「リッちゃーん!!」 若さんが帰ってきて2、3日たったある日。 あたしがお店のエプロン姿のまま大通りを歩いていると、駅前の方からケンちゃんが手を振りながら駆け寄ってきた。 「どうしたの?休憩?」 「ううん、マスターにおつかい頼まれたの。ケンちゃんはどっか行ってたの?」 「亮二さんと映画観て来たんだ。」 「あ〜いいね〜、まさに"おやすみの日曜日"って感じで♪」 あたしはそう言いながら視線だけ周りに向けたがリョージの姿はどこにもなかった。 「亮二さん、今、ATMでお金おろしてくるって。」 ケンちゃんはあたしの行動を見透かしているかのようにくすっと笑った。 「べ、別に、そういうわけじゃ...!!」 あたしがしどろもどろにしていると、急にケンちゃんが手を振り始めたので、そちらへ目をやった。 ここから100mほど先の銀行の前できょろきょろしていたリョージはあたしたちに気づくと笑顔でこちらに向かって走り出した。 あたしとケンちゃんも笑いながらその姿を見ていた。 そして、リョージが信号のない小さな横断歩道を渡ろうとしたその時...。 キキーッ!! 突然、リョージの目の前に白い車が飛び出して来た。 その瞬間、あたしは全身が石のようにかたまってしまい... 頭の中には"見ていないはずの風景"が鮮明に広がっていた...。 「あぁ、びっくりしたぁ。」 リョージののんきな声に我に返ったあたしははっと顔をあげた。 「も〜亮二さん、気をつけないとだめですよぉ。ケガとかなかったですか?」 「あ、うん。ぎりぎりで止まったからなんともない。」 にこっと笑うリョージにあたしとケンちゃんはほっと息をついた。 すると、急にあたしは身体中の力が抜け、がくっとひざをついた。 「リッちゃん!?」 そして、驚いたリョージの声を聞きながら、あたしの目の前は真っ黒になっていった...。 ***** 真っ暗闇の後に広がったのは...おそらく"あたしが世界で一番見たくない風景"。 実際に目にした訳じゃないのに..."おそらくこうだったのだろう"と思っただけなのに... 本当に経験したかのようにその光景は強烈にあたしを切りつけてきた...。 ***** 「あ、リッちゃん、気がついた?」 目を開けると"喫茶アラビカ"のママさんがほっとした顔であたしを見つめていた。 さらに気がつけば、あたしは汗びっしょりでお布団に横になっていておでこには濡れタオルが乗っていた。 「あの...あたし...?」 「リッちゃん、大通りのところで具合が悪くなっちゃった、って亮二くんとケンちゃんが連れて来てくれたのよ。」 おそらく"訳がわからない"という顔をしていたあたしにママさんは優しくそう言った。 横になったままあたりを見回すと、そこは見慣れたアラビカの奥の休憩室だった。 「ふたりは...?」 「まだお店にいるはずよ。リッちゃんが起きた、って言って来ようか?」 「いえ、もう大丈夫ですから...」 そう言ってあたしが身体を起こそうとするとママさんはあわてて手を貸してくれた。 そして、ママさんに付き添われながらお店の中に入るとカウンターの中にいたマスターと、その前に座っていたリョージとケンちゃんが一斉にこちらに目をやった。 「あぁ、リッちゃん、大丈夫かい!?」 「はい、すみません、ご心配かけて...」 「そんなこと気にしなくていいから、今日はもう帰りなさい。」 「え、でも...」 カウンターから出てきたマスターの言葉にあたしは途惑ってしまった。 「まだ顔色もよくないし、今日は"うちの"がいてくれるから大丈夫だよ。な?」 「そうよ。しっかり休んで元気になってくれなきゃこっちも安心できないわ。ね!!」 あたしの頭をなでながらそう言ってくれるふたりがとてもあたたかく感じられた。 「わかりました...」 まだぎこちなかったけれどなんとか笑って見せたあたしにふたりもにっこり笑った。 それから、マスターの「タクシーを呼ぼうか?」という申し出やリョージの「おぶっていこうか?」という提案(なんと!!あたしは大通りからアラビカまでリョージにおぶってもらって来たらしい/恥)を断り、あたしはリョージとケンちゃんと共になんとか歩いてアパートまで帰って来た。 そして、心配そうなケンちゃんと部屋の前で別れ、あたしが部屋の中に入るとリョージがパタンとドアを閉めた。 「リッちゃん、横になった方がいいんじゃない?布団敷こうか?」 畳の上にどさっと座り込んだあたしはリョージの言葉に黙って小さく首を振った。 正直、まだ身体がだるくてつらい感じだったのでリョージの言うとおりにした方がよかったのだけれど...。 今ねむったら絶対にまた"あの光景"を夢に見てしまう。 それならば、まだこうしている方がましだ。 そう思いながらあたしは柱にもたれかかりひざを抱えた。 「それじゃあ、ホットミルクでも飲む?」 ほんとは何も飲みたくなかったし、何もしたくなかったけれど、不安げな顔のリョージにあたしはゆっくりとうなづいた。 すると、リョージはほっとしたような笑顔をしながら冷蔵庫から牛乳を取り出し、ガスコンロに鍋をかけた。 しばらくして、あたしはリョージからマグカップを受け取ると、その中身をこくっとひとくち飲んだ。 身体の中に広がっていくそのあたたかさにあたしはほっと息をつき、思わず笑顔になった。 「やっと笑った。」 その言葉に顔を上げると、和室と台所の境界線に立っていたリョージが穏やかな笑みを浮かべていた。 ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ というわけで、前回のあとがきに書いた通り"シリアス編"に突入です。 これから"リッちゃんが夢に見た光景"などいろいろ明らかになっていきますのでもう少し(!?)おつきあいよろしくお願いしますm(_ _)m [綾部海 2005.3.10] |