乗ってしまったわたしはみんなより頭ひとつ大きいせいか、いつのまにか猫背になっていることが多かった。
「せっかくスタイルいいんだからもったいないぞ。」
え...?
わたしはそんなこと言われたの初めてだった。
驚き&よろこびで立ち尽くしている間に先生はほかの部員のところへ行ってしまった。
ふと杉本先生の後姿に目をやると、190cm近い先生の背筋はぴしっとまっすぐだった。
先生もひょっとしてああいうこと言われてきたのかな?

その日からわたしは猫背にならないように意識するようになった。
それと同時に、なぜか杉本先生のことを意識するようになってしまった。

ある日、休み時間に廊下で友達と話していた時のこと。
「よっ!!」
「きゃっ!!」
背中をぽんとたたかれ振り向けばまた杉本先生。
「最近、あんまり猫背じゃなくなったな、沙也。」
バレー部員は下の名前で呼びあうのが習慣となっていて先生もそれに合わせているだけなんだけど...
それでも、先生に"沙也"って呼ばれる度にドキッとしてしまう。
「はい...」
ドキドキの止まらないわたしはそう言うのが精一杯だった。
「それじゃあ、おまえら、もうすぐチャイム鳴るからな。授業に遅れるなよ。」
そう言うと杉本先生は廊下をどんどん歩いていった。
わたしはなんとなくその姿をずっと目で追っていた。
「沙也、ひょっとして杉本先生のこと...」
いっしょにいた友達の鈴の言葉にわたしは顔が赤くなるのを感じた。
「なに、ほんとにそうなの!?」
「鈴、ちゃかしちゃだめよ!!」
おもしろそうに笑う鈴をやはりいっしょにいた加奈が止めた。
「沙也も別に恥ずかしがることないのに。今の沙也、とてもかわいくて、わたしは好きだよ。」
にっこりそう言う加奈にわたしは耳を疑った。
"かわいい"?
男みたいにごつい体で髪もばさばさのショートのわたしにはいちばん似合わない言葉だと思った。
そう思いながら加奈の顔を見たら、加奈はまたにっこりと笑った。
その笑顔に"ちょっとは加奈の言葉を信じてみようかな..."という気になった。

しかし、2年生になっても先生とわたしの距離が縮まることはなく(当然といえば当然だけど...)、"先生がわたしのことなんか相手にしてくれるはずがない"と心のどこかで思いながらもひそかな片想いを続けていた。
そして、あの日から切らずにいたわたしの髪は肩のあたりまで伸びていた。

♭ ♭ ♭ ♭ ♭

「はぁ...」
保健室のベッドに腰掛けたわたしは深々とため息をついた。
左足首には保健の先生にやってもらったばかりのぐるぐる巻きの包帯。

最近のわたしは憂鬱&自己嫌悪の嵐だった。
杉本先生の"昔の彼女"との遭遇シーンに居合わせたり、先生にその人のこと無理矢理聞き出したり、今その女性とつきあっている先輩に八つ当たりでいろいろ言ったり...。
おまけに、数日前に"例の彼女"がその先輩のことを正門前で待っていた、という話を聞いて、さらにブルーになった。
どうして同じ"先生と生徒"なのに("元"とはいえ)この人たちはうまくいっているのだろう...。 うらやましくてしかたがなかった。
そして、そんなことばっかり考えてぼーっとしていたせいか、体育の授業中、バスケのパスを受けそこねて足をひねってしまった。
バレー部の試合も近いのに...(ため息)。

