H.27.5.17~19

あつみ温泉「萬国屋」と銀山温泉「銀山荘」

齊藤茂吉歌碑「蝉のこえ ひびかふころに文殊谷 吾もわたりて 古へおもほゆ」 

夏知らず・冷たい風が吹いている。

羽田空港を午前11時10分に出発し、庄内空港に12時10分に着いた。山形県には山形空港と庄内空港の二つの空港がある。庄内平野ではもう田植えが始まっていた。

天宥法印は25歳で第50代羽黒山別当に就任する。幕府の実力者天海大僧正が天台宗だったことから真言宗だった羽黒山全山を天台宗に改宗しようとした。数々の功績を遺したが、強行に改革を進めていたことから、反対派の工作などにより、新島に流され、82歳で入寂している。

3日目

あつみ温泉を後に、羽黒山に向かう。羽黒山も3回目である。あいにくの雨の中を羽黒山への石段を踏みしめる。

山寺を後にして、加茂水族館に向かう。鶴岡市立の水族館だが、目玉が無く破産寸前の水族館だった。クラゲの展示に特化して、50種類以上のクラゲを飼育して、ギネスにも載る水族館となった。

2日目

羽黒山は、山形県鶴岡市にある標高414mの山。出羽三山の主峰である月山の西北山麓に位置する。修験道を中心とした山岳信仰の山。 

夕食の後、ガス灯のともる温泉街に出かける。当時は工夫のみが利用していた温泉を、廃山後の享保年間頃に湯治場になった。当時としては三層、四層のモダン木造建築に伝統技術の「こて絵」で玄関の上はモダンなバルコニー風の旅館が軒を連ね、大正時代の面影を今に伝えています。

今回の旅行のメインのひとつである「仙峡の宿・銀山荘」に泊まる。夕食は豪華で、特に「お造り」と「山形黒毛和牛ステーキ」が美味しかった。

最上川は、山形県を流れる一級河川最上川水系の本川。流路延長229kmは、一つの都道府県のみを流域とする河川では、国内最長。

立石寺は、山形県山形市にある天台宗の寺院。山寺の通称で知られている。寺伝では、貞観2年(860年)清和天皇の勅命により円仁(慈覚大師)が開山したとされている。元禄2年(1689)に、松尾芭蕉が旅の途中で訪れている。「閑さや 岩にしみ入る 蝉の声

東照社・元和2年(1616)江戸幕府初代将軍徳川家康は死去し、駿河国の久能山に葬むられた。「遺体は久能山に納め、一周忌が過ぎたら、日光山に神として祀るように。さすれば八州(日本全土)の鎮守となろう。」という遺言により、日光山に改葬し、東照権現として祀られた。 徳川家康没後400年特別参拝として、羽黒山東照社を開帳し家康公の御神像を一般公開する。) ということで、200円を払い、中に入った。いつもの御開帳時には、扉を開けるだけで、御神像は見えないようになっているとのことでしたが、今回は400年祭ということで拝見できた。

其玉や 羽黒にかへす 法の月

水族館を後にして、あつみ温泉「萬国屋」に向かう。あつみ温泉鶴岡市の温海川沿いの温泉街。開湯は1300年前とされ、役小角が発見したとされる。また弘法大師による発見の説もある。温海川の川底から湧き出した温泉が、河口に流れ日本海を温かくしていたことが温泉名の由来となっている。

下村脩氏ノーベル賞を受賞すると、その受賞対象が緑色蛍光タンパク質がオワンクラゲ由来であることが報道された。同館で飼育されているオワンクラゲは自然界から採取した成体は発光するものの、人工繁殖で世代交代すると発光しなくなった。それを聞いた下村氏が「セレンテラジンを餌に混ぜてば、発光する。」とアドバイスした。

発光するオワンクラゲ

みちのくの仏の山のこごしこごし
 岩秀に立ちて 汗ふきにけり
  齊藤茂吉 

銀山温泉を後にして、立石寺に向かう。ここを訪れるのは3回目になる。

こて絵

疎水抗跡・堅刈山の方角に掘進された排水、運搬、通路を主目的とした坑道である。大部分はたがねを用いた手掘りで、最終的には1000mを越えて掘進したとされるが、現在は坑口から135mの所で崩落している。

