忠臣 趙雄 下の1



趙元帥夢から覚めて起き上がり考えに耽っている時外が騒がしく争っている声が聞こえ

る。不審に思い中軍将元忠を呼んで、

『軍内がなぜ騒がしいか?』と聞いた。

『烟州刺使が来まして、「蕃都で軍馬30頭を奪取して来たからそれを返せ。」と

申しますので断りましたら連れてきた兵卒に命じ馬を引き出そうとしますので皆取り押

さえて縛っておきました。』と答えた。 元帥は大いに怒り兵卒は尻叩き20杖の罰を与

え放免し、洇州刺使は斬首した後太子に報告した。続けて

『小臣が一夢を得ましたがかくかくのものでしたので一応申し上げます。』と夢の話を

詳しく説明した。太子は話を聞いて大いに憂い天を仰いで慟哭した。

軍には特別に警戒を厳密にし進軍を続けるが元帥は夢を思い出し不安と憔悴の中にいた

。やがて隊列は函谷に至った。 すでに日は暮れ東の空に月が見える。 山猿の鳴き声

は悲しく、ホトトギスの断腸の声は人を悲愴に導く。 山は重々、千尋の断崖が限りな

く前途に続いている。 軍はしずしずと行進をした。 ふと東の小道より麻衣のみすぼ

らしい姿の老人が驢馬にまたがり白羽扇を振り元帥を呼び止める。 元帥が馬を止めて

みれば粗末な身なりにもかかわらず脱俗の雰囲気を漂わせる風貌であった。

『洇州から来る軍勢ですか?』

『そうです』

『魏国に行く趙元帥をご覧になりましたか?』

『私が趙雄ですが何事ですか?』

『私は天下の宿無し客でして山川の景色を頑賞して歩く者ですが壺露峰のなかで天命道

士に逢い数日お世話になっていましたが昨夜急に一札の書状を書いて渡しながら今日の

昼までに函谷に行って待ち合わせて趙元帥に渡すよう言いつけられましたが何しろ駄馬

がのろくて遅れてしまい慌てたところです。』と言いながら一通の書状を元帥に渡した

。元帥は急いで書状を披いて見た。

『函谷に入るな、まず城を攻め取れ。城から空に砲を一発放せ。』と書いてあった。書

状を読んだ元帥は慄然とした。背筋に冷や汗が流れるを感じた。



さすがは元帥であった。彼は書状の数言をもって敵の戦略、自分の立場などを釈然と悟

ったのだ。元帥は急いで左将軍魏鴻昌を呼び、

『将兵を函谷に入らせるな』と命じた。左将軍は

『先鋒はすでに函谷に入っていますが』ともじもじする。元帥は驚いて。

『速急に先鋒を後退させろ。目立たぬようにそこに留陣するかに見せかけながら、一人

二人づつ隠密にしかも速やかに後退させろ。』

左将軍魏鴻昌命を受け直ちに施行して先鋒をつれてきた。元帥は平地を見つけそこえ留

陣し全軍に作戦を示達した。

『全軍は旗幟槍剣をみな倒し、静かに目立たぬようにしろ。』中軍将呉元忠に、

『その方は先鋒軍を率いて城門の左右に潜伏してしかじかしろ。』

元帥は三更から一刻が過ぎた時右軍将劉然泰を呼び、

『その方は密かに函谷の城に忍び入り、空に砲を一発撃って、直ちに帰れ』と命令した

。やがて城中より砲声が聞こえた。すると函谷の深い谷底から火の手が上がり、紅の炎

と煙が空を覆った。その時を待ち構えた如く城中から数百の兵卒が鬨の声をあげながら

一斉に飛び出してきた。

潜伏中の中軍将呉元忠の先鋒軍がこれらを攻撃して全部縛り上げた。

魏軍の本隊は城を攻撃して占領した。数里に及ぶ函谷の火災は一晩中消えなかった、蕃

軍が如何に多くの焔硝と燃料を準備したかが伺われた。若しも魏軍がそのまま函谷に進

入していたら全滅を免れなかったであろう。あやうく危機は逃れたものの元帥は己の軽

率を深く反省した。若しもそのまま函谷に隊列を進めていたら全軍が丸焼きになるのは

おろか、ようやく救出した太子殿下までも死を免れず、大宋復元の夢も万事休すになる

ところであった。元帥は戦慄した。軍の指揮者の責任が如何に重いかをことさらに痛感

した。深い谷底に潜伏していた蕃軍は城から聞こえる砲声を合図に一斉に火を放ったの

であった。数里にわたる谷間が一瞬にして巨大な溶鉱炉になったのである。



ともあれ危険は逃れ城を占領し戦いに勝った。

捕虜の兵卒は放免し、将官20数名には

『汝らをみな殺しにするはずだが特別に赦免するから帰って蕃王に申せ。

洇州刺使は汝らの王の如く根性が悪いので処刑したと。』

この夜函谷から吹き上げる熱気にいたたまらず、将兵を後退させて付近の民村に留陣し

たが村民はみな恐れをなして逃げてしまった。あくる日函谷を偵察したら所々火気未だ

に消えやらず熱気は身を焦がすほどで谷には到底入れない有様であった。軍はその村で

3日間をまちながら休息と整備を整えた後函谷に進入した。岸壁は黒焦げに焼け熱気未

だに覚めやらず将兵は汗をたらたらに流しながら谷をようやく通過した。



数日のあと隊列は西蕃の境を越えて魏国桂陽の地を踏んだ。

桂陽太守は一行を出迎え魏王の親書を元帥に捧げた。元帥は

『実に父母の書札を受ける気持ちだ。』と大いに喜び書札を開いて見たら

「某月某日に魏王は一字書札を元帥に送る。久しく別れた間数万里の道のりを無事に行

き来し、太子様もご安泰に御座りますやら諸々の想いをこめてお伺いします。老王は一

別以来便りを得ず昼夜想いが積もりついには病になりまして百薬が効きません。またそ

なたの孝心を考えて母上とお家族をお迎えしておりますし健康で居られますゆえご安心

なさい。早く凱旋して母上と老王を喜ばしてくだされ。」とあった。

太子も手紙をお読みになり大いに喜ばれた。

太子をはじめ随行の忠臣は魏国に着いたからにはもう心配はないと喜び、将兵一同も無

事に任務を完遂して帰国したのを喜び合った。

元帥は「大国忠臣魏国大元帥は宋室の大王を護衛して某月某日に桂陽を発ちます」と魏

都に先文を送った。

魏王は先文を見て大いに喜こび諸臣に命じて接待と礼遇に遺漏がないように準備させる

一方各道、郡邑に指令を発して一行の送迎に万全を期すようにした。

元帥一行が威儀を正して進軍する途中道々の刺使、太守らが一行の送迎に礼を尽くし人

民は万歳を叫び歓迎した。



数日のあと一行は魏国の都に着いた。

魏王は朝廷の重臣らを率いて1里まえまで出迎えた。

魏王は太子の前にひれ伏して

『殿下の恥辱と辛苦を知りながらも力が及ばず逆賊のなすがままに従い傍観いたしまし

た不忠をお詫び申し上げます。遅まきながら小臣身命を投げて大宋の復帰に全力を尽く

すつもりで御座います。』涙ながらに申し上げた。太子は

『余が生きて帰ることが出来たのは魏王のお陰です。感謝します。』と答えた。

魏王は又凱旋の将兵に向かい

『汝らが数万里の遠征を無事に成し遂げ帰還したのを歓迎する。』といった。

将兵らは一斉に太子と魏王と元帥に万歳で答えた。

王が太子と元帥を伴い宮に還る途中人民が道に堵列して歓迎した。



元帥は母の王夫人と義母の杜夫人と二人の母に嬉しい再会をした。

二人のご夫人はそれぞれ元帥の手を取り嬉し涙を隠し切れなかった。母は

『立派に成長して国に功を挙げているお前に会えて母はもう今死んでも余恨が御座いま

せん。太子さまをお救い申してきて尚更嬉しいです。』と喜んだ。

元帥は婦人の張氏を振り返り。

『婦人も大変苦労をなさいました。母上にお仕えして感謝します。』と慰めた。

ひとしきり家族間の愛情あふれる団欒をした後、王夫人は太子殿を訪れ、

『大王殿下ご無事で何よりで御座ります。生きて大王にお目にかかり幸せに御座ります

。』と申し上げながら感極まって慟哭して止まなかった。太子は

『余は元帥のお陰て再び生き返りました。夫人をお目にかかり亡き母に会った思いです

。』と涙を流した。

―つづくー





忠臣 趙雄 下の2



元帥は太子と魏王参席の上に宋の忠臣らを招待して宴会を開き、その間の労苦をねぎら

い楽しんだ。 元帥は魏王に

『小将が連れて行きました将兵らは遠征に苦労しましたので褒章に殿下のご配慮をお願

い申し上げます。』と頼んだ。魏王は

『その方の任意になせば良いものを余に頼むとは水臭い。その方は何時までも客人とし

ての位置にこだわるのか。その方は魏国の大元帥なるゆえ任意に褒賞し余にはあとで報

告すればよかろう。』と仰せられた。元帥は魏王に平伏し。

『有難き仰せでは御座りまするが小将は作戦と軍の指揮権のみで職位の昇降は国王の権

限で御座いますれば如何に小将がみだりに致しましょうや、お察し願います。』と申し

上げた。魏王は呵呵と大笑し

『その方は律儀じゃのう。なれば意見書を差し出しなさい。』

『はっ、有難き幸せで御座ります。』元帥は謝意を申し上げた。

魏王は元帥の意見に基づいて遠征に加わった将兵に千両の賞金と昇級をあわせて実施し

た。将兵は聖恩に感謝し士気が高揚した。

このとき西蕃王は背中の腫れ物が原因で死亡し長子の達が王位を継承したとの情報が入

った。これで西蕃からの脅威は一旦去ったと見てよかった。



魏王が元帥をはじめ重臣らと談話の途中、

『余が最近考えることがあるのだがその方らは妄想だと笑うかもしれない。』

