2021.3.26~27

飯田市

飯田市毛賀に向かう。遠州街道を覆うように枝が伸び、樹形の美しさは南信一といってよい。「くよと」とは、供養塔の意味で、市の天然記念物に指定されている。

2日目

飯田市山本にある「ハナノキ」に向かう。迷いながらやっとたどり着いた。ハナノキは株立ちで、道路わきに立つ。

飯田市愛宕町にある「愛宕神社の清秀桜」に向かう。飯田市役所の南、国道256号の国合同庁舎交差点を入ると突き当りが「愛宕稲荷神社」。案内板によると、のちの飯田城(長姫城)が築かれる前、ここには飯坂城(愛宕城)があった。その後、建保年間(1212~18)城の跡地に地蔵寺が建てられ、仁治元年(1240)にこの桜が植えられた。植えたのは清秀法印。飯田で一番の古桜で、痛みも激しい。

赤門の先、飯田市追手町飯田市美術博物館に向かう。長姫(おさひめ)の名は、この場所が飯田城(別名 長姫城)の二ノ丸跡だからである。 安富桜ともいう。桜が立つ場所にかって飯田藩家老安富氏の屋敷があった。安富氏が植えた桜であろう。

石段を上がると旧座光寺麻績学校校舎があり、その隣に舞台サクラは立っている。明治7年竣工の県内最古の木造校舎であり、県内最大の歌舞伎舞台を併設したもので、サクラはこの名にちなんで名付けられた。

今回も地元の方に道を聞いたり、各市町の役場の方に桜の情報を問い合わせをしたりして、何とか見て回ることができました。飯田のサクラはすばらしいです。

藤枝・岡部ICから新東名に入る。東海環状自動車道を走り、中央自動車道に入る。飯田山本ICで出て、飯田市佐竹にある「旧杵原学校」に向かう。

中央高速園原ICを過ぎ、園原川にって細い道を遡上すると、ハハキギ館、信濃比叡があり、その奥に神社はある。中山道が通る前は、都と東国を結ぶ東山道の街道筋であった。元は2本の巨杉があったらしく、二本杉→にほんすぎ→日本杉→やまとすぎと変化した。

飯田市川路にある「川路のネズミサシ」に向かう。天竜峡駅まで行き、観光案内所で場所を聞いた。JR飯田線天竜峡駅の西200m上がっていくと左手に現れた。スギの葉を細く硬くし、疎らにしたような葉で、ヒノキ科に属する。枝をネズミの通る道に置くと、葉が痛いので、ネズミを防ぐということから「ネズミサシ」と言われる。  雌雄異株でこの個体は雄株である。  葉が上の方しかなかったので、さわることはできなかった。

羽場のヒイラギ

飯田市羽場にある小林源治氏の屋敷にあるというヒイラギに向かう。何人もの人に聞いて住宅街にある小林さんの屋敷にたどり着いた。  家の人に断って庭に入らせてもらう。ヒイラギを眺めていると、家主の源治氏が杖をついて出てこられた。庭の前下を中央自動が走る。昔はこの道の中央付近に立っていたが道路建設に伴い移植されたそうです。その後樹勢が弱ったため、養生をし、支柱も立て、ご神殿も新調し、由緒書きも奉納した。

立石寺に向かう県道461号線の別曽峠に立つシダレ桜である。江戸時代中頃に植えられたといわれている。

立石の雄杉

下伊那郡阿智村智里にある神坂神社に向かう。

御坂神社の(やまとすぎ)