「ありがとうございました。」
保健の先生にぺこっとお辞儀をして、わたしは保健室のドアを閉めた。
そして、体育館に戻ろうと廊下の角を曲がったら...
「あ。」
自販機の前に杉本先生がいた。
この前彼女のことを聞いてからなんだか顔が合わせづらかったわたしは思わず目をそらした。
はっ!!
わたし、今、短パンなんだった...!!
もう部活の時に何度も見られている格好だが、体育館でない場所で見られるのはなんだか恥ずかしい気がした。
わたしはあわてて体操着を引っぱったが、もちろん隠せる訳がなかった...。
「なんだ、お前、授業は?」
ぶっきらぼうな先生の言葉にわたしはなんだか怒られているような気分になった。
授業さぼってると思われたのかな...。
「バスケで転んで足ひねったもんで保健室に...」
わたしがそう言うと、先生はまじめな顔になった。
「"足ひねった"って大丈夫なのか?」
先生の言葉に思わずわたしはうれしくなってしまった。
先生はうちの部の顧問だから試合のこととか心配してそう言ったのかもしれないけれど、それでもうれしかった。
「2、3日安静にしてれば大丈夫だった。あ、だから、今日の部活、休みます。」
杉本先生は毎回ではないがよく部活に顔を出してくれていた。
大学時代バレーをやっていたという先生は本格的な指導ができる訳ではなかったが、いっしょに柔軟をやったり、部内の練習試合に参加したりしていた。
今日は先生が来てくれる日だったからほんとは楽しみにしてたのに...。
「あぁ、わかった。」
ふと、先生の手にした缶入り緑茶×2が目に入った。って普通、2本もいっぺんに買う?(笑)
私は思わずくすっと笑ってしまった。
「先生、2本も飲むの?」
「し、仕方がないだろう!! ノドがかわくんだから!!」
別に、平然としてればいいのに、先生ったらなんでこんなにあせってるんだろう?(爆)
わたしは吹き出さないようにこらえながらくすくす笑い続けた。

ふと自販機の横の時計に目をやったらもうすぐ4時間目が終わりの時刻だった。
授業が終わる前に体育館に戻らなきゃ。
「それじゃあ、わたし、体育館に戻ります。」
そう言ってわたしが歩き出すと...
「あ、沙也。」
なぜか杉本先生が声を掛けてきた。
「はい?」
思わず振り返ったわたしは首を傾げた。
「それじゃあ、今日の放課後あいてるな?」
え!?
確かに、部活には出ないし、保健の先生には今日は様子を見るように言われたから病院に行く必要もないし...
でも、それで...?
「...はい。」
先生の意図がわからぬままわたしは返事をした。
「じゃあ、ちょっと話があるから社会科準備室まで来てくれ。」
"話"!?
先生からわたしに話なんて...心当たりがあるような、ないような...。
「わかりました。」
わたしは心臓がドキドキいうのを感じながらそう答えた。

そして、放課後。
わたしは痛む左足を引きずりながら懸命に階段を上っていた。
まったく、なんで社会科準備室ってこんなに上にあるんだろう...!?
おまけに、杉本先生、わたしが足にけがしてるって忘れてたんじゃあ...。

なんとか準備室にたどりついたわたしはドアをノックした。
「は、はい!!」
杉本先生の声が聞こえたのでわたしはおそるおそるドアを開けた。
準備室には先生ひとりだけだった。
「まぁ、座れ。」
先生は隣の机の回転椅子をくるっとわたしに向けた。
わたしはその椅子に座ると黙ったまま先生にじっと視線を向けた。
「話というのはな...」
こほんと咳払いする杉本先生にわたしはびくっとなった。
やっぱこのけがのことかな...それとも、この前の世界史の課題のこと...。
わたしがいろいろ考えをめぐらせていると...
「お前、3年の酒井になんか言っただろ?」
え!?
まったく予想外の話題にわたしはかたまってしまった。
「なんで、先生が知ってるんですか?」
わたしは心の動揺を悟られないようにできるだけ落ち着いた口調で言った。
「本人に聞いたから。どんな内容かは聞かなかったけれど。」
そう言われれば、あの時、屋上には先輩とわたししかいなかったのだ。
でも、まさか先輩が直接、先生に言うとは思わなかった...。
先生、"内容は聞かなかった"って言ってるけれど、先輩、どういう風に言ったんだろう?
わたしはくちびるをきゅっと結んでしばらくそんなことをぐるぐると考えていた。
「別にわたしが酒井先輩に何を言おうが先生には関係ないじゃないですか。」
頭の中に渦巻く疑問の答えが見出せないわたしはなんとかこの話題を終わらせようとした。
「まったく関係がないわけじゃないからこうして口出してるんだろ。」
"関係がない"
それってやっぱり"あの人"が先生の元彼女だから? あの人が先生にとって大事な人だから?
わたしがそんなことを考えている一方で杉本先生は話を続けた。
「まぁ、厳密に言えばあいつらのことはあいつらだけの問題で俺にはなんの関係もないんだけどな。」
...ほんとに? ほんとにそう思ってるの...?
わたしはきっと顔をあげた。
「先生はまだあの人のことが好きなんじゃないの?」
もう敬語もなにもあったもんじゃない状態でわたしは先生に本音をぶつけた。
先生はびっくりした顔をしていた。
「な、なんでだ!?」
「だって、コンビニの前にいた先生、そんな感じがした...」
酒井先輩といっしょにいるあの人を見つめる先生はわたしの知らない顔をしていた。
そして、立ち去るふたりを追いかける先生の瞳を見ていたくはなかった。
先生はため息をつくと口を開いた。
「俺とあいつはもう終わったんだ。そして、あいつの新しい恋の邪魔をする権利は俺にもお前にもない。」
先生はきっぱりとそう言った。
でも、わたしはそんな先生がなんだか痛々しくて...涙がこぼれそうになった。
それと同時に、わたしはそういう風に言い切れる先生がとても好きだと思った。