『何事で御座いますか。仰ってください。』

『太子さまをお迎えしているので嬉しいことでは有るが惜しむらくは太子成年に達して

おわすのに未だ未婚でおられるのだ。老王には娘だけが二人いる、長女はよわい16歳

、次女は14歳です。それとなく婿を探しているがままならなく今まで定まっていない

。太子様は未婚であり、元帥は定婚はしているものの婚礼を挙げたわけではないので、

老王の気持ちでは長女は太子さまに差し上げ、次女は元帥に引き取ってもらいたいと思

うのだがどうじゃろうか。』

『王様の思し召し、まことに適切で御座います。太子様は喜んでお受けになるはずです

し、元帥も遠慮は致さぬと存じます。』と居並ぶ重臣らは一斉に申し上げた。元帥は

『小将は既に妻を娶りましたので話から除き、太子様の婚礼だけをお進めなさりませ。

』とお答え申した。話を聞いた座中ももっともだと頷いた。

一同が太子殿に入り申し上げたところ、太子は喜んで受諾された。



元帥が御殿を引き下がり家に帰って、団欒の話の中で宮中での話をした。

母の王夫人は眉をしかめるのみであったが義母の魏夫人は大いに怒り

『魏王は礼儀を知らぬ人だ』と憤慨した。婦人の張氏は、

『魏王の言葉は世に無き事ではありませんし心に留めることも有りません。』と母を慰

めた後、元帥を顧みては

『相公が女を新しく娶るのをお断りになったのは私えの遠慮だと思いますが大丈夫が世

に出でて処世をしますのには妻も妾も置くものです。魏王の相公に対する寵愛をむげに

退くのも能では有りません。小妾が公主にお目にかかりました上で決めましょう。』と

言い侍婢をつれて宮中に入り二人の公主に逢った。

張氏が見たところ公主は二人とも容貌が美しく物腰が慎ましく、美徳が備わり忠孝の気

が顔に顕れ正に窈窕淑女であった。張氏内心大いに感嘆し帰ってお二人の母に姫を褒め

称え、元帥には

『窈窕淑女は君子の良き伴侶です。元帥の配偶者に最上であります。美しい因縁は受け入

れねばなりません。小妾はたってお勧めいたします。』と強く推奨した。

二人の母は黙々と何も言わない。暗黙の承認である。元帥は

『私は妻妾には志がありませぬが夫人がたっての勧めですからお受けします。』と受諾

し、魏王にその旨を申し上げた。魏王は大いに喜び直ちに択日をして婚礼の準備に取り

掛かった。



魏王は太子と長女、趙雄と次女の婚礼を同じ日に挙げさせた。 おそらく大陸初めての

宮廷合同結婚式であろう。それだけに華麗かつ盛大な結婚式であった。

中国伝来の複雑な儀式、続いて豪華な宮殿披露宴などつつが無く済ませて二組の新郎新

婦はそれぞれ新房に入り初夜の交わりをした。

元帥は誰にも邪魔されずに新郎新婦だけの甘い情愛に浸り10日目に新婦とともに実家

に帰った。王夫人と張氏は新婦の手を取り愛情と歓迎の意を表した。

太子は帰る家も無く披露する親兄弟も居ない寂しい身の上なので宮中に留まっていた。

太子は一妻二妾、元帥は二妻一妾であった。

ある日妾室の金蓮が元帥に、

『小妾が元帥のご恩を蒙り生きて故国に帰り一身また安らかなので今死んでも恨みは御

座いませんが唯ひとつ母の存亡を知りませぬので心配です。旦那様が母の行方を捜して

くださいませ。』と願い出た。



元帥は金蓮が母を捜すのを助けてやると約束したことを思い出し魏王に告げて金蓮母の

肖像画を各地の官庁に配り探すように指示した。

一方金蓮の母梁氏は戦乱中に娘を失い蕃国をさまよっていたが探しえず若しやと思い魏

国に帰って“溺れた者藁をも掴む”気持ちで、蕃国の遠征から帰った趙元帥に陳情書を

出した。いわく

「小人が女息を蕃陣で失い血眼で捜しましたが消息を得ず悲しんでおります。元帥殿は

蕃国に長らく滞在なさいましたので若しや娘金蓮の便りをご存知でありますればこの哀

れな老婆にお知らせくださいませ。」とあった。

陳情書を読んだ元帥は大いに驚いて老婆を呼び寄せ金蓮と逢わせた。

戦乱中に逃げまとう中で母と別れ別れになり、蕃軍に捕らわれ蕃王の宮女になったが元

帥に救われ妾室の恩寵を受けている杜金蓮はこうして母と再会した。

離散数年、諸々の辛苦を経て感激の母娘の再会は涙ぐましいものであった。



数日後元帥は母王夫人に

『少子しばらく外に出て先生をお尋ねして大国の様子も探って参ります。』と申し上げ

た。 母と婦人らはなるべく早く帰るよう別れを惜しんだ。

元帥は太子と魏王、忠臣らに報告をして侍従を連れずに単騎で魏都を発ちまず康善庵に

向かった。 康善庵には月鏡大使を初め懐かしい和尚らを胸に描いていたが数日後寺に

着いて見ると寂漠として人影がいない。各僧坊を開けて見てもがらんとして空き、人の

住む気配が無い。どこかに移って空き寺になっている。元帥は途方にくれて漠然と周囲を

見回していた。ふと絶壁の上に一人の少女が薬草を採りながら歌を歌っている。

元帥は耳を済ませて聞くと。 

 寺を訪ねるは俗人に違いない

 8千の兵、いずこに置いて独行千里なさるや

 旧恩を想い先生を訪ねるが

 白雲に乗りいずこえ流れたか行方わからず

 庵子の将軍、時を過ごすいとまなし

 鶴山に事あり、竜馬を馳せて行け。

聞き終わった元帥は自分に向けた暗示に違いないと悟り少女に詳しくたずねようとした

が少女の姿は既に消えていた。



仕方なしに村に下りて鶴山を聞いたら辺陽の地にあるという。元帥はその方向に向かっ

て道を急いた。 途中山のふもとで向うから騎馬の武士が一人こちらに急いでやってき

た。 趙雄は馬を止めその人に丁寧に会釈をして、

『失礼ながら道をお尋ねしますが辺陽の地がここからどれ位ございますか。』と聞いた。

 その武士も馬を止め、

『ここから数十里のところにあります。』

『あなたはどちらにお越しですか。』

『私は大宋の者ですが王命を頂き泰山府の桂陽道に急いでまいります。』

泰山府の桂陽と言えばしばらく前まで太子が流刑されたところではないか。

『其れはご苦労様です。どういう御用で行かれますか。』それとなく聞いてみた。

『桂陽道に幽閉した太子に賜薬を持っていった使臣が4〜5月が過ぎても帰って来ませ

ぬので天子がお怒りになり私に命じて“行って賜薬を施し、使臣は捕えて参れ”と仰せ

られまして桂陽に行く途中です。』と誇らしげに言った。

其れを聞いた元帥は怒り天をついて、

『我こそは前朝の忠臣趙公の子、雄と申す。逆賊李斗柄の一党は許し置けぬ』と、

あっという間に相手の首を切り落とした。 死体は蹴って崖に落とし首を馬に吊って辺

陽の鶴山に向かって馬を走らせた。





忠臣 趙雄 下の3



趙雄は馬をはせようやく辺陽の地を踏んだ。

道行く老翁に聞いてみた。

『鶴山に行きたいのですがどう行ったら良いでしょうか。』

『鶴山ねえ。 あそこに見えるあの山に天寿洞と言う洞穴がありますがその中に鶴山が

あると昔から伝えられていまして、あっしはまだ行ったことがごぜえません、へい。』

趙雄は老翁に礼を言いその山の中に入った。 山は森林が茂り奇岩怪石が峨峨と聳え険

しく道もない。岩と樹木の間を縫って徐々に馬を進めた。 林の合間はるかに茅屋の屋根

が見える。 かかる深山の中に家が有るのに驚きながらもなつかしく思い近づいた.1

間の茅屋ながら柴の門構えが有る。 趙雄は門前に立って主を呼んだ。 中から一人の童

子が出てきて柴の門をあけて迎え入れる。

『主はどなたで、今ご在宅かね。』と聞いた。

『この家は天命道士が時折おいでになる家ですが、先ほど道士様がおっしゃるには今日

客が尋ねるはずだから来たらこれを伝えろと言って行かれました。』と言いながら一通

の書状を渡した。 趙雄は天命道士と聞いて一喜一悲しながら書状を受け取り開いてみ

たら。

「速やかに鶴山に行って李斗柄の首を斬れ」趙雄これを読んで驚きかつ喜んで童子に、

『鶴山はどう行ったら行けるか、また先生はどちらに行かれたかな?』

『先生はこちらの道に行かれましたし、鶴山はあちらの道に行ったら有ります。』と答

えた。

趙雄は先ず先生に会おうと思い崖の道を登った。 数里を行ったところでどこからか大

虎が数匹現れ趙雄を包囲し今にも飛び掛らんばかりに牙を剥き出し凄まじく吠え立てた



さすがの竜馬も恐れをなしていななき進もうとしない。 趙雄はきびすを返して逃げた。

 ところが大虎らは飛鳥のごとく追ってきて行くてを阻む、趙雄は慌てて馬に吊ってい

た官員の首を虎に投げた。 虎はその首を転がして遊んでから食べた。趙雄はその隙に

馬を飛ばして逃げ帰った。 やむなく鶴山の方角に走った。 



左右に奇岩絶壁が聳えかつての函谷のような狭路があった。 そこを通り抜けたら広広

とした盆地が開けていた。 周囲は峻峰に囲まれた中での平地であった。 平地には数千

の兵馬が意義も正しく並んでいる。 趙雄は樹陰に身を隠し近寄って大木の枝に登り観

察した。

