10年前のクリスマスイブ、わたしは天使に出逢った。 生まれた時から心臓の病気に悩まされていたわたしはその日も病院の小児病棟にいた。 消灯時間はとっくに過ぎていたが、今日はなんだか目が冴えてしまって眠れそうになかった。 おそらく今日ママが持ってきてくれた絵本のせいだろう。 それはサンタクロースの1年間を描いたお話で、クリスマスイブにトナカイのそりに乗って空を飛ぶサンタの絵がとくに印象的だった。 いい加減サンタを信じるような子供ではなかったが(パパとママはまだ信じさせようとしているみたいだけど)、考えてみたらわたしはクリスマスイブはいつもぐっすり寝ていて空を見上げたことがなかった。 ひょっとしたら...もちろんそんなことあるわけないと思うけど...あの絵本のようにサンタがそりで駆ける姿が見れるかもしれない...。 そんな考えが昼間絵本を読んでから頭を離れなくなってしまったのだった。 わたしは寝るのをあきらめて上半身を起こすと、枕元の棚にある絵本を手にした。 ほんとはまた読み返したかったが、灯りをつけると見回りの看護師さんに怒られてしまう。 しかたがないので、わたしは絵本をひざの上に置いたままベッドのすぐ横の大きな窓から空を見上げた。 夜空には星はたくさん瞬いていたが、サンタやトナカイが通り過ぎる気配はなし。 「やっぱりそんなわけないよね...」 わたしがため息まじりにそうつぶやいたその時...。 「わーーーーー!!!!!」 わたしの目の前(正確には窓の外)を上から下へとなにかが落ちていったのだ!! ...あれって...人じゃなかった...?(確実に目が合った!!) おまけになんか白いものが...。 わたしは窓を開けると下をのぞきこんだ。 そこには...やっぱり人がいた!! 黒い髪に白い服("スーツ"っていうの?パパがよくお仕事に行くとき着ているの)のお兄さん、なんだけど...。 あの背中にある白いのって、"羽"じゃないの? 前に絵本で見た天使の背中にあったみたいなの...。 その"天使のようなかっこ"をしたお兄さんは落っこちたときにどこかぶつけたのか「いてて...」って顔をしかめてたんだけど、わたしの視線を感じたのかこっちを見上げたもんでまたばっちり目が合っちゃったのよ!! 「あ、こんばんは〜。」 お兄さんは片手をあげるとへろっと笑った。 「こ、こんばんは...」 わたしも片手をあげて笑い返したんだけど確実にひきつってたと思う、絶対に...。 そして...信じられないことに!! お兄さんは背中の羽を鳥のように動かしてわたしの目の前までやってきたのだ!! ここって3階だよ〜!? お兄さんは外の壁のところにある出っ張り(窓拭きのおじさんとか歩いてそうなところ)に着地した。 わたしはそんなお兄さんを見てて、発作が起きないのが不思議なくらい心臓がドキドキしていた...。 「あのね、ちょっと教えてほしいんだけれど...」 「え!?」 ベッドの上にぺったりと座り込んでいるわたしにお兄さんはにこっと笑いかけた。 「この子、知っているかなぁ?」 そう言うとお兄さんは1枚の写真をわたしに差し出した。 あれ? この子は...。 「陽子ちゃんだ。」 彼女も入院仲間で、特別親しいわけではなかったが何度か遊んだこともあった。でも、確か今は...。 「そう!! 部屋どこかわかる?」 「たぶん...4階のはしっこ...」 「そうか。どうもありがとう!!」 お兄さんはまさに"極上の笑顔"でそう答えると、わたしの頭をぽんとなでた。 そして、わたしの意識は真っ暗になった...。 気がついたら、わたしはいつものようにベッドに横になっていた。 毛布はしっかりかかってるし、窓もきっちり閉まっている。 さっきの羽の生えた"変な"お兄さんは夢だったのかと思いつつ、窓を開けて下を見てみると...。 「...夢じゃなかった...」 窓の下にはお兄さんの白い羽が何本か落ちていたのだ!! わたしは「この"証拠"を絶対に手に入れなければ!!」