「わたし...先生のことが好きです。」

ふいに一生口にしないと思っていた言葉がこぼれた。
でも、こんなこと言ってもムダなのに...。
先生がわたしのこと、"女"として見てくれる訳ないのに...。
わたしから目をそらしていた先生はそのままの体勢でいた。
やっぱりこんなこと言われて迷惑だよね...。

すると、先生はこほんと咳払いをすると顔をそらしたまま口を開いた。
「俺たちは"教師と生徒"だ。」
やっぱり...。
わかりきっていた答えなのにわたしはびくっと身体をかたくした。
「でも...それも、お前が高校を卒業するまでだ。」
え...?
「...都合のいいことを言っているのは百も承知だが...もしよかったら、それまで待っててほしい、と思ってる...」
わたしは思いもよらぬ言葉にどうしたらいいかわからなかった。
そして、これが夢なら一生覚めないでほしいと思った。
ふと杉本先生を見たら、わたしの方を向いている耳が真っ赤になっていた。
わたしは自分の心臓の鼓動が速くなっていくのを感じた。
そして、わたしはすぐそばにあった杉本先生の膝に手を置いた。
「先生...」
先生がわたしの方に顔を向けた。 わたしはこぼれそうになる涙を懸命にこらえた。
「ほんとに...待ってていいの...?」
「あぁ...」
先生の答えにわたしは"死んでもいい!!"と思うくらいしあわせだった。
そして、ぎこちなかったが先生ににっこりと笑いかけた。
すると...
気がつけば、わたしは杉本先生に抱きしめられていた。
わたしの心臓はパンクしそうだったし、頭の中はパニック状態だった。
でも、先生がさらにぎゅっと抱きしめてくれたので、わたしはゆっくりと先生の背中に手をまわした。

わたしはその日、"自分が女の子でよかった"と初めて思った。

そして、その翌日。
バレー部の朝練のため(今日は見学)早めに登校していたわたしはまだ人影の少ない昇降口でひとりこそこそしていた。
そして、目当ての下駄箱にたどり着くと、白い封筒を上履きの上にこっそりと置いた。
「これでよし。」
"任務完了"したわたしは満足気に体育館に向かった。

"下駄箱に手紙"なんてめちゃくちゃ時代遅れな気もするけど...
わたし、あの人のメルアドも携帯番号も知らないからしかたがないよね。
体育館へ向かう途中、わたしはひとり、くすっと笑った。

♭ ♭ ♭ ♭ ♭

  酒井先輩へ
   この前はひとりで言いたい放題で本当に申し訳ありませんでした!! 反省していますm(_ _)m
   わたしも先輩たちを見習ってこれからがんばっていきたいと思います♪  23HR筒見沙也

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杉本先生バージョンにも増して長くなってしまいました^^;
で、"杉本先生&沙也の恋のお話"はこんな感じで(^^)
("その後"はまた機会があったら...)
タイトルは平松愛理さんの曲から♪
[綾部海 2004.5.25]


100 top / before dawn top

Photo by MIYUKI PHOTO