兵馬が取り巻いた中の方に台をしつらえその中央に、一人の男を後ろ手に縛り上げひざ

まつかせて処刑をする模様であった。 やがて一人の武士が出て、処刑の論告をした。

「汝李斗柄は宋室の大黒柱であり、世を継いで碌を食らう臣下である。 蓄えた財は山

の如く、職位は一品の高さに至っていて栄華をほしいままにしていたのに、何が不足し

て累代の恩恵に背き逆賊になったのか? 幼き太子は何の罪ありて万里の辺境に幽閉し

たのか? あまっさえ賜薬を送り命まで落とすとは天地間に許されまじき大罪だ。」な

どと罪状を読み上げた。 見れば木の板に“逆賊 李斗柄”と書いた札を立てていた。

其れを見た趙雄は悲憤慷慨の念を抑えきれず飛鳥の如く飛び出し、

『逆賊李斗柄は吾が剣を受けよ』と大音声を張り上げ剣光一閃李斗柄の首を斬り落とし

た。

罪人李斗柄は実物ではなく人形であった。 たとえ人形では有っても逆賊を処刑したの

で痛快であった。 居並ぶ兵士も初めは驚いたが趙雄の烈血の忠義に歓声を上げた。

趙雄は指揮席と思しきところに腰を曲げて一礼し、

『少将は前朝の忠臣、趙正仁の子ですが局外の者で断り無く現れ乱動をいたしました。

処罰してくださいませ。』と堂々と申し出でた。



趙雄の話を聞いた座中の面々は大いに驚いて趙雄を立たせ壇上に座らせて

『そなたはいかにして生き延びたのか、また若しや太子様の消息を知っているのか?』

『はい、太子様は李斗柄の凶手を逃れ現在は安全に居られます。』

先ず太子の近況を話した。 座中は大いに喜び 「皇天は明らかに照らされ我らが大王

のご安泰をお伺い申し今死すとも恨みなし」と欣喜した。 趙雄はみなに向かって聞い

た。

『小生は皆さんを存じませぬのでお伺いしますが、この集まりはいかなる団体ですか?



その時白髪の老人が趙雄の手を握り涙を流しながら話し出した。

『お前は覚えてなかろうがわしはお前の母の従兄弟で名を王太秀と申すのだ。 お前が

幼い時に別れたから覚えているはずが無い。 我らは李斗柄の皇位簒奪の政変に合い乱

を逃れ各々散っていたが、そのうち互いに消息を聞き自然に集まったのが5千人に上り

、その昔周の武王が紂を討つときと同じく意気は天を衝くが用兵の将が無いので唯時の

至るのを待つのみであった。 本日李斗柄の人形を作り処刑の真似をしたのも鬱憤を紛

らすためであったのだ。 改めて聞くがお前はいかにして難を逃れ、どこで成長し、太

子様と母上はいずこにおわすか話してくれ。』

王太秀は母の従兄弟で翰林学士を勤めていたが先帝の末期に母の勧めで官職を辞し故郷

にこもった雄の外叔父である。 雄は涙で再会の挨拶をしてその間のいきさつを話した。

母に連れられ難を逃れて寺に身を寄せ命を永らえていますうちに偶然、天命道士に師事

して術法を学んだこと、魏国に入り西蕃の侵入を退け儀国大元帥になったこと、桂陽道

にて太子に賜薬を上げる天使を斬り忠臣らの戒めを解いて太子一行を護衛して魏国に引

け上げたこと、途中蕃国で天の助けで死を逃れたこと、太子とともに魏国の婿になった

こと、ここに来る途中桂陽道に向かう天使の首を斬ったこと等をかいつまんで申し上げ

た。

趙雄の話を聞いて王太秀を初め満座の人々は驚きと感嘆を止まなかった。

『天が感応されかかる英雄をお出しになり凶賊を滅し宋室を復興させるのに違いない。

』と

勇気百倍して歓声をあげた。



このおり、陵州の地で死んだ皇使の下卒が皇都に帰り皇使の死んだいきさつを報告した



皇帝は報告を聞いて大驚大怒し書卓を打ちながら諸臣を叱り付けた。

『わずか数百里以内に居る趙雄を捕らええず、あまっさえ皇使をほしいままに殺すとは

何たることか。 これでも趙雄を捕らええねば受け持ちの役人を皆殺しにするであろう。

』とわめいた。 その剣幕に居並ぶ朝臣はみな震え上がった。 左丞相蔡植が申し上げた



『陛下はいささかも御心慮なさいますな。 小さい趙雄ごとき居所さえ突き止めますれ

ば捕えるのはたやすいことで御座います。 勇力のある武士を選抜して趙雄逮捕に当た

らせませ。』 皇帝も頷き、中郎将李黄に命じ1千の兵を与えて陵州方面に派遣した。



一方、鶴山にたむろしていた志士達は趙雄を迎えて俄然活気ついた。 彼らは協議のす

え、趙雄を大司馬、大元帥に任じて行動を開始して本格的に宋朝復元の進軍をはじめた



大元帥趙雄は奉天の兜に銷金の鎧をまとい腰には強弓を吊って竜馬にまたがり、左手に

は宝剣を右手には長槍を持って先鋒に立った。 先鋒軍は戦鼓を叩きならし、旗幟槍剣

は日月を覆い兵馬の意気は天を衝くがごときで有った。 後尾に従う老少の忠臣らは

『元帥の軍の統率力は昔の韓信、彭越を凌ぐものがある。』と感嘆していた。

元帥は行く手を阻む関門を次々に打ち破り進軍を続けた。 決起軍は辺陽に地に入った。

辺陽太守は大いに驚いて急いで軍卒を徴発し行く手をさえぎった。 元帥は大いに怒り

『太守泰元は速やかに出て吾が剣を受けよ。 吾は宋朝の忠臣趙雄だ。 逆賊李斗柄を討

ちに行くのだ。』と大音声を張り上げた。 太守は到底かなわぬと悟り剣を捨て馬から下

りて

『大元帥をお見逸れ申しました。 お許しくだされ陣中に置いてくだされば犬馬の労を

尽くします。』と大地にひれ伏して命乞いをした。 元帥は大声で叱り付けた。

『お前は陰険な凶賊の一人だ。 李斗柄を追従するものは許して置けぬ。』と剣光一閃泰

元の首をはねて落とした。 将を失った兵卒は烏合の衆である。 元帥は一気に辺陽城を

占領し、忠臣のうちの一人を太守に任命して大宋の政権を復活しながら進軍を続けた。

元帥の軍隊が長安を向かって進軍の途中うわさを聞いた志士たちが雲の如く集まり兵力

はますます大きくなっていった。

あるところに行ったとき前方に一千騎ほどの軍勢で陣を布いて行く手をさえぎっている



元帥は訝しく思い調べさせたら趙雄逮捕に派遣された中郎将李黄の軍隊だと言う。



趙雄は大いに怒り陣前に馬を進め大音声で叫んだ。

『逆賊の将は速やかに出でて首を伸ばし吾が剣を受けよ。 吾こそは宋朝の忠臣、趙雄

なるぞ。』敵陣から一人の武将が現れ趙雄を指差してののしる。

『汝が叛賊趙雄か、よくもお前自ら現れたのう。 草の根を分けてもお前を捕えるべく

皇命を受けた中郎将李黄なるぞ。 ここで会ったが百年目、お前の首を皇帝に差し上げ

大功を挙げる絶好の機会、いざ参って天誅を受けよ。』といって剣を振り回す。 元帥は



『汝のごとき奸臣の輩は生かしておく価値が無い。 先ず汝の首を落として鬱憤を晴ら

さん。』と叫び戦うこと一合を出でずして皇使李黄の首が飛んで馬から落ちて転がった。

元帥は李黄の首を槍に挿して悠々と本陣に帰った。 忠臣、諸将、軍卒がいっせいに歓

声を上げた。   







忠臣 趙雄 下の4



 総大将の首が飛んだのを見ていた敵陣ではど肝を抜かれて支離滅裂に崩壊し逃げ帰っ

た。 李黄が率いた軍隊は趙雄に刃向かう自身が無かったので皇都に撤収して皇帝に、

『趙雄が辺陽を討って太守を殺し皇城に向かって進軍の途中皇使に逢い皇使を殺しても

のすごい勢いで攻めますので仕方なく撤収しました。』と報告し又大軍で皇都に向かっ

ている旨を注進した。 皇帝は報告を聞いてどうすればよいか成すすべを知らず慌てる

のみであった。 また、西関将蔡胆が「趙雄が兵80万を率いて徐州に向かっておりま

す、願わくば陛下は軍を率いて賊をしりぞけて下さいませ。」と注進した。 皇帝は諸臣



『この事態を如何にすればよかろう。』と顔を青ざめて聞いた。 左将軍張徳が

『小将未熟ながら趙雄を迎え撃ち朝敵を捕えて陛下に差し上げまするゆえご放念なさり

ませ。』と、胸を張り願い出た。

『おう、さすがは左将軍だ。 卿は官軍を率いて朝敵を討ち朕の鬱憤を晴らせよ。』

皇帝の命を受けた張徳の討伐軍は勇躍官軍を率いて首都を発った。



趙元帥は軍を進め徐州の地に入り桂陽山のふもとに陣の敷いた.ふと山の深い谷間から

一人の将軍が鎧兜に長槍を持って駿馬にまたがり兵300ほどを率いて来り、元帥の馬前

にひざまついて曰く、

『小将は前朝の忠臣姜伯の子、白と申しますが李斗柄の乱に逢い父を失い悲しみの中で

武術と兵法を習いまして志を一つにする同士を300人ほど集め時の来るを待っていまし

たが元帥が逆賊討伐の軍を起こしたのを知り一臂の力添えになりたく参りました.なに

とぞ揮下に置いてくださいませ.力の及ぶ限り忠誠を尽くし、逆賊を討伐し合わせて父

の仇も討ちたいと存じます.』と凛々しく申し出た。元帥は大いに喜び白の手を取り、

『そなたの父上は恙無く居られます.今魏国で太子殿下に付き添っておられますから安

心しなさい.』とその間のいきさつを説明してやった.姜白は勇気百倍して元帥を尊敬

し慕った.このようにして各地から集まった憂国烈血の志士、豪傑が集まり10万の大軍

に成長した.元帥はその軍勢を率いて徐州攻略に乗り出した.