と思い外へ取りに行くことにした。 朝までほっておいたら清掃係のおじさんに捨てられてしまうにちがいない。 もし看護師さんに見つかったら「トイレに行こうと思ったら迷った」とか言えば大丈夫だろう(大丈夫か!?)。 わたしはしっかりガウンを着込むとスリッパを履いて病室を後にした。 日付はもうクリスマスになっていた。 「あった!!」 わたしはお兄さんが"不時着"した場所にたどり着くと羽を拾い集めた。 空には月も出ていて明るかったので懐中電灯がなくても平気だった。 途中「看護師さんに見つかったらどうしよう!?」とビクビクしながら廊下を歩いていたのだが、誰にも会わなかった(その方がいいんだけどね)。 よく男の子たちが夜中抜け出したら看護師さんに見つかってめちゃくちゃ怒られたって言ってたけど、それは運が悪かったのね、きっと。 わたしは集めた羽を扇子みたいに広げて両手で持つとへへっと笑った。 これは"天使(かもしれない人)"に会った証拠なんだからしっかり取っておかなきゃ!! ふと空を見上げると...またもや信じられない光景が目に入ってきた!! 「雲の上に...人が...!?」 月も星も出て澄み渡った空になぜか不自然にひとつだけ出ている雲の上に人影がふたつ。(わたしは視力がとってもいいのでそこまでばっちり見えたの) あの黒い髪に白い服はたぶんさっきのお兄さん...もうひとつの小さいのは...こっちに背中を向けているから顔はわからないけど...あのみつあみは、陽子ちゃん? でも、なんで陽子ちゃんがこんなところに? それよりも、なんであのふたり、雲の上にいるの!? わたしはそのふたりから目を離せずに呆然と立ち尽くしていた。 すると、なにげなくこちらを見たお兄さんと目がばっちり合ってしまった!! お兄さん、わたしを見てすごく驚いた顔をしている...。 そして、お兄さんは陽子ちゃんになにか話しかけると、雲からゆっくりと飛び降りた。 どうやらこっちに来るみたい...。 陽子ちゃんは相変わらずこっちに背中を向けたままだからわたしのことには気づいていないみたい。 お兄さんが翼をはためかせてゆっくりとこっちに近づいてくるのをわたしはドキドキしながら見ていた。 ほんとに、こんなに心臓フル稼働でどうして発作が起きないのか不思議だわ、まったく。 わたしの目の前に降り立ったお兄さんはさっきのへらへらした顔とは打って変わってとても真剣な顔をしていた。 「さっき会ったよね?」 お兄さんはわたしと目線の高さが同じなるようにひざをついてかがみこむとそうたずねた。 「は、はい!!」 わたしが思わず大きな声で答えると、お兄さんはなんだか困ったような顔をした。 「...おかしいなぁ...なんで効いてないのかなぁ...?」 そうつぶやくお兄さんにわたしも「?」となった。 「なにが"効いて"ないの?」 「あ、なんでもないよ、うん。」 お兄さんはあわててそう言ったけど、まだ困った感じは消えなかった。 あ、そんなことはどうでもいいや!! 「お兄さん!!」 「え!?」 突然わたしにそでをつかまれたお兄さんはびっくりしていた。 「"ひぃ"も陽子ちゃんみたいに雲の上で遊びたいの!!」 あ、しまった!! ついくせで自分のこと、"ひぃ"って言っちゃった!! 子供っぽいからやめようと思ってたのに...、ってそんなことはどうでもよくって!! そう、実はさっき雲の上のふたりを見たときからうらやましかったの。 ほんとはわたしもあそこに行ってみたかったのだ。 「え...それは...」 「お兄さんがやったんでしょ? お兄さん、天使だからなんでもできるんでしょ?」 それを聞いたお兄さんはなんだか悲しそうに笑った。 「...なんでもできる訳じゃないよ...」 わたしはなんでお兄さんが悲しそうにしているのかわからなくて、お兄さんのそでを握ったまま固まってしまった。 