H.29.9.3
ブルーベリー収穫体験と沼田ロマンチック街道を訪ねて
記念館の前には「ロックガーデン]が造られ、樹齢130年の枝垂れ桜が枝を広げている。
記念館に入り、母屋の「リビング」「炉の間」などを見学することができる。
沼津から御殿場線に乗り換え、富士岡駅に着いた。電車は2両編成で、ウオーキングの客で満員だった。おばあさんが乗って来たので席を立とうとすると隣の男性が立ってくれた。97歳と言う元気な方で、「2020年の東京オリンピックで百歳になるので、楽しみにしている。」と言っていた、話が弾んで富士岡駅に着いた。御殿場まで行くそうです。
「秩父宮記念公園」は昭和16年から約10年間秩父宮両殿下が住まわれていた別邸を、整備した公園で、敷地面積は約1万8千坪で、両殿下が愛した山野草や四季折々の花々が楽しめる。
社殿の前には石灯籠が建っている。応永29年(1422)当時の領主・大森道光が寄進した石灯籠で、北駿で一番古い。
富士岡駅で地図をもらいAM..9:55歩き始める。雲の多い天気だが、歩くにはちょうど良かった。石仏のある古い由緒ありげな家を過ぎ、右のわき道に入ると、道祖神や石仏が集めて祀られている。
園内には、殿下専用、将校専用、御付きの方専用の3か所の防空壕がある。殿下専用と将校専用の防空壕は公開されていて、中に入る事ができた。昔見たことがある、一般市民のいい加減な防空壕に比べて,頑丈に出来ていると思った。
外から見える「西の間」には(ここで秩父宮と高松宮が「終戦の玉音」を聞き、この部屋で終戦を迎えられた)と書かれている。庭には、咲残った鹿の子ユリが咲いている。
母屋は享保8年(1723)に建てられた茅葺の建物で、記念館とともに内部を見学することができる。母屋の前には昭和天皇から贈られた登山服姿の秩父宮の銅像が立っている。富士山に向けて設置されている。
ブルーベリー農園のある「沼田ロマンチック街道」を歩き「二岡神社」に向かう。広大な境内に杉の大木が林立している。鬱蒼とした境内を歩き参拝する。二岡神社の起源は日本武尊の東夷征討まで遡るといわれている。
農園の先には「子之神社」がある。大国主命を祭神として、棟札によると元禄3年(1690)に再建されたと伝えられている。10月の湯立神楽で使われる「獅子頭」は、三島大社から寄せられたものと伝承されている。疫病の流行を止めるために安永2年(1773)に神楽を始めたとされている。境内の大きな釜は、祭礼の前日に、獅子が湯をかき回し、湯花を散らして清めを行う。神の降臨を願う神楽である。
沼田ぶるーべりー農園でブルーベリー刈りをする。500円で食べ放題で、お土産用の小さなカップをもらえる。たくさん収穫した人は100g200円で買える。「湯立神楽の里 沼田」の大きな看板がある。
「二子湧水」は10万年以上前の古富士時代から現在に至るまで繰り返し起こった富士山の噴火により形成された溶岩層に磨かれ湧き出している。水温は常に12~13℃を保っている。一日に12000トンの水が湧きだし、池の中には不動様が祀られている。
右側に「二子の湧水」がある。地元の米・ごてんばこしひかりを使った塩むすびとお茶をいただいた。(二子地区は、富士岡地区の東側、箱根外輪山の麓に広がる集落で、「二子」の地名は、800年以上前に京都より双子の兄弟が移り住んだことが由来のようです。)
公園を出て、「えびせんべいの里 御殿場店」でエビ煎餅の試食をして、お土産を買う。その後、御殿場駅に向かう。駅には13時40分についた。約10kmを3時間40分で歩いたことになる。
13時59分の沼津行に乗り、帰った。「秩父宮記念公園」に行きたかったので、見学することができて良かった。
周りの田圃は稲刈りがまじかで、黄金色に輝いている。黄瀬川の畔には「黄瀬川四季の小路」の道標が立っている。