徐州知事の魏吉大は3千の兵を率いて進攻軍を防いた.元帥は大怒し姜白に

『そのほうが出て戦え.自分の武力を試してみよ.』と命じた.

姜白が命を受けて長槍を抱え敵陣の前まで進み大声で叫んだ.

『吾こそは先鋒将姜白だ.敵将は速やかに出でて吾が剣を受けよ.』魏吉大は大いに怒



陣門の外に馬に乗り飛び出して

『吾今日は必ず叛賊趙雄の首を斬り皇上の憂いを晴らし国を安定させる』と討って出た



姜白と魏吉大の戦いは両虎合い戦う如く10合を過ぎても勝敗が決まらなかった.

元帥が良く観れば姜白の剣は鋭くすばやい術技は魏吉大に勝るが力において落ちている

ので自ら出陣し

『叛賊魏吉大よ、汝は反国の賊だ.吾趙雄がお前の命を収めてやろう』と大声で叱り姜

白を退けて自ら敵将と穂先を交わした.魏吉大も好機とばかり元帥と対戦したが一合の

下に元帥の剣に首が飛んだ.元帥は魏吉大の首を槍の穂先に挿して陣前に高々と掲げた



吉大の子、英が父の戦死を見て血眼になり歯軋りして飛び出し

『父の仇を討って恨みを晴らさん.いざ参れ、英が汝の命をもらうぞ.』と挑んできた



元帥が見たら身長が8尺におよび顔が黒く目玉が大きい偉丈夫である.元帥は

『お前はまだ子供だ.まだ俺の相手にはならない.しかしお前は反逆の一味だ.生かし

ては置けぬ.親子を一時に殺すのは哀れでは有るが止むをえまい.』と言い先鋒将姜白

を呼び

『あ奴を討ち取れ』と命じた.姜白と魏英が馬を馳せ竜虎相打つ戦いをしたが20数合

に及んでもけりがつかない.その内魏英の剣が姜白の馬を斬り馬が倒れた.姜白は咄嗟

に馬から飛び上がり魏英の後ろに飛び降りる拍子に魏英の首を斬り落とし死体を蹴落と

してその馬に乗って本陣に帰った.手に汗を握って観戦していた敵味方の将兵は姜白の

目にもとまらぬ早業に感嘆の拍手と賞賛を惜しまなかった.

徐州知事の父子が一時に戦死するのを見た官軍は総崩れになり逃げるのに汲々した.



元帥は難なく徐州を占領し例によって新しく知事を任命して行政を任し進軍を続けた.

軍が関山に至ればそこには既に皇軍が陣を敷いて元帥軍を待っていた.

元帥は山のふもとに陣を敷いて敵の様子を鋭意注視した.敵軍は他ならぬ左将軍張徳の

討伐軍であった.敵陣より一人の武将が現れ

『叛賊趙雄は速やかに出でて吾が剣を受けよ.』と叫びながら陣前を往来している.

元帥は大いに怒り陣前に出て

『お前は取るに足らない武将の端くれだが生かしては置けぬ.吾が武将を一人遣わすか

らお前の汚い首を差し出せ.』と大声で叱り、姜白を出陣させた.姜白は馬を飛ばせ

『無知な叛賊が正義軍に刃向かうとは笑止千万、お前に天誅を下さん.』と.叱咤し長

槍を操り戦うこと十数合、実に竜虎合い戦う物凄さであったが一瞬姜白の槍が閃き敵将

の首が飛んで地に落ちた.姜白は敵将の首級を槍先に刺し悠々と本陣に帰った.

本陣では歓声を上げ元帥は姜白を褒めた.敵陣では姜白の勇猛さを見て“趙雄がまた猛

将を得たか”と嘆息した.



あくる日敵陣から一人の武将が現れ

『叛賊趙雄は速やかに出でてわが剣を受けよ.昨日は吾が末端の武将を斬って勝ち誇っ

ていたが今日は必ず趙雄の首を斬り天下を平定し皇上の憂いを安らかにさせてくれるぞ

.』と

大言豪語しながら戦いを挑んできた.姜白が声に応じて出戦しながら

『お前らに武将が何人ほどいるのか、皆殺しにしてくれる.』と叫び戦いをはじめた.

敵将もさるもの姜白と好敵手であった.一進一退火花を飛ばす激戦の中、姜白の槍が閃

き敵将の兜を刺して落とした.驚いた敵将は慌てて本陣に逃げ帰った.



敵陣より一人の武将が入れ替わりに躍り出て

『叛賊趙雄は聞け、汝は亡命の罪人なるぞ.今まで生かしておいたのに敢えて朝廷に刃

向かうとは許し置けぬ大罪だ.皇帝陛下の命により汝に天誅を下す.首を長く伸ばして

吾が剣を受けよ.またお前の母も大罪人だ、いずこに居るのか.つれてきたならともに

命を差し出せ.』叫んだ.他ならぬ左将軍張徳であった. 姜白は大いに怒り迎えでて

『叛賊張徳はいかに面を上げてかようなことを申すか.恥を知れ.二君に仕えずという

言葉も知らないのか.お前のごとき性根の腐ったものは生かせて置けぬ.』と大音声を

張り上げ迎え撃つこと30数合に至るも勝負がつかない.元帥が見たら姜白の形勢が不

利になり今にも敗れんばかりである.元帥が駈け出て白を退け自ら張徳を攻撃した.張

徳はかなわぬと知り本陣に向かって逃げ出した.元帥は張徳を追い敵の本陣に躍り込み

西の将兵を切り倒すと思えば南の武将を打ち、東の武将を切り倒すと思えば北に切り込

んで縦横無尽に敵陣を蹂躙しながら張徳を追った.張徳は山に向かって逃げた.山には

樹木が多いので隠れやすいと思ったのだ.ところが何処からか数頭の白虎が現れてゆく

手を阻んだ.馬は前足を高く上げて張徳を振り下ろそうとした.進退あい窮まるとはこ

のことだ.前には白虎がそれこそ虎視眈々と牙をむいており、後ろでは追っ手が迫る.

張徳は天を仰いで嘆息した. 頭が白くなり考えも浮かばない.“嗚呼、どうしよう.

”と思うとき.趙元帥がやりを振りながら襲い掛かってくる.張徳は観念の臍を固め生

き延びようと、転ぶように馬から下りて元帥の前に跪き、

『小将は皇命により職務上元帥に対抗しただけです.降伏しますから命だけは助けてく

ださい.元帥の下に置いてくだされば忠誠を尽くしまする.』と哀願した.元帥は尚更

怒り、

『お前は卑屈な奴だな.逆賊李斗柄にへつらい重用されていたくせに吾に忠誠をすると

は笑止の至りじゃ.お前のような奴は生かしておいても何の役にも立たぬわい.』と叱

り剣光一閃張徳の首を斬り槍の穂先に挿して本陣に帰った.皆は元帥の武勇に感嘆し賞

賛した.





忠臣 趙雄 下の5



皇帝は張徳を差し向けたあと勝利の知らせを一日千秋の思いで待っていたが偵察からの

情報によれば 「趙雄が徐州の70州を攻めて陥落し関山に至っては左将軍張徳を斬り

、潮のごとく押し寄せてきています.」と言うのであった.

皇帝は報告を見終わり青ざめ慌てて手を震わせながら諸臣に対策を聞いた.

司馬将軍朱天が皇帝の前に進み出て、

『張徳は愚直な性質で知恵が御座いませんでした.小将が菲材ながら陛下の印剣を下さ

れば戦場に赴き趙雄を捕えて陛下に差し上げまする.』と申し出た.皇帝は大いに喜び

『司馬将軍は官軍を率いて敵を殲滅し功を揚げて帰れ』と言い.また左丞相蔡植に

『卿が朕のために朱天を助け趙雄を捕えれば天下の半分を分けてやろう』といってすべ

ての望みを左丞相蔡植に賭けた.蔡植は

『陛下のご命令とあらば臣は水火なりといといませぬ.戦いの勝敗は兵家の常なるとこ

ろ、勝敗を超えて尽忠報国致しまする.兵を下されば朱天を連れて趙雄を捕らえ天下を

平定致しまする.陛下は御放心なさいませ.』と覚悟の程を披瀝した.皇帝は頼もしく

思い蔡植を大元帥に任じ朱天を先鋒将にして将官千余名と兵80万、それに白矛黄鉞と

竜旌鳳旗に鎧兜に皇帝の印剣を与えた.大元帥蔡植は謝恩し退いて、早速軍を点検、整

備して発軍にとりかかったが指揮の仕方が厳然且整然として大元帥の威厳を備えていた



進軍にあたり皇帝自ら出て見送った.80万の大軍が動くとき旗幟槍剣は天を衝き鼓角

と喚声は地を揺るがせた.



一方趙元帥は軍馬を指揮し、いたるところを陥落して無人の境を行く如く皇都に向けて

進軍を続けた.烏山東関に至り大元帥蔡植の80万皇軍と遭遇した.

