地下鉄 <前編>


 満開だった桜の花も散り、葉桜となった頃。

は、丁度、その日は部活動が休みで、何もすることがなく、ただ暇を持て余していた悟空に、付き合って貰い、買出しに少し離れたデパートへ足を運んだ。

勿論、電車と徒歩で行くことになったのだ。

行きは、それほど混んではいなかったのだが、時間が過ぎていく内に段々と、人が流れ込むように増えてくる。

流石は、休日。

午後3時を回ると、デパートの1階にある食料品売り場も混雑していき、下手をすると人並みにのまれそうになってしまう。

何とか、無事に買い物も終え、二人は地下鉄を使って帰ることにした。

デパートを出て来る時には、の身体はくたくたになってしまっていた。

人込み・人並みが大の苦手である

半分、酔いそうになっていたのを必死に、堪えていた。

そんなを気にかけ、励まそうとしていた悟空ではあるが、人込みの中では声も出し辛く。

そのまま、何も言えずに出てきてしまったのだ。

手を繋ぐだけではなく、何か出来たら良かったのだが。

こんな時、三蔵達だったら、もう少し、気の利いた言葉や行動をするかもしれない・・・。

自分も大人であれば良かった・・・と悟空は、そう思ってしまうのだった。

デパートを後にし、歩道を歩いていく。

さきほどから、おぼつかない足取りで歩くが心配になり、数歩先を歩いていた悟空は足を止めると振り返り、声をかけた。

 

「なぁ、。大丈夫・・・か?」

「えっ?あっ、うん。平気だよ、このくらい!」

 

は初め、辛そうな顔をしていたのだが、悟空にあまり心配を掛けさせないためにも、顔を上げて無理矢理、笑顔をつくってみせる必要があった。

 

「そっか。なら、いいけどさ。歩けなくなる前に言ってくれよ?俺がおんぶでも抱っこでも、何でもしてやるから、な!」

 

満面の笑顔と拳を握って、ガッツポーズをする悟空。

 

「うっ、うん・・・。でも、大丈夫だと思うから」

 

"気にしなくていいよ"と、苦笑い混じりでは答える。

本当に歩けなくなったりしたら、頼むかもしれないが。

おんぶ・・・は、まだ良いとして、抱っこは・・・どうだろう?

この年になって抱っこですか?

と何だか恥ずかしいような気持ちになってしまう。

だが、悟空らしい言動には、嬉しくも思った。

 

「そうだ、。今、何時か分かる?」

「えっ。あっ、ちょっと待ってね。―――んーとね、今は・・・5時半、丁度かな」

 

悟空が時刻を聞いてきたため、は袖口を少し上げて、腕時計に目をやりながら現在の時間を伝える。

 

「もう、5時半なんだよな。まだ、こんなに明るいのに」

 

悟空は、西に傾きかけて、この後、数時間で沈んでいく太陽と、まだ昼間のように明るさを保っている空を見上げながら、呟く。

 

「そうだね。真冬なんて、もう5時過ぎたりすると真っ暗だもんね」

 

も、悟空の言葉に同調し、静かに頷く。

 

「不思議な感じだな。こうやって、日が長くなったり、短くなったりするのって・・・」

「本当、不思議だよね」

 

天を仰ぎ見ている悟空に続いて、も、少し赤みかがってきた空を見ながら、こう言った。

 

「―――っと、それはいいけど。、あまり遅くなると嫌だろ?」

 

「あっ、そうだった。あまり、遅くなると―――・・・」

 

悟空は、空から視線を元の高さに戻してから、振り向くと、と目を合わせる。

そして、も何かに気付いたらしく口を開いた。

 

「「帰宅、ラッシュに巻き込まれるからな(ね)」」

 

瞬間、見事に二人の声が綺麗に重なり合って、と悟空は思わず、ぷっと吹き出してしまう。

 

「さっ、行こうぜっ!」

「うんっ!!」

 

二人は、足早に地下鉄の出入り口に向かって行った。

 

 そうして、終点である地下鉄の駅のホームに降り立つ。

ここからは、地上に出て、別の駅へ行かなければならないのだ。

 

「なぁ、なぁ。ちょっと、そこのベンチで休憩して行かないか?結構、歩いて、疲れただろ?電車ん中も混んでたからさ。それに、途中から急がせちまったからな」

 

前に設置されている3人掛けのベンチを指差しながら、悟空が聞いてきた。

 

「あっ、そうだね。そうしよっか」

 

変に気を遣わせてしまったのではないだろうか?

と、は不安になってきてしまう。

無理に断る訳にもいかず、は悟空の言葉に甘えることにした。

そして、ベンチの3歩手前だろうか。

ふいに、の前を茶髪に、長髪の少年が、すっと通って行った。その姿に、は首を傾げる。

 

「・・・?あれ?」

 

―――何処かで見たような感じの少年だった。

背も、あまり高い方ではなく・・・小柄で。

どちらかと云えば、悟空に近いような―――・・・。

でも、悟空に兄弟はいないはずだ。

ましてや、双子の―――。

それに、他人の空似というものもある。

思い違いだったのかもしれない・・・。

しかし、はその少年の後ろ姿に目を奪われてしまっていた。

 

「??どうしたんだよ?ボーっとして」

 

自分の隣りで、立ったまま、動かない状態のを見て、不審に感じたのか、悟空は静かに声を掛けてみる。

驚かせないように。

 

「―――・・・あっ、ごめん!な、何でもないよ」

 

ハッとして、我に返る

どうやら、悟空は気付かなかったようだ。

 

「ん?―――なら、良いけど。気分でも、悪くなったのかなって」

 

悟空の心配そうな表情が、の目に映る。

"でも、顔色は大丈夫みたいだな"との顔を覗き込む。

 

「うん、ごめんね。それより・・・」

「ん?何?」

 

ベンチに、ストンッと腰を下ろしてもう1度謝り、一息ついてから切り出す。

悟空は、の次の言葉を静かに待った。

 

「今さっき、通り過ぎて行った男の子・・・悟空にそっくりだったんだ」

 

"だから、びっくりしちゃってさ"と、もう一言葉付け足す。

 

「俺にそっくり?まだ、いるのかな?そいつ」

 

悟空は、そう言って周りをキョロキョロとする。

 

「あっ、うん。居るんじゃないかな?そっちの、階段から降りて来たみたいだから・・・」

 

自分達の座っているベンチから、数十メートル離れている階段を指し示す。

それから、辺りをぐるりと見渡して・・・。

 

「えーっと・・・あっ、いたいた!肩からバック下げてて・・・帽子、被ってる長髪の子」

「肩から・・・って、それに―――・・・」

 

悟空は、自分の位置からは見難いのか、立って、自分に似ているらしい、その少年を探す。

似ている・・・ということで、少し、好奇心が湧いたのだ。

どのくらい似ているのだろうと。

から、斜め前・・・と云っても、結構、距離がある場所で、電車を待つ少年。

その少年に、目を向けながら答える

後ろ姿しか見えないために、特徴が分かりづらく、つかみにくい。

分かってくれれば良いのだが・・・と願ってしまう。

 

「・・・――!!あっ!」

 

何かに気付いたらしく、その場から弾かれるように、その少年のもとに走っていく。

 

「ちょっ、ちょっと、悟空!?」

 

あっという間に、悟空は駆け出して行ってしまい・・・

は、止める暇もなく突然の悟空の行動に、ただ戸惑ってしまうのだった。

あの少年と何か、関係があるのだろうか?一体―――・・・。