Memory     【後編】

〇それから、数日が過ぎたある朝のこと。あれから、悟浄の記憶喪失症は、何らかの変化も見られずにいた。

一生懸命になって、悟浄の世話をしているの姿が痛々しく感じられて、八戒と悟空は見ることも出来なかった。

いきなり、八戒・悟空・の三人に三蔵から呼び出しがかかった。

三蔵の部屋で、三人は信じられない言葉を三蔵の口から聞くこととなった。

それは、あまりにも・・・。

 

「明日の午前には、この街を出る。いいな?」

 

思いもよらない、三蔵のその言葉に愕然とする三人。いつもなら感じずに従うところなのだが。

真っ先に、その言葉に喰ってかかったのは、悟浄のいつもの喧嘩相手である悟空だった。

 

「三蔵!?なっ、何で、いきなりそうなるんだよっ!!悟浄は・・・このままでいいのか!?」

「・・・――――うるせぇ」

 

足を組み直して、何もかもが鬱陶しいように三蔵は、強く吐き捨てるように言った。

 

「そうですよ・・・三蔵。悟空の言う通りです。もしかしたら・・・悟浄は戦い方を忘れてしまっているかもしれません。だから・・・」

 

と八戒は、いつものように落ち着いた様子で話すが。

 

「おい・・・、お前はどう思う?」

 

ことごとく、八戒の意見を聞き入れようとはせずに、サラリと流して先刻から押し黙って少しも動かないに意見を求めた。

少し間をあけて、重苦しく口をゆっくりと開いた。

悟空と八戒は、の意見を固唾を飲んで待った。

 

「あたしは・・・あたしは、三蔵さんに従います」

 

と一言だけ、こう言った。八戒と悟空は、そのの意見に目を見開いて驚く。

 

「「!?」」

「―――・・・じゃあ、あたしは悟浄さんに、このことを伝えてくるので・・・失礼します」

 

と言って一礼すると、は静かに三蔵の部屋を後にした。

本当は伝えたかった言葉を無理矢理、胸に押し留めて。

 

〇悟浄の部屋に戻ってくると、は三蔵からの言葉をそのまま伝えた。扉を背にして俯く

 

「――――そうか。旅・・・してたんだよな?俺ら」

 

そう独り言のように呟いて、宙を仰ぎ見る悟浄。は、静かにコクンッと一度だけ頷くのだった。

こいつは、何でこんなに一生懸命になってくれるんだ?どうして―――・・・?

こんなことに遭う前も、こいつのことを俺は、気にかけていただろうか?

ズキンッ!!

と頭が重く、割れるほどの痛さが走った。自分がこうして何かを思い出そうと考えると酷い激痛に襲われる。

たまらず、悟浄は声を上げると、頭を抱えるようにしてその場にうずくまってしまった。

 

「―――っつ!!」

 

扉の前に、ただ立っていただが、それに気付くと慌てて悟浄の座っているベットに駆け寄る。

 

「ごっ、悟浄さん!?大丈夫ですか!?」

「・・・あっ、あぁ。平気だ」

 

痛みが弱まって少し顔を上げると、こちらを覗き込むようにして心配そうに見つめるの顔が映った。

その顔を見るだけで、胸が苦しく、この気持ちが愛しさに変わるように・・・そして、悟浄は自分がおかしくなってしまいそうになるのだった。

しかし、もし、このまま記憶というものが戻らずにを愛したとしても・・・こいつが自分を好きだと言ってくれるかだ。

言ってくれるとしても、それは今までの俺のことだろう・・・多分。

 

「―――そうですか・・・」

 

少しホッと胸を撫で下ろす

何故、こんなにまで世話を・・・心配してくれるんだ?俺はお前のこと―――・・・。

 

「あっ。そうだ!ねぇ、悟浄さん。折角ですから、散歩にでも行きませんか?」

 

と突然、が口を開いた。

 

「は?」

 

目をパチクリとさせて驚いている悟浄には笑顔でこう言った。

 

「だって、こんなに良い天気なんですからっ!・・・ねっ?」

 

しかし、その笑顔は表だけのものだった。いつまでも暗い顔ではいられない、とは思ったからだ。

 

「―――・・・そっだな」

 

悟浄は微笑むに優しく答えた。

 

「―――それじゃあ、ちょっと散歩に行ってきます」

 

と八戒達に声をかけて、宿屋を出て行く・・・と悟浄。

八戒達は、無言のまま二人を見送った。

街を離れ、少し行ったところに森があり、その中心部分である処に綺麗な湖が静かに佇んでいたのだった。

悟浄は近くにある樹木を背にして、その場に座り込んだ。

も、ちょこんっと悟浄の隣りに腰を下ろした。

静かに時間が流れる・・・。周りからは小鳥の囀り・・・と吹き抜ける風の音しか聞こえない場所で。

 

「―――なぁ、

 

ただ青空を見上げ続けている、に悟浄は声をかけた。

 

「はい、何でしょう?」

 

と柔らかな表情で、こちらの方を向いて答える

 

「俺・・・お前のこと、どう想ってたんだ?あいつらは仲間としてだろうが―――・・・。お前に対しては、違うような気がして仕方がねぇんだ。俺は・・・悟浄でいいんだよな?」

 

悟浄は、視線をから湖に移して、の答えを待った。

 

「・・・悟浄さんは―――・・・」

 