皇軍は山野を覆う如く広く布陣していた.実に圧倒的な大軍であった.趙雄は敵の軍勢

を観察し、先鋒将姜白を呼び

『平地の草地に陣を敷け』と命じた.

このとき敵陣より一発の砲声が轟くと同時に一人の武将が陣門から出て

『叛賊趙雄は速やかに出でてわが槍を受けよ』と大声で叫んだ.

元帥は先鋒将姜白に対戦するよう命じた.姜白は長槍を振り敵将に向かいながら

『叛賊李斗柄の将卒は聴け、汝ら天の道理をわきまえず我等に刃向かうからには先ずお

前の首を挿して物見せん』と叫び戦いを始めた.竜虎相打つ激戦の中、打ち合う槍の火

花は空を覆い、砂石が飛び土煙が立つ中、日が暮れかかったので元帥は銅鑼を鳴らして

姜白を引き上げさせた.姜白は本陣に帰っても肩で息をしながら敵を討ちそこなったの

を悔しがっていた.敵陣では大声で 「哀れなるかな趙雄、あんな若僧をたよりに大国

に反抗するとは笑止の至りじゃ」と嘲笑していた.

大元帥蔡植は幕僚を集め

『趙雄が雑草と稚木が生い茂った草地の平原に陣を敷いているのは兵法を知らぬ証拠じ

ゃ.お前らは今夜火薬と焔硝を準備して敵が寝静まった三更に密かに包囲して三方から

火を放ち敵を一気に殲滅して趙雄を捕らえて天下を平定するのだ.遺漏なく進めろ.』

と命じた.

居並ぶ将軍らは一斉に大元帥の作戦に感嘆し賞賛した. 



この日、初更(夕食を終えた頃)に趙元帥は姜白をよび

『敵は我らが草地に陣をしいたのを見て夜に火を放ち夜襲をしてくるに違いない.速や

かに秘密裏に陣を移せ.軍幕と旗幟はそのままに置いて人馬のみをこれこれの方面に移

して待機させろ.灯火を禁じ、動きがわからぬようにしろ.軍馬20頭を軍幕の周辺に

残しておけ』と命令した.

果たして敵の一隊が三更に動き出して三方から趙元帥軍を包囲し、草木も眠る丑三つ時

一発の砲声を合図に一斉に放火した.草地は一瞬にして火炎地獄に化した.軍幕も旗幟

も草木とともに燃え上がった.燎原の火とは良くも言ったものだ.瞬く間に炎は草原を

焼き払い紅の炎は天をも焦がす中、火の手に驚いた軍馬が草原を駆け回ったが熱に倒れ

て焼け死んだ.放火した軍卒が遠巻きに観ていたが火炎の中から逃れ出た人員は一人も

見かけなかった.趙元帥以下30万の兵力が丸焼きになったように見えた.大元帥蔡植

を始めすべての幕僚が遠くで眺めてほくぞえんだ.放火隊の報国は火炎を突き抜けて逃

げ延びた人員は一人も居ないと言う.趙雄軍が全滅したのは確かだった.皇軍の陣では

一斉に喚声が上がり勝利に狂喜し陶酔していた.



皇軍陣営では大元帥蔡植をはじめ先鋒将朱天らが集まり趙雄は既に死んだものと見做し

た.

大元帥は

『陛下には我らを派遣されたあと戦況を心配しておられるはず、勝利の知らせを一刻も

猶予するわけには行くまい』と言い勝利の報告をしたため伝令に送った.いわく

「丞相兼大元帥蔡植は皇帝陛下に頓首百拝して申し上げます.皇軍は東関にて草地に布

陣した趙雄の30万軍勢を火攻をもって焼き払い壊滅させました.元凶趙雄も死んだも

のとみなされますが夜が明けますれば詳しく調べて詳細の戦果を申し上げます.」とあ

った.

皇帝は其れを読み大いに喜び陪席の重臣らに

『大元帥蔡植が一挙に叛賊趙雄を討ち取り朕の憂いを消してくれた.嬉しい事だ』

重臣らも一斉に祝いの言葉を言ったのはいうまでも無い.



皇軍陣営では戦勝の興奮がようやく鎮まり寝静まった未明、突然四方から喚声が上がり

進攻軍が突撃してきた.その先頭には死んだと思っていた趙雄元帥の姿があった.

『死んだ趙雄が生き返って来たぞ』と怒鳴りながら宝刀を振り振り敵の本陣めがけて突

っ込んできた.皇軍は完全に混乱し将兵は恐怖を感じながら崩れていった.逃げまとう

敵軍を進攻軍の将兵が草を刈るごとく薙ぎ倒した.

趙雄を始め姜白らは敵の本陣に襲いかかり慌てふためく将官のみを選んで斬り倒した.

『命令によってやむなく出陣した将兵は降参しろ.降参したものは命を保証するぞ』と

趙雄は叫んだ.意外の奇襲に大混乱を起こし統制が取れない有様を見て呆然としていた

大元帥蔡植は朱天に

『趙雄の勇猛は楚の覇王項羽の如しだ.対抗できる将官がいない.いっそのこと降伏し

て命を守る方がよくは無いだろうか?』と相談を持ちかけた.朱天は大いに怒り剣を抜

いて蔡植にかまえ顔を真っ赤にして叱り付けた.

『大元帥の名が恥ずかしいぞ.国の重臣でありながらさようなことを考えるとは許し置

けぬぞ.』と今にも突き刺す剣幕である.

『わしは何も一身のみを考えるのではない.万一我らが敗れれば国は保ち得ないだろう

.その時のことを考えてみろよ.』朱天はますます怒り

『お前は元帥と言えない匹夫に過ぎぬわい.』と唾を吐き、外に走り出て

『叛賊趙雄は速やかにわが剣を受けよ.昨夜は運良く生き残ったがおまえの命は今日で

終わりだ.』と叫びながら討ってかかった.趙雄又朱天に矛を転じて戦うこと十数合優

劣が現れた.朱天はかなわぬと知り逃げ出した.趙雄は追って剣光一閃朱天の首を撥ね

た.朱天の首級を槍の矛先に挿して

『先鋒将朱天はすでに死んだぞ.残りの将官はみな出てまいれ、趙雄の剣を受けよ』と

雷のような大音声を振り上げながら縦横無尽に敵将を斬り倒した.敵将らは戦意を失い

逃げるのに汲々した.



蔡植は李斗柄にへつらい重職にまで上ったが義理のない機会主義者であった.戦況が不

利になったと見た瞬間、いち早く降書をしたため陣門の外に出、趙雄の前に跪き涙を流

しながら降書をさし上げて

『宋の大英雄趙雄殿に皇軍をあげて降参いたします.命だけは助けて下さいませ.』と

哀願した.趙雄は蔡植の奸邪さに軽蔑と憤りをこめて叱り付けた.

『お前の出した降伏文書に何の値打ちがあろう、お前は万古の奸臣であり、李斗柄は許

し置けぬ逆賊だ.生かして置けるものか.』と一剣を振るい蔡植の首を切り落して敵陣

に投げた.大元帥の首が陣中に落ちるのを見た皇軍の将兵は完全に戦意を失いわれ先に

と逃げ出した.

このとき宮中では大元帥蔡植が「趙雄の軍勢を壊滅させた」との勝報に浮き立ち早速大

宴会を開いていたら前線から伝書が入ってきた.皇帝は上機嫌で開いてみたら、

『丞相兼大元帥蔡植は頓首百拝して陛下に申し上げます.臣は心ならずも欺君罔上の罪

を犯しました.先日草原で趙雄を火攻をもって壊滅させたと申し上げましたが彼は事前

に陣を移して危うきを逃れ明け方に攻めて参り今激戦中です.詳細は追って申し上げま

す.』とあった.結論は敵を全滅させるところか敵の術に陥り騙されたと言うのである

.皇帝は宴会を中止させ成り行きを注視しながら対策に悩んでいた.相続いて偵察から

の報告は「趙雄が大元帥蔡植と先鋒将朱天を殺し敗走中の皇軍を追撃して破竹の勢いで

皇都に向かっています」と言うのであった.







忠臣 趙雄 下の6



皇帝は頼りにしていた左丞相蔡植まで趙雄に殺され支離滅裂に敗走しているとの報告を

聞いて成すすべを知らず呆然としていたら宮門の外が騒がしい、皇帝は驚いて何事かと

目を丸くしていたら守門の将官が注進をしてきた.

『素性の確かでない将軍3人が陛下に謁見を申し入れて動きません.』と言うのだ.

皇帝は呼び入れて見れば3人とも背は8尺を超え、目は爛々と輝き堂々たる偉丈夫であ

る.

『卿らはいずこの何者で朕にいかなる用事があるのかの』と聞いた.

『臣等は東海の地に住むものですが臣の叔父が泰山府の知事に赴き趙雄に殺されました

.肉親の恨みもございますし、また国が危うきにあると聞き武略の修業を中断して馳せ

参じました.臣等は3人兄弟でして名は一泰、二泰、三泰と申します.われら兄弟非材

ではありますが趙雄ごときは眼中に有りません.一枝軍を貸して下されば趙雄を捕えて

陛下に差し上げまする.』と述べた.見れば見るほど凡庸の人物ではない.まさに地獄

で仏に逢ったようなものである.帝は大いに喜び軍卒50万を徴発して与え一泰を大元帥

に、二泰を副元帥に、三泰を先鋒将に任命し白矛黄鉞と竜旌鳳旗と鎧兜と印剣を与えて

『卿らが力を合わせて国を平定させろ.趙雄を捕え戦乱を平定させれば天下の半分を分

けてやろう.』と約束し励ました.



一泰の3人兄弟は皇都を発って数日後曲江に至り川べりに兵を一休みさせていた.警戒

の将官が大元帥一泰の前に来て報告した.