お兄さんはそんなわたしを見て、また頭をぽんとした(でも、今度は真っ暗にならなかった)。 「あのね、きみはまだ"だめ"なんだ。」 「なんで〜? なんで陽子ちゃんだけ?」 「う〜ん...今日は陽子ちゃんの"番"、って言えばいいのかなぁ...」 お兄さんはちょっと考え込みながらそう言った。 その答えにはちょっと納得がいかなかったけれど、お兄さんがもう悲しそうな顔をしていなかったからいいや、と思った。 「じゃあ、ひぃの"番"が来たら、雲の上に乗っけてね!!」 「え、でも...」 「約束!!」 こまったように何か言おうとしていたお兄さんを無視して、わたしはお兄さんに小指を向けた。 「何?」 「指きり!! 知らないの?」 「うん...」 「じゃあ、小指出して!!」 お兄さんが小指を差し出すと、わたしは大きな声で"指きりげんまん"を歌った。 「♪ゆ〜び切った!! じゃあ、約束ね!!」 お兄さんはわたしの行動にあっけにとられていたけどクスッと笑った。 「あ、でも、その約束を守るには、お兄さんともひとつ約束してほしいんだけど...」 「え? なに?」 わたしはお兄さんの目をじっと見つめた。 「あのね、今夜見たことや僕に遭ったこと、絶対に秘密にするって約束できる?」 「秘密?」 「誰にも言わないってこと。 できる?」 お兄さんはちょっと首をかたむけると私の目をじっと見つめた。 「できるよ!!」 「ほんとに〜? もし破ったら、お兄さんすぐにわかっちゃうよ。」 「え、なんで!?」 「天使だから。」 お兄さんはいたずらっぽく笑った。 「絶対大丈夫!! 約束!!」 わたしがまた小指を出すとお兄さんも差し出してきた。 今度はお兄さんもいっしょに"指きりげんまん"を歌った。 わたしがにっこり笑うとお兄さんも優しく笑った。 「あ、そろそろ行かないと...。」 お兄さんは雲の上の陽子ちゃんの方を見ると立ち上がった。 「じゃあね、ひぃちゃん。」 おにいさんはまたわたしの頭をぽんとした。 「あ、あのね!!」 気がついたらわたしはまたお兄さんのそでをつかんでいた。 「ほんとは"ひぃ"じゃなくて"ひじり"っていうの。でも、パパやママが"ひぃ"って呼ぶもんで...」 お兄さんはわたしの顔を見るとにっこり笑った。 「うん、わかった。」 「それで、あのね...」 どうしよう? ほんとは聞きたいけどなんだか聞いちゃいけないことみたいな気がしてなかなか言い出せない...。 お兄さんは口ごもっている私の頭をまたぽんとするとこう言った。 「僕の名前はね、"カイ"。 覚えててね。」 どうしてわかったんだろう? わたしはそう思ったけど、それはきっとカイが天使だからかもしれない。 「うん!! 覚えてる!! 絶対に誰にも言わないし、絶対に忘れない!!」 そしてあれから10年...またクリスマスイブがやってきた。 私はまた同じ病院にいた(もちろん病室はちがうけどね←私ももう17歳だから)。 あの時と同じように星が瞬く夜、ベッドの上で私は"待っていた"。 そして、窓の外に人影が現れると、私は窓を開けてほほえんだ。 黒い髪に白い服、そして、背中には大きな白い羽。 「こんばんは、ひぃ。」 彼はあの日と同じように優しく笑った。 「会いたかったわ、カイ。」 ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ 新作です!! 昔から暖めていたお話なので発表できて感無量です(^^) が、自分の名前が海(かい)で犬の名前がカイなくせに、なぜこの天使がカイなのかというと...大昔(!!)に考えた時からこの人(!?)は"カイ"でほかの名前にはできなかったからです^^; (最初に思いついたのは犬のカイが来る前だったから10年近く前か!?) 仕方がないので、犬のカイはこれから"かいのすけ"(綾部が勝手に呼んでるニックネーム^_^;)とでも呼びますかな。 で、このお話はさらに続きます...。 [綾部海 2003.12.17] |