10万打達成記念、三蔵ドリーム         『前編』

 

 

旅行かばんに とりあえず必要な衣類を入れ、リュックには貯金通帳・印鑑・カード・財布を入れる。

後は免許証と携帯電話。

机の上には 家出の理由と探さないで欲しいと書いた書置きをペーパーウェイトで留めると

リュックを背にかばんを手に 窓を開けて靴をはいて庭に出た。

放し飼いにしてある愛犬が 主人の外出を知って駆けてくる。

「シィー、静かに!

吠えるとお父様とお母様に気づかれちゃうからね、黙って!」

頭を撫でてやれば納得したのか 犬小屋のほうへとまた戻って行った。

それを見送ると門を開けて家から出る。

は少し歩いてから もう一度家を振り返った。





は生まれてこのかた 20年間というものずっと両親の良い子だった。

一人娘だから 可愛がっているのだと両親はに言っていたが、

肝心なことは何も自由にはさせてくれない生活。

決められた服装。

決められた学校。

決められた習い事。

『みんな のためなのよ。』と言う言葉で 片付けられてきた。

『貴女の幸せのためなのよ。』と言われて 我慢させられてきた。

今までは それでも何とか折り合いをつけて来たつもりだったが、

さすがに今度の話は そうも言っていられない。

お見合いとは言ってはいるが もう玉の輿を狙っての政略的な匂いがプンプンだったから、

断ることは出来ないだろうと は判断した。






相手が断ってくれることも可能性的にはある。

でも 23歳でいい条件の男がお見合いするなんて どうかと考え直した。

都合のいいカモフラージュとか 結婚を急ぐわけがあるのかもしれない。

そうなると相手が断ってくることは期待できない。

写真も見てないからはっきりしたことは言えないが 

若いくせにハゲているのかも知れないし 凄い醜い男なのかもしれない。

どちらにしてもごめんだ。

つまり これ以上この家に居るわけには行かない。

それでは家出決行!と なったのだった。






とりあえず探されそうもない所へ行こうと 通りがかりのタクシーを拾い。

我が家御用達のホテルを避けて ライバル社関連が運営するホテルの名前を告げる。

とりあえず今夜はそこに泊まろう・・・と は思った。

この春短大を卒業してからは とにかく花嫁修業という名の元に 家事全般を叩き込まれ

一人で生きて行く自信も出来た。

お金は 充分すぎるお小遣いやお年玉を この日のために貯めてあったので、

2年くらい働かなくても食べられる位ある。

それにまだ恋もしていないのに このまま見合い結婚してしまうのは あまりにも悲しい。

何がしたいわけでもないけれど 何もしないうちに 誰かの妻になってしまうのは 

少し待って欲しいとは思う。





それってそんなにいけないこと?

そう思い始めたら どうしても止まらなかった。

勘当されるほど 何か悪いことでもしようかとも考えてみたけれど、

そんなことをして 無理やり結婚させられてもかなわない。

では とりあえずの意思表示として 家出をしてみようと思い立ったのだった。






ホテルの前に着くと お金を払って車を降りた。

走ったせいでのどが渇いている、ラウンジでお茶でも飲んでおこう。

チェックインの前にそう思って ロビーの横へと足を進めて椅子に座った。

お茶を飲んでいると 後ろの席の男性2人の会話が耳に入ってきた。

『三蔵、とにかくこのままでは 皆が雑用に振り回されてしまいます。

お茶出しやコピー取り、お弁当の買出しに郵便物の仕分けと 

今はみんなで分担していますが 少しづつですが製作に影響が出ていますよ。

気が散るんです。

誰か女の子のバイトでも入れてください。』

眼鏡をかけた良い男が こちらも金髪の格好の良い男に詰め寄っている。

『あぁ、分かってはいるが 雑用を喜んでやるバイトなんて早々みつからねぇだろう。』

機嫌悪そうに金髪さんは 眼鏡さんにそう言った。

『まあ 確かにそれは言えますね。』

眼鏡さんはそれに渋々同意した。





バイトでもいいから仕事を見つけようと思っていたには 渡りに船のような話だった。

しかも 雑用のバイトらしいし、何かの職歴や経験は問われないだろう。

今までに バイトや就職に有利な習い事などしたことがないと思い込んでいるには

とてもいい話に聞こえたのだった。

意を決して立ち上がると その2人の良い男に近寄って行った。

「あの、お話中失礼いたします。」

2人は話を中断させて を見上げた。

「ナンパならお断りだぞ。」

金髪さんが機嫌悪そうに ジロッと睨んだ。

「いえ、違います。

聞こえてしまったんですが、雑用のバイトをお探しなのでしょうか?