『あるみすぼらしい書生が自分は道士だと言い、大元帥に合わせろと言って聞きません

.』

一泰は驚いて自ら陣の外に出て道士を恭しく迎え入れたあと道士の前に跪き、

『小子らが師父のもとを無断で離れ世に出ましたことをお許しください.』と頭を下げ

た.

道士は深いため息をして、三人の兄弟に深刻に話した.

『お前たちは大変なしくじりをしたのだ.天がお前たち三兄弟を出したのはそれなりに

重要な役割があったのだ.しかし今はその時期じゃない.天の時が至っていないのだ.

それで俺はお前たちに世に出るなと言っているのだ.今でも遅くは無いから軍隊を国に

帰して山に戻ろう.』末弟の三泰が道士の言葉に大いに反撥して

『師父は心配なさいますな.我ら三兄弟の才能を持って趙雄如きを怖れましょうや.ま

た戦略と武術を修めたものがかかる乱世を無為に過ごせましょうや.年月は流れ行き留

まらないものです.若さにも限りがあります.先生は心配しないで陣中に留まり知恵を

貸してください.』と言い行軍を続けた.道士は折りあるごとに三兄をつかまえて

『わしはお前たちのためを思って言うのだ.どうして言うことを聞かぬのか.このたび

の戦いは勝ち目が無いのだ.無駄なことをしないで山に帰ろう.』と説得したが聞かな

いで進軍を続けた.道士はついて行きながら道々言い聞かせた.

『天時を背いては何事も成らないのだ山に戻ろう.』と説いたが三人とも聞こうとしな

かった.行軍は続き30日目に西倉に着いたら趙雄軍が東倉に陣を敷いているのに出会っ

た.



一泰は西倉に、二泰は禾陰に、三泰は康津に陣を敷いてあい対した.

道士は趙雄の陣勢を見て大いに驚いて一泰らに言う.

『お前らは趙雄の陣勢を見ろ、あれは必ず偉大な道士から教わった陣法だ.陣前に霞が

濃くかかっている.必ずや竜馬と天賜剣があるに違いない.驚くべきことだお前らが俺

の言うことを聞かねば滅亡があるのみだ.山に帰って時をまとう.今はお前らの出る時

代じゃない.』道士は首を横に振りながらしきりに勧めるが一泰は道士を無視し総督将

に戦いを挑むよう命じた.総督将は張り切って馬に乗り陣前に出て

『叛賊趙雄よ、速やかに出て首を伸ばしわが槍を受けよ』と、大声をあげた.元帥は

『お前は鳴きかたも知らないひよこだし、吠え方も知らない子犬だ』との声とともに竜

馬を馳せ出て応戦し数合を出でずして敵将の兜を槍で刺し落とした.敵将は驚いて踵を

かわして逃げ帰ったが元帥は追わずに陣に帰った.

このとき趙雄の戦う様子を見ていた一泰はからからと大笑していわく

『ああいう者を見て英雄扱いをするとは笑止の至りじゃ.子供のいたずらに過ぎるわい

』とからかった.道士は

『お前は人をむやみに軽く思うのはいけない.ちょっと見ただけでも趙雄は前には竜興

の像があり後ろには紫微星が守っており手には天賜剣、馬は竜聡だ.尋常の武将ではな

い.お前はみだりに戦わないで山に帰ろう.』と言い出した.一泰は憤然と道士に背を

向けた.

『お前はわしとは会えないだろう.』と言い残して二泰の陣に行った.道士は二泰に

『兄の一泰は我執が強くてわしの言うことを聞かぬから仕方が無いがお前は軍隊を返し

て山に戻ろうでは無いか』と言ったら二泰はけんもほろろに

『帰りたければ先生だけ帰りなさい.縁起でもない事を言って邪魔をしないで下さい.



『お前はもうわしとは会うことが無いだろう』と三泰の陣に行った.

『お前の兄たちはわしの言うことを聞かないから致し方ないが、それは天時つまり時の

利と言うのを知らないからだ.わしの言う通りにすれば良い時が回ってくる.だからお

前だけでも軍隊を兄貴にやって山に帰ろう.』と勧めた.しかし三泰は怒りを発し

『師匠は余計なことを言って大事に冷や水をかけるような事は止めてください.我ら三

人兄弟が趙雄を打ち破るのは難しいことでは有りません.師匠はここにいて我らの戦い

を黙って見物しているか、嫌なら一人で山に帰りなさい.邪魔はしないことです』と相

手にしない.

『お前ら兄弟は又とわしに会えないだろう.惜しいことだがこれも天の運命か』と嘆息

して三泰の陣を去った.



道士は趙元帥の陣をおとずれ守門の兵士に

『わしは道中のものだが趙元帥に会いたいから知らせてくれ』と言った.

『みすぼらしい書生風の老人が元帥に面会を申し込んでいます』との衛兵の報告を聞い

て趙元帥は訝しく思いながら道士を招き入れた.道士を上座に座らせ初対面の挨拶をし



『先生は天地の道理をご承知の方だと拝見されます.なにとぞ良き教えを下さいませ.



『元帥は洞察力がありますね.一目て人を見抜くとはすごい.まあひとつだけ天機を漏

らします』と言い袖のすそから一通の封書を出して元帥に渡して、

『この通りにしなさい』と言い残し踵を返して出て行った.元帥は慌てて

『ちょっとお待ちください』と言ったが二三歩歩いたかと思うともう姿がなくなってい

た.

元帥は仕方なく空を仰いで感謝の礼をし、封書を披いてみた.

「一泰の陣中には入るなかれ.二泰の陣には剣に白馬の血を塗り鬼を祓う呪文を唱えろ

.又三泰には左側に立つな」とあった.

元帥は其れを見て不思議にも思ったが一方敵の機密を知ったので嬉しくもあった.

あくるひ、元帥は自ら一泰の陣前に現れ戦いを挑んだが敵は陣門を固く閉ざして応じな

かった.次の日も陣前を駈けながら

『叛賊一泰は速やかに出でてわが剣を受けよ』と大音声で叫んだが相手にしなかった.

元帥は本陣に帰り姜白に

『敵が陣門を硬く閉ざして現れないとは怪しいことだ.なにか計略を立てているに違い

ない.格別に用心しろ』と戒めた.



次の日も次の日も敵の陣門の外で戦いを挑んだが一向に応じない.ついには悪口雑言で

ののしり嘲笑したが効果が無いままに日にちが流れた.十日目の日に陣門を大きく開き

一泰が陣前に現れた.

『叛賊趙雄や、お前はまだ青二才だ.血気にはやって太平の世を乱すとは許し置けぬ大

罪だ.今日俺様がお前を捕えて国の禍を無くしてくれるぞ.』と怒鳴っている.

声に応じて元帥も陣門を出て一泰を見れば背は9尺に及び銷金の鎧をまとい髭は2尺を

越え目は爛々と光っている.元帥は姜白を呼び、

『おまえが出て相手をしろ』と言い、また

『彼は数合重ねたあとかなわぬふりをして逃げるだろうが決して追うな.』と命じた.

白が命を受けとびでして敵将一泰と矛を交えること30数号にいたるも勝負がつかなかっ

たがふと一泰が負けた振りをして逃げ出した.姜白は追った.一泰が敵陣内に入ったと

き数人の敵将が一泰を導くようにして中に入っていった.姜白は敵陣の外でその様子を

見た後それ以上進まず本陣に帰った.姜白は元帥に

『小将が一泰を追い敵の陣門まで行きましたがいったいが陣門に入ると敵将等が一泰を

導いていて不思議に思いました.』と申し上げた.

『ううむ、敵は10日間も陣を閉ざしていた.必ずや怪しい施設を施していたに違いない

.うかつに敵陣内に入れば狼狽することになるだろう』と道士が言い残した「陣内に入

るなかれ」の文句を思い出していた.

あくる日趙元帥自ら出陣して長槍を高くかざし大声で

『叛賊一泰は天の道理をわきまえず我に逆らうとは笑止なるぞ.我は天命を受け李斗柄

を誅殺し宋室を復帰させるために決起したのだ.速やかに出てわが槍を受けよ』と叫び

戦いを挑んだ.その声に応じて一泰が飛びだし互いに矛を交える、まさに竜虎相闘う様

相で沙石は飛んで空を覆い鉾がぶっつかり発する光は稲妻のようである.接戦数十合に

も勝負がつかないうち一泰はまたも陣内に逃げた.元帥は敵陣の前を横行しながら戦い

を挑む.しばらく後一泰が出てきて戦いまた逃げることを数回繰り返してその日が暮れ

かかり元帥は本陣に引き返した.

一泰は自分の陣に入り部下の諸将を集めて

『どうもおかしい、わしがわざと負けた振りをして陣内に逃げても趙元帥が追わないの

がおかしい.奴は用心深い性質があるらしい、でも明日は必ず奴を陣内に誘引するから

抜かりなくやってくれ.』と言っておいた.







忠臣 趙雄 下の7

元帥は本陣に帰り諸将に

『一泰は尋常な武将じゃない通常の方法では捕らえがたいだろう.あすは姜白がひるす

ぎにでてたたかえ何回か一泰がにげたりでてきたりするあいだに日が暮れるだろう。辺

りが暗くなったら姜白おまえが一泰の真似をして敵陣内に逃げて入れ.そうすれば変化

があるはずだ.』と作戦を言い渡した.