と言い掛けた、その時。

背後でガサッと物音がした。

最初は、動物でも茂みにいるのだろうかと思っていたが。

それと同時に回りでも同じように、ガサ、ガサッと物音と奇妙な声まで聞こえ、無数のただならぬ気配を感じる

もちろん、先刻の物音は風の仕業でないことは確かなのだ。

だとすると・・・―――。

『ちっ』と軽く舌打ちをすると、は自分の武器である、皇華尖を第二形態にし戦闘態勢に入る。

これは、人間ではない・・・妖怪だ―――。

記憶喪失になっている悟浄に、戦わせることなんて出来ない。

多分、そう数%の確率なんだろうが、悟浄は戦い方を覚えていないような気がにはしたからだ。

 

「悟浄さん、下がって!!」

 

悟浄が、身を徹して庇ってくれたように、今度は自分の番とでもいうように、はサッと悟浄の前に出るとじっと妖怪が現れるのを待った。

暫らくして、無数の妖怪達がぞろぞろと姿を現した。

 

「お前・・・沙 悟浄だな?玄奘 三蔵は、どうした?」

 

と妖怪の一匹が聞いてきたが、それを遮るかのようにが口を開いた。

 

「お前ら相手に、悟浄さん直々に戦う必要はないっ!あたし、一人で充分なんだよっ!!」

「―――っつ!この女―!!やっちまえっ!!」

次の瞬間、戦闘となった。

戦えるか戦えないか分からない悟浄を庇いながら妖怪達と戦い、倒していく。

この皇華尖の切れ味は悟浄が持っている錫杖並みなのだ。

スパッ、スパッ。

と妖怪達の体が斬られ散乱していく。

そのの後ろ姿を、その場でただ立ち尽くしてしまっている自分に悟浄は気付く。

―――何を・・・何をやってるんだ、俺は!?

何故、守られてんだ!?普通だったら男の俺が―――・・・。

 

「うわっ!?」

 

が、不意を付かれ、また体勢を崩して後ろによろめくと、今度は湖に落ちそうになってしまう。

 

!!」

 

無我夢中で、悟浄は落ちそうになるに手を伸ばし・・・ぐいっと腕を掴むとそのまま自分の方に引き寄せて強く抱きしめる。

そうか・・・思い出した。

俺はあいつらと西へ向かっていて、今みたいにこいつを助けようとしたら崖から―――・・・。

一瞬の出来事だったため、悟浄の胸の中で何が起きたのか、いまいち把握しきれていない

 

「ごっ、悟浄・・・さん?」

「―――やっと・・・やっと分かったぜ、。迷惑かけちまって悪ィな。もう大丈夫だからよ」

 

と静かに耳元で囁いてを放すと、自分の武器でもある錫杖を取り出す。

 

「さぁ。てめぇらの相手は、この俺だ!何処からでもかかってきなっ!」

 

 

*         *          *

 

 

〇そうして、数十分後――――。
無数に襲ってきた妖怪をいつものように、難無く倒して、その場で一息つくかのように自分の愛用のハイライトを一本出すと一服した。

そのいつもの悟浄の行動に、隣りでまだ記憶を取り戻したことが信じられずに立ち尽くしてしまっている

 

「ん?どうした?」

 

と言って白い煙を吐き出す悟浄。

 

「あっ。・・・悟浄さん、記憶、戻ったんですね・・・」

「あぁ。―――まあな」

 

いつもの悟浄さんだ・・・。あたしの知ってる―――・・・。

 

「良かった・・・。このまま戻らなかったら、あたし・・・!!」

 

言葉に出したら、涙が溢れてきそうになる。

 

「―――・・・泣くんじゃねぇよ」

 

から視線を反らす悟浄。そして、言葉を続けるように口を開いた。

 

「あの時・・・」

「えっ!?」

「あの時も同じ気持ちだったんだ・・・。本当は、お前をこの腕の中にしっかりと抱いて・・・守ってやりたかったんだ。―――なのに、俺が勝手に崖から落ちて・・・、お前にはみっともないとこ見せちまったな」

 

と苦笑い混じりで言えば。

きゅっと自分の右腕に暖かい感触がして、悟浄は視線を落とした。

そこには、右腕をしっかり抱きしめているの姿があった。

 

「そっ、そんなことないんです・・・。あたしの方が勝手に敵の攻撃を受けそうになって落ちそうになったんだから・・・」

 

悟浄は、自分の肩まで届いていないの頭を優しく撫でてやる。

 

「なぁ、。もしも俺が・・・―――」

 

と悟浄は、に何かを言おうとするが途中で止めてしまう。

途切れた悟浄の言葉に、不思議そうな顔では悟浄を見上げてきた。

 

「はい?」

「・・・ん。やっぱ、何でもね」

 

「えっ!?」

 

目を丸くしているの手を取り、こう言って歩き出す悟浄。

 

「さぁてとっ。あの超鬼畜生臭坊主に怒られないうちにサッサッと帰りまショ?」

「あっ、はい・・・」

 

と言って、悟浄に上手く誤魔化されたまま、二人はもと来た道を仲良く帰って行った。

 

 

もし、俺がこのまま記憶というものが戻らずにいても、、お前は俺のこと愛してくれるか―――?

 

 

今になってその答えが分かった気がする・・・。


 

 

、お前は――――。

 

 

 

 

                                             【後編】  終


あとがき――――
 

 はい、『Memory』の【後編】でした;結構、間があきましたね・・・。お待たせしちゃってすいませんでした;
初の続きモノなので、勘弁して下さいね;しかも、後編の方が長いってどういうことだ!?って感じなんですけど;もし良かったら感想お待ちしておりますのでBBSに書き込み、お願いしますね!
                                     2003.8.18.ゆうき