エンレイソウ

かじか橋

白銀の滝と延命地蔵

古勢起屋

古山閣と山の神神社分社

船頭さんの「舟歌」を聞いているうちに、降船場に着いた。

仙人堂・義経が、平泉に逃げる時に最上川を東に進んだと言われている。この神社は従者の「常陸房海尊」によって建立されたと伝えられている。

銀坑洞・銀山温泉の名前の由来となった銀山跡で、康生2年(1456)に発見された。江戸時代に、幕府直営の鉱山として繁栄した名残を伝えている。内部はよく整備されていて、ひんやりとしている。焼掘りの跡が残っている。岩盤を火で焼いて加熱し、水で冷却して鉱石をはぎ取るという工法。

川沿いには滝がいくつもあるそうだが、今日は水が少なく枯れている滝もあった。これは「くつわの滝

松尾芭蕉は、尾花沢の鈴木清風の招きで、尾花沢に立ち寄り、11日も滞在している。「五月雨を あつめて早し 最上川

船頭のちょい悪親父の「矢口さん」の名調子の案内で舟下りが始まった。

最上川舟下り(最上川芭蕉ライン舟下り)の乗船所の「戸澤藩番所」から屋形船に乗る。最上川は、静岡の富士川、熊本の球磨川と共に日本三大急流のひとつである。

無事に旅を終え、庄内空港から飛行機に乗り羽田空港に戻りました。空港で、3日間お世話になったガイドさんと記念撮影。とっても話しの上手なガイドさんだった。前に秋田のガイドさんが「天職です。」と言っていたが、この方もきっとそう思っているに違いないと思いました。どうもありがとうございました。
 萬国屋と銀山荘に泊まることがメインの旅でした。銀山荘はこじんまりとしていい旅館でした。温泉街も散策しがいがあり,足をのばしてハイキングのようなこともできる所でした。萬国屋は大きな旅館でしたが、付近には何もなく、朝市が立つということでしたが。 泊まりたいと思っていた旅館に泊まることができて良かったです。

バスで羽黒山神社に向かう。

楽山楽水の湯源郷「萬国屋」

キタユウレイクラゲ

ブラックシーネットル

パシフィックシーネットル

ドフラインクラゲ

カトスティラス

ビゼンクラゲ

ウリクラゲ

ふもとの茶店で、蕎麦と山菜の昼食を摂る。

釈迦が嶺の修行の岩場

奥の院

五大堂

仁王門と仁王像

せみ塚

四寸道

姥堂

エンレイソウ

山門・登山口

亀の甲石

芭蕉と曽良像

御神木・山寺の大イチョウ

芭蕉の句碑と清和天皇の御宝塔

根本中堂

滝の不動尊

銀山を発見した「儀賀市左衛門」の像が建つ。

おもかげ園

籟音の滝

こうもり穴

鬼子母神

白銀橋

最上川を後にして、銀山温泉「銀山荘」に向かう。荷物を置いて、早速温泉街を散策する。銀山温泉は、銀山川に沿って温泉宿が立ち並んでいる。「おしん」の舞台になったことで、一躍有名になった。

三難所のひとつ、隼の瀬・川幅全体に岩礁が横たわり、急灘をなしている。

白糸の滝・最上川沿いに標高300m~500mの山地が急斜面を形成する最上峡には最上48滝という滝群がある。西端にある白糸の滝は最大で、滝の下には不動堂がある。

最上川のコンビニ{ふるさと村」ここに寄って「ずんだアイス」をいただいた。

この様な急流もあり、舵取りの船頭さんがもう一人乗って、座礁しないように舵をとっている。

梵鐘

松尾芭蕉像

屋根を支える力士

三神合祭殿

天宥社

蜂子皇子の墓

国宝の五重塔

樹齢1000年以上の爺杉

祓川と神橋

杉並木と石段

随身門

石段に刻まれたお猪口

羽黒山神社へ続く石段

石段に刻まれた徳利