あくる日は朝から一泰が元帥の陣前に来て挑戦したが元帥は意外にも陣門を固く閉ざし

て相手にしなかったが昼下がりに陣門を大きく開き姜白が飛び出していって一泰とぶっ

つかった。姜白は

『無知な匹夫一泰は聞け。今日はお前の首を撥ねてしんぐんの道を拓いてくれるぞ』と

戦いを挑んだ。興奮した一泰は

『何を小癪なたわ言をぬかすか』とたたかいがはじまった。30すうごうにいたるもし

ょうぶがつかないままひがくれてあたりがくらくなった。入り乱れて激しく闘うので観

戦する者も彼我の区別がつき難いありさまだ。そのとき以外にも姜白がかなわない振り

をして一泰の陣内に逃げ入った。いったいの陣では当然大将の一泰だと思い柵の陰で待

機していた敵将がすばやく姜白の馬の手綱をとり安全な場所に導いた。これを見たいっ

たいは驚いて

『こらにげるならいのちをのこしてにげろ』と叫びながら追いかけて陣内に入った。待

ち受けていた敵将らが急にとびだしてやりをしごいて一泰の馬を一定の方角に追い立て

た。馬は数歩走ったかと思うとものすごい悲鳴をあげて落とし穴の奈落に落ちてしまっ

た。落とし穴は非常に深く数丈にも及んでいた。落とし穴の底には鋭い槍の穂先が空に向

かって挿されていて青白い光を不気味に放っている.うまだろうがひとだろうがおちた

ら串刺しになるようになっていた。いったいは天を仰いで嘆息した.「馬鹿ものども自

分の大将も見分けがつかなかったのか」悔しいわい」と無念がりながら息を引き取った

。一泰の陣幕に案内された姜白は容易に侍従のものを制圧して道を案内させ悠々とホン

陣に帰った.敵陣では姜白が主な武将らを斬り殺し大将まで落とし穴に落ちて死んだの

で戦意を喪失し闇に乗じて陣地を捨てバラバラに逃げてしまった.

夜が明けて趙元帥は幕僚とともに一泰の陣を調べた。頑丈な陣門の中は一面に迷路が作

られていて神秘なかすみがかかっている。よく見れば諸葛公明の八陣図に似ていて要所

要所に落とし穴が設けられている、しかもその穴の規模が大きく数千の人馬も飲み込め

るほどであった。迂闊に陣内に突入したらひとたまりもなく滅びるところだった。趙雄は

一泰の陣を占領し兵器と軍糧を鹵獲して白馬をころして縣身にその血を塗った。姜白以

下すべての武将にも剣に馬の血を塗らせて

二泰の陣地に向かった。



 二泰は兄一泰の死亡を知り歯軋りをして趙元帥の前にたちはたかり

『小癪な趙雄メ兄の仇を討ち取ってくれん。』とさけびながら剣を振り回し突っかかっ

てきた。元帥も必死に白馬血剣でむかえたたかった。二泰の剣は凄まじい勢いで切り込

んで来たが不思議にもちょうゆうのけんをさけるようによこすべりにすべり白馬血剣と

ぶっつからなかった。 二泰は業を煮やして剣を元帥に向って投げたら、二泰の剣はま

るで眼があるように正確に元帥に向かって突っ込んでくる。げんすいが白馬血剣で払い

のけるとやはり元帥の剣を避けて飛び一回りしてからまた突っ込んでくる。まるでミサ

イル剣法である。この驚くべき剣法にはさすがの趙元帥も緊張せざるを得なかった。 

二泰は空に剣を飛ばして自由自在に操り元帥を攻撃していた.元帥は必死の力を振り絞

って80数合を戦ったが一向に埒があかない。元帥は急速に気力が衰えるのを感じた。 

二泰は闘うほどにますます新しい力が湧き出でる様であった。元帥はしばらく休んでか

ら出直そうと本陣に引き返した。しかし 二泰の飛剣が前方を遮り『趙雄何処え行こう

とするのか。行くなら首をおいていけ』と 二泰が怒鳴る.正に進退窮まるとはこのこ

とであった.元帥は渾身の力を振り絞って無名の道士からおそわった通り、逐鬼の呪文

を声高く読み上げた.その瞬間異変が起きた.空を飛びながら元帥を攻撃していた 二

泰の飛剣が、地面に力なく落ちてしまい、後ろの方では 二泰の悲鳴が聞こえた.元帥

はその期を逸せず後ろを振り返りさま天賜剣を振るって 二泰の首を切り落した.その

瞬間天地がにわかに暗黒に化し雷が山河を揺るがせた.見れば 二泰の死体から巨大な

神将がなみだを流しながら天に昇って行くではないか。元帥は「 二泰は神将の化身で

あったのか」と感嘆して呟いた。

このとき 大将が戦死するのを見ていた 二泰の陣地では将兵が戦意を失い各々逃げ出

していた.元帥は 二泰の頭をやりにさして本陣に帰った.本陣ではいっせいに万歳を唱

えて歓迎した.

元帥軍は勝利の軍楽を鳴らしながら一斉に三泰の陣地に向った。



三泰の陣前に馬を進めた元帥は槍にさしていた 二泰の頭を三泰の陣内に投げ入れ

『叛賊三泰は聞け。西倉でお前の長兄を斬り、禾陰ではお前の次兄を倒した.お前が反

抗しでも無駄だぞ、速やかにわが面前に跪いてくびをたれろ。』と大声で叫んだ。三泰

の将兵はみなその声に震え上がった.三泰は怒り天を衝いて飛び出し、

『ウーム、小癪な、兄の仇を討って不倶戴天の恨みを果たさん.』と左手に槍をしごい

て元帥に突っかかってきた.元帥は三泰の左を避け右に回って応戦した、80余合を闘

ったが勝負がつかないのでお互い本陣に引き上げて一休みをした.三泰は

「趙雄メは秘密を知っているような気がしてしかたがない」としきりに首をかしげた.

元帥は陣中に帰って、皆に

『三泰の勇猛さはじんじょうの域を遥かに超えている.明日は姜白が出て闘え.』と言

い、又『決して三泰の左側に立つな。』と厳重に戒めた.



あくる日三泰が陣前に来て。

今日は必ず趙雄、お前の首を切ってうらみをはらしてくれるぞ。』といきまいた。

姜白が迎え出て.

『馬鹿の三泰よ、お前の二人の兄の怨霊がわが陣中に捕らえられ、『愚弟三泰の首を差

し上げますから私たちの魂を放免してくださいませ.と夜毎訴えているのだ.おまえが

いきのびるすきまはないのだぞ。』と罵りながら三泰の右側を攻撃した.中国の昔の戦

いは呑気なところがあった.まず相対して長々と相手を罵りあうことからはじめるのが

慣わしである.そのときにはあらゆる卑賤な悪口雑言が総動員される.敵を興奮させて

冷静な判断を妨げる一種の心理戦とでも言おうか、実に聞いていられないくらいひどい

ものだ.三泰は左利きである.敵が左の方に来ればいかな強者でもかならず討ち止めた

.反面右に居るものは思うように行かないで居た.それでも三泰の勇猛さはものすごく

数十合を闘ううち姜白が受身のなりつつあった。戦いを注視していた元帥は姜白の危機

を悟り助太刀に出て三泰の右側を攻撃した。その時姜白は槍でさんたいのうまを刺した。

馬は悲鳴をあげて倒れる。その隙に元帥は神剣を振るって攻撃した。三泰は居たたまれず

空中にとんで身を避けた。しかし其れを見過ごす元帥ではない。同じく空を飛んでそのま

ま三泰の首を撥ねた。その瞬間一陣の狂風が起こり天地が暗闇に化する中、青い光の虹

が空高く伸びていた。元帥が驚いて三泰を良く見れば左の脇の下に大きな羽を生やして

いた。

一泰、 二泰、三泰の三人兄弟は天神の縁(ユカリ)を持って生まれた人間であったようだ。





忠臣 趙雄 下の8 〔最終回〕



実際今まで趙雄が戦った相手のうち一泰ら3人兄弟が一番の強敵だった。彼らの勇猛さに何度も趙雄は危うい場面に出会ったのた。

一泰らが戦死した後は誰も趙雄に刃向かう意思をもつものはいなかった。直接趙雄軍と矛を交えた皇軍はもちろんのこと鋭意局面を観察していた諸国の諸侯も趙雄軍の圧倒的な勢力に現在の平国の滅亡と宋の復活を認め歓迎していたし地方の方伯なども支配者が変わるのを認識し趙雄大元帥に協力するようになっていた。



すべての抵抗勢力を無力化した義勇軍は何憚ることなく一挙に皇都を包囲した。

皇帝李斗柄は孤立した中で朝会を開いていた。このとき東関の守将から緊急の報告が入った。披いて見たら「陛下、趙雄が一、二、三泰を皆切り倒し怒涛のごとく押し寄せ都を包囲しております。願わくば陛下は緊迫した禍を防いでくださいませ」とあった。皇帝は

『卿等は秘策を講じて朕の憂いを解消せよ』と命じた。

丞相はじめ重臣等は冷や汗を流しながら沈黙していたがやがて兵部大臣がおもむろに顔を上げ



『一泰等は天が授けた武将でして智謀と勇猛さが抜群でした。彼らが壊滅した今日、それに代わる武将がございませんし兵力の動員もままならない状態です。情報によりますと民心は既に反乱軍のほうに傾いているとのことで御座います。かくなる上は降伏して最後の破壊なりと免れるのが賢明かと存じます』と、「降伏」を口に出した。その時、西関の守将から緊急の激書が届いた。慌てて披いて見たら

『大宋国大司馬大元帥兼義兵将趙雄は激書を李斗柄に送る。吾は天命を授かり汝を誅殺し宋朝を復活させるべく80万の兵力で決起した。汝に吾と戦う意思あらば速やかに出でて吾と雌雄を決しよう、しからざれば潔く降伏して罪なき者の犠牲なりと止めよ。』との峻烈な最後通牒であった。