よろしければ 私を雇っていただけませんか?

これと言って職歴や経験があるわけではありませんが、一生懸命勤めさせていただきます。

よろしくお願いいたします。」

の申し出に2人は 顔を見合わせた。






金髪さんが頷いたので 眼鏡さんはに笑顔を向けた。

「では 今から簡単な面接させていただきますね。

こちらにお座り下さい。」

と 金髪さんの隣を指し示した。

自分の席に戻って かばんとリュックを持ってくると それを足元に置き、

「失礼します。」と断って 金髪さんの隣に腰をかけた。

「ではまず 自己紹介をしていただきましょうか?

あぁ 僕は八戒、こちらは三蔵と言います、お願いしますね。」

眼鏡さんがそう言って促した。

「名前は 龍宮です。

現在20歳です。この春 黎明女子短期大学を卒業いたしました。

バイト暦・職歴はございません。

これと言って特技はございませんが、一生懸命やらせていただきますので

お願いいたします。」

はそう言って 頭を下げた。







八戒は どうしますか?という目で三蔵を見た。

、お前 家出して来ただろう。

俺たちに誘拐犯にでもなれと言うのか?」

「家出って、そうなんですか?」

2人の視線には頷いた。

「お見合いさせられそうになって どうしても嫌で逃げてきたんです。

まだ 20歳で 恋もしたことなくて・・・・親が決めた結婚なんて 絶対に嫌だったんです。

電話して無事なことと、一人でやって行くのを話して 家出じゃなくなっても駄目ですか?」

涙を浮かべながら話すのを聞いて しばらく何か考えていた三蔵だったが、

「家出じゃ 泊まる所もねぇんだろう。

このまま俺の家に来い。」

そう言って そこを立ち上がった。






荷物を持とうとして手を伸ばすと、八戒が持ってくれた。

「よかったですね、三蔵が初対面の人を気に入るなんて 珍しいんですよ。

僕も同じ会社ですから 安心してください。

マンションも同じですから 三蔵のところに居辛くなったら 僕のところへ来ていいですからね。」

そう言いながら微笑んだ八戒に は頭を下げて礼を言った。 





3人でタクシーに乗り マンションに着いた。

世間知らずのが見ても 立派だと思う高層マンションだった。

ドアを開けて 三蔵の家に入ったは 一人暮らしには贅沢なほどの広さと

その豪華さに目を奪われた。

シンプルでいて機能的にしつらえてある家具や家電はアイボリーと白木調のもので揃えてあり、

いかにもお金がかかっていると分かる。





中央に置かれたテーブルの上の灰皿に煙草を押し付けて消すと、

三蔵は1つのドアを指してに説明した。

「あのドアがゲストルームだ。

バストイレも完備してあるから 使ってくれ。」

「あ・・・あの 三蔵さん、本当にいいんですか?」

「何がだ。」

「まあ、は知らないだろうが 俺は少しを知ってるんでな・・・・・安心しろ、

ここにいることは 家には知らせねぇから。」

「それって・・・・」

「何だ? 一人じゃ寂しいとか抜かすなよ。」

三蔵の言葉には急いで否定のために 首を振った。

「あぁ、ちなみに俺の名は『玄奘三蔵』というんだ。

『三蔵』でいいからな。

自宅への電話 忘れるんじゃねぇぞ。」

三蔵はそう言って 自室に引き取った。






入浴して ベッドに入ったは、今日一日の出来事を振り返っていた。

親の言いなりにしか生きてこなかったけれど それでも何か出来るかもしれない。

少しでも人の役に立てれば なんだか自身がつくような気がしていた。

でも 三蔵さんの会社 何をしているんだろう?

私にもお手伝いできる仕事だといいのだけれど・・・・・・、

眠らなきゃいけないのに ドキドキするなぁ・・・・。

見ず知らずではないと三蔵さんは私のことを言ったけれど、

それでも 家出娘を無償で泊めてくれるんだもの。

せめて 三蔵さんに認めてもらえるようにがんばらなきゃ!

はそう思いながら 眠りに就いた。