ホテルの窓からのバイアマーレの街

旅行の後、ユーラシア旅行社から、集合写真が送られてきた。 このようにしてくれた旅行社は初めてです。  改めて、ルーマニア旅行の思い出に浸りました。

アップルパイ

マッシュルームソースのグリル

トマトソースのペンネ

一日目に泊まったソフィテルホテルに到着。旅行最後の夜です。

ルーマニアを旅して〜
ルーマニアを全部網羅したわけではないが、今まで訪れたアジアやアフリカ、南米の国々に比べたら、やはり、貧しいとは言ってもヨーロッパだなーという印象でした。1989年にチャウシェスクが倒され、民主化されるまで、共産主義の下、対外負債の返済に充てるため、商品作物を生産し輸出する飢餓輸出、ルーマニア人は食べすぎとカロリー計算までして、配給を制限していた。 また、トランシルウ``ァニアのハンガリー人への弾圧、女性5人までの出産義務。一方、国民の館の建設や、政府上層部の汚職などが行われているというめちゃくちゃな国だった。  食べられないのに沢山の子供を産んで、親に捨てられた子供たちがマンホールで暮らすようになる。教育を受けていないので、その生活から抜け出す手段も無く、ドラックに手を出し、夢も無く、一生をマンホールで暮らさざるをえない。  米原万里の本でルーマニアをはじめとして、共産国の上層部の生活ぶりが分かります。  今、道路を整備して観光客を誘致しようとしています。どこにいっても道路工事が盛んに行われていて、何年かたって訪れたらすっかり変わってしまっているでしょう。  あまり観光化すると、今ののんびりとした牧歌的な風景がかわってしまうかもしれません。 そこの所の折り合いがむずかしいですね。2007年にはEUに加盟した。まだレウを使っていたが、ユーロになると値上げで庶民の生活が大変になるといっていました。 また、帰ってきて見たTVで、ルーマニアの農民を取り上げた番組を少し見たが、EUに加盟したことで、市場に出すワインのぶどうの木から植えなおさないと、とか、酪農では、牛の乳を手で搾るのはだめで、搾乳機を使い温度管理もきちんとしないとだめとか、問題は山積しているようです。でもどこに行っても、かわいらしい子供たちがいて、快く写真をとらせていただきました。ルーマニアの将来を背負って、頑張ってくださいね。

9日目 ブカレスト〜ミラノ

3時間ほどルーマニアの音楽などを聴きながら、バスに揺られて、クルージ・ナポカに到着。ポルンベスクのバラードは日本のバイオリニスト天満敦子さんが「望郷のバラード」としてCDを出しています。この話は前に「徹子の部屋」に出演した時に話していたのを聞いたような気がします。物悲しい素敵な曲です。

12:00 ホテルを出発する。パリ組の8人はパリへの出発ゲートへ。今度は無事に帰れるかしら。パリで成田組と涙の別れをして名古屋へ。名古屋空港で一緒に帰ってきた方に教えていただいた蕎麦屋「沙羅餐」で久しぶりのお蕎麦を食べて帰った。家に着いたのはPM5:00近くだった。

10日目 ミラノ

13:10 ミラノに向けて飛行機が飛び立った。さようなら!!ルーマニア。ミラノマルペンサ空港になかなか着かないと思っていると、空港でストライキが起きていて降りられない。近郊の空港に降りて待機し、給油をして、また飛び立った。 15:55 ミラノ・マルペンサ空港に到着するが、乗り継ぎ便が飛び立ってしまっていた。  スーパー日本人スタッフ濱田さんが登場。帰路便を探してくれるが、もう今日の便は無いという非情な結果になった。約2時間の交渉の末、帰路便が決定するが、全員一緒には帰れない。4班に分かれることになった。私たちはミラノ〜パリ〜名古屋で5名。は決定した。 ミラノ〜成田 1名。 ミラノ〜パリ〜成田 3名。 これはくじ引きで決め、あと残った人が ミラノ〜関空〜羽田 と決まった。後で濱田さんが「良い人たちですねー」と感心していたそうです。
昨日もあったらしいのですが、お客が怒ったり、詰め寄ったりして、大変だったらしいのです。  アリタリア航空の用意したバスに乗って、予定外のミラノのホテル 4☆マルペンサへ。

朝ロビーに下りていくとHさんが「何でもないですか?」と聞いてきた。「何が?あったの。」他の人たちは皆お腹をこわしたらしい。正露丸のお世話になっていた。私たちだけがなんでもなかった。それも何だか恥ずかしいです。「山で鍛えたお腹ね」と言われたが、山ではそんな変なものは食べません。でも、たいしたこと無くてよかった。昨日の生人参が犯人らしい。

夫もちゃっかり美人に囲まれて、踊っていました。

歌手が出てきてうたい始めると、ぱらぱらと人々が出てきて踊り始めた。フォークダンスのように輪になって同じステップでまわって踊る。何番まであるのか?ちっとも終わりにならない。おじさんが私に来るように手招きしている。こんな格好でおどるの?思ったが、踊りたい気分になっていたので、旅の恥は掻き捨て、輪に入って踊った。段々中の輪に連れて行かれ真ん中の花嫁花婿と踊らされた。恐れ多い。二人が退席してもう終わりかなと思っていると、さっきのおじさんが来て、リードし始めた。こんな格好で真ん中で踊るなんて、恥ずかしいが楽しい経験でした。グループの半分くらいの人が踊りの輪にいました。

チョコレートケーキ

パーチのフライ

人参とキュウリのサラダ

民族音楽とディナーショウ。  盛大な結婚披露宴が行われ、何組かわからないほどの賑わいだった。舞台では、出席している子供たちも正装して、ダンスをしている。一人の男の子を取り合っておかしかった。

クルージ・ナポカ空港〜ブカレスト・オトペニ空港へ。

納屋に絡まったぶどうをもいで振舞ってくれた。

ひいおばあさん、おばあさんと。ここは4世代のお宅でした

お母さんが餌をまくと鶏が集まってついばむ。

民族衣装を着付けてもらいました。ブラウス、ぺチコートをはき、前の開いたスカートを着け、ビーズ刺繍の美しい前掛けをつける。ベストを着て、スカーフをかぶり完成です。

ホーローのお鍋やクッション、椅子など

色鮮やかな民族衣装

壁一面に飾られた絵皿

ウ``ィシュテア村のHORVATHさん宅を訪問 (ハンガリーの伝統が息づく村といわれていたので、もっと農家を想像していたが違った。)

店内は田舎風に飾られていて、暖炉もあり、冬は薪を焚くそうです。街道沿いには、時々このように玉ねぎをつるした形で売っている農家の人達がいました。

チーズ ハム 脂身をスモークしたものが美味しかった。

チキンのパプリカ煮 ママリガ添え

パスタとチーズの重ね焼き エレーヌさん推薦だったが、なにしろ大きい。

カーサ・アルデラーヌレストランで昼食

ルーマニア料理に慣らされた舌には、やっぱりイタメシは美味しい。ホテルもしゃれていてなかなかのホテルでした。

8日目 バイアマーレ〜ブカレスト