皇帝をはじめ居並ぶ諸臣は沈痛の面持ちでしばし言葉を失っていたが丞相黄徳が

『陛下、降伏の詔書をおだしなさいませ』と言った。諸臣も異口同声にこれに倣った。

この時李寛をはじめ5人の太子が政殿に入ってきた。太子等は悲憤慷慨した面持ちで

『陛下!こいつ等の言うことを聞いたらいけません。こいつ等は陛下の恩恵によって特権をほしいままにしていますのに命を投げ出して陛下に忠誠することは考えずに趙雄ごときに降伏を勧めるとは臣下の道理でありません。こいつ等は主君である陛下を辱めて己の安泰のみを図る不忠の輩です。陛下自ら軍を率いて親征をなさいませ、不肖らが先鋒に立ちます。こいつ等は不忠の罪を問い打ち首にすべきです。』と怒鳴りつけた。

傲慢無礼な太子等の言動に朝会の雰囲気はしらけてしまい、朝会はうやむやに終わった。



その日の晩である。丞相黄徳の家にはすべての大臣等が集まっていた。丞相が緊急召集したのである。黄徳は深刻な表情で口を開いた。

『われわれは今存亡の分かれ目に立っている。この政権は潰れるしかない。往年われわれが李斗柄をそそのかして皇帝の座に座らせたのも当時としては外に方法が無かったからだ。今の皇帝には吾等が恩人であるのだ。諸君も朝会で見た通り乱暴な太子等はわれわれを奴隷のように思っている。いつ何時どう言う目にあうか判らない。もし趙雄軍が押し寄せたら都は一たまりも無く落ちるだろう、そうなればわれわれは李斗柄の一味として家族もろども惨殺されるに違いない。元凶は李斗柄だ。吾等はただの役人に過ぎない。逆賊として一族が滅亡ししかも後世にまで汚名を残す立場にある。諸君はどう思うか?』

一同は李斗柄に対する恨めしさがこみ上げて心臓が張り裂けンばかりに悔しがった。

『では丞相、どうすれば良いですか?何か妙案でもありますか?もしあれば言って下さい。われわれは丞相と生死をともにします』と大臣等が決意を示した。



丞相は宝刀を抜いて力強くテーブルに突き刺した。

『諸君、われわれはこのまま李斗柄の一味として悲惨に死ぬわけには行かない。ここは乾坤一擲の大英断が必要だ。逆賊は李斗柄と5人の太子だ。それらを捕らえて趙雄に差し出せば吾等は一等功臣になるのだ。事態が一挙に解決し吾らも安全が保障されるというものだ。どうか、この案が?』一同は急に顔が明るくなった。地獄で菩薩に会った様である。

『それは名案です。さすが丞相です。そういたしましょう。』と陰謀が成立した。

『時間が無い、腕のたつ武士を5−60人選抜してひそかに宮中に忍ばせ今夜中に事を運べ。邪魔をするものは斬り捨てろ。』すべての権限を握っている大臣等が志を同じくしてなせば不可能なことではない。歴史は夜作られるとか、奇想天外な宮中クデーターである。



翌朝、皇都の街はただならぬ空気が漂った。皇帝と太子等が大臣たちによって捕らえられたとの噂が広まった。人々は半信半疑しながらも事態を喜んでいた。

皇宮前の広場には人民が集まり始めた。やがて宮の正門が大きく開き中から一団の将兵が進み出て、「万古逆賊李斗柄」と大書した幟を先頭に、続いて牛が引く囚車が出てきた。囚車の檻(オリ)には皇帝李斗柄が高手小手に縛られたまま座っていた。次々に現れる囚車には皇太子李寛をはじめ5人の太子等が縛られたまま乗せて居た。その後には丞相黄徳をはじめすべての大臣等がつづいた。奇異なのは“ひかえろ、”“さがれ”と怒鳴る道祓いも無く、傲慢な大臣等が歩いて付いて行く事であった。それを見た人民はいっせいに喚声を上げた。中には李斗柄に石を投げる者も居た。行列は西門を出て大元帥趙雄の本陣に向かった。



陣前には大元帥趙雄が床机に腰を下ろし姜白以下幕僚が鎧兜の姿で侍立していた。

丞相黄徳ら大臣たちは趙雄の面前に並び跪いて恭しく礼をあげ、丞相が

『大元帥殿、小臣等は李斗柄の権力を恐れやむなく彼に服従していましたが常に前朝宋室を慕っていました。元帥の卓越な武勇のおかげで逆賊の勢力が崩壊し、我々は欣喜雀躍いたしました。我々の忠誠のしるしとして逆賊の元凶李斗柄と李寛等5人の兄弟まで捕らえて参りましたどうかお引き取りくださいませ』と申し上げた。



思えば義理も人情も無い殺伐な行為である昨日まで主君として仕えていた皇帝を生贄として敵に差し出すのだから趙雄以下居並ぶ将軍等は苦虫を噛んだように渋い顔になっていた。

しかしこれで皇都や宮廷の無残な破壊は免れることになったのは幸せに違いなかった。



元帥は一旦李斗柄ら逆賊の身元を引き受けて軍が管理するようにし、丞相らにも苦労をねぎらったうえ、人民の歓迎する中、はれて首都に入城し、皇宮に入って政殿に座を占めた。

これで趙雄の宋室復興の義勇軍は一応目的を達成したのである。趙雄は大臣と主な官吏を集め勝利の宴会を開いて将兵の労苦を慰めた。元帥は軍政を実施し、まず大赦令を発して李斗柄の圧政下で投獄された罪人をすべて放免したがその他の処置は新しく就任する皇帝の処分に任せるために保留した。もっとも火急なことは現在魏国に滞在中の太子を迎え入れ皇帝の戴冠式を挙げて皇帝の座に就かしめることであった。元帥は朝会を開いて

『今緊急な課題は速やかに太子様をお迎えし、戴冠式を挙げることである。逆賊李斗柄の処分や、大臣等の処置は新しい皇帝陛下が処理されるようすべてを留保する。私は明日太子様を護衛するため魏国に出発する。余の留守の間は副元帥の姜白将軍が全権を持って指揮する。諸君は姜白将軍の命令に従え。その間政府は太子殿下の歓迎と戴冠式の準備を萬遺漏無く整えろ。諸国にも通達して新しい皇帝に忠誠を表すようにしろ。』と命令した。

趙雄元帥は翌日一万の将兵を率いて魏国に向かって出発した。



伝令によって戦況は毎日報告はしていたが趙雄は魏王と太子に平国完全平定の報告をした。魏王と太子は大いに喜ばれ改めて趙雄を賞賛された。趙雄は魏王に朝廷が空いているので一刻も早く太子殿下ご夫妻の帰朝の支度を願い出てお許しを得た。全ての段取りを済ませた趙雄は私宅に引き下がり母と義母に挨拶を申し上げ、二人の婦人と会って慰めてやり金蓮母娘にも慰労してやった。しかし太子殿下護衛の大任があるので家族の情愛を交し合う余裕も無く又行軍をしなければならなかった。しかし今度は家卒も全部同行するのでみんな浮かれて楽しい旅行になった。魏王は太子に

『小臣が太子様を宮廷まで随行するのが道理ですが辺境が不安でして国を長く空けるわけには行けません。不忠をお許しくださいませ』

『いや、いや、 卿の忠義は十分に判っています。ずいぶんお世話になりました。大元帥が守ってくれますからご安心なさい。』と感謝の言葉で慰めた。

魏王は10里のところまで出て太子をお送りした。

行列は完全に皇帝の行幸にかなった格式と華やかさを備えていた。道々の市邑の長官、豪族等が総出て歓迎しお祝いを述べた。久し振りに大宋国が平和と祝賀を満喫した。一行が宮廷に到着した翌日のはかねて準備していた皇帝の戴冠式を挙げ、太子は晴れて皇帝の座に就いた。



皇帝は李斗柄親子を引き出して審問された

『汝の罪は自らが良く承知であろう。申したいことがあれば言って見よ』

『臣が先帝崩御のあと国璽を保管したのは不祥事を防ぐためであったし、自ら皇帝になったのは太子様幼少の理由で大臣等が一致して勧告したからですし、太子を遠地に幽閉したのも後に賜薬を送ったのも皆が大臣等の主張によるものでした。趙元帥の義勇軍に抵抗できないと知るや奴等は自分たちの安全のみを考え吾等父子を生贄に差し出したのです。私の罪と言えば不忠のものどもを信じたことに過ぎません』死に望んでなお前非を懺悔することなく部下を恨むその人となりに皇帝をはじめ居並ぶ人々は憎しみを感じるのみであった。皇帝は李斗柄親子を八つ裂きの刑にして市中に鳧示した。次に大臣等には

『汝等は李斗柄父子を捕縛して元帥に差し出したことにより首都を戦火より救い事態を早急に終わらせた功労は認める。しかし汝等は宋朝の重臣でありながら李斗柄をそそのかして帝座を簒奪せしめ、未だ幼き朕を流配しあまっさえ賜薬まで送って朕を殺そうとした。汝等は忠誠を尽くした李斗柄を裏切り主君を縛り敵に渡す不義をなした。汝等は李斗柄よりも罪が重い、朕は許し得ぬ、打ち首に処す』と峻烈に宣言した。



皇帝は宴会を開いて改めて趙元帥以下の将兵を慰労した。

大元帥趙雄には蕃王を封じ、夫人張氏を貞淑王妃に封じ、元帥の母の従兄弟王太守を右丞相に、姜白の父を左丞相に、姜白を大司馬、大元帥に任命した。その他の将兵、忠臣らも一様に褒賞され不満が無いようにした。皇帝は趙雄の手を取り

『朕がそなたを遠国にやり寂しくてどうしよう、年に一度は来てくれ、』と頼んだ。

趙雄は皇恩に感謝して私家に帰り蕃国に旅立った。

蕃王趙雄は王化に勤め善政を施して蕃国を文明の進んだ住み良い国に作ったという。

(大団円)