杵原学校の枝垂れ桜

境内には大スギの他に、トチノキの巨木が見渡せるだけでも6本ある。  最大のトチノキは社殿にあがる石段の左側に聳えている。

もう一本は明治25年の暴風雨で倒れ。残された1本も樹皮は剥落し、緑の葉も少ない。

樹高 11.8m
根回り 3.4m
樹齢 推定400年
飯田市指定天然記念物 

山本のハナノキ

別疎峠の柳桜

樹高 41.6m
目通り幹囲 9.8m
樹齢 推定1000年
長野県指定天然記念物

樹高 19m
目通り幹囲 8.1m
樹齢 推定300年以上

目通り幹囲 約4m、樹高12mの枝垂れ桜の古木である。特徴的なのは、5枚から10枚という不安定な花弁の数で、半八重シダレザクラとも言われている。

元善光寺

くよとの桜

昭和24年に下伊那郡山本村村立山本中学校としてとして建設された学舎が杵原学校で、南校舎に寄棟造りの玄関があり、国の有形文化財に指定されている。

芭蕉句碑

旧座光寺麻績学校

麻績神社

飯田市の北部にある元善光寺。この辺りは昔「麻績(おみ)の里」といわれ、現在は座光寺という地名になっている。元善光寺の西に石塚サクラはある。推定樹齢250年のシダレヒガンで、樹高は15m。

ヒイラギはモクセイ科の常緑小高木で、普通は3mほどにしかならない。とげがあることから、魔除けとして小正月には門に飾る。古木になると葉が丸くなるが、この木の葉も丸くなっていた。

ハナノキはかえで科の広葉樹で、雌雄異株。ハナノキは生きている化石と言われている。中新生にはアジアからヨーロッパ、北米各地に広く分布していたが、今は日本と北米の一部のみに見られる。この木は雄株である。

立石の雌杉

樹高 18m
目通り幹囲 3.5m
推定 1000年

学舎の前には樹齢80年ほどのシダレザクラがあり、例年は4月上旬の開花だが、すでに満開になっていた。

川路のネズミサシ

石塚桜

長姫のエドヒガン

ハナノキ
樹高 23m
目通り幹囲 4.8m
樹齢 不明

桜の前にはサンシュユの木が黄色の花を付けている。

樹高 40.3m
目通り幹囲 9.0m
樹齢 推定1000年
長野県指定天然記念物

飯田市立石にある立石の雄杉に向かう。伊那谷のスギでは月瀬の大スギに次いで第二位。雌スギと合わせて夫婦杉と言われているが、東西に400m程離れている。春秋の彼岸の朝夕だけ、一方の影が根元まで伸びてくる。こちらは西日を浴びて雌スギまで影を伸ばすので「夕日御影杉」の名もある。

長姫城遺構 赤門(長姫城桜丸の門で、1754年に上棟された。本丸は町から遠いので、桜丸で政務をとった。明治以降は、飯田県、筑摩飯田支庁、地方事務所など、郡衙の正門として使われた。)

境内には、千代蔵桜が咲いている。樹齢推定200年のエドヒガンである。飯田藩家老安富氏により愛宕稲荷神社に献納され、知久町黒田千代蔵氏により、境内の東側、飯田城が眺められる場所に植樹された。

裏にまわると、空洞が広がり、皮のみとなり、辛うじて残る枝に花をつけている。樹齢は750年以上。飯田市指定天然記念物である。

シダレザクラ
樹高 15m
目通り幹囲 3.8m
樹齢300年

400mほど離れた所、個人の屋敷内に立っている。こちらは東側なので「朝日御影杉」と呼ばれる。雄杉に比べ頭のてっぺんまで枯れ枝がない。

桜の傍には石塔や常夜燈があり地域の人たちにより、燈明が灯される。遠州街道が通っていて、飯田城主が脇坂氏だったころに、住民により植えられたという。戦乱で落命した人や、街道で倒れた旅人や馬への供養であったと思われる。遠州街道は、飯田から阿南町新野をへて遠州(静岡西部)に通じる道で、現在の国道151号にほとんど重なっている。

飯田市中央図書館の隣に赤門がある。

座光寺の元善光寺に向かう途中の右側の斜面に「いいちこ桜」の看板が出ている。
 エドヒガンで、樹齢は30~50年ほどで、満開だった。例年だと、周りに竹にライトを入れ、ライトアップされるそうだが、今年はそれもなく、静かに咲いていた。

エドヒガン
樹高 20m
目通り幹囲 6.4m
樹齢 推定450年以上
長野県指定天然記念物

サクラは古墳の上に立っていて、裏にまわると石室がある。6世紀後半の築造で、横穴式石室を持つ。

麻績の里 舞台桜

いいちこ桜

愛宕神社の清秀桜